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一致団結?!寮対抗乗馬祭!
♥(5)一致団結?!寮対抗乗馬祭!〈終〉
しおりを挟むキシュワント皇太子殿下は、人心を掴む天才だ。恐らく無意識なところがまた厄介なのだ。
エルお兄様も、婚約したばかりの頃は私の味方でいてくれたのに、いつの間にか殿下の協力者となっている。だから、忙しい自分の代わりに様子を見てきてくれ、と頼んできたのだ。
もちろん大好きなお兄様の頼みを断るなんてことはしないが、わざわざ私に頼んできたのは、殿下の為なのだろうと予想はできた。
「あらあら、ジェニー、浮かない顔ね。」
「ローズ…。」
馬術の選手よりも軽量な乗馬服に身を包み、メットの顎紐を閉めるローズは、選手陣の中で1番輝いている。無敵だったキシュワント殿下に対抗できるのはローズしかいないと、彼女の背にはG寮全員の期待が乗っかっていた。
レースに出場する選手たちに番号バッジを配っていた私は、持っていた選手名簿のローズの欄にチェックをし、胸に付ける番号バッジを手渡した。
「キシュワント殿下の様子を見てきたのでしょう?お怪我の具合は?」
「軽い打撲と擦り傷ですって。欠場はしないみたいよ。」
「あら、それならますます負けるわけにはいかないわね。」
ローズは勝ち気な笑みを浮かべると、あら?と視線を右にずらした。私がそちらの方を向くと、キシュワント殿下も選手用の乗馬服を着て黒い馬の鼻を撫でていた。その左肩、二の腕部分に白いハンカチが結ばれている。
「ジェニー、あなた殿下にもハンカチを差し上げたの?」
「…まさか。ローズとキャルだけよ。お兄様も今年は選手ではないし。」
「まぁ、じゃああれは…。」
ローズは手を口を覆って続く言葉を飲みこむが、言わんとしていることは分かった。浮気とか、大体そんなところだろう。
確かに、本人は気づいていないようだが殿下の隠れファンは多い。皇太子というだけでも目立つ上、乗馬祭では毎年活躍し、成績も上位に位置している。私という婚約者がいなければ、もっとモテはやされるであろうハイスペック男子なのだ。
私と殿下は恋人というわけではないし、婚約破棄を狙う私としては、殿下の心を射止める異性の存在はむしろ都合がいい。
「まぁまぁ、殿下に限ってそれはなさそうよね。」
「…別にフォローする必要はないのよ?」
「ふふ、しわが寄っているのだもの。」
ローズの細長い人差し指が、私の眉間をつついた。私もしわを伸ばすように撫でる。
考え事をしていただけなのに、ローズはきっと勘違いをしたのね。
他の選手も来た為、ローズは手を振ってその場を去って行った。
最終競技は選手紹介から始まる。監督生であるエルお兄様を筆頭に列に並び、馬に乗ってトラックの周りを1周行進するのだ。監督生の中でも1番楽な仕事をもぎ取った、とお兄様が喜んでいたのを思い出す。
他のスタッフが選手に並び順を指示しているのを眺めていると、お兄様が馬から降りて来た。
「殿下の様子を見てきてくれてありがとう、ジェニー。おかげで欠場させずに済んだ。」
「打撲していると仰っていましたが、大丈夫なのかしら?」
「無理そうなら止めようと思ったが、どうやらやる気があふれているようだ。」
そうなのか。私が話した時は欠場するかどうか迷うくらい弱気になっていたのに。もしかして、あのハンカチが関係していたりするのだろうか。
「…お兄様。」
「何?」
「キシュワント殿下の腕に結んであるハンカチ、誰からか知ってる?」
「……いや。気になるならキースに聞いてあげようか?」
そんな探りを入れて、私が嫉妬していると思われても困る。
「いいえ、大丈夫。」
私は迷わず首を振った。それを見てお兄様がふふっと笑う。
「キースが誰かのハンカチを受けとるなんて初めてだな。どんな刺繍をしてあるんだろうね?」
そうか、人ではなくて刺繍を気に入った可能性もあるのね。でも、刺繍の腕が私以上の方なんて、そういるかしら。そう考えると、やはり人に惹かれた可能性の方が高いような気がした。
お兄様は微笑みながら考え込む私の頭を撫でた。
「じゃあ、そろそろ行くよ。」
お兄様と話しているうちに、選手の整列もほとんど終わっていた。ぶるぶると鳴く馬の声に緊張感が高まる。いよいよ最終競技が始まる。
