「婚約破棄してください!」×「絶対しない!」

daru

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一致団結?!寮対抗乗馬祭!

♠️おまけ

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 パーティーから部屋に戻ってくると、1日の疲れがどっと押し寄せてきた。急に体が重く感じられ、制服のジャケットだけ脱いで、勢いよくベッドに腰を落とした。
 それに比べて、涼しい顔で着替えを始めるエルは流石だ。

「お疲れですね、キース。」

「あぁ、なんだか長い1日だったよ。」

 でも、優勝できて良かった。ジェニエッタには悪いが、シャンティースが喜ぶというG寮の優勝は、絶対に回避したかった。女系でありながら肉体派のブルームン家のローズは予想以上に手強かったが、経験の差か、ギリギリ勝てた。
 そのせいでパーティーでたくさんの人に囲まれることになったが、皆レースの活躍で、パンツ露出事件のことを忘れてくれているようで、俺は人知れず胸を撫で下ろしていた。

「ジェニーたちは来ていませんでしたね。」

 ローズを負かしたことで、落ち込ませてしまっただろうか。あ、いや、ちょっと待て。

「しまった…!」

「どうしました?」

「ハンカチの誤解を解いていなかった!」

 ジェニエッタとローズは、カルーエルに借りたハンカチを他の女生徒から受け取ったと誤解していた。その場で釈明したかったが、ローズは俺に理由を話す隙も与えてはくれず、ジェニエッタの手を引いて行ってしまった。
 元はといえば俺がもう少しハキハキと喋れていれば…いっそのことあの場にいたのがローズだけだったら俺ももう少しハキハキと…。いや、もしもの話をしたって仕方がない。

「…カルーエルはこれを狙ってハンカチを結んでくれたんだろうか。」

 だとしたら俺が浅はかだった。そう思ったが、エルが即座に否定した。

「いえ、キャルは私やジェニーと違って、そのような企みごとは好みません。なので、もしかしたら向こうで自然と誤解は解けている可能性もありますよ。」

「…それではまるで、お前やジェニエッタが企みごとを好んでいるように聞こえるぞ。」

「………。」

「否定してくれ!」

 俺に一切興味を示さないカルーエルが、善意で俺の為にやってくれたことだとしたら、少しでも俺のことを認めてくれたのかもしれない。それは素直に嬉しかった。

 問題は兄の方だ。この、自分から企みごとを嫌いじゃないと明言する男。事実、ジェニエッタは知らないと思うが、彼女から贈られた下着にあらぬ意味をくっつけて噂を流したのは、婚約関係が良好だと周囲にアピールする為だと、エルが考えたことだった。
 そんなエルに、俺は1つの疑念を持っていた。

「エル、1つ確認しておきたいんだが。」

「なんでしょう?」

「セレアム王子の落馬事故の件だ。」

「それが何か?昼間にお話したこと以外、進展はありませんよ。」

 部屋着に着替えたエルは、今度は編み込んだ髪をほどき、ベッドで優雅に髪を梳かす。 

「王子のルームメイトはどうやって興奮剤を手に入れたんだ?」

「さぁ?私は聞いていませんが、チョコレートとかカフェインとか、馬の神経に影響を与えるものは簡単に手に入りますからね。」

「お前にその知識があるのは不思議じゃないが、入学して2ヶ月の1年生にそんな知識があるものか?」

 ましてや補佐をやっていたということは、乗馬の経験者ではない可能性も大いにある。

「そのルームメイトのことを知らないのでなんとも言えませんが、馬を飼っていたり、話を聞いたことがあるとか、一概にあり得ないとも言いきれないのでは?」

 もちろんその通りだが、エルは呼吸をするように嘘をつく男だ。微笑みながら髪を梳かす仕草は、どこか怪しい迫力がある。セレアム王子が俺に侮辱的な発言をした時、エルは珍しく怒っていた。動機はある。
 とはいえ、もし本当にエルが関わっていたとしても、その証拠は無いのだろう。

「それより、昼間にも言いましたが、あのような危険な真似は2度としないでくださいね。」

「誰かが受け止めなければ、王子が危なかっただろう。大怪我をさせてしまうところだった。」

「その誰かが、キースである必要はありません。どうせ落馬しても骨が何本か折れるくらいですよ。」

 それを世間では大怪我と言うんだ!

