仮面夫婦の愛息子

daru

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 「首尾はどうなんだ、ヒューゴ。」

 俺とセオが主導している貧民救済団体の予算案を確認していると、珍しく父が部屋に訪ねてきて、そう訊いてきた。
 たぶん団体のことではない。けど、知らないふりをして予算案について答えた。

「うーん、まぁいつも通り、問題無いかな。」

 わざとらしく紙の束を振ってみせる。
 しかし父は、くすりともせずに首を横に振った。そうじゃない、と。

 父は真面目で厳格な人だ。俺の冗談にはいつも気がつかない。
 めったに怒りはしないものの、めったに笑いもしなかった。

「セオドアとの件だ。」

 分かってるって。

「エドに見舞いの手紙を送ったら、大分回復したと返事が来た。お前は会ったか?」

「俺はセオと叔母さんにしか会ってないよ。」

 それも1度会っただけで、あとは手紙でしかやり取りしていない。

 叔父さんが毒を飲んで1週間が経った。

 事件の翌日、俺は体調を崩していた父の様子が気になったので先に邸へ帰ったが、母を迎えにもう1度行くつもりでいた。
 しかし迎えなどは必要なく、母はそそくさと帰って来た。
 そして叔父さんが目を覚ましたことを聞いた。

 思っていた以上に早かったが、セオも安心したことだろうと、俺もほっとした。
 一方母は、随分と悔しそうだった。密かに様子を探りに行った時、まさか、こんなはずでは、とぶつぶつ言っているのが聞こえた。

 母が叔父さんを恨んでいることは知っているが、仮に叔父さんが死んだところで何をしたいのだろう。
 俺に継がせたいのか、それとも侯爵夫人の座が欲しいのか。
 好きなように学ばせてくれた母へは孝行してあげたいと思うが、母は俺にどうしてほしいのか、それが分からなかった。

 そうか、と俯く父に、けど、と言葉を繋げた。

「一緒に食卓を囲めるようになったって手紙に書いてたから、元気になったんじゃないの。」

「それなら良かった。それで、首尾はどうなっているんだ。」

 ちっ、誤魔化されてくれないか。

「ちょっと考え中。」

 これ、母さんには内緒ね、と人差し指を立てて口元に当てた。

「実際に毒を飲んだのは叔父さんだったけど、どうやら叔母さんも標的になってたみたい。」

「セシールが?」

 仏頂面の父も僅かに目を開く。

「そう。叔母さんが食べるはずだった料理に手を付けて死んだメイドがいるんだって。それでこっちの持っている情報と食い違ってるから、そっちの調査もしないと。」

「それは一刻も早く犯人を探さなければ。」

「うん、でも、俺たちが同一犯じゃないって知ってるのもおかしいから、慎重に動かないと。」

「そうか。そうだな。」

 頭を抱える父を見ると、また貧血でも起こすんじゃないかと心配になる。
 穏健派の父にこんな話はしたくなかったのだが、首を突っ込んでくるのだから仕方がない。

「日取りを決めて、またセオに会って来るよ。」

 俺がそう言うと、父は煮え切らないような苦渋の表情を浮かべた。

「悪いなヒューゴ、お前に頼りきりになってしまって。」

「心配いらないよ。俺もセオに頼りきりだから。」

 はっはっはっ、と笑うのはやはり俺1人。

「エイヴリルのこと、頼んだぞ。」

「うん。」

 相思相愛、なんて風には見えない夫婦だけれど、父は母を愛しているようだった。

 父と一緒にお酒を飲んだ時、体の弱い自分を見限ることもせずに支えてくれたのだと、溢してくれたことがあった。
 母も母で、侯爵夫人の座をとられて悔しそうにはするものの、その恨みは叔父さんに一身に向けられ、父には恨み言1つ言ったことがないらしい。

 ツンデレというやつなのだろうか。
 おえ、両親でそんなことを想像するものではない。

「ところで父さん、また不用品集めして貰えないかな。そのまま使える物とかバラしたら有用な物とか、貴族の不用品って結構助かるんだ。」

「分かった。友人たちに声を掛けてみよう。」

「ありがとう。」

「貧民救済団体の活動か。偉いな。」

 褒め言葉さえも少しも表情を動かさずに言うものだから、毎度のことながら、本気か義理かで頭を悩ませる。

「発案はセオだけど。」

「それでもしっかり協力して運営しているじゃないか。」

「まぁね。慈善活動してるとモテるから。」

 はっはっはっ。1人で笑うのも慣れたものだ。父は冗談には気づかない。

「そうか。」

 父は静かに部屋を出た。
 変な静けさに包まれ、なんだか部屋の温度が下がった気がする。


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