仮面夫婦の愛息子

daru

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 いつも俺が昼寝に使うソファで、老執事が寝ている。
 正確には寝ているふりだが、とにかく横になっていた。

 老執事はうっすらと目を開き、声を潜めた。

「息子は無事にセオドア様に会えたでしょうか。」

 侯爵の騎士に見張られている俺には、確かめようがない。

「そう願うしかないな。」



 どうにかセオに使いを出せないか考えた俺は、老執事に仮病を使って貰うことにした。

 ガタガタンッと大げさな音を鳴らし、「老!老!」と叫ぶと、戸の外にいた騎士2人が遠慮がちにドアを開けた。

「どうかなさいましたか?」

「老が倒れたんだ!医者を呼びに行かせてくれ!」

 ううっと胸を押さえる老執事を見て、2人の騎士は困った顔で相談を始めた。
 やっぱりそう簡単に頷いてはくれないか。

「すみませんが、閣下に確認して参りますので、少々お待ち下さい。」

 叔父さんは許可してくれるだろうか。父が感づいて援護してくれるといいが。
 心の中で舌打ちを鳴らし、そう思っていると、老執事の目がくわっと逆三角の形に開いた。

「たわけ!この老人が死にかけているというのに、医者1人呼ばせて頂けないのですか!」

 元気じゃん!

「もし持病ということなら、薬とかは持っていないのですか?」

「切らしとるからこうなっとるんじゃ!息子なら主治医を知っておるから、早く息子に医者を呼びに行かせんか!」

 元気に喚くな!そして胸くらい押さえろ!

 このままではバレるのではとはらはらしたが、老執事の迫力が真に迫っていたのか、騎士たちはまたこそこそと相談をし、最終的には許可してくれた。

 すぐに、この邸で父親同様に執事をしている老執事の息子が呼ばれ、俺は密かに手紙を託し、老執事の主治医を呼びに行くという名目で、セオに使者を送ることに成功した。



 ただ、セオは公爵邸に行っているはずで、会える保証はない。

 もしセオと連絡も取れず、父と母に害が及ぶことがあれば、俺が全部話して情状酌量を懇願するしかない。
 しかしそうなると、セオのちょっぴりサイコな正体を叔父さんに話すことになり、信じてもらえるかも分からない上に、セオの信頼まで失ってしまう。
 なるべく勝手なことはしたくない。

 父と叔父さんの話はどうなっているだろうか。

 俺はセオと仲良くしているし、騎士たちにも心象は悪くないだろうから、訊いたら答えてもらえないかな。

 そう思った矢先、ノック音が鳴り、戸が開いた。
 騎士たちだ。老執事がぱたりと意識のないふりをした。

 一瞬、仮病がバレたかと思ったが、どうやら違うようだった。

「ヒューゴ卿、侯爵閣下がお呼びですので、お越し頂けますか?」

「分かった。」

 老執事をおいて自室を後にし、父と叔父さんが待つ応接室へと入った。

 俺だけでなく母も呼ばれていたらしく、既に父の隣に着席していた。
 そして、その母の青ざめた表情と、震える手足を見て、まずい事態になったと確信した。

「ヒューゴ、座ってくれ。」

 叔父さんに、いつになく厳しい視線を向けられた。
 ちらりと父と目を合わせると、僅かに頷かれ、俺は叔父さんに言われた通り、長方形テーブルの側面に位置する1人掛けソファに、腰を下ろした。

 とん、と叔父さんがテーブルに小瓶を置いた。中には液体が入っている。
 母の身体が一層がたがたと震え、父の顔には影が落ちた。
 ということは、だ。恐らく侯爵暗殺計画に使われた毒薬なのだろう。

「ヒューゴはこれ、何だか分かるか?」

 頭を抱えたくなるのを、どうにか押さえた。

「いいえ、何ですか?」

「セシールの生誕パーティーで、俺が飲んだ毒だ。」

 驚く演技はちゃんできているだろうか。自信はないが、やりきるしかない。

「これが、エイヴリル・ウェップの私室から見つかった。」

「母の…。」

 母の私室だけ調べられたのか。

「うちで働くメイドの証言で、毒を盛った執事にエイヴリルが指示を出していたということが明らかになったんだ。邸内の捜索は兄が許可した。」

 固く断るの余計に不信感を煽ってしまうから仕方がない。

「ヒューゴ、お前を呼んだのは、兄を説得して欲しいからだ。」

「説得と言いますと?」

「このまま裁判を行い証拠証言を提示すれば、間違いなくエイヴリルは有罪となるだろう。夫である兄も、息子のお前も、無事では済まない。」

「俺はどうしたら良いですか?」

 はぁ、と叔父さんがため息を吐いた。

「兄に離縁を勧めてくれ。それがお前たちが助かる方法だ。」

 俺からいくら言っても頑なに断られるんだ、と叔父さんは嘆いたが、たぶん俺から言ってもそれは変わらない。
 父は世界一頭が固いのだ。

 だけど、説得するふりは時間稼ぎになるかもしれない。
 母は傷つくだろうが、そもそもの原因は母にあるわけで、そこは我慢してもらうしかない。

 ただ、時間稼ぎをしたところで、セオが来てくれなかったらどうしようもない。

 最悪の場合、全てを叔父さんに話すという覚悟を決めたところで、待ちに待った救世主が現れた。

 良かった。老執事の息子はしっかり役目を果たしてくれたのだ。

 汗を流し、肩までの黒い髪をわずかに湿らせて、結婚を控えたであろう色男が登場した。
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