「死亡するケースだってある。」

「それは悲運ですが、それでも皇太子であるキースが身をはることではありません。」

 この、不道徳者め。洒落にならないぞ。

 例えば、もし俺に弟等の男兄弟がいたとして、小説であるような王室のいざこざが起こったとしたら、エルは容赦なく俺の兄弟を葬るだろう。それも、証拠を残らないようにして。
 エリオール・R・ガンガルドは穏やかな優等生の反面、そういう節がある恐ろしい男だ。

 落馬の件に本当に関与していないならそれでいい。だが、念のため、釘を刺しておくことにした。

「セレアム王子とは幼い頃より親交がある。血こそ繋がっていないが、弟のように想っている。もし王子がまた危険な目に合えば、俺は迷わず助けに行くと思う。心に留めておいてくれ。」

 エルの顔から笑みが消え、櫛が止まった。

「今回の件は王子の日々の態度にも問題があった。そのことは諫めておいたから、エルも先日受けた無礼は、俺に免じて水に流してやって欲しい。」

「…分かりました。」

 これでエルについては一安心だ。この男の手綱は、俺がしっかり持っておかなければ。

 そして、確認したいことがもう1つ。

「それで…シャンティースはどうだった?」

 いつもジェニエッタの近くにいる唯一の男、シャンティース。
 今年、寮に関係無く補佐を任命できる立場になったエルに、あの男に近づいて欲しいと頼んでいたのだ。エルも興味があったらしく、二つ返事で了承してくれた。

 エルは櫛を置いて、にやりと笑った。

「あぁ、シャンティース。あれはひたすら真っ直ぐだった兄と違って、なかなかの曲者ですね。」

 シャンティースの兄は3つ上の先輩で、G寮だった。誠実を絵に描いたような真面目で硬派な印象だったが、意外にもブルームン家の跡取りだったローズの姉と情熱的な恋に落ち、卒業後に結婚した。おかげで自分が婿探しをする羽目になったと、ローズが嘆いているのを聞いたことがある。

「話を聞くと、キースとジェニーの婚約破棄成立後の、ジェニーの婿の座を狙っているみたいでした。」

「婚約破棄は絶対しない!」

 首を大きく左右に振る。

「えぇ、キースは堂々とその姿勢を貫いてください。あれは気に入ったので、私が貰い受けます。」

 …は?

「エル…お前…女っ気が無いと思ってはいたが…そういう…?」

 容姿端麗、成績優秀、高身長に良家の金持ち。女性の憧れの的でありながら、恋人も婚約者も作らないエル。
 まさかと思って恐る恐る聞いてみると、努気のオーラを纏ったエルが笑みを浮かべてゆっくり近づいてきた。

「キース、私たちはここでは社会の肩書きを外した、ただの友人同士ですよね。ただの友人同士、少しばかり喧嘩をして怪我をされても、問題ありませんよね。」

 そう言いながら、エルは俺の胸ぐらを掴んだ。

「おおおお前っ、俺を殴るつもりか?!」

「まさか、殴ったら痛いじゃないですか。枕で窒息させて差し上げます。」

 にっこり笑うエルは俺をベットに叩きつけ、本当に顔の上に枕を押し付けてきた。

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。
 いや、待て、身長こそエルの方が高いものの、俺の方が腕力はある。

「おおおお前っ、俺と喧嘩して勝てる気か?!」

 どうにか息継ぎをして必死に叫ぶと、エルの顔から笑顔がすっと消え、代わりに冷たい視線が刺さった。

「キース、私を殴るおつもりですか?」

 理不尽!!!

 誰かに助けを求めたかったが、皇太子と監督生の部屋が騒がしくても注意をしてくる生徒などいるわけもなく、エルの皇太子殺害未遂は、俺がどうにかベッドから逃れて、床に膝をついて謝罪をするまで続いた。


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