25 / 43
第2部
24.
しおりを挟む
私は素早く杖から剣を抜き、フードの男が振りかざしてきた刃を弾いた。
甲高い音が鳴り、周囲で悲鳴が聞こえた。
一撃はブランドンの方が余程重い。とはいえ片足で踏ん張りがきく程ではなく、よろけたところをガザリに支えられた。
ガザリが男に剣を向け、私の前に立ったことで、男の動きは止まった。
足元に倒れた護衛の1人は首から多量の血を流し、呼吸もしていない。既にこと切れている。
不意打ちとはいえ、精確に急所を狙う技術があるようだ。
「何者だ!」
男はガザリの問いに答えず、再び攻撃を仕掛けてきた。
素早く繰り出される正統派の剣筋を、ガザリが次々と弾く。その度に鈍い音が響いた。
男の剣の振り方を見ているだけで、男が上流階級の教育を受けたのだと分かった。
姿勢が良く、荒さが無い。
私のように平民で軍団兵に入り、何度も先陣を切ってきた歩兵とは違う。良い鎧を身に付け、馬に跨る指揮官のような剣の振り方だ。
ブランドンに近いが、彼ほどパワーは無い。
そうなるとガザリの敵ではなく、戦況はたちまちガザリ優勢に傾いた。
「ガザリ、殺すな!」
「御意。」
ガザリの実力は知っているのに、なぜか胸騒ぎがする。
雨で湿った前髪が不快で後ろへ流した。
フードの男は恐らくナイジェル、もしくはナイジェルに雇われた者だろう。
シノアの従兄というセスであるならば、もっとフットワークが軽いはずだ。山で育ったシノアと同様に。
一際高く響いた音と共に、ガザリが男の剣を払い飛ばした。
ほっと息を吐く。が、それも束の間。
ガザリが無防備になった男を剣の柄で打とうとした瞬間、もう1人の男が現れた。その黒髪の男はフードの男の服を掴んで後ろへ下がらせ、反対の手でガザリの腕を掴んだ。
「セス!」
尻を地に付けたフードの男が黒髪の男をそう呼ぶ。そしてフードを外し、その顔を見せた。
そしてそれに対してガザリが呟く。
「ナイジェル。」
やはりそうだった。襲ってきたのはナイジェルで、助けに入ったのがセス。2人揃った。
安堵した。私の方へ来てくれたということは、邸は、シノアの方は安全だということだ。
セスはガザリの腹に蹴りを入れ、距離を開けると瞬時に剣を抜いた。
「てめぇ!1人で何やってやがる!」
セスの怒号はナイジェルに向けられた。
「お前こそどうしてここに…。」
「うるせぇ!どいつもこいつも勝手しやがって!」
「お前だって…西に行けと言ったはずだ。」
「遅ぇから迎えに来てやったんだろ!」
目を見張った。
少人数とはいえ、てっきり主従関係で成り立っている組織なのかと思っていたが、このやり取りはまるで友のようではないか。
「許さねぇからな。」
セスの溢れんばかりの殺気が、ぴりぴりと肌を刺激する。
「お前まで勝手に死のうとするのは、許さねぇ。」
セスとガザリの間に緊張が走った。
だが、剣では傷つけ合うばかりで何も解決しない。「待ちなさい。」と2人の間に口を挟む。
「私の邸に君たちの仲間を保護している。まずは冷静に話をしないか?」
「…話?」
「ナイジェル、応えるな。」
すぐに反応してくれたナイジェルとは反対に、セスはシノアによく似た碧い目を尖らせた。
「保護だと?笑わせる。腕を切り落として瀕死の状態にすることが、あんたの言う保護なのか?」
シノアの状況を知っている?それも詳しく。正確に。
ナイジェルは青ざめ、セスの後ろで立ち上がった。
「シノアが…死にかけているのか?」
「ああ。」
「腕を…?」
「ああ。右腕が無かった。」
そんな、とナイジェルが頭を抱えた。
セスの、まるで自身の目で見てきたかのような口調。この男は私を狙って来たのではない。邸へ行ってきたのだ。
邸は厳重に警戒させていた。シノアの部屋は特にだ。
もし進入者が現れても護りやすいように、敢えて道を作った配置にさせていた。袋のネズミにする為に。
そしてシノアにはブランドンを着けていた。だめ押しだ。これを突破して邸を脱出できるはずがない。
