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第2部
38.
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バデュバールを発つ日、わざわざテンティウス殿と夫人が見送りに来てくれた。
御令嬢のことで何度も礼を言われたが、助けたのはセスとシノアであるし、被災支援も中途半端になってしまった為に心苦しい思いが残った。
しかし、カサム州の統括者であり、その人柄から顔が広く、さまざまな人脈を持つテンティウス殿と親交を深めることができたのは、カサム州へ来て大きな収穫だった。
シノアと私は馬車に揺られ、その後列にはセスと使用人ら、それから荷物を運ぶ馬車が続き、一行を挟む形で私兵が配置されていた。
日が暮れる前には夜営の準備をし、各々が持ち場を守り、順に体を休める。
私はシノアと共に過ごしたが、その間セスがやって来ることはなかった。陣内ですれ違うこと、姿を見ることはあっても、シノアとセスはどこかぎこちない。
原因はほかでもない私なのだが。
シノアと心を通わせた日の翌朝、部屋には、もしかしたら邸中に、寝室の戸が殴打される音とセスの怒号が響いた。
おかげで隣で穏やかに寝息を立てていたシノアが飛び起きてしまった。
「シノア!いるんだろ!出て来い!」
慌ててベッドから出ようとする裸のシノアを、後ろから抱きしめる形で止める。
「大丈夫だよ。」
「でも…。」
「すぐに納まる。」
そのやり取りの間も鳴り続けていた荒々しいノック音は、「出て来いエロジジイ!」という痛く刺さるセリフと共に、ピタリと止んだ。
見当はついている。
シノアの頭に頬を擦り寄せ、金髪が掛かる耳にキスを落とす。
「おはよう、シノア。」
「あの、ゆっくりしてる場合では…。」
「大丈夫。ガザリが止めてくれてるよ。」
「え?」
首を捻り、昨夜の私の狙いに気がついたらしいシノアは、「あ。」と声を漏らしてこちらを振り返った。
そこにすかさず触れるだけのキスをする。ほんのりと紅潮する頬が可愛らしい。
「…だからあの人に2階で休むように言ったんですか。」
「うん。念の為に。」
下手をしたら夜のうちに来るかもしれないとも思ったが、セスも疲れていたのだろう。夜の時間は邪魔をされずに済んだ。
セスがガザリに突っ掛かっている声が聞こえる。
私はシノアを後ろに引き倒し、覆い被さると、今度は深く唇を重ねた。
戸惑う舌を絡め取り、その熱を十分に堪能してから離れ、身を起こした。
ベッドの外に足を下ろし「まずは私が話してくるよ。」と言うと、シノアは「え。」と心配そうに眉を潜めた。
下着を履いて、頭からトゥニカを被り、杖を持ち、軽装のまま戸へ向かう。
「シノアの服も用意してもらうから、ゆっくり支度をして、後からおいで。一緒に朝食にしよう。」
「…セスが、変なことを言ったらすみません。」
「大丈夫。耐性はあるよ。」
「え?」
邸で働いて貰っていた2カ月の間、数々の無礼を許してきたのだ。何を言われても今更だった。
戸を開き、「お待たせ。」と笑顔を作ると、目を吊り上げたセスが恐らく私の胸ぐらを掴もうとしたのだろうが、ガザリがその手首を掴み、制止してくれた。
ガザリに礼を言い、ますます熱を上げるセスを髭剃りに誘う。
なんで俺が、と拒否していたセスは整えていない髭で顎が隠れ、せっかくの清潔な衣服も似合っていない。その為、「小汚く見えるから。」と煽る形で説得をした。
普段なら自室でやってもらうのだが、今日はそこにシノアがいる為、空き室に用意をしてもらった。と言っても理髪師は1人しかいないので、順番にやってもらうしかない。
セスを優先してもらい、私はその傍らで安楽椅子に座って待つことにした。
時折「痛ぇ!」と声を上げるセスに自然と笑ってしまい、「笑うな!」と怒られたが、私は別に馬鹿にしているわけではなく親近感を覚えたのだ。
