「婚約破棄してください!」×「絶対しない!」

daru

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期せずして想い届ける冬日影

♥(5)期せずして想い届ける冬日影〈終〉

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 今日はもうキットン校へ向かう日だ。ボードゲームをしたり、夜通しお喋りをしたり、シャンテが使用人といちゃついている場を目撃したり、あっという間の2日間だった。
 ラミエラも到着してすぐは疲れた顔をしていたが、今朝は早めの朝食だと言うのに次々と口へ運んでいる。学校へ向かうので道中寄り道をしようと早めの出発をすることになったのだ。

 荷造りは昨夜のうちに済ませ、馬車の準備も、ローズの従者、”お口にチャック”ことチャックが滞りなく行ってくれた。いつも通りであれば、チャックも学校までローズに同行するはずなのだが、今回は友人と一緒だからという理由で置いて行くらしい。

 馬車には私とローズが、私たちと向かい合うようにラミエラとシャンテが隣同士で座った。

 馬車が走り出して暫くすると、真っ直ぐ首都の出口へ向かっていないことに気が付く。"寄り道"は首都内で行うのだろうか。

「ねぇローズ、これはどこへ向かっているのかしら?」

 ローズは少し考えた後、困ったように笑った。

「ジェニーに嘘を付くのは嫌だから、もう言ってしまうわね。パールホテルに向かっているの。」

 パールホテル。首都内、いや帝国一の格式高い高級ホテルであり、そのサービスと料理ももちろん一流だ。
 でもなぜパールホテルへ?朝食は済ませたし、何か特別なイベントでも催されているのかしら。

「そこで殿下が話があるみたいよ。」

「え?」

「ジェニーがうちに来た日、殿下から手紙が届いたの。今日学校へ出発する前にジェニーを連れてきて欲しいって。」

 どうしてローズに?

「私宛ての手紙を出すあたり、本当にへたれよねぇ。」

 呆れながらため息をついた。でもね、とローズは続ける。

「ジェニーの様子を見ていたら、ちゃんと話す時間が必要なんじゃないかって思って、協力して差し上げることにしたのよ。黙っていてごめんなさい。」

 つまり、今から殿下に会わなければいけないということか。あまり緊張というものはしたことがなかったが、途端に心臓が大きく鳴り始めた。シャンテやラミエラの生暖かい視線も気にならないほど。

「ジェニー、怒った?」

「怒ってはいないけれど…どんな顔で会えば…。」

 たぶん少し顔が赤くなっているのだろう。シャンテが肩を震わせて口元を押さえている。私の代わりに、ラミエラが彼の二の腕をつねってくれた。



 パールホテルに着くと、スタッフと一緒にお兄様が出迎えてくれた。既に殿下が待っているらしく、お兄様に手を引かれて宴会場へ案内された。この宴会場に入るのは2度目だ。皆はキャルと一緒に別の場所で待つらしい。

 宴会場の入り口の白く煌びやかな両扉の前で、一度お兄様と向かい合う。

「ジェニー、今日はよく来てくれたね。」

「さっき知ったの。馬車の中で。」

「…キースに会いたくないというのなら、無理しなくてもいいよ。でも、一度話を聞いてやって欲しいんだ。聞くだけでいいから。」

 気を使ってくれていると分かる優しい言い方。もうすれ違うことの無いようにと、お兄様がそう思っているように感じる。
 お兄様は殿下の気持ちをずっと知っていたのだろう。勝手な理由で傷つけてしまったのは、私の方だ。
 私はお兄様を安心させるように微笑んだ。

「大丈夫。ここで逃げたりしないわ。」

 それを聞いてお兄様も微笑み返し、いつものように私の額にキスを落とした。行っておいでと。

 扉の横に立っていたスタッフがお兄様の目配せで静かに扉を開く。一歩足を踏み入れて視線を上げると、驚く光景が目に飛び込んできた。

 宴会場はダンスホールほど広く、サイドに並ぶテーブルの上には豪華な料理やデザートが用意されていた。奥の壁には大きな帝国の紋章旗が堂々と掛けられている。その前に木でできた教壇が置いてあり、殿下がその前に立っている。
 まるで、あの日の再現だ。