なのになぜ、セスは無傷でここにいるのか。
嫌な汗が背を伝った。が、それを悟られないように声を張る。
「わざわざ忍び込まずとも、招待しようと思っていたのだが。」
「ご心配なく。ちゃんと挨拶してくれたよ。むさ苦しいムキムキの男がな。」
ブランドン。
セスの口角が不敵に上がった。
「あんたが言うところの”保護”とやらをしてやろうと思ったんだが、生憎あいつの腕が太過ぎてな。少し不格好な傷になったかも。」
ブランドンが切られた。
杖を握る手に力が入る。
セスという男は相当の実力者らしい。
ブランドンは大丈夫だろうか。どれほどの怪我を負ったのだろう。まさか死んではいないだろうな。
胸の鼓動が速くなる。
「トレシュ様、奴らには聞く耳が無さそうです。攻撃してもよろしいですか?」
セスとナイジェルの瞳には、憎悪の色が滲んでいた。こうなっては致し方ない。まずは戦意を喪失させなければならないか。
「許可する。」
その言葉を合図にガザリが素早く踏み出した。セスの反応速度も負けてはいなかった。
瞬時に間合いを詰めた2人の剣が激しくぶつかる。
右、左、上、下と剣は目まぐるしく弾き合い、間に蹴りや拳の肉弾戦を交えながら、両者互角の攻防が繰り広げられた。
セスの戦いぶりに度肝を抜かれた。彼はガザリと互角に渡り合いながら、ガザリをナイジェルに近づけないように立ち回っているのだ。
ガザリを相手に、容易くないはずだ。
驚くべき光景だったが、そちらばかりを眺めているわけにはいかなかった。
ガザリとセスが戦っている隙に、ナイジェルが私を狙ってきたのだ。
しかし私が剣を構えるまでもなく、街の騒動を確認しに行った護衛が戻り、応戦してくれた。
ナイジェルの舌打ちが鳴る。
「セス!一旦退却だ!時間をかけると引き剥がした護衛たちが戻って来てしまう!」
それにはガザリが答えた。
「逃がさん!」
ガザリの容赦の無い手数の多さに、セスに背中を見せる余裕はないだろう。
だからといってセスが負けているわけではない。ガザリも同様に余裕などないのだ。
獰猛な獅子を無傷で捕えるのは難しいか。
私は最初に切られた護衛から弓矢を拾い、構えた。
護衛兵とナイジェルの戦いはガザリとセスの戦いと入り混じり、2対2となった4人共が入れ替わり立ち代わりで位置が変わり、弓で狙うのは至難の業だった。
ガザリとナイジェルの剣が交わり、ぎちぎちと拮抗すると、ガザリが重い頭突きを放ちナイジェルが後ろへよろけた。途端、セスの刃がガザリへ向かい、ナイジェルには護衛の刃が向けられた。
ガザリは瞬時にセスの一撃を払ったが、セスは払われた勢いを利用してくるりと身を翻し、ガザリの頭に後ろ回し蹴りを喰らわせた。
一方、護衛の刃はすんでの所でナイジェルに避けられ、その空ぶった護衛にセスの剣が投げられた。
護衛の肩に剣が突き刺さるのと、私がセスに向けて矢を射ったのは同時だった。が、矢がセスに届く直前、その射線上にナイジェルが入り込んだ。
「セス!」
ナイジェルはセスを庇うように抱きしめ、矢はナイジェルの背に突き刺さった。
「ナイジェル!」
セスがナイジェルを抱き留め、叫んだ。
隙ができたセスの後ろからガザリが切りかかると、ナイジェルは力を振り絞って2人の体勢を翻し、ガザリの剣はナイジェルの背を切り裂いた。
力無く膝を付き、口から血を吹いたナイジェルを、同じく膝を付き、目を見開いたセスが支える。その喉元に、ガザリの剣先が向けられた。
それにも関わらずセスはガザリなど眼中にないようで、ナイジェルを抱きしめ、呆然としていた。
「ナイジェル…お前…何して…。」
肩に剣が刺さった護衛は自力でそれを抜き取り、苦しそうに息を切らしながら、ガザリと同じようにセスに剣を向けた。
ガザリがセスの腕を掴むと、セスは激しく抵抗をしたが、ガザリに力ずくで後ろ手に拘束された。「離せ!畜生!ナイジェル!」と叫ぶ姿は、捕えられた猛獣そのものだ。
