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第2部
28.
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急ぎで間に合わせた葬儀ではあったが、できる限り荘厳に行われ、元王族の威厳は保持できたのではないかと思う。
セスとシノアを参列させてあげることはさすがにできなかったが、蝿が周囲をうろつくナイジェルの遺体を、その遺体が火に呑まれていく様を、見たかったかというと疑問だ。
もしかしたら見ずに済んで良かったのかもしれない。
「トレシュ殿、お帰りですか?ぜひ馬車まで見送らせてください。」
テンティウス殿だ。彼は上背が低く喪服も地面すれすれの長さで、気の良い笑顔を浮かべながら、手には花で飾られた骨壺を抱えている。
テンティウス殿には、シノアやセスのことは伏せつつ、ある程度の真実を話した。
彼とはバデュバールへ来てから親交を築いた短い付き合いではあったが、その中でも信用の置ける人物だと認識していたからだ。
事実、故カサム小国の元王子の葬儀の件で相談をした時、すぐに受け入れ、城を開放し準備も率先して引き受けてくれた。
「この度はご協力ありがとうございました。迅速な対応、とても助かりました、テンティウス殿。」
「いえいえ、トレシュ殿のお力になれて良かったです。」
しっかりと握手を交わし、馬車へと向かう。
後ろをガザリともう1人の護衛がついて来た。
「ご遺体を見るに、年若く、心が痛みました。」
「確か26歳と聞いています。」
「若くして国を追われ、さぞ苦労したのでしょうな。」
そうですね、と言って軽く息を吐いた。
「1度話してみたかったのですが、…ままならないものです。」
「トレシュ殿、あまりお気を落とさず。城の地下にはカサム王家の納骨堂をそのままにしてあります。王子もそこでご先祖と再会すれば浮かばれるでしょう。」
そうであればいいが、本当にそこへ帰ることを望んでいたのだろうか。
そこには処刑された両親もいなければ、共に戦ったシノアやセスもいない。
「ヘライオス様は息災ですか?」
「ええ。つい先日も、もっと頻繁に手紙を寄越せと手紙が届きました。」
テンティウス殿は垂れた目尻をさらに下げ、大口を開けて笑った。
「わっはっはっは!愛されておりますな。」
「そのようです。」
「それでは用が済んだら、すぐにでも帰らないとですね。」
もう少しだけ滞在する予定だ。今の状態のシノアを放ってはおけない。
「いえ、まだ。」
「良かった!でしたらまた宴会にお呼びしてもよろしいですかな?」
「ええ、よろこんで。」
「ご要望があれば、トレシュ殿の好みの女子も用意しますよ。」
急に声を小さくするテンティウス殿に、苦笑を返す。
「いえ、私はそういうのは。」
「ご結婚なさらないにしても、愛人くらいいた方がヘライオス様もご安心なさるのでは?」
「失恋したばかりですから。」
「それはそれは!」
テンティウスは両手を上げて目を丸くした。
「ますます宴会にお呼びして、詳細を聞かねばなりませんな?」
「はは、勘弁してください。」
馬車が見えると、どちらともなくゆっくりと足を止めた。
「2カ月後には18になる娘が1年ぶりに首都から帰って来るので、より盛大な宴会を開く予定なんです。トレシュ殿も、まだこちらにいるようでしたら、ぜひいらしてください。」
「ええ、その時は伺わせて頂きます。」
もう1度握手を交わした。
「テンティウス殿、今日は本当にありがとうございました。」
最後に丁寧に頭を下げると、テンティウス殿は「やめてくださいトレシュ殿。」と両手を振った。「これくらいなんて事ありませんから。」と。
カサム州を統括する者が器の大きい人間だったのは、本当に運が良かった。
馬車の乗り口に着くと、ガザリが側に来てくれたので一旦杖を預けた。足というよりも腕に力を込めて、体を浮かせるように馬車に乗り込む最中、ガザリが声を潜めた。
「あんなことを仰ってよろしかったのですか?」
「あんなこと?」
少し硬い座席に腰を下ろして訊き返した。
「失恋、などと…。」
「嘘ではないからね。」
元から恋人の演出をしていたのだから、周知の事実だ。
