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サロンに通されるなり、2客のワイングラスを用意され、そこへ毒々しいまでも香しい赤い液体が注がれる。
公爵は慣れた様子で香りを楽しみ、優雅にそのグラスに口を付けた。
僕も同様に手に取ったが、先ほど銃口を向けられた緊張が未だに解けず、それを飲むことは憚られた。
しかし公爵の視線はこちらに向いている。怖気づく姿を見せることは許されない。
ここで僕を殺すことに利はないと、僕はワインを喉へ流し込んだ。
美味しい。
恐らく不純物は混ざっていないが、ほっとしてしまうことが悔しい。
「セオドア卿、君が侯爵夫人に似て聡明であると見越して、単刀直入に行こうじゃないか。」
君が知っていることは?と訊かれ、僕は静かにグラスを置いた。
「閣下がどこからか、ウェップ家の情報を仕入れていること。エイヴリル・ウェップを煽り、僕の父に毒を盛らせたこと。そして、僕の母を後妻に迎えようと企てていること。」
「それで?」
それで?
「王室に訴えれば、閣下といえど無傷ではいられないはずです。」
「そうかな?証拠がない。」
「証人がおります。」
「その証人に、どれほどの信頼があるだろうな。」
「閣下と同程度はあるかと思います。」
「同程度?」
初めて公爵の仮面が剥がれかけた。一瞬だったが、目元が歪み、鋭い眼光を向けられた。
そもそも、信頼、という点で、王室が公爵に持つ印象は、そんなに良くないだろう。
というのも、第2王子だった公爵はその人柄と多才さで家臣からの評価が高く、それに危機感を覚えた第1王子、つまり今の王陛下が、第2王子を城から出す為に、むりやり婚姻をさせたと聞いたことがあった。
この兄弟は僕の両親と同じように、外面は温和な関係に見えるが、その内では火花が散っているに違いない。
証人の存在が少しは効いてくれているのか、公爵はワインを1口含み、少し間を開けた。
だが、にこりと口角を上げた彼には、まだまだ余裕が見えた。
「私を揺すろうとしているみたいだが、何がお望みかな?」
「揺するだなんて、とんでもないです。ただ、僕とマリアお嬢様の結婚を認めて頂きたいのです。」
「君がマリアを望む理由は?王族の高貴な血か?そんな物、大した物ではないぞ。」
「血筋で選んだわけではございません。僕の味方をしてくれるマリアお嬢様の、1番の味方に、僕もなりたいと思ったのです。」
7割方、本当の事を言ったのに、公爵は声を上げて笑った。さらさらと金髪が揺れる。
「意外と青い事を言うな。まるで恋でもしているみたいじゃないか。」
恋をしているのだ。マリアは。
「君が侯爵夫人に似ているのなら、君にそんな感情は無いだろう。」
鋭いな。
でも、僕が彼女の絶対的な味方でいようと思ったのは、本当のことだ。
「セオドア卿、君こそよく考えるべきだ。今の生活のままで、侯爵夫人は幸せか?」
すっ、と頭が冷えた。
やはりこの人は両親の仲が良好ではないことを知っている。
邸に公爵にスパイがいるということだろうか。
うちの使用人たちは侯爵派か夫人派かで、真っ二つに割れている。
しかしそれ故に、それぞれの主人に対する忠誠心は人1倍強く感じていた。
思い当たる人物がいない。
「なんでも、侯爵夫人はずいぶん長い間、夫から蔑ろにされているらしいじゃないか。」
「それは、どなたに聞いた情報ですか?」
「それは答えられないな。銃口でも向けてみるか?」