毎日の事とは言えど、錬鉄製の剃刀で顎を擦られるのは、堪えがたい痛みが伴う。
しかしそんな状況にも構わず、私は唐突に切り出した。
「昨夜、ベッドは寝心地良かった?」
「あんたは、さぞ抱き心地の良い枕を使ったんだろうな。」
「確かに、私たちが寝たベッドは君が使った物より更に上等な物だ。」
眉を潜めて「はぁ?」とこちらを向いたセスの頭を、理髪師が「動かないでください。」と強制的に元に戻す。
「昨日の食事は美味しかった?」
「何が言いてぇんだよ、さっきから。」
「シノアは美味しい物を食べるのが好きだろう?」
シノアと再会した時、彼女が使用人として居住していると分かり、使用人の食費を引き上げた。少しでも喜んでほしくて。
本人に直接恩着せがましいことなど言えないが、彼女が美味しそうに食べていたと人伝に聞いていた。きっと、初めて蜂蜜入りのワインを飲んだあの時のように、目を輝かせてくれたのではないだろうか。
「私はシノアの好きな物を好きなだけ用意してあげられる。」
「…で?」
「広い邸で、それなりに贅沢な暮らしをさせてあげられる。」
「シノアがそんなことに興味があるとでも?」
「でも君がブランドンを切った時、シノアを連れずに去ったのは、ここにいる方が良い治療を受けられると思ったからではないの?」
護衛を打ち破ったのだ。強引に連れ出そうと思えばできたはずだ。そうしなかったのは、ここが怪我をしたシノアにとってより良い環境だと判断したのだろうと踏んでいた。
「何よりも、シノアが私の事を好いてくれている。」
「あんたはナイジェルを射った!」
もちろん忘れたわけではない。私はシノアの大切な人を奪ってしまった。不本意だったと言い訳をするつもりもない。
「それでも、シノアは私を選んでくれたんだよ。」
実際、それは私自身も予想外の事だったのだが。
ローディリウス王子が息を引き取り、セスに憎しみの目を向けられた時、シノアにも同じ目を向けられるものだろうと覚悟をした。2度と和解はできないだろうと。
しかしシノアは、負の感情に流されることなく中立的な観点で自らを省みた。誰しもができることではない。
「あいつはただ、遅い初恋に浮かれてるだけだ。」
「…初恋なのか。」
彼の言葉を繰り返しただけなのに、セスは目を鋭く吊り上げた。
「思い上がるなよ!俺が虫を避けてやってたからあいつにその機会が無かっただけで、あんたが飛び抜けて特別なわけじゃない!」
「それは感謝せざるをえないな。」
興奮するセスの頭を、理髪師が「もう少しですから我慢して。」と抑える。
セスに認められようが認められなかろうが、シノアと結婚する意志に変わりはなかったが、だからと言って2人を仲違いさせたいわけでもない。
快く、とまではいかずとも、どうにか反発心を無くしてもらえないものか。
私が口にしても良いものかどうか迷っていたが、一か八か、言ってみることにした。
「君は務めを果たしたよ。」
頭を押さえられたセスの目だけがこちらに向く。
「務め?何の話だ。」
「シノアが自分の道を選ぶまで、君は立派に彼女を守りきった。母君の御遺言を果たしたよ。」
セスの息を呑む音が聞こえた。と同時に、理髪師が「終わりです。」と剃刀を置き、濡れ布巾でセスの顔を拭き上げ、離した。
セスはすぐには立ち上がらず、俯き、その横顔に、自嘲するかのように薄れた笑みが見えた。
「…シノアから聞いたのか。」
「君は元々、人の役に立つのを生きがいとする性質なのだろうね。」
シノアとローディリウス王子を守ることに努め、シノアは女子供にと限定していたけれど、恐らく男にも、頼られると断りきれない性格なのだろう。
だからこそ、ガザリにローニヤンという町を探らせた時、彼らの町での評判は頗る良かったのだ。
「君もそろそろ自分の道を決める時が来たのではないかな。シノアを守る、ではなくて、自分自身の為の道を。」