私が急いでナイジェルの元へ行くと、彼はまだかろうじて息をしていた。しかし出血量が多く、脈が弱い。
助かる望みは薄いが、応急手当を施そうと手を伸ばすと、力強くナイジェルに掴まれた。
「止血をするだけだ。」
「わ、たし…は…。」
聞こえているのかいないのか。彼は僅かに口を動かし、弱々しい声を出した。
「私の、なま、え…は…、カノイル…ヘリヌ…ローディ、リウス…。」
聞き覚えのある名前に、一瞬、呼吸を忘れた。
耳が彼の声に集中する。
「私、の、首で…じゅ、ぶん…な、はずだ。…セス…と、シノ、アは…ころ、すな…。」
言い終えると、私の手首を掴む彼の手から力が抜け地面に落ちた。
セスがガザリの手を振り解き、ナイジェルの元へ駆け寄った。
後ろ手を縛られたまま膝を付き、呼吸を荒くして、とめどない涙を流した。名前を何度も呼び、動かなくなったナイジェルに突っ伏して嗚咽を漏らす。
「申し訳ありません。殺すなと言われていたのに。」
ガザリは眉間に皺を作って目を伏せたが、謝る必要はなかった。
彼がいなければセスと戦える者はおらず、皆殺されていただろう。
「いや…。強敵ほど、生け捕りは難しいものだ。」
ふとナイジェルに視線を戻すと、いつの間にか顔を上げていた碧い瞳と目が合った。
シノアとよく似た瞳が、一心に憎悪の念をぶつけてくる。
睨み付けられれば睨み付けられるほど、頭が冷えていくのを感じた。
セスにとってナイジェルという男は、よほど大切な人物だったのだろう。そしてそれは、おそらくシノアにも当てはまる。
だが時間は戻せない。ナイジェルは死んだのだ。
雨脚が強くなり、次第に服が重くなる。しかし、その重さも、前髪が顔に張りつく不快感も、もうどうでもよくなっていた。
護衛も1人失ってしまったし、邸のことも気がかりだ。
シノアと共に生きたいなどと、愚かな夢を見た罰なのだろうか。
もし彼女が無事に目を覚ましても、もう二度と、私の手を取ることはないのだろう。
甲高い音が鳴り、周囲で悲鳴が聞こえた。
一撃はブランドンの方が余程重い。とはいえ片足で踏ん張りがきく程ではなく、よろけたところをガザリに支えられた。
ガザリが男に剣を向け、私の前に立ったことで、男の動きは止まった。
足元に倒れた護衛の1人は首から多量の血を流し、呼吸もしていない。既にこと切れている。
不意打ちとはいえ、精確に急所を狙う技術があるようだ。
「何者だ!」
男はガザリの問いに答えず、再び攻撃を仕掛けてきた。
素早く繰り出される正統派の剣筋を、ガザリが次々と弾く。その度に鈍い音が響いた。
男の剣の振り方を見ているだけで、男が上流階級の教育を受けたのだと分かった。
姿勢が良く、荒さが無い。
私のように平民で軍団兵に入り、何度も先陣を切ってきた歩兵とは違う。良い鎧を身に付け、馬に跨る指揮官のような剣の振り方だ。
ブランドンに近いが、彼ほどパワーは無い。
そうなるとガザリの敵ではなく、戦況はたちまちガザリ優勢に傾いた。
「ガザリ、殺すな!」
「御意。」
ガザリの実力は知っているのに、なぜか胸騒ぎがする。
雨で湿った前髪が不快で後ろへ流した。
フードの男は恐らくナイジェル、もしくはナイジェルに雇われた者だろう。
シノアの従兄というセスであるならば、もっとフットワークが軽いはずだ。山で育ったシノアと同様に。
一際高く響いた音と共に、ガザリが男の剣を払い飛ばした。
ほっと息を吐く。が、それも束の間。
ガザリが無防備になった男を剣の柄で打とうとした瞬間、もう1人の男が現れた。その黒髪の男はフードの男の服を掴んで後ろへ下がらせ、反対の手でガザリの腕を掴んだ。
「セス!」
尻を地に付けたフードの男が黒髪の男をそう呼ぶ。そしてフードを外し、その顔を見せた。
そしてそれに対してガザリが呟く。
「ナイジェル。」
やはりそうだった。襲ってきたのはナイジェルで、助けに入ったのがセス。2人揃った。
