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第四話 境界標騒動
⑤
しおりを挟む「うう……」
そ、そう思われていたのか……。
薄々感じてはいたけれど、改めて言葉にされると辛い。
社長はいつも太ったお腹をさすりながらニコニコ優しそうなのに、裏ではそんなことを思っていたんだな……。
所長が『タヌキ親父』と評していたのが分かった気がした。
「俺は、願ってもないチャンスだと思ったな」
「……え? お荷物だとか思わなかったんですか?」
「なんでキミってそんな自己評価低いの?」
「なんでって……だって、僕は仕事ができないですし……」
「そうかな? 朝くんのお客様への対応に不満を覚えたことはないし、教えたことはちゃんと覚えてるじゃん」
「それは……この支店だから……」
「ここでできたことなら、他の場所でもできるだろ? 俺はキミになーんもしてないぜ」
「そんなことないですよっ……!」
何も知らなかった僕に、所長は今後の道を示してくれた。
霊感なんて自分には縁のない話だと思っていたけれど、どうやらこれから長いつきあいになりそうだ。今まで誰も教えてくれなかった。
進んで師匠役を引き受けてくれたことは、僕は感謝している。
「俺が、朝くんの霊感を育てて利用しようとしていたとしても?」
「……え?」
「言っただろ? 俺には妹の声が聞こえないんだよ。だから、自分以外の霊感持ちを育てて、妹の声を聞いてもらおうと思った」
「ぼ、僕にできることならそれぐらい……!」
「死者の声を聞くっていうのは、死者の感情も同時に引き受けるって意味だ」
「で、できますよ……!」
「死者の感情っていうのは、主に死んだ時に止まる。妹が受けた困惑や苦痛や恐怖その他諸々を二十年近く熟成させた負の感情、キミに受け止められるのか?」
「そ、それは……」
言葉が尻すぼみになってしまう。
勢いよく請け負おうとしたものの、話を聞いているだけでも妹さんの辛さや悲しみは察するにあまりある。
「なんの対策もとらずに受けたら、まず間違いなく狂うだろうな。そんなふうにはなって欲しくない。だから、長期的に慣れてくれればいいなって思ってたんだが……」
所長は助手席の背もたれを下げて寛いだ姿勢をとる。
はぁ、と全身の力を抜いてから言った。
「黙っておけなかったな。他の部署に移りたいなら口を利くし、他の職種に興味があるなら俺だってそれなりに人脈があるぜ。後はテキトーに……」
「えっ?」
「……なんだよ、えっ。って」
「いや、えっと、その……僕はクビになるんでしょうか?」
「クビっていうか……、朝くんだってイヤだろ? いつか気が狂うかもしれない霊と会わせるつもりの奴と一緒に働くなんて」
「でも、そうならないようにしてくれるんですよね?」
「そりゃ、俺だってみすみす人が狂う姿なんて見たくないからな。だけど、キミを利用するつもりだったことに変わりは……」
驚いた表情の所長をしっかりと見据える。
「利用しても、いいですよ」
自信をなくして消えてしまいそうだった僕を拾い上げて、意味を与えてくれたのは所長だ。それは間違いない。
「利用、なんて思うからダメなんじゃないですか? 僕は所長と一緒に働けて良かったと思っていますし、僕にできることならば何でも協力したいです」
霊感レーダーとして『ただそこにいるだけ』以外の役立ち方があるのなら、僕は試してみたい。誰かの役に立ちたい。誰かの為になりたい。
無価値な自分を、好きになりたいから。
「利用じゃなくて……協力、させてください。同僚として、とか、その……あ、相棒として、とか……」
自分で言ってちょっと恥ずかしくなってしまった。
前に所長がサラッと言っていたから大丈夫だと思っていたけれど、自分が口にするとかなり気まずい……。
所長は驚いた表情のまま、ポカンとしている。
「………」
所長は無言でくつろぎスタイルを崩して、のそりと上体を起こした。
「そっか」
ポツリとそれだけ呟いて、ウンウンと一人で頷く。
「そういう考え方も、アリだ」
「アリ……ですか」
「日本語って難しいな。そうだな……うん。協力、か」
僕が言ってしまった恥ずかしいキーワードはどうやらスルーしてくれたみたいだ。
所長は『協力』という一語を噛みしめるように何度も口にする。
「よし、じゃあ改めてお願いするよ。朝くん、俺に協力してくれ」
畏まって座り直してから差し出された右手を、特に抵抗もなくとったら思いのほか強い力で返ってきてビックリする。
「い、言われなくても……僕は最初から、そのつもりでしたけど」