そう言って、公爵は銃の形にした手を自身のこめかみに向けた。
「はっはっ。冗談だ。そう怖い顔をしないでくれ。」
これでは完全に公爵のペースだ。もう少し冷静にならなければ。
「とにかく、可哀想な話じゃないか。あんなに美しく、聡明で、金鉱脈を掘り当てるような先見の明もある侯爵夫人が、不当な扱いを受けているなんて。侯爵にあの女性は、宝の持ち腐れだ。そうは思わんか?」
確かに、愚かだったのは父だと思う。母も母で、思考回路が過激だけれど。
でも、父はその態度について反省をしていた。関係修復を望んでいた。
それならば、僕が応援したいのは当然、父だ。
「私の妻になれば、公爵夫人として爵位が上がるばかりか、それ相応の待遇も受けられる。私が苦労は掛けさせないし、君を養子として迎え入れることもできる。」
「僕は望んでいません。」
「だが母はどうだろう。自分の爵位だけでなく、息子が次期公爵となるのなら、それは喜ばしいと感じるのではないかな。」
そう考える母親は多いだろうけど、僕の母はきっと違う。
自身の力で手に入れた物ならまだしも、男にあれやこれや持たされた物は、たぶん喜ばない。
けど、この話をもし子供の頃に持ち掛けられていたら、恐らく僕の方が乗っかってしまっていた。
「母はどうあっても、侯爵夫人であろうとするはずです。仮に父が亡くなったとしても、喜んで僕に跡を継がせるでしょう。公爵夫人なんて、頭にも過ぎらないと思います。」
「だが、私はアプローチをしやすくなる。」
ナルシストめ。
「そんな賭けをするよりも、安全策をお取りになりませんか?」
「というと?」
「僕とマリアお嬢様の結婚をお認めになり、姻戚になるのはどうでしょう。」
はぁ、と公爵は分かりやすくため息を吐いた。またその話か、と。
「父を殺して一か八かアプローチを掛けるより、姻戚として近づいた方が、顔も合わせやすいし、油断を誘えますよ。」
僕がにこりと笑うと、公爵もくすりとこぼした。
「君はどちらの味方か分からんな。」
「僕は穏便な方法を取りたいだけです。父も母も大切なので。父か閣下かを決めるのは母ですし、閣下に、母に近づくなと申し上げるつもりもございません。」
父が本当に母を大切にできるのなら、母は公爵に靡くことは無いだろうし、やはり父に難しいということならば、本当に閣下に母を落としてもらった方が、きっと母の為になる。
もしそうなったら、僕はそのままウェップ家に残って侯爵位を継げばいいし、公爵をバックにつけることにもなるし、最強だ。
そこで、僕は母から受け取った金鉱山の所有権利書を、テーブルの上に出して見せた。
公爵は慣れた様子で香りを楽しみ、優雅にそのグラスに口を付けた。
僕も同様に手に取ったが、先ほど銃口を向けられた緊張が未だに解けず、それを飲むことは憚られた。
しかし公爵の視線はこちらに向いている。怖気づく姿を見せることは許されない。
ここで僕を殺すことに利はないと、僕はワインを喉へ流し込んだ。
美味しい。
恐らく不純物は混ざっていないが、ほっとしてしまうことが悔しい。
「セオドア卿、君が侯爵夫人に似て聡明であると見越して、単刀直入に行こうじゃないか。」
君が知っていることは?と訊かれ、僕は静かにグラスを置いた。
「閣下がどこからか、ウェップ家の情報を仕入れていること。エイヴリル・ウェップを煽り、僕の父に毒を盛らせたこと。そして、僕の母を後妻に迎えようと企てていること。」
「それで?」
それで?
