仮面夫婦の愛息子

daru

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「セオ、どうした?」

 叔父さんは驚いて顔を上げた。
 叔父さんだけではない。騎士たちも含む、ここにいる全員の視線がセオに集まった。

「父さんがここへ向かったと聞いて、急いで駆けつけたんです。」

 叔父さんに先程までの刺々しい雰囲気は無い。さすがセオ。自他共に認める愛息子。
 しかし、叔父さんは困った顔を見せた。

「セオ、ヒューゴのことを庇いたいのだろうが、今回は犯罪関わることだ。処理は俺に任せるんだ。」

「いいえ、ヒューゴを庇いたいのではありません。父さんが知らないであろうことを、お話ししに来ました。今後どうするかは、それを聞いてからにしてください。」

 俺が知らないこと?と首を傾げた叔父さんは、なんだ?と話の主導権をセオに渡した。

 セオは懐から小瓶を出し、毒と向かい合うように、テーブルに置いた。
 中の液体は、少ししか残っていない。

 叔父さんはますます首を捻った。

「父さんが毒を飲んで倒れた後、ヴィクトル叔父さんがすぐに送ってくれた解毒薬です。症状を聞いて、すぐにこれが効果的だろうと送ってくれました。」

 この男はさらりと嘘をつく。

 その解毒薬を用意したのは確かに父だが、毒を飲んでからではなく、前もってセオに渡していた。
 そしてセオが自ら毒入りワインを受け取り、解毒薬を混ぜ、それを叔父さんに手渡したのだ。

 いくら解毒薬を入れたからって、笑顔で毒入りワインを父親に渡すのだから恐ろしい。

「父さんに毒を盛ったのは、確かにエイヴリル叔母さんなのでしょう。でも、父さんの命を救ってくれたのはヴィクトル叔父さんです。」

 よく言うよ。味が変わるくらい入れたら、変に思ってあんまり飲まないだろうって画策したくせに。

「命の恩人に、少しくらい恩赦を与えてもいいのではないですか?」

 父が助けたという事柄が効いたのか、それともセオの進言だからか、叔父さんは眉間にしわを寄せて、悩むような表情を見せた。

「しかしセオ、俺を殺そうとしたんだぞ?」

「はい。その証言と証拠はばっちり手に入れました。告発はいつでもできます。つまり、エイヴリル叔母さんのこの先は、父さんの手中にあるということです。もしまた何か変なことをするようであれば、容赦なく潰せばいいのです。」

 セオの、にこりと表すには少し冷たすぎる笑顔に、背筋がぞくりと冷えた。

「でも今回は、ヴィクトル叔父さんに免じて目を瞑ってあげませんか?」

 ふむ、と叔父さんは父と母に交互に視線を向けた。
 いいぞ、セオ!もうひと息だ!

 「それから、エイヴリル叔母さん、もし公爵閣下に助力を仰ごうとしても無駄ですよ。」

 母は青ざめたまま唇を震わせて、「何のことか、分からないわ。」と言った。
 人の顔色を伺うのが苦手な俺でも嘘だと分かる。

「叔母さんを告発させるように証言した者は、公爵の息がかかったメイドでした。」

 母は驚愕の表情を見せた。もはや隠す余裕もないらしい。

 つまり、公爵は母に毒を盛らせようと煽っておきながら、裏切って全ての罪を擦り付けようとしたわけだ。

 ぐっと拳に力が入ったのは、俺だけではなかった。父も言葉を飲み込んでいる。

 怒りをあらわにしたのは、叔父さんだった。

「つまり、侯爵邸に、公爵のスパイがいたということか?」

「スパイというか、すっかり虜になっていて、閣下の操り人形のようになっていました。」

「捕らえたのか?」

「ここに来る前に邸に寄って捕らえましたが、母が酷く御立腹でしたので、僕たちが帰るまで生きてるかどうか。」

 ひえ。さすがセシール叔母さん、怖。
 母はよくこの怖い人たちに歯向かおうとしたな。

 どうやら叔父さんも同じ思いらしく、顔を引きつらせて、「そうか、セシールが。」と呟いていた。

 少し怯んで頭が冷えたのか、叔父さんはこほんと咳払いを挟むと、ちらりと父を窺い、すぐに反らし、そして口を開いた。

「俺を…助けようとしてくれたんですか?」

 父は静かに答える。

「毒を飲んで倒れたと聞いて、心配した。」

 これは嘘ではない。父は最後まで、本当にやるのか、とセオを止めようとしていた。

 父と叔父さんの間には、よく分からない隔たりがある。
 異母兄弟とはいえ、互いを気にかけているくせに、その態度はぎこちない。

「無事で良かった。」

 叔父さんは頭を抱え、黒髪を掻きながら、長いため息を吐いた。
 ばっと顔を上げると、そこには苦い表情を浮かべているものの、どこか柔らかく、幼さまで感じた。

 分りました、と言う叔父さんの言葉に、俺の背がくっと伸びた。

「今回のエイヴリルの件は、兄さんとセオに免じて、不問としましょう。ただし、エイヴリルには今後1年間、社交界への謹慎をしてもらいます。」

「それだけで、いいのか?」

 弱々しい父の問いかけに、叔父さんは、はいと僅かに微笑んだ。

 泣き崩れたのは母だった。ごめんなさい、ごめんなさいと、涙を流して父の胸にしがみつくように顔を埋めた。

 ほっとした俺も、セオと目を見合わせ、ようやく肩の力が抜けた。

 父は母を抱きしめながら、叔父さんに頭を下げた。

「ありがとうございます。この御恩は忘れません。」

「でしたら兄さん、その敬語をやめてください。兄さんの敬語が、苦手なんです。」

 すると父は一瞬きょとんとし、次いで、僅かに口角を上げた。

「分かった。」

 あ、笑った!俺がどんなに笑わせようとしても笑わない父が!叔父さんの言葉で笑顔を見せるとは!

「笑った…。ヒューゴがどんなに笑わせようとしても笑わない叔父さんが…。」

 セオが俺の心の声を全部言った。

 畜生。笑わない人だと思っていたから諦めていたのに、笑えると分かったら笑わせたい。
 
 俺は未だに仮病のふりをしているであろう老執事を思い出した。
 老執事に、父も母も無事で済んだことを教えてやらなければ。そしてまた、父を笑わせる作戦でも考えよう。
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