安堵した。私の方へ来てくれたということは、邸は、シノアの方は安全だということだ。
セスはガザリの腹に蹴りを入れ、距離を開けると瞬時に剣を抜いた。
「てめぇ!1人で何やってやがる!」
セスの怒号はナイジェルに向けられた。
「お前こそどうしてここに…。」
「うるせぇ!どいつもこいつも勝手しやがって!」
「お前だって…西に行けと言ったはずだ。」
「遅ぇから迎えに来てやったんだろ!」
目を見張った。
少人数とはいえ、てっきり主従関係で成り立っている組織なのかと思っていたが、このやり取りはまるで友のようではないか。
「許さねぇからな。」
セスの溢れんばかりの殺気が、ぴりぴりと肌を刺激する。
「お前まで勝手に死のうとするのは、許さねぇ。」
セスとガザリの間に緊張が走った。
だが、剣では傷つけ合うばかりで何も解決しない。「待ちなさい。」と2人の間に口を挟む。
「私の邸に君たちの仲間を保護している。まずは冷静に話をしないか?」
「…話?」
「ナイジェル、応えるな。」
すぐに反応してくれたナイジェルとは反対に、セスはシノアによく似た碧い目を尖らせた。
「保護だと?笑わせる。腕を切り落として瀕死の状態にすることが、あんたの言う保護なのか?」
シノアの状況を知っている?それも詳しく。正確に。
ナイジェルは青ざめ、セスの後ろで立ち上がった。
「シノアが…死にかけているのか?」
「ああ。」
「腕を…?」
「ああ。右腕が無かった。」
そんな、とナイジェルが頭を抱えた。
セスの、まるで自身の目で見てきたかのような口調。この男は私を狙って来たのではない。邸へ行ってきたのだ。
邸は厳重に警戒させていた。シノアの部屋は特にだ。
もし進入者が現れても護りやすいように、敢えて道を作った配置にさせていた。袋のネズミにする為に。
そしてシノアにはブランドンを着けていた。だめ押しだ。これを突破して邸を脱出できるはずがない。
なのになぜ、セスは無傷でここにいるのか。
嫌な汗が背を伝った。が、それを悟られないように声を張る。
「わざわざ忍び込まずとも、招待しようと思っていたのだが。」
「ご心配なく。ちゃんと挨拶してくれたよ。むさ苦しいムキムキの男がな。」
ブランドン。
セスの口角が不敵に上がった。
「あんたが言うところの”保護”とやらをしてやろうと思ったんだが、生憎あいつの腕が太過ぎてな。少し不格好な傷になったかも。」
ブランドンが切られた。
杖を握る手に力が入る。
セスという男は相当の実力者らしい。
ブランドンは大丈夫だろうか。どれほどの怪我を負ったのだろう。まさか死んではいないだろうな。
胸の鼓動が速くなる。
「トレシュ様、奴らには聞く耳が無さそうです。攻撃してもよろしいですか?」
セスとナイジェルの瞳には、憎悪の色が滲んでいた。こうなっては致し方ない。まずは戦意を喪失させなければならないか。
「許可する。」
その言葉を合図にガザリが素早く踏み出した。セスの反応速度も負けてはいなかった。
瞬時に間合いを詰めた2人の剣が激しくぶつかる。
右、左、上、下と剣は目まぐるしく弾き合い、間に蹴りや拳の肉弾戦を交えながら、両者互角の攻防が繰り広げられた。
セスの戦いぶりに度肝を抜かれた。彼はガザリと互角に渡り合いながら、ガザリをナイジェルに近づけないように立ち回っているのだ。
ガザリを相手に、容易くないはずだ。
驚くべき光景だったが、そちらばかりを眺めているわけにはいかなかった。
ガザリとセスが戦っている隙に、ナイジェルが私を狙ってきたのだ。
しかし私が剣を構えるまでもなく、街の騒動を確認しに行った護衛が戻り、応戦してくれた。
ナイジェルの舌打ちが鳴る。
「セス!一旦退却だ!時間をかけると引き剥がした護衛たちが戻って来てしまう!」
それにはガザリが答えた。
「逃がさん!」
ガザリの容赦の無い手数の多さに、セスに背中を見せる余裕はないだろう。
だからといってセスが負けているわけではない。ガザリも同様に余裕などないのだ。
