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一致団結?!寮対抗乗馬祭!
♠️(1)
しおりを挟む校舎の入り口の前は、コの字の壁に囲まれた中庭になっている。中央には噴水が、中庭の両端にはドーム型の屋根のガゼボが3棟ずつ設置され、洒落たその場所は、学校内の人気スポットだった。
『コ』の空いた部分の2階には渡り廊下が通っている為、その中庭で目立つことをすると、360度、全方向から注目を浴びることになる。
そして、この国の皇太子である俺に、見目麗しいガンガルド家の3兄妹、公爵令嬢ローズ、隣国の第一王子セレアム、この学校の注目株が勢揃いしてガゼボで交流していれば、当然目立つわけで、空気の悪さも相まって非常に居心地の悪さを感じていた。
キラキラと瞳に光を宿してこの場(恐らくは公爵令息、令嬢の誰かをなのだろうが)を眺めている者たちは、ここの空気など知らずに目に幸福を溜め込んでるに違いない。近くで見れば、誰の目も笑っていないことに気づくだろうに。カルーエルだけは涼しい顔で茶紙袋に入ったクッキーを食べているが。
「驚きました。皇太子様はご自身の名に誇りを持ってM寮にいらっしゃるかと思ったら、まさかご友人を優先して別の寮を選んでいらっしゃるとは。」
シーウェルドット王国の第一王子、セレアム・シーウェルドット。今年入学した1年生だ。
シーウェルドット王国は我が帝国が統治する国の1つであり、本来、帝国の皇太子である俺にこの物言いはもちろん無礼に当たるのだが、俺は特にそれを咎めようとは思わなかった。この学内では社会の肩書きを外す習わしであったし、セレアムの傲慢さはまるで昔の自分を見ているようで、怒りよりも羞恥心の方が勝っていた。
「そもそも、仲の良いというのなら、ご友人の方が寮を合わせてあげるべきでは、エリオール殿?」
「私は自分の名前に誇りを持っていますので。」
おい、それじゃあ俺が自分の名前に誇りを持っていないみたいじゃないか。
「セレアム王子殿下、寮名は確かに私たちの祖先の名に由来しておりますが、だからと言って、その家門の者が入るべき寮、というわけではございませんわ。」
不敵な笑みを浮かべるのはローズだ。
「学生は、本校以外の一切の派閥に属さず、皆平等である。これは生徒手帳にも記された、教育理念です。上も下も、家門も名前も関係なく、勉学に励むことこそ学生の本分、ということですわ。まだ覚えていらっしゃらないようでしたら、今一度、生徒手帳をご確認下さいな。」
今日も茨で絡み付く攻撃は、絶好調のようだ。
「それは建前でしょう。事実、先輩であるローズ嬢が私に敬語を使っているじゃありませんか。」
「寛大なお心で許可を頂けるのなら、無礼講で参ります。」
あからさまに眉根を寄せるセレアム。敬語を崩すことを許せはしないのだろうが、寛大なお心でと言われた以上、許可しない、とも言えないのだ。心が狭いと思われるのも、プライドに障るのだろうから。
つまり、無言しか返せないのだ。
女という生き物は、なぜこうも口が達者なのか。腕力が無い分、口に力が注がれるのだろうか。
ローズは、その傾向が特に顕著だ。
そして、ここにはもう1人、女性がいるのだ。
「まぁまぁ、ローズ、そう全否定してはお可哀想よ。セレアム王子殿下は遠い地からご留学にいらしていて、一緒の寮に入る約束をするお友達もいらっしゃらないのだから。」
「それもそうね、ジェニー。」
「なんだと?!」
セレアムが産まれた時、当時5歳の俺は、母と一緒に使節団を引き連れて、祝いの式典に出席した。まだ赤ん坊だったセレアムを知っているせいか、顔を赤くして怒りを露にする幼い表情を目にしても、なんとなく憎めなかった。
どのみちこの面々に囲まれていれば、自ずと鼻っ柱は折られるだろう。
そんなことを考えては、自分が衝撃を受けた8年前を思い出す。
エリオールとジェニエッタに初めて会った茶会から、2ヶ月程経った頃だったと思う。俺は、俺に興味を示さない希少な2人とどうしても仲良くなりたくて、度々2人を城に招待していた。だが決まって、ジェニエッタは体調不良。現れるのはエルだけだった。
しかも楽しそうにもしてくれない。最初こそ城や、飾り物の美術品に興味を示したものの、だんだんそれも薄れていくのが分かった。
今なら理解できる。1週間に1度という頻度で、対して仲良くもなければ、好感も無い俺に呼びつけられるというのは、かなりイラついたことだろう。
だが、この日はエルを楽しませる自身があった。エルが様々な学業を好んでいることを知っていた為(本人ではなく、父親の公爵から聞き出した)、俺の数学の教師をしてくれている数学者の先生に頼んで、先生の研究室に訪問させてもらうことにした。
新しい定理を見つけようと、日々証明に明け暮れる先生に会わせたら、きっと人形のようなエルも、表情が動くに違いない。
