塔の妃は死を選ぶ

daru

文字の大きさ
18 / 64

18

しおりを挟む
 部屋に戻ってからも、ニコの頭の中はまだ整理しきれていなかった。
 話を聞いていた場で拳を握り大人しくしていたのは、せめてもの強がりだ。本当は納得など何もしていなければ、信じようとも思っていない。

 カルダによると、ハープナーはクァンザ族を使って王の権威を削ぎ落とし、王に憤った騎士団や民衆を味方につけて自身が新しい王に成り替わろうとしていたらしい。

 しかし、カルダからフェリディル王にその件を知らせたところ、フェリディル王は自分の家臣をバカにするなとの返事を返されたらしい。フェリディル王は、ダマルカと同様にフェリディルもアイローイの手中に収めようとしているのだろうと思ったのだ。
 カルダもカルダで、人間同士結束を高めてクァンザ族に負けない強い種族にする為に、フェリディルもアイローイの従属国にすることが手っ取り早いと思っていた為、フェリディル王の考えはあながち誤解とも言えなかった。

 とはいえ、クァンザ族と手を組むような輩が王になるなど捨て置くことはできず、カルダはハープナーが動く前にフェリディルを征服するという強硬手段に出たのだ。

 ニコをアイローイの王妃に迎えたのも、ハープナーとの接触を避ける為だったという。国民からの人気が高かったニコに、同じく国中から信頼されているハープナーが近づき、利用し、そして反逆するということを未然に防ぐ為だったというのだ。

 ニコが恐怖を感じたのは、もし本当にカルダとペリュグリスが話すことが全部本当で、自分が何も知らずにハープナーに力になってほしいと頼まれたら、全力で味方をしただろう思ったからだ。必要に迫られれば、婚姻すらも承諾したに違いない。
 それくらい、ニコも他の者たちと同様にハープナーを信頼していた。

 でも、とニコは胸に手を充てた。まだ聞いた全てが真実だとは限らない。
 おかしな話だが、今、ニコが1番信用しているのは得体の知れない泥棒なのだ。





「ショックを受けたでしょうね…。」

 王座の間に残ったのはカルダとキートスの2人だ。
 最初にニコが失礼しますと悪い顔色のまま退席し、ペリュグリスには、カルダが用意した客室で休むようにと言って下がらせた。

 しょんぼりと発したキートスの言葉が、静かな王座の間に響いたが、カルダは返事をする気にもならなかった。

 元々白い顔から更に血の気が引き、青白くなったニコの姿を思い出し、カルダの額を擦る癖が出る。
 もっと取り乱すと思った。涙を流すと思った。しかしそうはならなかった。カルダは、さすが1年以上全てを1人で耐えた女性だと感心すると共に、心配になった。
 どんなに強い盾でも、耐え続ければ老朽するし、いずれは壊れる。メンテナンスが必要なのだ。

「大丈夫でしょうか…最近ようやく少しずつ心を開いて頂けていたのに、また元に戻ってしまわれないか心配です。」

 カルダは額を擦る。

「今日の今日ではまだお心の整理ができていないでしょうから、明日、伺ってみるのはどうでしょう?」

 カルダはしわの寄った眉間を抑えた。

「王様、王様の腕の見せ所ですよ!」

 カルダは切実に思った。うるさい。なぜ返事もしていないのに、次から次へと言葉を重ねるのか。幻聴でも聞こえているのではあるまいな、と。

「キートス。」

「はい、王様。」

「下がれ。」

「いいえ、王様。」

「は?!」

 当たり前のように口答えをするキートス。
 どんなに口うるさくても今までカルダに向かって”いいえ”などと言ったことが無かったキートスに、カルダの方が困惑する。

「今、余にいいえと言ったか?」

「はい、王様。このキートス、王様が次はいつ王妃様をお訪ねになるのか聞いてからでないと、下がれません。」

 カルダは呆れて口をあんぐりと開けた。なんて空気の読めないやつなんだ。しかしキートスは訝しげなカルダの視線に、びくともしなかった。

 上あごを上げて澄ました顔のキートスに、カルダは一層苛立ちを覚える。

「エイソン!」

「はっ!」

 カルダが呼ぶと、すぐにエイソンが扉を開いて現れた。

「こいつを連れ出せ。」

「王様?!」

「…え?」

 なんで私を追い出すんですかとか、お前がうるさいからだとか、毎日のように聞くセリフを言い合う姿を目の当たりにして、エイソンはまたしても面倒な場に駆り出されたとため息をついた。

 今まで幾度と見てきたこの2人のやり取りを見ていると、いつまでも小さな子供のような気がして、エイソンは父性を感じずにはいられなかった。

「…王様、人避けをして話をした後に、私の手でキートスを追い出すと、城内で良からぬ噂が立つやもしれませんよ。」

「良からぬ噂とはなんだ。」

「人は知らないところで勝手に妄想し、思いもよらない噂の原因になることは、王妃様の件で学習されたはずでは?」

 痛いところを突かれたカルダは、うっと口を閉ざした。キートスは胸を撫で下ろす。

「王妃様のお顔色が大変悪いようにお見受けしましたが、王妃様は何か仰られていましたか?」

 困った時のカルダの癖が出る。

「何も。少し考えさせてくれと。それだけだ。」

 思ったよりも冷静なお方なのだな、とエイソンもカルダと同じ印象を受けた。

「そうですか。それならば、少し時間をあけた方がいいかもしれませんね。」

「何を仰いますか、エイソンさん!王妃様は今にも不安で胸を押しつぶされそうになっているはずです。誰かが付いていてあげた方がいいですよ!」

「そのに、王様は向いていらっしゃらない。」

 エイソンの言葉に、カルダは心臓を貫かれたような痛みを感じた。頭のてっぺんから冷えていく。
 どのような理由を並べても、自分が王妃の両親の仇、祖国の仇である事実に変わりはない。カルダも理解していた。側にいたところで掛けてやる言葉も持たなければ、余計に圧力をかけてしまうだけの存在だ。

「エイソンさん…そんな言い方しないでください…。」

「事実は事実だ。」

「余も、分かっている…。」

 ですが王様、とエイソンは父が子を戒めるように続けた。

「王妃様のお心が落ち着き、もし真実と向き合いたいとそう願った時は、王様が1番お力になって差し上げるべきです。」

 カルダは真っ直ぐにエイソンを見返す。

「…分かっている。」

「キートスが言うように今すぐにというのは無理がありますが、少し時間を空けて、王様が自ら王妃様の元へ出向かれることは必要ですよ。王妃様がご自身で王様に会いに来ることは、これまで1度も無かったのですから。」

「…分かっている。頃合いをみて行くつもりだ。」

「それから、僭越ながらもう1つよろしいでしょうか。」

「なんだ。」

「御自身のことをあまり卑下なさってはいけません。」

 カルダの眉間に寄ったしわが、僅かに緩んだ。

「王様はなさるべきことをなさったのです。王妃様にどのような印象を持たれようが、王様の行動に間違いはありませんでした。このエイソンが、断言致します。」

 エイソンの力強い瞳が、カルダの心を支えるように軽くした。自然と頬が緩む。

「エイソンにそう言ってもらえると心強い。」

 エイソンの言うことは素直に聞き入れるカルダに、キートスは口を尖らせた。

 

 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...