「はっ、俺を追い出して、あとはシノアとよろしくやろうって魂胆か。」
「無理にシノアから引き離そうとは思っていないよ。君が望むなら、少し勉強はしてもらうことになるけれど、シノアの側にいてくれることは構わない。というか、いてもらえるのならその方が私としては助かるよ。」
「あんたのその都合良く聞こえる言葉は、耳に毒だ。」
「シノアの絶対的味方であり、戦場で最強と謳われたガザリと対等に剣を交える君をシノアの側に置く利点、わざわざ説明してあげなくても分かるよね?」
彼の自尊心を擽る言い回しをしたつもりだったが、これには一際鋭い視線を向けられた。
「うるせぇ、バーカ!勝手にシノアに手ぇ出すなよ、エロジジイ!」
そう吐き捨て、逃げ出すように部屋を出て行った。
若い。というより、幼い。
以前にも彼を褒めた際にバカと言われたことがあった。稚拙な言葉選びは照れ隠しから来ているのだろうか。
そう考えると、悪い反応ではなかったということだ。手はとっくに出した後だが。
セスの言葉に1番衝撃を受けていたのは理髪師だった。
「ご…ご主人様に向かってあんな無礼を…。一体何者なんです?」
「小舅。」
セスの態度に恐れおののいた理髪師に髭を剃ってもらった後、着替えを済ませて髪を綺麗にまとめたシノアと合流し、セスと共に朝食を囲むと、セスの視線はシノアの首元に咲いた赤く小さな吸い跡を捉え、「ヤってんじゃねぇか!」と憤慨した。
それを宥めるのには骨が折れたが、何のことか分からずただただ頬を紅潮させて困惑していたシノアが可愛らしく、何とも言い表しがたい満足感を得た。
あれからだ。シノアとセス、2人の間に微妙な空気が流れるようになったのは。
セスにとって、私とシノアが体を重ねることはそんなに意外だったのだろうか。前夜に同じ部屋で寝ていたと知っていたのに。
もしかして私がもっと紳士であることを期待していたのだろうか。だとすれば私が期待を裏切ったということになる。
分からない。私が謝るべきなのだろうか。悪い事をした自覚はないのだが。
御令嬢のことで何度も礼を言われたが、助けたのはセスとシノアであるし、被災支援も中途半端になってしまった為に心苦しい思いが残った。
しかし、カサム州の統括者であり、その人柄から顔が広く、さまざまな人脈を持つテンティウス殿と親交を深めることができたのは、カサム州へ来て大きな収穫だった。
シノアと私は馬車に揺られ、その後列にはセスと使用人ら、それから荷物を運ぶ馬車が続き、一行を挟む形で私兵が配置されていた。
日が暮れる前には夜営の準備をし、各々が持ち場を守り、順に体を休める。
私はシノアと共に過ごしたが、その間セスがやって来ることはなかった。陣内ですれ違うこと、姿を見ることはあっても、シノアとセスはどこかぎこちない。
原因はほかでもない私なのだが。
シノアと心を通わせた日の翌朝、部屋には、もしかしたら邸中に、寝室の戸が殴打される音とセスの怒号が響いた。
おかげで隣で穏やかに寝息を立てていたシノアが飛び起きてしまった。
「シノア!いるんだろ!出て来い!」
慌ててベッドから出ようとする裸のシノアを、後ろから抱きしめる形で止める。
「大丈夫だよ。」
「でも…。」
「すぐに納まる。」
そのやり取りの間も鳴り続けていた荒々しいノック音は、「出て来いエロジジイ!」という痛く刺さるセリフと共に、ピタリと止んだ。
見当はついている。
シノアの頭に頬を擦り寄せ、金髪が掛かる耳にキスを落とす。
「おはよう、シノア。」
「あの、ゆっくりしてる場合では…。」
「大丈夫。ガザリが止めてくれてるよ。」
「え?」
首を捻り、昨夜の私の狙いに気がついたらしいシノアは、「あ。」と声を漏らしてこちらを振り返った。
そこにすかさず触れるだけのキスをする。ほんのりと紅潮する頬が可愛らしい。
「…だからあの人に2階で休むように言ったんですか。」