「王室に訴えれば、閣下といえど無傷ではいられないはずです。」
「そうかな?証拠がない。」
「証人がおります。」
「その証人に、どれほどの信頼があるだろうな。」
「閣下と同程度はあるかと思います。」
「同程度?」
初めて公爵の仮面が剥がれかけた。一瞬だったが、目元が歪み、鋭い眼光を向けられた。
そもそも、信頼、という点で、王室が公爵に持つ印象は、そんなに良くないだろう。
というのも、第2王子だった公爵はその人柄と多才さで家臣からの評価が高く、それに危機感を覚えた第1王子、つまり今の王陛下が、第2王子を城から出す為に、むりやり婚姻をさせたと聞いたことがあった。
この兄弟は僕の両親と同じように、外面は温和な関係に見えるが、その内では火花が散っているに違いない。
証人の存在が少しは効いてくれているのか、公爵はワインを1口含み、少し間を開けた。
だが、にこりと口角を上げた彼には、まだまだ余裕が見えた。
「私を揺すろうとしているみたいだが、何がお望みかな?」
「揺するだなんて、とんでもないです。ただ、僕とマリアお嬢様の結婚を認めて頂きたいのです。」
「君がマリアを望む理由は?王族の高貴な血か?そんな物、大した物ではないぞ。」
「血筋で選んだわけではございません。僕の味方をしてくれるマリアお嬢様の、1番の味方に、僕もなりたいと思ったのです。」
7割方、本当の事を言ったのに、公爵は声を上げて笑った。さらさらと金髪が揺れる。
「意外と青い事を言うな。まるで恋でもしているみたいじゃないか。」
恋をしているのだ。マリアは。
「君が侯爵夫人に似ているのなら、君にそんな感情は無いだろう。」
鋭いな。
でも、僕が彼女の絶対的な味方でいようと思ったのは、本当のことだ。
「セオドア卿、君こそよく考えるべきだ。今の生活のままで、侯爵夫人は幸せか?」
すっ、と頭が冷えた。
やはりこの人は両親の仲が良好ではないことを知っている。
邸に公爵にスパイがいるということだろうか。
うちの使用人たちは侯爵派か夫人派かで、真っ二つに割れている。
しかしそれ故に、それぞれの主人に対する忠誠心は人1倍強く感じていた。
思い当たる人物がいない。
「なんでも、侯爵夫人はずいぶん長い間、夫から蔑ろにされているらしいじゃないか。」
「それは、どなたに聞いた情報ですか?」
「それは答えられないな。銃口でも向けてみるか?」
そう言って、公爵は銃の形にした手を自身のこめかみに向けた。
「はっはっ。冗談だ。そう怖い顔をしないでくれ。」
これでは完全に公爵のペースだ。もう少し冷静にならなければ。
「とにかく、可哀想な話じゃないか。あんなに美しく、聡明で、金鉱脈を掘り当てるような先見の明もある侯爵夫人が、不当な扱いを受けているなんて。侯爵にあの女性は、宝の持ち腐れだ。そうは思わんか?」
確かに、愚かだったのは父だと思う。母も母で、思考回路が過激だけれど。
でも、父はその態度について反省をしていた。関係修復を望んでいた。
それならば、僕が応援したいのは当然、父だ。
「私の妻になれば、公爵夫人として爵位が上がるばかりか、それ相応の待遇も受けられる。私が苦労は掛けさせないし、君を養子として迎え入れることもできる。」
「僕は望んでいません。」
「だが母はどうだろう。自分の爵位だけでなく、息子が次期公爵となるのなら、それは喜ばしいと感じるのではないかな。」
そう考える母親は多いだろうけど、僕の母はきっと違う。
自身の力で手に入れた物ならまだしも、男にあれやこれや持たされた物は、たぶん喜ばない。
けど、この話をもし子供の頃に持ち掛けられていたら、恐らく僕の方が乗っかってしまっていた。
「母はどうあっても、侯爵夫人であろうとするはずです。仮に父が亡くなったとしても、喜んで僕に跡を継がせるでしょう。公爵夫人なんて、頭にも過ぎらないと思います。」
「だが、私はアプローチをしやすくなる。」
ナルシストめ。
「そんな賭けをするよりも、安全策をお取りになりませんか?」
「というと?」
「僕とマリアお嬢様の結婚をお認めになり、姻戚になるのはどうでしょう。」
はぁ、と公爵は分かりやすくため息を吐いた。またその話か、と。
「父を殺して一か八かアプローチを掛けるより、姻戚として近づいた方が、顔も合わせやすいし、油断を誘えますよ。」
僕がにこりと笑うと、公爵もくすりとこぼした。
「君はどちらの味方か分からんな。」
「僕は穏便な方法を取りたいだけです。父も母も大切なので。父か閣下かを決めるのは母ですし、閣下に、母に近づくなと申し上げるつもりもございません。」
父が本当に母を大切にできるのなら、母は公爵に靡くことは無いだろうし、やはり父に難しいということならば、本当に閣下に母を落としてもらった方が、きっと母の為になる。
もしそうなったら、僕はそのままウェップ家に残って侯爵位を継げばいいし、公爵をバックにつけることにもなるし、最強だ。
そこで、僕は母から受け取った金鉱山の所有権利書を、テーブルの上に出して見せた。
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