「婚約破棄してください!」×「絶対しない!」

daru

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期せずして想い届ける冬日影

♠️(1)

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 新年。皇帝である父は玉座に座り、有力な貴族たちや、各国から来る使者たちと挨拶を交わさなければならない。もちろん皇后である母や皇太子の俺も皇帝の横に並んで座っていたが、特に話しかけられることがなければ口を挟まないでいた。

 皆の挨拶を聞いていると、楽しいことや有益なことを言ってくれる者もいれば、月並みな言葉しか言わない者もいる。
 感心してしまうのは、どの言葉にもしっかり自分の言葉で返していた父だ。

 父の仕事振りをしっかり見習わなければと思う一方、エルとジェニエッタのことが心配で頭がいっぱいだった。

 ガンガルド家が参内した時のことだ。入室から退室するまで、父と公爵が子供のように言い合っている間も、エルとジェニエッタは一度も目を合わせることがなかった。

 新年の挨拶の時だけではない。聖なる感謝祭ではジェニエッタは俺の婚約者として、プレゼントした美しいドレスに身を包み俺の隣にいたが、エルの話をすれば目を伏せ、仲直りしていないことは一目瞭然だった。

 あんなに仲が良かったのに。ジェニエッタも強情だ。エルは確かに腹黒いが、それは今に始まったことではないというのに。エルもジェニエッタも元気が無いと、俺まで調子が狂う。

 というか、早く仲直りしてくれないとエルも全然会いに来てくれなくて、公務ばかりに追われ退屈だ。
 冬休みだというのに1度も会いに来ないとは!あ、用事がないと来ないのはいつものことだった…。

 いっそ、俺から行ってみようか。この時期は忙しくて例年通りならあまり外出はしないが、俺にとっては唯一無二の友人も心惹かれる婚約者も、最重要事項だ。

「馬車を用意してくれ。あと私服の用意も。」

 挨拶の日程を全て終え、自室に戻ると、付き人にそう命じた。さっさと挨拶用の礼装を脱ぎ捨て、整えていた前髪も普段通りに戻す。

 馬車の用意ができました、と聞いてさっそく向かおうとした時、ようやく当たり前のことに気がついた。

 新年早々押しかけたら迷惑ではないだろうか。普通に考えて。しかもすっかり日の沈んだ時間に。
 でも、善は急げというし…。そうかと思えば、急がば回れとも言うし…。でも明日は明日でまた忙しいだろうし…。

「皇太子殿下?どうかなさいましたか?」

 馬車の知らせに来た使用人が、立ち止まった俺を不思議そうに見ている。

「…いや、なんでもない。行こう。」

 俺は、善は急げに賭ける。



 とっくに夕刻になっていた為、日はすっかり沈んでしまった。
 迷惑ではないかという不安を飲み込みガンガルド宅を訪ねると、意外とすんなり応接室へ通してくれた。

 出されたお茶を飲みながらエルを待つ。
 会ったらなんて言おうか。仲直りできたか?いや、できてないことは明らかだった。それなら、仲直りできるように手伝うか?だろうか。…ジェニエッタに避けられている俺が何を手伝えるんだ。

 ノック音の後ドアが開くと、部屋に入って来たのはエルではなく、エルをもっと大人にして貫禄と重厚感を持たせたような人物だった。いつ見ても父と同い年とは思えないほど若々しい。

「遅い時間にすまないな、公爵。」

「いえ、かまいません。私からもお聞きしたいことがあったのです、皇太子殿下。」

 エルとジェニエッタのことだろう。

「子供たちのことです。」

 やっぱり。

「冬休みに帰って来たと思ったら、四六時中一緒にいたあの子たちが、いっさい話もしようとしないのです。カルーエルも気まずそうにしていて…。殿下、原因をご存知ですか?」

「俺もその件で、迷惑と思いつつこんな時間に来てしまったんだ。」

 何と言うべきだろうか。エルが俺とジェニエッタ嬢の仲を取り持とうとして…なんて言ってしまったら、ジェニエッタ嬢が俺を拒否していると公爵に知られてしまう。そうしたら公爵は娘の幸せを尊重して、本当に婚約破棄をさせられてしまうかもしれない。