 私は息を飲んで教壇前へと続くレッドカーペットの上を歩み進めた。
 誰もいないパーティー会場の静かな空気の中、ヒールの音が弾ける度に私の胸も大きく鳴った。

 傍まで行くと緊張した顔つきの殿下にてを差し出され、私も恐る恐るそこに手を重ねる。
 教壇の前で2人手を取り向かい合う形になると殿下の顔がみるみる耳まで赤くなり、何も話していないのにこちらまで恥ずかしくなった。互いに視線を下げる。

「…ジェニエッタ嬢、来てくれて、ありがとう。」

「…お話があると、伺いました。」

「覚えているか?8年前のこの場所。」

「婚約式を、行いましたね。」

 当時の私には、笑顔で話しかけてくる殿下も、喜ぶ様子の陛下御夫妻も、擦り寄ってくる大人たちも、何もかもが雑音で、そばにお兄様がついていてくれなければ逃げ出していたことだろう。

「ずっと心に引っかかっていたんだ。あの時のこと、ちゃんと謝っていなかったから。」

「謝るとは?」

「……………望まない、婚約だっただろ。」

 私は予想外の言葉に顔を上げた。目が合ったかと思うと、殿下はすぐにまた下を向いてしまった。

「皇家からの申し出だから断れなかったのだと分かっていたのに…、それでも、少しずつ距離を縮めれればいいと、…甘く…考えていたんだ。ジェニエッタ嬢を軽んじてしまったこと、まずは、謝罪させてくれ。」

「…過ぎたことです、殿下。…軽んじた、ということであれば、私の方こそ…。」

「いや!ジェニエッタ嬢は…何も悪くない。…俺が悪かったんだ。…婚約破棄をして欲しいと願うのは、当然のことだ。」

 そこには、幼い頃より抱いていた殿下の傲慢さは感じられなかった。素直に罪悪感を感じ、謝罪しているのだ。

「でも、あの時の謝罪を受け取った上で、………今から話すことを、聞いて欲しい。」

 殿下はそう言うと、意を決したように私を真っ直ぐ見つめた後、片膝をつく形で跪いた。

「殿下、お立ち下さい!殿下が跪くなどっ…!」

「聞いてくれ、ジェニエッタ!」

 繋がれたままの私の手の甲に、殿下の額が触れる。破裂するのではないかと思うほど、心臓が大きく跳ね上がり、血が凄まじい速さで全身を駆け巡った。
 あ、すまない、ジェニエッタ、と以前も指摘したことがある呼び捨ての件を自ら謝ってきたが、正直そんなことはどうでも良かった。

「ジェニエッタ嬢、…貴女の事が……………好きだ。…心から、想っている。」

「………忘れてくれと。」

「あれは!…違う。あんな…しょぼい告白は忘れてくれと…そういう意味だ。想いは、変わらない。」

 縋るように見つめられた私は、どうしていいか分からなくなった。

「…俺のことは……き…らいか…?」

「そういうわけでは…ありません。」

 かと言って好きかと聞かれると、それもよく分からない。それなのに、殿下は嬉しそうに微笑んだ。
 立ち上がって、取っていた私の手を自身の口元に引き寄せる。手の甲にキスをされるすんでのところで、私は素早く手を引き抜き、自分の後ろに隠してしまった。決してわざとではない。反射的に、だ。

「あ、………………………申し訳ありません。」

「い、いや、俺が………調子に、のった…。悪い…。」

 さっきまで赤かった殿下の顔色が瞬時に青くなり、目が左右に泳ぎ始める。
 可哀想なことをしたという自覚はあるが、悪気があってやったわけではないのでフォローのしようが無かった。

 暫し流れる沈黙に気まずさを覚え、視線を横に移すと、あの日そっくりに飾られた無人のパーティー会場。

「この料理の数々はどうなさるのですか?」

 沈黙を破るようにそう聞くと、あぁ、と殿下も気を緩めたようだった。

「このままここの従業員達に振る舞うことになってるんだ。…急なことを頼んで無理をさせてしまたからな、はは。」

 困ったように笑うところを見ると、本当に急ごしらえに準備したのだろう。

 この話をする為に、そこまでしたのか。婚約を押し進めたことを謝罪して、またそこから始める為に。誠実な想いを感じ、殿下の言葉がじんわりと胸に染み込んだ。
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