「ハハハ! そりゃ悪かったな! ずっと一人でやってたもんだから、そんな言葉があるのも忘れちまってたよ」
所長は大げさに笑ってから、いつもの顔全体をクシャッと歪める笑い方をした、
馴染みのある光景にちょっとだけホッとする。
「僕にできることなら、今からだって妹さんの声を聞きますけど……聞き方は分からないんですが」
「今の朝くんなら、聞こうと思えばできるだろうさ。でもやめとけよ。あの記憶はまともに受け止められるもんじゃ……あぁ、でも朝くん。今朝、妹の写真についてなんか言ってなかったっけ?」
「え? あ、はい……。以前見せてもらった写真と、今写真立てに入っている写真が違っているように思えたものですから」
「どんなふうに?」
「えっと……最初の写真はブランコに乗っていたと思うんですけど、昨日見たらブランコから下りていました。まるで写真の中で動いているみたいに……。でも、きっと所長が定期的に変えているんですよね? 連続写真で何枚も撮っているとか……あだっ!?」
手の次はいきなり両肩を掴まれた。
そのまま興奮状態でブンブンと前後に揺さぶられる。
「おい! ホントか!?」
「ほ、本当ですって……! しょ、所長の仕業じゃないんですか……?」
「俺はそんなことしない。そもそも、俺は想いが強すぎて妹の写真を見ることさえ辛いんだよ」
だから、あの写真立てはいつも伏せられていたのか……。
「あれはな、俺が撮った最期の写真なんだ。あの後、妹は連れ去られて、数時間後に変わり果てた姿で見つかった。朝くんが見たのは、おそらく写真を通した霊視だな。そのまま見続ければ、妹が誰に連れ去られたのかわかるはずだ。俺が思うより、妹と朝くんは相性が良かったみたいだな」
「……でも、その写真に証拠能力はないんでしょう?」
「まぁな。朝くん以外の人間が見ても、ただの写真に過ぎないだろう。やっぱり、合法的に追いつめるには、ボロを出させるしかない」
「ど、どうやって……?」
「それは今から考えるさ。ここ最近、アイツからの連絡が多いんだよ。周りに間違った幽霊対策も吹き込んで回ってるし。アイツの独自解釈では、現世に幽霊を増やすことで妹が喜ぶとでも思ってるんだろうな」
「……なんで、とか、あんまり考えないほうがいいんでしょうね……」
「朝くんもわかってきたじゃん?」
件の志田さんという男性のことは、一瞬顔を見ただけなのでまだよく分からない。
でも、今までに伝え聞いた話を総合するとおおよそ僕が培ってきた一般常識が通じる相手だとは思えなかった。
「アイツはいつもニコニコと隙のないヤローだが……」
チラリとカーナビの画面を確認する所長。
目的地のピンはもう間近に迫っているのに、途中駐車してもうずいぶん時間が経ってしまった。
「さすがにこんなに時間オーバーすれば、何か思うところもあるだろうさ」
「……ホントですね。すっ、すぐ出発します!!」
気がつけば、依頼人との約束をすっぽかしてずいぶん長い時間話をしてしまっていた。慌ててハンドルを握り直す。
「安全運転で頼むぜ。今までバカみてぇに平身低頭時間厳守でやってきたもんだから、少しぐらい効果があれば良いな」
「効果?」
「アイツの化けの皮、剥いでやるんだよ。ああいうタイプは、常に自分を一番にしてもらわないと気が済まないハズだからな」
「ぼ、僕は初対面なんですが……」
「スゲー霊能力持ってます、みたいな顔しとけよ。俺はそうやって朝くんのこと説明してるから」
「……飛び降り団地の時も思いましたけど、事実と異なるイメージを依頼人に植え付けるのはやめてもらえませんか?」
「異なってないだろ? 普通の人間に比べりゃ、霊は見えるし声も聞こえるっていう朝くんは十分、すごい存在だって」
「………」
自分の霊能力について、あまり肯定的に考えることができないままでいた。
番場さんに励ましてもらってからはちょっと変わったけれど、それでも全部を受け入れることなんてできない。
望むと望まざるとに関わらず、常にお化け屋敷の中にいるような感覚にはいつまで経っても慣れない。
こんな能力、いったいなんの役に立つんだろうと思っていた。
だけど、今は違う。
僕にできることは微々たることなのかもしれない。
でも、これは僕にしかできないことだ。
一人では小さなことでも、誰かの力を借りれば……協力すれば、ただ幽霊を怖がること以外の何かが得られるかもしれない。
「じゃあ、そういうことにしておいて下さい……っ!」
僕は覚悟を決めて、大遅刻している依頼主の元へ車を走らせた。
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