仮面夫婦の愛息子

daru

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 さすがナルシスト、と言うべきか。僕はなぜか、公爵の銃の腕前を見せつけられていた。

 銃身の長いマスケット銃を撃っては、僕に少し話しかけ、すぐ側にいる騎士から装填された銃を受け取ってはまた撃って、の繰り返し。
 ヒューゴに手紙を出してから公爵邸へ訪れ、てっきり応接室に通されるだろうと思った僕は、裏にある騎士棟の鍛錬場に案内されただけでも驚いているのに、僕に構わず続けられる銃の練習にどう対処すればいいか分からない。

「セオドア卿も撃つか?」

 装填された銃を差し出されたが、僕はそれを掴まなかった。

「閣下の腕前を拝見した後で、僕の稚拙な射撃などお見せできません。」

 そう言って困ったように笑うと、公爵はそうかと素直に引っ込め、僕に渡そうとした銃を自分で構えた。
 次いで、ドォン!と的が撃ち抜かれた。

 本当に大した腕前だ。鍛え上げられた体つきは、見せかけではないらしい。

 しかしながら、そろそろ本題について話したい。

「閣下、本日お伺いした用件について、お聞きにならないのでしょうか。」

「マリアから聞いているよ。」

 公爵は撃った銃を騎士に渡しながら答えた。

「うちの娘と婚約をしたいのだろう?」

「その前に、父が毒を盛られた件について、お話したいと思っております。」

 公爵はさらりと落ちた金の前髪をかき上げた。

「協力要請ということなら、喜んで受けよう。」

 にこりと作られた笑顔は仮面だろう。動揺の1つも見せないところは、さすがとしか言えない。

 ありがとうございますと、僕もすかさず仮面を付ける。

「そう仰って頂けると心強いです。」

「私に何ができるのかな?」

「お話をお伺いしたいのです。これは僕個人の意見ですが、現状、最も怪しいのは叔母のエイヴリル・ウェップだと思っています。」

 公爵は僕に気を使ってか、それとも自身の為か、装填をしていた騎士から銃を受け取ると、そのまま下がらせた。

 僕と公爵の一騎討ちだ。

「そんな話を私にしてもいいのか?」

「信頼できる閣下だからこそ、です。」

 一瞬、妙な間が空いた。

「それで?」

「閣下は叔母と親交があるとお聞きしました。何か怪しいと思ったことはございませんでしたか?」

 親交、と公爵は呟くように繰り返した。

「確かに面識はあるが、親交があると言えるほど関わりはない。」

 しらを切るか。そうはさせない。

「ある人、閣下をよく知る方に聞いたお話です。なんでも、宮殿で行われた舞踏会でもお2人で会っていたとか。」

「その、ある人というのは、誰のことだ?」

「それは重要ではありませんので。」

「私が、誰だと訊いている。」

 これだから権力者というのは厄介なんだ。
 どれだけ気さくなふりをしていても、ここぞというところではしっかり人の上に立つ。

 この急に溢れ出させた威圧感は、王弟である私が訊いていることに正直に答えろと、そういうことだ。

 でもそれは、僕の一存では明かせない。

「申し訳ございません。申し上げることはできません。」

 ガチャという金属特有の音と共に、公爵の持つ銃が真っ直ぐに僕へと向けられた。

 さすがに笑顔は剥がれ落ちたが、落ち着け、落ち着け、と頭の中の僕が懸命に動揺を隠させた。

 母に好意を持っている公爵が、僕を撃つはずがない。
 頭ではそう考えるが、背筋には冷たい汗が伝う。

「3つ数える。」

 公爵の声は酷く冷たい。

「3。」

「母の恨みを買いますよ。」

「2。」

「僕を助けようとしてくれた人です。」

「1。」

「僕はあの人を絶対に裏切りません!」
 
 ドォン!

 僕のすぐ左側を、閃光が通り抜けていった。

 はぁはぁと呼吸が浅くなり、ドクドクとすごい速さで血を巡らせる心臓を押さえた。

「度胸があるな。」

 ぼそりと聞こえたが、反応する余裕はなかった。

「卿は父親の血が濃いと思ったが、その内は母譲りのようだ。」

「…よく、言われます。」

 そうか、と表情を変えることもなく、公爵は手で騎士を呼び、煙の上がる銃を渡した。

「喉が渇いたな。卿はどうだ?」

「えぇ、そうですね。」

「では中へ入ろうか。卿の度胸を称えて、良いワインを開けてやろう。」

 よりにもよってワイン。毒の話をしたばかりだというのに。いや、だからこそ、か。
 本当、良い性格をしている。
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