「うん。念の為に。」
下手をしたら夜のうちに来るかもしれないとも思ったが、セスも疲れていたのだろう。夜の時間は邪魔をされずに済んだ。
セスがガザリに突っ掛かっている声が聞こえる。
私はシノアを後ろに引き倒し、覆い被さると、今度は深く唇を重ねた。
戸惑う舌を絡め取り、その熱を十分に堪能してから離れ、身を起こした。
ベッドの外に足を下ろし「まずは私が話してくるよ。」と言うと、シノアは「え。」と心配そうに眉を潜めた。
下着を履いて、頭からトゥニカを被り、杖を持ち、軽装のまま戸へ向かう。
「シノアの服も用意してもらうから、ゆっくり支度をして、後からおいで。一緒に朝食にしよう。」
「…セスが、変なことを言ったらすみません。」
「大丈夫。耐性はあるよ。」
「え?」
邸で働いて貰っていた2カ月の間、数々の無礼を許してきたのだ。何を言われても今更だった。
戸を開き、「お待たせ。」と笑顔を作ると、目を吊り上げたセスが恐らく私の胸ぐらを掴もうとしたのだろうが、ガザリがその手首を掴み、制止してくれた。
ガザリに礼を言い、ますます熱を上げるセスを髭剃りに誘う。
なんで俺が、と拒否していたセスは整えていない髭で顎が隠れ、せっかくの清潔な衣服も似合っていない。その為、「小汚く見えるから。」と煽る形で説得をした。
普段なら自室でやってもらうのだが、今日はそこにシノアがいる為、空き室に用意をしてもらった。と言っても理髪師は1人しかいないので、順番にやってもらうしかない。
セスを優先してもらい、私はその傍らで安楽椅子に座って待つことにした。
時折「痛ぇ!」と声を上げるセスに自然と笑ってしまい、「笑うな!」と怒られたが、私は別に馬鹿にしているわけではなく親近感を覚えたのだ。
毎日の事とは言えど、錬鉄製の剃刀で顎を擦られるのは、堪えがたい痛みが伴う。
しかしそんな状況にも構わず、私は唐突に切り出した。
「昨夜、ベッドは寝心地良かった?」
「あんたは、さぞ抱き心地の良い枕を使ったんだろうな。」
「確かに、私たちが寝たベッドは君が使った物より更に上等な物だ。」
眉を潜めて「はぁ?」とこちらを向いたセスの頭を、理髪師が「動かないでください。」と強制的に元に戻す。
「昨日の食事は美味しかった?」
「何が言いてぇんだよ、さっきから。」
「シノアは美味しい物を食べるのが好きだろう?」
シノアと再会した時、彼女が使用人として居住していると分かり、使用人の食費を引き上げた。少しでも喜んでほしくて。
本人に直接恩着せがましいことなど言えないが、彼女が美味しそうに食べていたと人伝に聞いていた。きっと、初めて蜂蜜入りのワインを飲んだあの時のように、目を輝かせてくれたのではないだろうか。
「私はシノアの好きな物を好きなだけ用意してあげられる。」
「…で?」
「広い邸で、それなりに贅沢な暮らしをさせてあげられる。」
「シノアがそんなことに興味があるとでも?」
「でも君がブランドンを切った時、シノアを連れずに去ったのは、ここにいる方が良い治療を受けられると思ったからではないの?」
護衛を打ち破ったのだ。強引に連れ出そうと思えばできたはずだ。そうしなかったのは、ここが怪我をしたシノアにとってより良い環境だと判断したのだろうと踏んでいた。
「何よりも、シノアが私の事を好いてくれている。」
「あんたはナイジェルを射った!」
もちろん忘れたわけではない。私はシノアの大切な人を奪ってしまった。不本意だったと言い訳をするつもりもない。
「それでも、シノアは私を選んでくれたんだよ。」
実際、それは私自身も予想外の事だったのだが。
ローディリウス王子が息を引き取り、セスに憎しみの目を向けられた時、シノアにも同じ目を向けられるものだろうと覚悟をした。2度と和解はできないだろうと。
しかしシノアは、負の感情に流されることなく中立的な観点で自らを省みた。誰しもができることではない。
