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朝から馬車に揺られて着いたのは、都市部よりも少し外れたところにあるロリアース邸。
ここにやって来たのは、母セシール・ウェップの指示だった。
昨日のことだ。
うららかな午後、父と母と僕、家族3人でティータイムを過ごした。
ティータイムといっても陽気におやつとお喋りを楽しむようなものではなく、毒の事件に関する家族会議のようなものだったが、3人揃ってお茶を飲むなんて今までなかったことだから、僕にとっては新鮮で、喜ばしいことだった。
僕のそんな気持ちを、もちろん両親は知る由もなく淡々と情報を整理する。
騎士団たちの調査は行き詰まっていた。
父に毒を盛る動機のある者たちの周囲を洗ったが、使用人が見かけたという見知らぬ給仕が一向に見つからない。
一方、主治医の見解で、父が口にした毒と死んだ下働きの毒は別物だという線が濃く、同一犯ではない可能性が高い、ということは分かった。
「あのワインを運んでいた使用人は、まだ吐かないみたいだな。」
父が言う使用人とは、パーティーの日、父が飲んだ毒入りワインのグラスを運んでいた者だった。
その日は給仕として働いていたが、ウェップ家に長く仕える執事の1人だ。
僕がその執事のトレーからグラスを貰って父に渡した為、毒を入れた容疑者の第1候補だった。
「そうみたいですね。」
僕は1度頷いてから、でも、と続けた。
「僕は彼のトレーからランダムに選んで父さんに渡したので、必ずしも彼が犯人とは考えにくいですよ。」
「直接俺に渡すつもりだったのだろうが、セオが偶然それを手にしたと考える方が容易だ。逆に、他の者が俺を狙ってグラスに毒を入れた物を偶然執事が運ぶことになり、偶然お前がそれを俺に手渡した、という方がよっぽど無理がある。」
それもそうだ。毒を入れたのはあの執事に違いない。
「問題はセシールの方だ。どういう理由でセシールを狙ったのか、見当もつかない。見当が付けられないと、容疑者の給仕の行方も絞れない。」
そうですね、と僕も頷く。
しかし母は静かにカップを置き、ぽつりと言った。
「敵意を持たれている、ということであれば、1人思い付く方はおりますが。」
「誰だ?」
「クラリッサ・ロリアース。あなたのいとこです。」
「クラリッサ?」
なぜクラリッサが出てくる?と眉をしかめる父に、母は呆れ、僕は絶句した。
父さんはさすがに鈍すぎる。という内容をヒューゴ宛ての手紙に書いたら、僕に遺伝したんだな、なんて返事が来たが。
とにかく、あんなに分かりやすい色目に今まで気がついていなかったなんて、とてもじゃないが信じがたかった。
「本気で言っているんですか、父さん?」
父はやはりぴんと来ていない。
「クラリッサは父さんに好意を向けているじゃないですか。」
そこまで言って、ようやく目を丸くした。
「まさか。13も離れているんだぞ。」
「わたくしと結婚した時から、あの子はあなたにべったりではないですか。」
「あの時あいつはまだ5歳だった。」
「25歳になった今も、あなたに対する態度に変わりはないでしょう?」
「幼少期と比べてどうする。」
母が何を言っても、父の耳には入らない。こういう時は僕の出番だ。
「とにかく、クラリッサが父さんに気があることは間違いありませんよ。正直に言うと、僕に母のような態度までとって来て、すごく気持ちが悪いです。」
これに反応したのは、父ではなく母だった。
「クラリッサがそんな態度を?」
「この前、父さんが倒れた時は手まで握られて、身の毛がよだつ思いをしました。」
そう、とアイスブルーの瞳に鋭さが増す。
「そこまで調子に乗っていたなんて。いい加減、釘を刺さなくてはいけないわね。」