レースは全部で3種類ある。1000m、1600m、2000m。それぞれ、寮から3名ずつ出場し、1レース9頭で行われる。
ローズとキシュワント殿下の出番は最終レースの2000mだ。
1000mはM寮が、1600mはG寮が1着を勝ち取った。
この時点でM寮の優勝の可能性はほとんど無くなった。M寮が優勝するには最終レースで1着2着を独占し、且つR寮が4位以下にならなければならない。R寮代表は、2年連続圧倒的な差で1着をもぎ取った、あのキシュワント殿下だ。いくら怪我をしているといっても、4位以下は無いだろう。
ともなれば、これはG寮vsR寮の優勝争いなのである。
私たち補佐と選手たちは、トラック脇でじきに始まるレース備えて待機をしていた。
近くにいるキシュワント殿下とも、何度か目が合う。
「ちょっと、ちらちらとうるさいから宣戦布告してくるわ。」
ローズはそう言うや否やつかつかと殿下に歩み寄って行った。私も後ろをついていく。
「いよいよ対決できますわね。この日をお待ちしておりました。」
「あ、あぁ、ローズ嬢。お互い頑張ろうな。」
「はい。殿下は負けたときの言い訳を、頑張って考えておくべきかと思います。」
「悪いがG寮に優勝はやらないよ。」
青い顔をしながらも必死に言い返す殿下は、正直見ていて面白い。度胸があるんだかないんだか。
「あらあら、強気ですねぇ。もしかしてハンカチをくれた女性にいいところでもお見せしたいのですか?」
ローズが殿下の二の腕に結ばれたハンカチを指差すと、殿下は一拍キョトンとした後、何かを悟ったように慌てて私を見た。
「ち、違うっ!これはっ…。」
言葉が続かない殿下に、ローズがくすくすと笑いかける。
「殿下もすみに置けませんわね。」
殿下の顔色がますます青ざめる。
このお方はいったいどこまで青くなれるのだろうか。これが本当のロイヤルブルー?
「ち、違うんだ、ジェニエッタ…!」
「…呼び捨てですか?」
「…あ…すまない。」
がっくりと分かりやすく項垂れる様子に満足したのか、ローズが私の手を取り、元いた位置に戻った。
ちょうど、同じく補佐をしている先輩から競技を始めるとの連絡が来た。
私はローズの乗った馬を引き、くじで引いた4番の枠に誘導した。頑張って!と一声かけて、その場を離れる。
馬が並び終わると、今度は枠の番号順に選手の名前が呼ばれた。拡声器を使って会場中にお兄様の声が響き、その声でローズの名が呼ばれると補佐の私まで誇らしく思えた。
馬が並ぶスタート位置には、先生が白と黒のチェッカーフラッグを持って立つ。
会場が一体となって静寂を作り出し、皆が下げられていて風に靡く旗に注目する。
バッと勢いよくチェッカーフラッグが振り上げられると同時に、馬たちも一斉に枠から飛び出した。会場は応援の声でいっぱいになり、私は両手を胸の前で固く握り合わせてローズを目で追う。
ローズ、頑張って!
乗馬祭が終わると、校舎のホールでパーティーが開かれる。美味しい料理やドリンクが用意され、キットン校御用達の楽団による優雅な演奏に合わせてダンスを楽しむこともできる。生徒同士や先生とも交流を深める場だ。
そんな中、私たちはパーティー会場には行かず、G寮の談話室、いつもの場所でいつものようにお茶を飲んでいた。
私はキシュワント殿下を避ける為に。ローズは殿下に負けたことが悔しくてパーティーに参加する気分ではない為。シャンテは優勝を逃してローズ同様気分ではない為。ラミエラは浮気したM寮の婚約者を避ける為。ヘーゼは皆が行かないなら自分も、と。それぞれの理由でここにいた。
優勝寮はR寮だった。
他と比べて飛び抜けて速かったローズと殿下は、最後の最後まで接戦で競い合い、ゴールはキシュワント殿下が馬の頭1つ分速く通り抜けた。
「そう、落ち込むことないよ、ローズ。」
「落ち込むわよ。殿下と勝負できるのは最初で最後だったのだもの。シャンテも悪かったわね、優勝できなくて。」
「ローズのせいじゃないでしょ。どちらかというと、1年生の得点が惜しいよね~。」
はぁ~、とシャンテが大きなため息をつく。
「せっかくカルーエル君が稼いでくれたのに、全員同じ得点だなんて。」
同感だ。まぁ没収試合にならなかっただけましなのかもしれないが。
