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拗れた友
2.ダレン
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タウヌール城塞は外郭と内郭、二重の城壁で囲まれた堅固な城だ。
それは11年前よりもさらに強化され、ますます堂々として見えた。が、ここの城主、タウヌール領主であるタウヌール辺境伯はキュース人に甘いと聞く。
それが命取りだ。
俺は城塞の外郭内にある菜園で働いているキュース人を買収し、堂々と城内へ侵入した。
その後、建物の影に身を潜め、肩下まであるくるくると捻くれた髪を後ろで束ねて黒頭巾を被り、顔も目以外は黒布で覆った。
標的はデキヤン王国の王太子。
王太子がこの地で死ねば、領主は責任を免れない。フェルディナン・トゥルベールが失墜すれば、タウヌールは脆くなるだろう。
そうしたら必ずこの地をキュース王国の領土にしてやる。
人種を気にしない領主?体良く利用しているだけだろう。
デキヤン王国でキュース人は過酷な差別を受ける。そういう人間に優しく手を差し伸べ、洗脳しているに過ぎない。
そうやって洗脳され、上手く利用された奴を、俺はよく知っている。
俺はより内部へと侵入する為に、内郭内側への入口である主城門に入り込み、天井に身を隠した。
すると、主城門の前にいる兵士たちの会話が聞こえてくる。
「いいか!これは各部隊の連携を見せる、とても重要な訓練だ!王太子殿下の御前、邪魔など入らぬよう、ネズミ1匹通すな!」
「はっ!」
どうやら王太子へと披露する訓練が、いよいよ始まるらしい。
まぬけ共め。ネズミ1匹どころか、もはや俺という暗殺者が侵入している。
そのまぬけ共の傍らを、1匹のネズミが走り抜けた。本物のネズミだ。
「ぎゃあああ!」
「ネズミが通ったあああ!」
目玉が飛び出そうなほど目をひん剝き、取り乱すまぬけ共に、一瞬自分の目的を忘れて目を奪われてしまった。
「ネズミを追うべきか?!」
「何言ってる!持ち場を離れるなんて言語道断だろ!」
「ネズミが侵入したことを上に連絡すべきか?!」
「要るかボケぇ!」
本当にこいつらがキュース王国とテイポッドー王国の連合軍を打ち破った宿敵、タウヌール連隊の兵なのだろうか。
こんなまぬけ共に負けたのかと思うと、怒りを通り越して脱力してしまう。
俺はというと、まぬけ共の注意がネズミに向いている内に、内郭の内側へと足を踏み入れた。
ひっそりと慎重に、しかし確実に、王太子がいるはずの主館へと歩みを進めた。
どこかで何かが起こった、という体の訓練なのだろう。
実際は何も起こっていないが、いくつもの小隊があちこちへ向かい、伝令が慌ただしく走り回っていた。
俺はその伝令の中でも、連隊長の元へ走る兵を密かにつけた。
連隊長がいるところが軍の本部であろうし、訓練を視察するとなれば、王太子もそこにいる可能性が高い。
そしてその考えが正解だったとすぐに分かった。
主館2階の軍議室とやらの前に、デキヤン王国の王室騎士団の制服を着た騎士が立っている。
王太子の護衛に違いない。
訓練で忙しくしている連隊の雑兵たちよりも、遥かに厄介だ。
正面突破はさすがに無理か。
俺は気配を消しながら、ひょいと窓から外へ出て、外壁の凹凸を利用して壁を伝い、外からの侵入を試みた。
少し高い位置に三角屋根付きの出窓があり、そこから首を伸ばして中を覗くと、読みはばっちり当たっていた。
それは軍議室の高い位置にある出窓だった。内部がはっきりと見え、少し頼りない雰囲気の王太子の姿も確認できた。
角度的に弓を射るのは難しいが、突入したとして、脱出するのも困難だ。ここで主館の外へ出るタイミングを待つべきか。
頭を上げ、体制を整えると、ぎょっとした。
出窓の小さな三角屋根越しに、人がいたのだ。
恐らく出窓の反対側に立っているそいつと、しっかり目が合っている。
久しぶりでもすぐに分かった。ロラン。
「く…曲者だぁー!」
「お前もなぁ!」
しまった。つい昔のノリでつっこんでしまった。
でも仕方ないだろう。なぜ連隊の一員であるはずのこいつが外壁にいるのだ。つっこまざるをえない。
「もしかして、ダレンか?」
顔を隠していたのに、ツッコミでバレるとは不覚。
「ダジャレを言うのは?」
「ダレンじゃ?ってアホなことやらすなアホ!」
手が届く距離にいたら頭を引っ叩いてやるところだ。
真顔でふざけるところは変わっていないらしい。
「あ、ロラン!てめぇそこで何してやがる!」
下の窓から顔を出したのは、俺でも知っている、タウヌール連隊長のジルだ。
「い、今はそれどころじゃ…!」
ふざけた身内ネタをしている場合でもないだろ。
「てめぇ!後で覚えてろよ!」
なぜか俺ではなくロランに怒号が飛んでいる。
しかし、これではもう暗殺は無理だ。
俺は身軽に屋根へとよじ登った。
「追います!」
背後から聞こえた声に、舌打ちを鳴らした。
ロランが相手となると少々厄介だ。
しかも連隊長はロランに怒鳴っていたくせにしっかり指示は出していたらしく、下方でも兵たちが俺を追って来ていた。
ちらほらと矢も飛んできたが、それに当たることもなく、俺は屋根の上を駆け抜けた。
それは11年前よりもさらに強化され、ますます堂々として見えた。が、ここの城主、タウヌール領主であるタウヌール辺境伯はキュース人に甘いと聞く。
それが命取りだ。
俺は城塞の外郭内にある菜園で働いているキュース人を買収し、堂々と城内へ侵入した。
その後、建物の影に身を潜め、肩下まであるくるくると捻くれた髪を後ろで束ねて黒頭巾を被り、顔も目以外は黒布で覆った。
標的はデキヤン王国の王太子。
王太子がこの地で死ねば、領主は責任を免れない。フェルディナン・トゥルベールが失墜すれば、タウヌールは脆くなるだろう。
そうしたら必ずこの地をキュース王国の領土にしてやる。
人種を気にしない領主?体良く利用しているだけだろう。
デキヤン王国でキュース人は過酷な差別を受ける。そういう人間に優しく手を差し伸べ、洗脳しているに過ぎない。
そうやって洗脳され、上手く利用された奴を、俺はよく知っている。
俺はより内部へと侵入する為に、内郭内側への入口である主城門に入り込み、天井に身を隠した。
すると、主城門の前にいる兵士たちの会話が聞こえてくる。
「いいか!これは各部隊の連携を見せる、とても重要な訓練だ!王太子殿下の御前、邪魔など入らぬよう、ネズミ1匹通すな!」
「はっ!」
どうやら王太子へと披露する訓練が、いよいよ始まるらしい。
まぬけ共め。ネズミ1匹どころか、もはや俺という暗殺者が侵入している。
そのまぬけ共の傍らを、1匹のネズミが走り抜けた。本物のネズミだ。
「ぎゃあああ!」
「ネズミが通ったあああ!」
目玉が飛び出そうなほど目をひん剝き、取り乱すまぬけ共に、一瞬自分の目的を忘れて目を奪われてしまった。
「ネズミを追うべきか?!」
「何言ってる!持ち場を離れるなんて言語道断だろ!」
「ネズミが侵入したことを上に連絡すべきか?!」
「要るかボケぇ!」
本当にこいつらがキュース王国とテイポッドー王国の連合軍を打ち破った宿敵、タウヌール連隊の兵なのだろうか。
こんなまぬけ共に負けたのかと思うと、怒りを通り越して脱力してしまう。
俺はというと、まぬけ共の注意がネズミに向いている内に、内郭の内側へと足を踏み入れた。
ひっそりと慎重に、しかし確実に、王太子がいるはずの主館へと歩みを進めた。
どこかで何かが起こった、という体の訓練なのだろう。
実際は何も起こっていないが、いくつもの小隊があちこちへ向かい、伝令が慌ただしく走り回っていた。
俺はその伝令の中でも、連隊長の元へ走る兵を密かにつけた。
連隊長がいるところが軍の本部であろうし、訓練を視察するとなれば、王太子もそこにいる可能性が高い。
そしてその考えが正解だったとすぐに分かった。
主館2階の軍議室とやらの前に、デキヤン王国の王室騎士団の制服を着た騎士が立っている。
王太子の護衛に違いない。
訓練で忙しくしている連隊の雑兵たちよりも、遥かに厄介だ。
正面突破はさすがに無理か。
俺は気配を消しながら、ひょいと窓から外へ出て、外壁の凹凸を利用して壁を伝い、外からの侵入を試みた。
少し高い位置に三角屋根付きの出窓があり、そこから首を伸ばして中を覗くと、読みはばっちり当たっていた。
それは軍議室の高い位置にある出窓だった。内部がはっきりと見え、少し頼りない雰囲気の王太子の姿も確認できた。
角度的に弓を射るのは難しいが、突入したとして、脱出するのも困難だ。ここで主館の外へ出るタイミングを待つべきか。
頭を上げ、体制を整えると、ぎょっとした。
出窓の小さな三角屋根越しに、人がいたのだ。
恐らく出窓の反対側に立っているそいつと、しっかり目が合っている。
久しぶりでもすぐに分かった。ロラン。
「く…曲者だぁー!」
「お前もなぁ!」
しまった。つい昔のノリでつっこんでしまった。
でも仕方ないだろう。なぜ連隊の一員であるはずのこいつが外壁にいるのだ。つっこまざるをえない。
「もしかして、ダレンか?」
顔を隠していたのに、ツッコミでバレるとは不覚。
「ダジャレを言うのは?」
「ダレンじゃ?ってアホなことやらすなアホ!」
手が届く距離にいたら頭を引っ叩いてやるところだ。
真顔でふざけるところは変わっていないらしい。
「あ、ロラン!てめぇそこで何してやがる!」
下の窓から顔を出したのは、俺でも知っている、タウヌール連隊長のジルだ。
「い、今はそれどころじゃ…!」
ふざけた身内ネタをしている場合でもないだろ。
「てめぇ!後で覚えてろよ!」
なぜか俺ではなくロランに怒号が飛んでいる。
しかし、これではもう暗殺は無理だ。
俺は身軽に屋根へとよじ登った。
「追います!」
背後から聞こえた声に、舌打ちを鳴らした。
ロランが相手となると少々厄介だ。
しかも連隊長はロランに怒鳴っていたくせにしっかり指示は出していたらしく、下方でも兵たちが俺を追って来ていた。
ちらほらと矢も飛んできたが、それに当たることもなく、俺は屋根の上を駆け抜けた。
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