母がきらりと眼光を走らせた。こういう時の母は、恐ろしくも頼もしい。
一体どんな手で相手を追い詰めるのか。わくわくと心が弾んだ。
しかし意外なことに、父が名乗りを上げた。
「俺がやろう。」
驚きのあまり、僕と母はしばらく言葉を失った。
父は面倒事が嫌いで、特に企み事に加担するタイプではなかった。故に、その時何が起こったのか頭を整理する時間が必要だったのだ。
「まさかそうとは知らず、セオにまで迷惑をかけていたとは。悪かった。」
父が謝った。
「セシールも…居心地を悪くさせてて、悪かったな。」
こほんと気まずそうに咳払いを挟む父。
母は不審げに眉を潜めていたが、すぐににこりと笑顔を作り、「いえ、別に。」と言い放った。
たぶん、いや、間違いなく本心だ。母には嫉妬の欠片も無かったことだろう。
父にも分かっているのか渋い顔をして、ますます気まずそうに首を縮めた。
そんな父に、母は容赦の無い課題を出した。
「それでは、あなたはクラリッサをその気にしてきてください。」
「は?」
母の計画はこうだ。
まず、母がパーティーの日以来体調を崩して寝込んでいるということにして、父が手伝って欲しいことがあるという名目でクラリッサを邸に呼ぶ。
母の容体をクラリッサに伝えつつ、彼女に気のある素振りを見せて調子に乗らせ、侯爵夫人の座を手に入れられるかも、と彼女に思わせる。
期待値が上がれば上がるほど欲が出るもの。その後、寝込んでいるふりをした母とクラリッサを2人きりにして様子を見てみようというものだった。
その間に僕は見知らぬ給仕を見たという使用人を連れて、貧民救済団体の活動という名目で、ヒューゴとロリアース邸に訪ねて内情を探るというものだった。
母にしては生ぬるいと思ったが、至極嫌そうにしている父を見ると、こちらへの嫌がらせが目当てなのではないかと思ってしまった。
というわけで、僕はヒューゴと使用人を連れてロリアース邸にやって来たのだ。
ここにやって来たのは、母セシール・ウェップの指示だった。
昨日のことだ。
うららかな午後、父と母と僕、家族3人でティータイムを過ごした。
ティータイムといっても陽気におやつとお喋りを楽しむようなものではなく、毒の事件に関する家族会議のようなものだったが、3人揃ってお茶を飲むなんて今までなかったことだから、僕にとっては新鮮で、喜ばしいことだった。
僕のそんな気持ちを、もちろん両親は知る由もなく淡々と情報を整理する。
騎士団たちの調査は行き詰まっていた。
父に毒を盛る動機のある者たちの周囲を洗ったが、使用人が見かけたという見知らぬ給仕が一向に見つからない。
一方、主治医の見解で、父が口にした毒と死んだ下働きの毒は別物だという線が濃く、同一犯ではない可能性が高い、ということは分かった。
「あのワインを運んでいた使用人は、まだ吐かないみたいだな。」
父が言う使用人とは、パーティーの日、父が飲んだ毒入りワインのグラスを運んでいた者だった。
その日は給仕として働いていたが、ウェップ家に長く仕える執事の1人だ。
僕がその執事のトレーからグラスを貰って父に渡した為、毒を入れた容疑者の第1候補だった。
「そうみたいですね。」
僕は1度頷いてから、でも、と続けた。
「僕は彼のトレーからランダムに選んで父さんに渡したので、必ずしも彼が犯人とは考えにくいですよ。」
「直接俺に渡すつもりだったのだろうが、セオが偶然それを手にしたと考える方が容易だ。逆に、他の者が俺を狙ってグラスに毒を入れた物を偶然執事が運ぶことになり、偶然お前がそれを俺に手渡した、という方がよっぽど無理がある。」
それもそうだ。毒を入れたのはあの執事に違いない。
「問題はセシールの方だ。どういう理由でセシールを狙ったのか、見当もつかない。見当が付けられないと、容疑者の給仕の行方も絞れない。」
