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彼の日の桃の香
♣️おまけ
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「お待たせしました。」
校舎の3階端にある空き教室は、古い机や教材等の物置となっていてほとんど人が来ない為、密談するには最適な場所だ。
私は埃っぽい廃れたカーテンの隙間から中庭を見渡したまま、教室に入ってきたシャンティースに話しかけた。
「ジェニーが、キースに校内新聞のインタビューを一緒に受けるようにと頼みに来たよ。よくやった。」
顔を上げて労いの言葉をかけてやると、彼は複雑そうな顔をした。罪悪感からかと思ったが、どうやら違うらしい。
「はぁ、それはその通りになりましたが、やや強引になってしまったので俺が怪しまれたかもしれません。」
「…強引というと?」
「あの新聞クラブの人では話が進まなそうだったので、俺がそういう流れに持っていたんです。」
「そうか…。」
確かに新聞クラブの者達は熱意こそあるものの、小心の者が多い。ネタを流せば死にものぐるいになるかとも思ったが、ジェニーに威圧されて萎縮したようだな。
シャンティースなら強引と言いつつそれなりに自然な流れを作ったのだろうが、聡いジェニーのことだ。当たりを付けている可能性は大いにある。
乗馬祭の時に彼を補佐に選んだのはどうあっても不自然だった。疑問を持った筈だ。もし彼を疑うのなら、それは私を疑っているということだろう。
私の行動は、決してジェニーを傷つける為ではない。むしろジェニーの為だと思っている。
だが、ジェニーには敵判定を受けてしまうかもしれないな。そう考えると無意識にため息が零れた。
「…すみません。」
私が怒ったように見えたのか、シャンティースは罰が悪そうに頭を下げた。
「いや、お前は良くやってくれた。取り敢えず、ただの友人に戻れ。もしジェニーに何か聞かれたら、私のことも話していいよ。」
「え、それはまずいのでは?嫌われたくはないんですよね?」
「もし私がジェニーの怒りを買ってしまったとしたら、それは私自身で対処するべきことだ。だからお前は今まで通りに戻っていい。ジェニーから友人を奪うつもりはないからな。それと、この恩はしっかり覚えておくから安心しろ。」
ジェニーは私と違って友人が多い。いつも楽しそうにしている友人たちと仲違いをさせてしまっては可哀想だ。
いまいち消化できていないのか、シャンティースは不安そうな表情を浮かべたまま退室した。
私はもう少し時間を空けてから出ようと思い、カーテン越しに窓に寄りかかり、再びその隙間から中庭の、生徒達が行き交う様子を眺めた。
キースの味方をすれば、いずれはジェニーと衝突することとなるのは予想していた。これまでは少しジェニーとキースの間を取り持つくらいしかしてこなかったが、今回こんなに無理矢理2人をくっつけようとしたのは、キースが今年に懸けていると言っていたからだ。
私とキースが卒業するまで、1年を切った。いつまでも遊んではいられない。
さりとて、ジェニーに恨まれるかもしれないと考えると、気が落ちるのはどうしようもない。
私はシャンティースが校舎から出た姿を確認してから、ようやく重い足を動かし自寮に向かった。
自室に戻ると、キースが鏡の前に立っていた。クローゼットは全開で、両手に私服を持ち自分に当てている。
「エル!取材には何を着ていくべきだと思う?!」
真顔で聞いてくるから、冗談ではないのだろう。
「…制服でしょう。校内新聞なのですから。」
「…そ、そうか。」
はっとしたキースは恥ずかしそうに服の数々をクローゼットに片付けた。重力を感じていないのではないかと思うほど舞い上がっている。
キースは決して馬鹿ではない。むしろ賢い部類に入ると思うが、如何せんジェニーのことが絡むとポンコツだ。それが2人の仲の進展を阻む1番の原因なのではないかと私は思っている。
「髪はどうするのが良いと思う?」
「いつも通りで良いんじゃないですか。」
未だ鏡の前から離れないキースに、私はため息を漏らして椅子に座った。適当に返事をすれば、目を三角に吊り上げて睨み付けられた。
「ちゃんと考えてくれよ!ジェニエッタ嬢は寝起きのままでも絵になるのだろうが、俺は少しでも着飾らないとモブと見分けがつかないんだよ!」
「自分で言って、虚しくないですか?」
「お前は本をたくさん読むくせに、フォローという言葉を知らないのか?」
フォローも何も、キースの顔立ちが地味なのは太陽は眩しいと言うくらい紛うことなき事実だ。だいたい、ご尊顔、と言えばそれはそれで怒るくせに。
「キースがどのような格好でも、ジェニーは気にしませんよ。」
私が本を開きながらそう言うと、キースは口を尖らせた。
「分かってるよ…ジェニエッタ嬢が俺に興味無いことくらい…。」
「自分で言って、虚しくないですか?」
「…お前!わざと言わせてるだろ!」
気付いたか。
声を出して笑うと、枕が飛んできて私の顔に命中した。キースはすぐ枕を投げる癖がある。たまに積み重ねている本に当たって崩れるからやめて欲しい。
キースはジェニーが自分に興味が無いと本気で思い込んでいるが、私から見れば決してそんなことはない。
ジェニーも自覚が無いのだろう。婚約破棄を主張して色々なイタズラを仕掛けて来るが、それに困っているキースの反応を見て、ジェニーはよく笑う。楽しそうだなと私の口元も綻ぶほど、よく笑っているのだ。
ジェニーがキースの器を評価していることも分かっている。今年入学してきたセレアム・シーウェルドットのように、キースに本気で無礼を働く者がいれば怒りを表すほどだ。
