「婚約破棄してください!」×「絶対しない!」

daru

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新学期だ!新入生だ!贈り物だ!

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 空の青は淡く、白い雲は薄く、過ごしやすい気温に秋の訪れを感じる9月。

 ガンガルド公爵家の長女である私、ジェニエッタ・R・ガンガルドは、明日から新学期が始まるキットン国立学校へ向かう馬車に揺られながら、婚約者である、この国、セレゴーン帝国の皇太子、キシュワント・M・セレゴーン殿下と向かい合っていた。

 いつもなら、私の敬愛して止まない兄も一緒に3人で馬車に乗るのだが、今回は殿下が馬車を2台用意し、私と殿下が先頭馬車に、兄と今年の新入生である愛弟が後ろの馬車に、と割り振られた。

 少人数の方が広く寛げるだろうという、こじつけの理由で、勝手に、だ。



 いつも用意してくれていた馬車なら、4人でも充分なゆとりのある馬車だったというのに、わざと一回り小さい馬車を用意したのだろう。

 いや、そもそも殿下が迎えに来ずとも、公爵家の馬車で充分なのだ。兄妹きょうだい水入らずな分、むしろその方が好ましい。



 殿下の割り振りに反対すれば、両親に「婚約者なのだから殿下のお心を察しなさい」と諫められ、眉を開いて手を差し出してくる殿下のエスコートを断ることができなかった。

 汗を滲ませながらぎこちなく口角を上げる様子を見るに、私の穴を開けるような視線の意味に気づいてはいるのだろうが、この皇太子様は気の弱いふりをして、頑ななところがある。



「えー、と…夏期休暇は何をして過ごした?」

 何をして、ですって?知っているでしょう?夏期休暇、冬期休暇、春期休暇、スクールホリデーといえばよほどの予定が無い限り、いつも同じだ。

「お妃教育です。」

 強い語調でそう言えば、怯むどころか頬をうっすらと赤らめる始末。

「いつもありがとな。」

 お礼を言うな。



「せっかく城に来てくれていたのに、あんまり会えなくてごめん…な?」

 私が会いたいと思っていないことくらい知っているでしょうに。

「南部の方へ行かれていたとか。」

「そうなんだ!」

 主人に呼ばれた犬さながら背筋を伸ばす殿下。

「騎士団の南部遠征に同行させてもらったんだ。ついでに国で所有してるブドウ畑とワイナリーも視察できて一石二鳥だったよ。」

「お土産に頂いたワインはお父様も喜んでおりました。お気づかいありがとうございます。」

「いや、公爵にはいつもよくしてもらっているから。ジェニエッタ嬢も成人したら、今度は2人で一緒に行こう。」

「お気づかいなく。」

 笑顔が固まった殿下を尻目に窓の外に視線を移す。



 この国の成人は18歳。そしてそれはキットン国立学校の最終学年になる年。私にとっては2年後になる。

 2年後まで婚約破棄せず粘るつもりなのかしら。

 事実として、学校に入学してから婚約破棄をお願いして丸3年、殿下は首を横にふり続けている。青ざめた顔で。

 こんなに冷たく接しているのに、なぜめげないのかしら。



 私も公爵家の人間だ。政略結婚をしたくない、愛のある結婚を、などと夢見ているわけではない。それも私の義務であることは理解しているつもりだ。
 ただ、皇太子妃とはあまりにも責任重大だ。

 私はなるべく面白おかしく過ごしたい。政略結婚にしても、もう少し自由に動ける家に嫁ぎたい。

 ついでに言えば、婚約をさせられた8歳の時から妃教育が始まり、そのせいで家族との時間、親友ローズとの時間、自分の為の時間がごっそりと奪われた。

 初めて会ったお茶会で、「お構い無く」と言ったにも関わらず、だ。

 その恨みが1番根深いかもしれない。



「そういえば、キャルに贈り物を用意して頂いているとお聞きしました。」

「ジェニエッタ嬢の愛弟だからな、当然だ。」



 父から、殿下がキャルにとても良い贈り物を用意していると聞いた。皇太子様の選ぶ「良いもの」だ。相当に質が良いのだと予想できる。

 しかし、それは困る。
 私はペンセットを、兄は剣を、それぞれ最高級な品を用意した。どちらもこれからの学校生活を楽しみにしているキャルに必要な物で、天使のような笑顔を見せてくれることだろう。

 だからこそ、その上をいく贈り物をされては、姉としての立つ瀬が無くなってしまう。



「どんな物をお選びになったのですか?」

 殿下は、冷たい態度でも顔を赤らめるくせに、にっこり笑いかけてあげると、青ざめた。

「一目、見せてくださいな。」

「えっ…と…荷物と一緒にまとめてて、…馬車を止めてからでないと…。」

「では、一休みに致しましょうか?」

「いいいいや!いや!まだ先は長い…し、夜までに学校着かないと!そそそそれに荷物の奥の方に入れてしまったから、やはり寮で荷解きしてからじゃないと取り出せないなー…は、は。」



 この動揺はなんなのかしら。

 馬車を止めたら私が向こうの馬車へ行くと思っているのか、余程プレゼントを秘密にしたいのか、それとも荷物自体を見られたくないのだろうか。



 それにしても、いちいち青ざめる殿下を見るたび、いつも一抹の不安を覚える。

 帝国の皇太子ともあろう方が、こんなに誤魔化す事が下手で大丈夫なのかしら。素直と言えば聞こえはいいけれど、もう少しお心の隠し方も学ぶべきなのでは。



 私は笑顔を取り繕うのを止めて、自然とため息が出る。
 それに反応して殿下が身体を固くしたのが分かった。

「ジェ、ジェニエッタ!…嬢…、見せてやれなくてすまない。他のことなら…何か…何か俺に頼み事はないか?」

「…なんでも聞き入れてくださるのですか?」

「あ、…無理難題は無理、だが、俺にできること、なら。」



 全く浅はかですね。あなた、嫌がる私とでも同じ馬車に乗っていたかったのでは?

 誰か、この人の良すぎる皇太子殿下に、簡単に「人の頼みを聞く」など言うべきではないと、教えて差し上げてくださいな。



「では、私を後ろの馬車に。」




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