仮面夫婦の愛息子

daru

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「マリアの情報とやらを聞かせて。」

 僕がそう言うと、マリアとヒューゴは目を見開いた。

「え、セオ、それじゃあ…。」

「わたくしと結婚してくれるってこと?」

 用意した答えは、正直、ずるいとは思う。けれど、マリアが真剣だからこそ、僕も真剣に考えたい。

「悪いけど、やっぱりすぐには決められない。でも、良い方向で、ちゃんと考える。」

 納得していなそうだ。

「この際だから言ってしまうけど、僕の母は、父のせいで酷く傷付いたことがあったんだ。そのせいで、今もすごく嫌い合ってる。」

 きっと、どちらかが死ぬまで解消されることはないだろう。

「僕は、結婚をするならちゃんと相手を大切にしたいんだ。1番の味方になってくれるっていうマリアの言葉はすごく嬉しい。僕もできるだけ同じように向き合いたい。だから、覚悟を決める時間を少しください。」

 僕は真摯に頭を下げた。
 夫婦になるのなら、エサに食い付いただけのような、適当な関係は嫌だ。

 マリアはため息をついた。

「ずるいわよね、セオは。そうやって上手くかわしながら、わたくしの持ってきた情報はしっかり聞く気なのでしょ?」

 まぁ、話してくれるだろうとは思っていた。
 僕の両親の命に関わると言っていたし、マリアはそんな状況で、条件をのんでもらえなかったから帰る、なんて薄情な子ではない。

「話してくれるの?」

「ええ、ええ、話すわよ。大事なことだもの。」

「マリアはセオに甘いなー。惚れた弱みってやつか?」

 ヒューゴがちゃかすように言うと、マリアの手の平が、思いきりテーブルを叩きつけた。
 きれいに加工されたテーブルと違って棘が刺さるかもしれないから気をつけて、とも言い出しにくい剣幕をしている。

「ヒューゴ、あなたにも関係することだと言ったわよね。黙って聞きなさい。」

 ヒューゴは肩を縮めて、小さく、はい、と頷いた。

 マリアの話に、僕とヒューゴはじっと耳を傾けた。
 驚くべき内容だったが、心当たりが有りすぎて疑う余地もない。

 その内容とは、僕の父を暗殺する計画だった。

 先日、王宮で開かれた舞踏会で、動きが怪しく感じた公爵の後をつけたマリアは、公爵とエイヴリルがこそこそと会っているところを目撃した。

 さすがに近くまでは行かなかったようだが、公爵とエイヴリルがその場を離れた後、おろおろと同じ方向から現れたクラリッサを捕まえ、2人の会話の内容を聞き出したらしい。

 その後、マリアは独自に調査を始め、どうやら僕の父を殺すつもりらしいということを突き止めた。

 よりにもよって娘にバレるなんて、公爵爪が甘いなんて思ったけれど、跳ねっ返りなマリアのことだから、奇想天外な発想と行動力で成し遂げたのかもしれない。

「お父様は自ら手を汚すタイプじゃないわ。たぶん、実行犯は子爵夫人だと思うの。」

 それを聞くと、さすがのヒューゴも顔を固まらせた。しかし意外性も無い為、擁護もできない。
 いかにもやりそうだ、というのが僕の本音だった。

 マリアにその話を聞いてから、僕たち、特にヒューゴは情報集めで忙しくなった。
 いつ、どこで、どのように、が分からなければ対策のしようもない。

 ある日、僕はヒューゴに呼ばれ、子爵邸へと赴いた。

「母の部屋で毒を見つけた。」

 肩を落としてそういうヒューゴに、僕もどう言ったら良いか分からなかった。

「毒か。」

「たぶん、叔母さんの生誕パーティーで使うんだと思う。」

 パーティーは2週間後に迫っていた。

 どうしようか悩んでいると、急にヒューゴが床に膝をついた。僕に頭を下げている。

「ごめん、セオ。俺から1度話して、説得してみるから、少し待っててくれないか?」

「やめろよヒューゴ。お前が頭を下げることじゃないだろ。」

 それに、いくら説得しても、叔母さんは変わらない気がする。
 今までずっと機会を窺っていたのだろうし、何と言っても、後ろに公爵がついているのだ。

 ヒューゴを助けてやりたいが、僕も見す見す父を殺されるわけにはいかない。

 どよんと重たい空気が流れるサロンに、こんこんとノック音が響いた。
 ヴィクトル叔父さんだった。

 床に膝をついているヒューゴを見て、一瞬きょとんとしたが、遊んでいると思っているのか特に触れずに、僕に封筒渡してきた。

「この手紙をエドに渡してくれるか。」

「分りました。」

 この異常なまでにハプニング強い叔父を見て、ふと相談してみようかと思い至った。

 ヒューゴを立たせて耳打ちすると、初めは渋った顔を見せたものの、悩んだ末に頷いた。

 僕たちは叔父を引き止め、ソファに座らせると、侯爵暗殺計画について打ち明けた。

 マリアから聞いた話も、僕達が集めた情報も全て話すと、あの叔父でも表情を崩し、頭を抱えた。すまないセオドア、と。

「ヒューゴにも叔父さんにも良くしてもらってるし、僕としてはどうにか穏便に済ませられないかと思っているのですが。」

 暗殺計画は阻止したいが、親友の母を罪人とするのも心が痛む。

 このような企み事は母が得意とするところだが、同じように父の死を望む母に、公爵側と手を組まれては困る。
 かと言って、狙われている本人に言ってしまうと大事になりかねない。

「セオドア、その優しさはありがたいが、罪を犯したのなら、その償いをしてしかるべきだ。エイヴリルが罪を犯したのなら、私も一緒に償う所存だ。」

 しまった。この人、冷静さも一級品だが、頭の固さも同級だ。
 別にまだ実際に罪を犯したわけではないので、今すぐ処罰、というのは無理があるのだが。

 叔父を見ると、その顔色がどんどん青白くなっていた。
 いくら有事の際に冷静であろうが、ストレスがすぐ体に影響を及ぼす方には、酷な相談だっただろうか。

「父さん、大丈夫?」

「ああ…。ヒューゴ、悪いが私の部屋から、薬を取ってきてくれないか?」

「貧血のやつ?」

「ああ、頼む。」

 場所も聞かずにサロンを出たヒューゴ。よくあることなのだとすぐ分かる。
 そして、薬という単語に、ふと閃いた。

「叔父さん、毒と解毒剤を一緒に飲んだら、毒は中和されると思いますか?」

 すっかり顔面蒼白の叔父は、首を傾げた。

「毒にもよると思うが。」

 そう言いながら、前に読んだことがあるという文献の内容を紹介してくれた。

 数百年前、服毒による賜死を命じた罪人に、密かに解毒剤を飲ませて生かし、表向きは死んだことにしながら、裏で残酷な仕事をさせていたという例があるらしい。

「毒の種類は分かっているみたいなので、叔父さんは解毒剤を用意して頂けませんか?」

「それは構わんが…。セオドア、何をするつもりだ?」

 眉を潜める叔父に、にこりと笑って見せた。

 父と母の確執は、どちらかが死ぬまで解消されない。それならば、1度死んでみるのも良いかもしれない。
 父が本当に死にかけることで、2人の何かが変わるかもしれない。

 父に毒を盛った証拠を押えれば、今後の叔母への抑止力にもなる。

 僕とマリアが結婚すれば公爵もウェップ家に手を出しにくくなるだろうし、母にちょっかいもかけにくくなるだろう。

 父に1度毒を飲んでもらうのが、なんだかんだ1番穏便に済ませられる方法なのではないか。
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