足りないのは、向かい合う時間だけだ。
少しでも2人の力になれればいいが。
校舎の3階端にある空き教室は、古い机や教材等の物置となっていてほとんど人が来ない為、密談するには最適な場所だ。
私は埃っぽい廃れたカーテンの隙間から中庭を見渡したまま、教室に入ってきたシャンティースに話しかけた。
「ジェニーが、キースに校内新聞のインタビューを一緒に受けるようにと頼みに来たよ。よくやった。」
顔を上げて労いの言葉をかけてやると、彼は複雑そうな顔をした。罪悪感からかと思ったが、どうやら違うらしい。
「はぁ、それはその通りになりましたが、やや強引になってしまったので俺が怪しまれたかもしれません。」
「…強引というと?」
「あの新聞クラブの人では話が進まなそうだったので、俺がそういう流れに持っていたんです。」
「そうか…。」
確かに新聞クラブの者達は熱意こそあるものの、小心の者が多い。ネタを流せば死にものぐるいになるかとも思ったが、ジェニーに威圧されて萎縮したようだな。
シャンティースなら強引と言いつつそれなりに自然な流れを作ったのだろうが、聡いジェニーのことだ。当たりを付けている可能性は大いにある。
乗馬祭の時に彼を補佐に選んだのはどうあっても不自然だった。疑問を持った筈だ。もし彼を疑うのなら、それは私を疑っているということだろう。
私の行動は、決してジェニーを傷つける為ではない。むしろジェニーの為だと思っている。
だが、ジェニーには敵判定を受けてしまうかもしれないな。そう考えると無意識にため息が零れた。
「…すみません。」
私が怒ったように見えたのか、シャンティースは罰が悪そうに頭を下げた。
「いや、お前は良くやってくれた。取り敢えず、ただの友人に戻れ。もしジェニーに何か聞かれたら、私のことも話していいよ。」
「え、それはまずいのでは?嫌われたくはないんですよね?」
「もし私がジェニーの怒りを買ってしまったとしたら、それは私自身で対処するべきことだ。だからお前は今まで通りに戻っていい。ジェニーから友人を奪うつもりはないからな。それと、この恩はしっかり覚えておくから安心しろ。」
ジェニーは私と違って友人が多い。いつも楽しそうにしている友人たちと仲違いをさせてしまっては可哀想だ。
いまいち消化できていないのか、シャンティースは不安そうな表情を浮かべたまま退室した。
私はもう少し時間を空けてから出ようと思い、カーテン越しに窓に寄りかかり、再びその隙間から中庭の、生徒達が行き交う様子を眺めた。
キースの味方をすれば、いずれはジェニーと衝突することとなるのは予想していた。これまでは少しジェニーとキースの間を取り持つくらいしかしてこなかったが、今回こんなに無理矢理2人をくっつけようとしたのは、キースが今年に懸けていると言っていたからだ。
私とキースが卒業するまで、1年を切った。いつまでも遊んではいられない。
さりとて、ジェニーに恨まれるかもしれないと考えると、気が落ちるのはどうしようもない。
私はシャンティースが校舎から出た姿を確認してから、ようやく重い足を動かし自寮に向かった。
自室に戻ると、キースが鏡の前に立っていた。クローゼットは全開で、両手に私服を持ち自分に当てている。
「エル!取材には何を着ていくべきだと思う?!」
真顔で聞いてくるから、冗談ではないのだろう。
「…制服でしょう。校内新聞なのですから。」
「…そ、そうか。」
はっとしたキースは恥ずかしそうに服の数々をクローゼットに片付けた。重力を感じていないのではないかと思うほど舞い上がっている。
キースは決して馬鹿ではない。むしろ賢い部類に入ると思うが、如何せんジェニーのことが絡むとポンコツだ。それが2人の仲の進展を阻む1番の原因なのではないかと私は思っている。
「髪はどうするのが良いと思う?」
「いつも通りで良いんじゃないですか。」
未だ鏡の前から離れないキースに、私はため息を漏らして椅子に座った。適当に返事をすれば、目を三角に吊り上げて睨み付けられた。
「ちゃんと考えてくれよ!ジェニエッタ嬢は寝起きのままでも絵になるのだろうが、俺は少しでも着飾らないとモブと見分けがつかないんだよ!」
「自分で言って、虚しくないですか?」
「お前は本をたくさん読むくせに、フォローという言葉を知らないのか?」
フォローも何も、キースの顔立ちが地味なのは太陽は眩しいと言うくらい紛うことなき事実だ。だいたい、ご尊顔、と言えばそれはそれで怒るくせに。
「キースがどのような格好でも、ジェニーは気にしませんよ。」
私が本を開きながらそう言うと、キースは口を尖らせた。
「分かってるよ…ジェニエッタ嬢が俺に興味無いことくらい…。」
「自分で言って、虚しくないですか?」
「…お前!わざと言わせてるだろ!」
気付いたか。
声を出して笑うと、枕が飛んできて私の顔に命中した。キースはすぐ枕を投げる癖がある。たまに積み重ねている本に当たって崩れるからやめて欲しい。
キースはジェニーが自分に興味が無いと本気で思い込んでいるが、私から見れば決してそんなことはない。
ジェニーも自覚が無いのだろう。婚約破棄を主張して色々なイタズラを仕掛けて来るが、それに困っているキースの反応を見て、ジェニーはよく笑う。楽しそうだなと私の口元も綻ぶほど、よく笑っているのだ。
ジェニーがキースの器を評価していることも分かっている。今年入学してきたセレアム・シーウェルドットのように、キースに本気で無礼を働く者がいれば怒りを表すほどだ。
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