「何か行き違いがあったんだろう。俺も2人が早く仲直りできるように話を聞いてみるよ。」

「お願いします。私から聞いてもしらけた顔をするばかりで…。」

 それは、話し方が問題なのではないだろうか。

 公爵は子供たちを溺愛している。俺と話すときはこうやって落ち着いているが、父と話す時は低レベルのマウントを取り合ったりするし、エルによると、子供たちに対しては未だに幼児を相手にするような話し方をするらしい。去年、エルが油断をして頬擦りをされたと聞いた時は、公爵を見る目が変わりそうになったほど引いた。

 公爵が部屋を出ようとすると同時に、エルを呼びに行ってくれた執事が入ってきた。

「エルはどうした?」

 公爵がそう聞くと、執事は困った顔をしてそれが…と言葉を濁す。

「こ、これを皇太子殿下にお渡しするように、と…申し付けられました。」

 執事がおずおずと差し出してきたのは三つ折にされた1枚の便箋だ。

 手紙?

 嫌な予感が俺の胸中で渦巻いたが、俺は渋々受け取った。公爵が不思議そうに見つめてくる。手紙を読むのを待っているのだろう。

 内容は単純明快だった。

”キースがきちんとジェニーに気持ちを伝えるまで、お会いしません。E”

 俺は、咄嗟に便箋をくしゃっと乱雑に閉じた。

「皇太子殿下、どうかしましたか?息子が何か失礼でも?」

「あ、いや、いやいや、…何でもない。」

 しまった、動揺してしまった。おおおおお落ち着かなければ。

 俺の様子に気づいたらしい公爵が執事に向き直った。

「おい、それであの子はどうしたんだ?」

「も、申し訳ありません。そのお手紙をお渡しするようにとしか…。」

 大きく息を吐いて頭を抱える公爵。

「すみません、殿下。すぐ呼んで参ります。」

「あっ!いや!…無理に呼ばなくていい。俺もいきなり来てしまったし。」

 皇太子に失礼な態度をとるなという理由で無理に呼ばれてしまうと、それはもう友人ではなくなってしまう気がする。
 子供の時に俺が失敗し、学んだことだ。皇太子おれが呼べば来てくれるのが当たり前などと思ってはいけない。それは対等な立場であるはずのに求める態度ではない。

「ではジェニエッタを呼んできますので、あの子から話を聞いてやってくれませんか?」

 名前を聞いただけで、ドキリと胸が鳴った。

「お、遅い時間に…迷惑では、ないだろうか…?」

「あの子たちはいつも遅くまで起きていますから、大丈夫ですよ。せっかく殿下に時間を作って来ていただいたわけですし。あ、でも、婚前交渉はお控えくださいね。」

「こっ?!!」

 公爵の穏やかな表情から圧を感じる。

「するわけないだろうっ!!!」

「信用していますよ、殿下。」

 もう1度念を押してから、公爵は退室した。

 婚前交渉などするわけがないのに、わざわざジェニエッタに会う前に動揺させないで欲しい。まだ、手を握ったことすら無いというのに。

 エルもエルだ。気持ちを伝えるもなにも、俺が何年もアピールし続けているのを見ているだろう。その上で、未だに避けられているのだ。
 俺にすっぱり振られて死ねとでも言っているのか?

 俺はエルの手紙をもう1度読み返し、今度は綺麗に折り畳んで懐にしまった。

 そして、大きなため息を1つ。

 エルに、ジェニエッタと仲直りするまで俺と口をきかないと言われた時、不安に思ったことがあった。
 エルには、ケンカの原因はお前にあるのではないかと諫めたが、そもそもエルは俺の為になると思って何か動いてくれた可能性がある。ともすれば、そもそものケンカの原因は俺になるわけだ。
 もし、ジェニエッタも同じように考えていたら?

 ジェニエッタに嫌われ、エルも俺の元から去ってしまったら、俺は絶望だ。
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