ガザリが口調とは裏腹に、テキパキとした仕草で杖を差し出してきたので、それを掴む。
「変な噂が立たなければ良いですが…。」
「テンティウス殿はそういう人ではないよ。それにあれだけあっけらかんと言ってみせたんだ。半分冗談と思っているさ。」
そう言って気丈に笑って見せると、ガザリは小さく頷いて戸を閉めた。
心地よく揺れる馬車の中、シノアとセスの今後について何度も繰り返し巡らせた考えがまとまりつつあった。
あとは本人たちが聞いてくれるか、望んでいるかというところだが、シノアが目を覚ましてからもう1週間、正確には8日、1度も顔を合わせていない。
そうする勇気が出なかった。
邸に着くと戸が開き、ガザリに杖を預け、降り、また杖を受け取った。
真っ直ぐと主室へ向かうと、ブランドンに休みを与えている為に、別の者が班長代理として報告しに来た。
シノアと顔を合わせる勇気はないくせに、その様子は気になって、報告だけは毎日させていたのだ。
「手紙を書きたいから、紙とペンが欲しいと言っていますが、与えてもよろしいですか?」
「手紙?誰に?」
「聞いても答えませんでした。悪用するつもりはないと主張するばかりで。」
2つ返事で許可したいところだが、宛先は気になる。普通に考えると孤児院だろう。それ以外にシノアに繋がる場所が見つからない。だが、孤児院に送るのならば、どちらにせよ中身を検閲せざるを得ない。
ナイジェルの葬儀の件も伝えてあげたいという思いがあった。また泣くかもしれないが、それでも故人の家族として過ごしてきたのなら聞くべきだ。
「…私が行こう。」
「承知致しました。」
ガザリ、と呼ぶと、すぐに返事が聞こえる。
「君はセスに、今日の葬儀の報告をしてあげてくれ。ワインも出してあげて。」
「御意のままに。」
「それから班長代理は、ブランドンにもしっかり見張りを付けておくように。」
あの男、放っておくとすぐに筋力トレーニングを始めるのだ。
「シノア以上にしっかりと見張らせて。」
班長代理は苦笑を浮かべ、「そのように致します。」と返事をした。
私は自分用の少し高級なパピルス紙とペンを用意し、班長代理に持たせると、さっそくシノアの部屋へ向かった。
足取りは重い。
途中、足を止めてすれ違った使用人にワインを用意するよう申し付けた。
セスとシノアを参列させてあげることはさすがにできなかったが、蝿が周囲をうろつくナイジェルの遺体を、その遺体が火に呑まれていく様を、見たかったかというと疑問だ。
もしかしたら見ずに済んで良かったのかもしれない。
「トレシュ殿、お帰りですか?ぜひ馬車まで見送らせてください。」
テンティウス殿だ。彼は上背が低く喪服も地面すれすれの長さで、気の良い笑顔を浮かべながら、手には花で飾られた骨壺を抱えている。
テンティウス殿には、シノアやセスのことは伏せつつ、ある程度の真実を話した。
彼とはバデュバールへ来てから親交を築いた短い付き合いではあったが、その中でも信用の置ける人物だと認識していたからだ。
事実、故カサム小国の元王子の葬儀の件で相談をした時、すぐに受け入れ、城を開放し準備も率先して引き受けてくれた。
「この度はご協力ありがとうございました。迅速な対応、とても助かりました、テンティウス殿。」
「いえいえ、トレシュ殿のお力になれて良かったです。」
しっかりと握手を交わし、馬車へと向かう。
後ろをガザリともう1人の護衛がついて来た。
「ご遺体を見るに、年若く、心が痛みました。」
「確か26歳と聞いています。」
「若くして国を追われ、さぞ苦労したのでしょうな。」
そうですね、と言って軽く息を吐いた。
「1度話してみたかったのですが、…ままならないものです。」
「トレシュ殿、あまりお気を落とさず。城の地下にはカサム王家の納骨堂をそのままにしてあります。王子もそこでご先祖と再会すれば浮かばれるでしょう。」
そうであればいいが、本当にそこへ帰ることを望んでいたのだろうか。
そこには処刑された両親もいなければ、共に戦ったシノアやセスもいない。
「ヘライオス様は息災ですか?」
「ええ。つい先日も、もっと頻繁に手紙を寄越せと手紙が届きました。」
テンティウス殿は垂れた目尻をさらに下げ、大口を開けて笑った。
「わっはっはっは!愛されておりますな。」
「そのようです。」