素敵だったわねー、とはしゃぐのはヘーゼだ。きっとエリオール様にも負けない紳士になるわね、とラミエラも同調する。
「ところでシャンテ、調べて欲しいことがあるのだけど。」
シャンテは社交的で顔が広い。人探しをして貰うには適任だ。
「何、ジェニー?」
「どうやら殿下にハンカチを渡した方がいるみたいなの。」
「毎年狙ってる子はいるじゃん。別に受け取ってたわけじゃないんでしょ?」
「腕に結んでいたの。」
えっ?! とシャンテ、ラミエラ、ヘーゼの声が重なり、その視線が私に向けられる。
殿下は今までハンカチやリボンを一切身につけなかった。もらえなかったのではない。受け取らなかったのだ。皆が驚くのも無理はない。
無理はないけれど、少しオーバーじゃないかしら。
「あの殿下が…?信じられないな。」
「私も見たわ。確かよ。」
ローズが頷ずく。
「それじゃあ、ジェニーも浮気されたということ?」
「え、私は…。」
ラミエラの哀れむような視線に一瞬怯むと、シャンテが割り込んで声を出した。
「ジェニーはさ、婚約破棄をしたいんだからその子を応援したいってことじゃないの?」
「えぇ、そう。」
私の返答にニヤリと口角を上げるシャンテ。
「お兄様に聞いてあげようかと言われたのだけど、変な誤解をされたくなくて。」
「じゃあ今度、殿下のファンの子たちにちょっと話を聞いてみるよ。」
「ありがとう。」
シャンテならきっとあの手この手で調べてくれるだろう。
ラミエラとヘーゼがいつもの如くきゃあきゃあと騒ぐ。ラミエラは人のことではしゃいでいる場合ではないでしょうに。
ラミエラは私とは違って、婚約者と良好な関係だったのだ。それこそ恋人と言っていいほど仲が良かったと思っていたが。
「シャンテ、あなた、まだ殿下の後釜を狙っているの?」
ローズが呆れた声を出した。
そう、シャンテが積極的に婚約破棄に協力してくれるのには、理由があるのだ。
「もちろんだよ。俺がガンガルド家に婿入りしたら、俺は安泰だしジェニーは好きなことできるし、良いことづくしでしょ。お互いにね。」
私も、その話は悪くないと思っている。わざわざ次の結婚相手を探す手間も省けるし、何より結婚後に好きなことをできるというのが魅力的だ。
なんだかんだそんな話で盛り上がっていると、自然と貸し切り状態になっている談話室に、キャルが入ってきた。
「姉さんたち、パーティーにいないと思ったらここにいたんだ。」
疲れた顔でキャルが制服の襟ボタンと第一ボタンを外すと、ヘーゼが、今日はお疲れ様、と笑顔で席を用意した。
「ブライアと一緒じゃなかったの?」
私がそう聞くと、キャルは苦い顔をした。
「あぁ…すっかりキシュワント殿下に惚れ込んでて面倒くさかったから、そのままパーティー会場に置いてきたよ。」
セレアム殿下の救出劇にレースでの大活躍。確かに今年は殿下のファンが増えそうだ。
「姉さんたちはずいぶん盛り上ってたけど、何の話をしてたの?」
「殿下にハンカチを渡した人がいるみたいなのよ。」
ローズが腕を組んで答えた。
「え?」
「腕に結んであったの。」
私が補足する。すると、ごめん、となぜかキャルが謝った。
「僕が姉さんのハンカチ、貸してあげたんだ。」
「え…あの、G寮の紋章を入れた物を?どうして?」
別に怒っているわけではなかったが、私の気持ちを知っている為か、キャルは言いにくそうに視線を遠くへ投げた。
「…自分のことより、姉さんの心配をしてたから…。せめてレースには、ちゃんと出て貰えるように…。」
あぁ、キャルは優しいのだ。
あれにはさすがの私もドキリとしてしまったけれど、ああいう殿下の天然お人好し口撃には気を付けなければ、こっちが絆されてしまう。キャルもこのままでは危ないわ。
「なーんだ。じゃあ結局殿下もいつも通りの一途な殿下だったわけか。」
なに残念そうにしてるのよ、とローズがシャンテを小突いていると、キャルがパーティー会場から持ってきたらしきお菓子を広げ、各々笑顔で手に取った。
私は小さく息を吐き、ジェニエッタ!と時おり素で焦る様子のキシュワント殿下を思い浮かべていた。
一致団結?!寮対抗乗馬祭!〈終〉
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