公爵からよくエルは天才だと聞かされていた。そしてこの時の俺は、自分もその類いだと自負していた。俺がこんな素晴らしい先生に教えを授かっていると知れば、エルも俺に心を開いてくれるだろうと思っていたのだ。本当に浅はかだった。
「先生、この場合、この定義は成り立ちません。」
エルは、カリカリとひたすら計算する先生をじっと見ていたかと思うと、突としてその辺の紙に計算式を書き始めた。俺には先生が書いている式も、エルが書いている式も全く意味が分からなかった。
エルがスラスラ書くそれを先生は凝視し、エルがペンを置いた時には、先生の手が歳のせいではなく、震えていた。
「…むぅ…本当だな…見落としていたか。」
そしてチラリとエルを見る。
「いやはや驚きました。さすがですな、ガンガルドのお坊ちゃま。」
それから繰り広げられる会話は、とても自国の言葉とは思えず、聞き取れた単語は呪文のようで、要するに、全くついて行けなかった。
天才と言われていたエルはまさしくそれで、俺は凡人に過ぎないのだと、そこで初めて気がついた。大人たちのおべっかに、いい気になっていた自分を恥ずかしく思った。
その後、招待する度に仮病を使うジェニエッタにどうしても会いたかった俺は、父上にジェニエッタとの婚約をお願いして、ガンガルド家兄妹との関係が悪化することになる。
自分の身勝手さを振り返ると、頭を抱えたくなった。
「私は学業に専念する為に、全寮制のこの学校に留学しに来てるんだ!」
セレアムの荒げた声に、ふと我に帰る。
「あなた方のように、友達ごっこをしに来ているわけではない!未来の皇太子妃とはいえ、これ以上の侮辱は許さないぞ!」
「ちょっと…誰が未来の皇太子妃ですって?」
ジェニエッタ?怒るところ、違くない?
「人と交流することを不要とお考えでしたら、今、この時間も不要な時間ですね。」
まったく、エルまで大人げなく嫌味を言うことないだろうに。
ますます鼻息を荒くするセレアムに、少し同情した。
「ふんっ!全くだ!挨拶くらいするのが礼儀と思ってお呼び立てしたが、帝国の最高位の家門の者たちがこんなに無礼だとは!皇太子様の器量が疑われます!」
失礼します、と勢いよく立ち上がり、背を向けて校舎に入っていくセレアム。
残ったエルとジェニエッタとローズは、炎を纏っているかのごとく、その表情に怒りを滲ませ、カルーエルはいまだにクッキーを貪っていた。
「どうしてくれましょう、あの傲慢な王子様。」
甘ったるい薔薇のような声に、似つかわしくない言葉だ。
「まぁまぁ、まだ入学したばかりだし。これから寮生活や授業を通して、色々学んでいくだろ。」
「それはどうでしょうね、キース。誰かがあの身体中の骨…あぁ、いや、鼻っ柱を折ってやらないと、周りの意見も聞き入れられないのでは?いつかの誰かのように。」
ぎくり。
俺がセレアムを昔の自分と重ねていたように、エルにもそう見えたのだろうか。
「どうにせよ、我らが皇太子様の器量を疑うなどという軽口、二度と叩けなくする必要があります。」
エルの言葉にこくりと頷くジェニエッタとローズ。ジェニエッタまで俺の為に怒ってくれるのは、もちろん嬉しい。
ただ、一国の王子に危害を加えることは絶対にダメだ。いくら俺の為とはいえバカな真似はしないと思うが、悪魔のようなオーラの3人を見ていると不安になった。
「な、成り行きを見てもいいんじゃないか…な?」
想像以上に弱々しい声になってしまった俺に、3人の炎を宿した視線が突き刺さる。
そして、薔薇のような甘い声が、俺にずしりとのしかかる。
「殿下は私達の旗印です。弱腰でいられたら困りますわ。」
俺は魔王か。3人の悪魔を統べる魔王。
「王子だけに、下手に手を出せないのが厄介ね。」
「直にローズお得意の乗馬祭があるわ。そこで上には上がいると知らしめて差し上げましょう。」
その方法なら平和的だ。俺はジェニエッタの提案にほっと胸を撫で下ろした。
「カルーエル、お前が出場する馬場馬術、1位を取りなさい。」
「えぇ?!」
兄の視線の突然の方向転換に、カルーエルの菓子を食べる手がようやく止まった。
「あの王子も出場選手に選ばれているんだろう?アレには負けるな。」
アレって。もしかして昔の俺も、アレ扱いされていたのか?そう思うと、サァーと顔から血の気が引いた。
俺には素っ気ないカルーエルだが、兄からの言葉はさすがに蔑ろにできないのだろう。はい、と小さい声で了承していた。僕は出場じたいしたくなかったのにぃ、とぶつくさ口は尖らせているが。
「キャル、そうと決まれば特訓よ!」
「えぇ?!」
「良い案だわ。ローズに教われば上達間違いなしね。私はローズの補佐だし、キャルの特訓も手伝うわ。」
「えぇ…うん…ありがとう…。」
尻すぼみの声でも天使の笑顔を忘れないカルーエルは、さすが兄姉だけでなくローズの寵愛までも受けるだけある。
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