そうですね、と僕も頷く。
しかし母は静かにカップを置き、ぽつりと言った。
「敵意を持たれている、ということであれば、1人思い付く方はおりますが。」
「誰だ?」
「クラリッサ・ロリアース。あなたのいとこです。」
「クラリッサ?」
なぜクラリッサが出てくる?と眉をしかめる父に、母は呆れ、僕は絶句した。
父さんはさすがに鈍すぎる。という内容をヒューゴ宛ての手紙に書いたら、僕に遺伝したんだな、なんて返事が来たが。
とにかく、あんなに分かりやすい色目に今まで気がついていなかったなんて、とてもじゃないが信じがたかった。
「本気で言っているんですか、父さん?」
父はやはりぴんと来ていない。
「クラリッサは父さんに好意を向けているじゃないですか。」
そこまで言って、ようやく目を丸くした。
「まさか。13も離れているんだぞ。」
「わたくしと結婚した時から、あの子はあなたにべったりではないですか。」
「あの時あいつはまだ5歳だった。」
「25歳になった今も、あなたに対する態度に変わりはないでしょう?」
「幼少期と比べてどうする。」
母が何を言っても、父の耳には入らない。こういう時は僕の出番だ。
「とにかく、クラリッサが父さんに気があることは間違いありませんよ。正直に言うと、僕に母のような態度までとって来て、すごく気持ちが悪いです。」
これに反応したのは、父ではなく母だった。
「クラリッサがそんな態度を?」
「この前、父さんが倒れた時は手まで握られて、身の毛がよだつ思いをしました。」
そう、とアイスブルーの瞳に鋭さが増す。
「そこまで調子に乗っていたなんて。いい加減、釘を刺さなくてはいけないわね。」
母がきらりと眼光を走らせた。こういう時の母は、恐ろしくも頼もしい。
一体どんな手で相手を追い詰めるのか。わくわくと心が弾んだ。
しかし意外なことに、父が名乗りを上げた。
「俺がやろう。」
驚きのあまり、僕と母はしばらく言葉を失った。
父は面倒事が嫌いで、特に企み事に加担するタイプではなかった。故に、その時何が起こったのか頭を整理する時間が必要だったのだ。
「まさかそうとは知らず、セオにまで迷惑をかけていたとは。悪かった。」
父が謝った。
「セシールも…居心地を悪くさせてて、悪かったな。」
こほんと気まずそうに咳払いを挟む父。
母は不審げに眉を潜めていたが、すぐににこりと笑顔を作り、「いえ、別に。」と言い放った。
たぶん、いや、間違いなく本心だ。母には嫉妬の欠片も無かったことだろう。
父にも分かっているのか渋い顔をして、ますます気まずそうに首を縮めた。
そんな父に、母は容赦の無い課題を出した。
「それでは、あなたはクラリッサをその気にしてきてください。」
「は?」
母の計画はこうだ。
まず、母がパーティーの日以来体調を崩して寝込んでいるということにして、父が手伝って欲しいことがあるという名目でクラリッサを邸に呼ぶ。
母の容体をクラリッサに伝えつつ、彼女に気のある素振りを見せて調子に乗らせ、侯爵夫人の座を手に入れられるかも、と彼女に思わせる。
期待値が上がれば上がるほど欲が出るもの。その後、寝込んでいるふりをした母とクラリッサを2人きりにして様子を見てみようというものだった。
その間に僕は見知らぬ給仕を見たという使用人を連れて、貧民救済団体の活動という名目で、ヒューゴとロリアース邸に訪ねて内情を探るというものだった。
母にしては生ぬるいと思ったが、至極嫌そうにしている父を見ると、こちらへの嫌がらせが目当てなのではないかと思ってしまった。
というわけで、僕はヒューゴと使用人を連れてロリアース邸にやって来たのだ。
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