「それでは用が済んだら、すぐにでも帰らないとですね。」
もう少しだけ滞在する予定だ。今の状態のシノアを放ってはおけない。
「いえ、まだ。」
「良かった!でしたらまた宴会にお呼びしてもよろしいですかな?」
「ええ、よろこんで。」
「ご要望があれば、トレシュ殿の好みの女子も用意しますよ。」
急に声を小さくするテンティウス殿に、苦笑を返す。
「いえ、私はそういうのは。」
「ご結婚なさらないにしても、愛人くらいいた方がヘライオス様もご安心なさるのでは?」
「失恋したばかりですから。」
「それはそれは!」
テンティウスは両手を上げて目を丸くした。
「ますます宴会にお呼びして、詳細を聞かねばなりませんな?」
「はは、勘弁してください。」
馬車が見えると、どちらともなくゆっくりと足を止めた。
「2カ月後には18になる娘が1年ぶりに首都から帰って来るので、より盛大な宴会を開く予定なんです。トレシュ殿も、まだこちらにいるようでしたら、ぜひいらしてください。」
「ええ、その時は伺わせて頂きます。」
もう1度握手を交わした。
「テンティウス殿、今日は本当にありがとうございました。」
最後に丁寧に頭を下げると、テンティウス殿は「やめてくださいトレシュ殿。」と両手を振った。「これくらいなんて事ありませんから。」と。
カサム州を統括する者が器の大きい人間だったのは、本当に運が良かった。
馬車の乗り口に着くと、ガザリが側に来てくれたので一旦杖を預けた。足というよりも腕に力を込めて、体を浮かせるように馬車に乗り込む最中、ガザリが声を潜めた。
「あんなことを仰ってよろしかったのですか?」
「あんなこと?」
少し硬い座席に腰を下ろして訊き返した。
「失恋、などと…。」
「嘘ではないからね。」
元から恋人の演出をしていたのだから、周知の事実だ。
ガザリが口調とは裏腹に、テキパキとした仕草で杖を差し出してきたので、それを掴む。
「変な噂が立たなければ良いですが…。」
「テンティウス殿はそういう人ではないよ。それにあれだけあっけらかんと言ってみせたんだ。半分冗談と思っているさ。」
そう言って気丈に笑って見せると、ガザリは小さく頷いて戸を閉めた。
心地よく揺れる馬車の中、シノアとセスの今後について何度も繰り返し巡らせた考えがまとまりつつあった。
あとは本人たちが聞いてくれるか、望んでいるかというところだが、シノアが目を覚ましてからもう1週間、正確には8日、1度も顔を合わせていない。
そうする勇気が出なかった。
邸に着くと戸が開き、ガザリに杖を預け、降り、また杖を受け取った。
真っ直ぐと主室へ向かうと、ブランドンに休みを与えている為に、別の者が班長代理として報告しに来た。
シノアと顔を合わせる勇気はないくせに、その様子は気になって、報告だけは毎日させていたのだ。
「手紙を書きたいから、紙とペンが欲しいと言っていますが、与えてもよろしいですか?」
「手紙?誰に?」
「聞いても答えませんでした。悪用するつもりはないと主張するばかりで。」
2つ返事で許可したいところだが、宛先は気になる。普通に考えると孤児院だろう。それ以外にシノアに繋がる場所が見つからない。だが、孤児院に送るのならば、どちらにせよ中身を検閲せざるを得ない。
ナイジェルの葬儀の件も伝えてあげたいという思いがあった。また泣くかもしれないが、それでも故人の家族として過ごしてきたのなら聞くべきだ。
「…私が行こう。」
「承知致しました。」
ガザリ、と呼ぶと、すぐに返事が聞こえる。
「君はセスに、今日の葬儀の報告をしてあげてくれ。ワインも出してあげて。」
「御意のままに。」
「それから班長代理は、ブランドンにもしっかり見張りを付けておくように。」
あの男、放っておくとすぐに筋力トレーニングを始めるのだ。
「シノア以上にしっかりと見張らせて。」
班長代理は苦笑を浮かべ、「そのように致します。」と返事をした。
私は自分用の少し高級なパピルス紙とペンを用意し、班長代理に持たせると、さっそくシノアの部屋へ向かった。
足取りは重い。
途中、足を止めてすれ違った使用人にワインを用意するよう申し付けた。
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