「あいつはただ、遅い初恋に浮かれてるだけだ。」
「…初恋なのか。」
彼の言葉を繰り返しただけなのに、セスは目を鋭く吊り上げた。
「思い上がるなよ!俺が虫を避けてやってたからあいつにその機会が無かっただけで、あんたが飛び抜けて特別なわけじゃない!」
「それは感謝せざるをえないな。」
興奮するセスの頭を、理髪師が「もう少しですから我慢して。」と抑える。
セスに認められようが認められなかろうが、シノアと結婚する意志に変わりはなかったが、だからと言って2人を仲違いさせたいわけでもない。
快く、とまではいかずとも、どうにか反発心を無くしてもらえないものか。
私が口にしても良いものかどうか迷っていたが、一か八か、言ってみることにした。
「君は務めを果たしたよ。」
頭を押さえられたセスの目だけがこちらに向く。
「務め?何の話だ。」
「シノアが自分の道を選ぶまで、君は立派に彼女を守りきった。母君の御遺言を果たしたよ。」
セスの息を呑む音が聞こえた。と同時に、理髪師が「終わりです。」と剃刀を置き、濡れ布巾でセスの顔を拭き上げ、離した。
セスはすぐには立ち上がらず、俯き、その横顔に、自嘲するかのように薄れた笑みが見えた。
「…シノアから聞いたのか。」
「君は元々、人の役に立つのを生きがいとする性質なのだろうね。」
シノアとローディリウス王子を守ることに努め、シノアは女子供にと限定していたけれど、恐らく男にも、頼られると断りきれない性格なのだろう。
だからこそ、ガザリにローニヤンという町を探らせた時、彼らの町での評判は頗る良かったのだ。
「君もそろそろ自分の道を決める時が来たのではないかな。シノアを守る、ではなくて、自分自身の為の道を。」
「はっ、俺を追い出して、あとはシノアとよろしくやろうって魂胆か。」
「無理にシノアから引き離そうとは思っていないよ。君が望むなら、少し勉強はしてもらうことになるけれど、シノアの側にいてくれることは構わない。というか、いてもらえるのならその方が私としては助かるよ。」
「あんたのその都合良く聞こえる言葉は、耳に毒だ。」
「シノアの絶対的味方であり、戦場で最強と謳われたガザリと対等に剣を交える君をシノアの側に置く利点、わざわざ説明してあげなくても分かるよね?」
彼の自尊心を擽る言い回しをしたつもりだったが、これには一際鋭い視線を向けられた。
「うるせぇ、バーカ!勝手にシノアに手ぇ出すなよ、エロジジイ!」
そう吐き捨て、逃げ出すように部屋を出て行った。
若い。というより、幼い。
以前にも彼を褒めた際にバカと言われたことがあった。稚拙な言葉選びは照れ隠しから来ているのだろうか。
そう考えると、悪い反応ではなかったということだ。手はとっくに出した後だが。
セスの言葉に1番衝撃を受けていたのは理髪師だった。
「ご…ご主人様に向かってあんな無礼を…。一体何者なんです?」
「小舅。」
セスの態度に恐れおののいた理髪師に髭を剃ってもらった後、着替えを済ませて髪を綺麗にまとめたシノアと合流し、セスと共に朝食を囲むと、セスの視線はシノアの首元に咲いた赤く小さな吸い跡を捉え、「ヤってんじゃねぇか!」と憤慨した。
それを宥めるのには骨が折れたが、何のことか分からずただただ頬を紅潮させて困惑していたシノアが可愛らしく、何とも言い表しがたい満足感を得た。
あれからだ。シノアとセス、2人の間に微妙な空気が流れるようになったのは。
セスにとって、私とシノアが体を重ねることはそんなに意外だったのだろうか。前夜に同じ部屋で寝ていたと知っていたのに。
もしかして私がもっと紳士であることを期待していたのだろうか。だとすれば私が期待を裏切ったということになる。
分からない。私が謝るべきなのだろうか。悪い事をした自覚はないのだが。
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