獰猛な獅子を無傷で捕えるのは難しいか。
私は最初に切られた護衛から弓矢を拾い、構えた。
護衛兵とナイジェルの戦いはガザリとセスの戦いと入り混じり、2対2となった4人共が入れ替わり立ち代わりで位置が変わり、弓で狙うのは至難の業だった。
ガザリとナイジェルの剣が交わり、ぎちぎちと拮抗すると、ガザリが重い頭突きを放ちナイジェルが後ろへよろけた。途端、セスの刃がガザリへ向かい、ナイジェルには護衛の刃が向けられた。
ガザリは瞬時にセスの一撃を払ったが、セスは払われた勢いを利用してくるりと身を翻し、ガザリの頭に後ろ回し蹴りを喰らわせた。
一方、護衛の刃はすんでの所でナイジェルに避けられ、その空ぶった護衛にセスの剣が投げられた。
護衛の肩に剣が突き刺さるのと、私がセスに向けて矢を射ったのは同時だった。が、矢がセスに届く直前、その射線上にナイジェルが入り込んだ。
「セス!」
ナイジェルはセスを庇うように抱きしめ、矢はナイジェルの背に突き刺さった。
「ナイジェル!」
セスがナイジェルを抱き留め、叫んだ。
隙ができたセスの後ろからガザリが切りかかると、ナイジェルは力を振り絞って2人の体勢を翻し、ガザリの剣はナイジェルの背を切り裂いた。
力無く膝を付き、口から血を吹いたナイジェルを、同じく膝を付き、目を見開いたセスが支える。その喉元に、ガザリの剣先が向けられた。
それにも関わらずセスはガザリなど眼中にないようで、ナイジェルを抱きしめ、呆然としていた。
「ナイジェル…お前…何して…。」
肩に剣が刺さった護衛は自力でそれを抜き取り、苦しそうに息を切らしながら、ガザリと同じようにセスに剣を向けた。
ガザリがセスの腕を掴むと、セスは激しく抵抗をしたが、ガザリに力ずくで後ろ手に拘束された。「離せ!畜生!ナイジェル!」と叫ぶ姿は、捕えられた猛獣そのものだ。
私が急いでナイジェルの元へ行くと、彼はまだかろうじて息をしていた。しかし出血量が多く、脈が弱い。
助かる望みは薄いが、応急手当を施そうと手を伸ばすと、力強くナイジェルに掴まれた。
「止血をするだけだ。」
「わ、たし…は…。」
聞こえているのかいないのか。彼は僅かに口を動かし、弱々しい声を出した。
「私の、なま、え…は…、カノイル…ヘリヌ…ローディ、リウス…。」
聞き覚えのある名前に、一瞬、呼吸を忘れた。
耳が彼の声に集中する。
「私、の、首で…じゅ、ぶん…な、はずだ。…セス…と、シノ、アは…ころ、すな…。」
言い終えると、私の手首を掴む彼の手から力が抜け地面に落ちた。
セスがガザリの手を振り解き、ナイジェルの元へ駆け寄った。
後ろ手を縛られたまま膝を付き、呼吸を荒くして、とめどない涙を流した。名前を何度も呼び、動かなくなったナイジェルに突っ伏して嗚咽を漏らす。
「申し訳ありません。殺すなと言われていたのに。」
ガザリは眉間に皺を作って目を伏せたが、謝る必要はなかった。
彼がいなければセスと戦える者はおらず、皆殺されていただろう。
「いや…。強敵ほど、生け捕りは難しいものだ。」
ふとナイジェルに視線を戻すと、いつの間にか顔を上げていた碧い瞳と目が合った。
シノアとよく似た瞳が、一心に憎悪の念をぶつけてくる。
睨み付けられれば睨み付けられるほど、頭が冷えていくのを感じた。
セスにとってナイジェルという男は、よほど大切な人物だったのだろう。そしてそれは、おそらくシノアにも当てはまる。
だが時間は戻せない。ナイジェルは死んだのだ。
雨脚が強くなり、次第に服が重くなる。しかし、その重さも、前髪が顔に張りつく不快感も、もうどうでもよくなっていた。
護衛も1人失ってしまったし、邸のことも気がかりだ。
シノアと共に生きたいなどと、愚かな夢を見た罰なのだろうか。
もし彼女が無事に目を覚ましても、もう二度と、私の手を取ることはないのだろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる