塔の妃は死を選ぶ

daru

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 王の執務室にて、カルダはさっそく環獣祭の監督官から届いた報告書を読んでいた。

 報告書によれば、目立った犯罪も事故もなく、環獣祭の第1日目は無事に済んだようだ。昨年は終戦後だったこともあり人の入りも少なかったが、今年はそれも例年通りに戻りつつあるとのことだった。
 王夫妻の来場についても、大変好評だったと礼の言葉まで添えてあり、カルダはある程度目的達成できたかと胸を撫で下ろした。

 コンコン。
 ノック音の後に聞こえた"キートスです"という声に、入れと促し、1度報告書を置いた。

「失礼します。今しがたダマルカ王夫妻が祭りに向かわれました。」

「そうか。アイローイの環獣祭も楽しんでくれるといいが。」

「行く前から既に楽しそうにしていましたよ。」

 ダマルカ王は本当に気の良い人格者だと、カルダは評価していた。これほど友好な関係を維持できているのも、ダマルカ王の人柄がなす業だった。

 カルダがダマルカにアイローイの従属国になることを勧めた時、ダマルカ王は怒りを表すどころかその利点を大いに活用し、ダマルカをより暮らしやすい国へと導いた。
 カルダは穏やかながら頭の切れるダマルカ王を尊敬していたし、もちろんダマルカ王からしても道路整備や食料の支援等、カルダに対しては感謝の気持ちでいっぱいだった。

「王妃の様子は?」

「いつも通りご起床なさり、おみ足に疲れが溜まっていたようで、マッサージを行って差し上げたようです。」

「…他には何も言っていなかったか?」

「世話係からは何も。何か気になることでもおありですか?」

「ダマルカ王夫妻との晩餐の席で、少しな…。」

 フェリディルとクァンザ族の関係について、カルダがニコに教えていなかったのには理由があった。いつまでも隠し通せるとは思っていなかったが、まさかあの席でその話が出るとはカルダも予想していなかったのだ。

「ダマルカ王がクァンザ族の話題を出してしまって…、フェリディルにクァンザ族と繋がっていた者がいるということも…。」

「王妃様に知られてしまったのですか?!」

「そうだ。」

 事情を知るキートスはぽかんと口を開けた。

「それで…王妃様は何と?」

「何も。…その後もまるでなんともないかのように笑っていた。」

 そうですか、と言うキートスの声は独り言のように小さくなった。何も知らないはずの王妃が突然そんなことをにしたらショックを受けるはずだ。それでも笑っていられたというのは、さすが王族だと思わずにはいられなかった。

「こうなったからには、話した方がいいのだろうな。」

「…あんなに大人しい王妃様が、聞いて平気でいられるでしょうか。」

「お前は知らないだろうが、…いや、余も知らなかったのだが、王妃はなかなか王妃らしく振舞える人物だった。民の前では堂々としていたし、晩餐会の席でも会話についてこられるレベルのダマルカの知識を身につけていた。」

 キートスは目を丸くする。王妃の話にももちろん驚いたのだが、なによりも王が女性を褒めるのを初めて聞いたのだ。

「あれはお前が指示しておいたのか?」

「いいえ、指示などとんでもありません!王妃様が自ら必要性を感じて学ばれたのでは?」

「自ら?…誰に?」

「王妃様はたびたび図書室に出入りしていると司書から聞いています。本でお読みになったのではないでしょうか?」

 本か、とカルダは呟いた。カルダには腑に落ちないのだ。

 晩餐会でのニコの話し方は、本を読んだというよりもというような雰囲気だった。知り合いにダマルカ出身の者がいるのかとも思ったほどだ。
 もちろんそれも無い話ではないが、アイローイを挟んでダマルカは北、フェリディルは南西と、ほとんど真逆に位置している。アイローイここに来てからは人とまともに接していない。そう考えると知り合いにいるという可能性は薄い。

「もしかして、王妃を世話している使用人の中に、ダマルカ出身の者がいるのではないか?」

 なるべく話しかけてやるようにと指示を出していたはずだし、ダマルカ出身の世話係が話したのかもしれないと、カルダは考えた。

「それはあるかもしれませんね。ところでなぜそんなに気になさるのです?」

「その者のお陰で恙なく晩餐会を過ごせたのだ。一言礼を言いたい。ついでに王妃の話相手になってくれたら王妃も喜ぶのではないかと思ってな。」

「それは良い考えですね!」

 わかりやすくキートスの目が輝いた。

「さっそく探して参ります!」

 キートスが何を期待しているのか、カルダにもすぐ分かった。今まで散々言われていきた。妻を慈しめだの、愛は素晴らしいだの、子供はかわいいだの。どれもカルダには響かない。そんな事よりも優先させることがあるのだ。
 いずれは世継ぎについて考えなければならないが、別に血筋にこだわっていないカルダにはどうとでもできる問題だった。

「王妃は美しいが、余ではだめだと何度言えば…。」

 誰もいなくなった空間でぽつりと呟き、いつもの癖で額を擦った。





 スヴェリオはバーバリオ宅に向かった。昨日は酒場で飲んでいたが、今日はドーラが料理人の知り合いのところに臨時の手伝いに行くと聞いていた。つまり、バーバリオたちは家で飲んでいるだろうと思ったのだ。
 獣皮の加工職人であるバーバリオたちは環獣祭前は忙しいものの、始まってしまえば暇なのだ。

 ドンドンドン!
 荒々しく戸を叩けば、スヴェリオの予想通り酒を持ったバーバリオが現れた。

「なんだスヴェリオ、今日は城にお勤めって言ってなかったか?」

「ちょっと野暮用で遠出することになった。ティテルはいるか?」

「なんだ遠出って、馬を貸せとか言うんじゃねぇだろうな?」

「察しが良くて助かるよ。」

 ニッコリと笑ったスヴェリオに、バーバリオは酒臭いため息を吐く。

 狩りを基本としていたダマルカ出身のバーバリオの獣皮の加工技術は町でも高く評価されていて、28歳という若さながらそれなりに裕福なのだ。馬も5頭飼育しているし、その世話も弟子たちが行っている。

 スヴェリオが急にどこかへ行くと言い出すと、足はバーバリオの馬だった。スヴェリオは馬を借りる代わりに、売り物にできそうな獲物を何匹か狩ってくる。これが決まったパターンだ。
 
「ちゃんと獲物も取ってこいよ。」

「分かってる分かってる。で、ティテルは?」

「あいつは武器屋んとこ手伝いに行くって言ってたぜ。」

「えぇ~?!なんだよおやっさん、俺が断ったらティテルに声かけるのかよぉ…まいったなぁ。」

 旅に出る時はティテルを連れていくのも毎度のことだった。だが、あの強面オーブの元から労働力を奪うのは、後が恐ろしい。いつも優遇して貰ってるスヴェリオからすると、得策ではない。そう考えているのがバーバリオにも伝わった。

「すぐに出るのか?」

「準備できしだい出発したい。そしてその準備もティテルにさせたい。」

「ティテルはお前の奴隷じゃねぇんだぞ。」

「弟分にしてくれって言ってきたのはあいつだぜ?」

 まぁな、とバーバリオは頭を掻いた。そしてそのお陰でドーラと出会ったことを考えると、あまり強く出れない。
 バーバリオは、はぁ~とまた酒臭い息を吐いた。

「オーブのおやっさんに皮装具を安くすると言ってみろ。」

「いいのか?!」

「お前に必要なことなんだろ?」

「バーバリオ!」

 感激のあまりスヴェリオはバーバリオに抱きついた。自分より背の高いバーバリオの顔を掴み、左頬、右頬、とキスをする。

「やめろ!気色わりぃ!!!」

「あっはっは!やっぱ持つべき友はバーバリオだな!」

「大した弟分だよ、おめぇは…。」

 スヴェリオはあっはっはと笑いながら礼を言い、さっそく武器屋のオーブのところへ向かった。

 バーバリオからの言付けを伝えると、オーブも心良くティテルを解放し、旅の準備に慣れたティテルによって、あっという間に必要物資が整い、スヴェリオとティテルは王都スメヒリヤを出発した。
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