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さがしわすれ 〜自転車の鍵〜
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しおりを挟む「うーん……。帰ってきたとはいえ、ずっと疎遠でしたからね」
「じゃあさ、お昼ご飯どこか食べに行こうよ!」
「二人で、ですか? でもお店を開けるわけには……」
「もぅ、真面目だなぁ志穂さんは」
一応、雇われているのでそうそう自由にはできないと思うけれど……一週間、全くお客さんがいないとちょっとサボろうかという気分になるのは分かる。
「あの……」
私の心に小さな魔がさしはじめたところで、一週間ぶりに扉が開く音がした。
「ごめんなさい、あの……」
入ってきたのは、中学生くらいの女の子だった。
身体に合っていない大きなサイズのセーラー服に、黒くて艶やかなおかっぱ頭。
不思議そうに店内を見渡しているのは、お客様の特徴だ。
あ、でもお客様ということは……この子も、死んでいるのか……。
子供の死をリアルに想像して、一瞬とてつもなく暗くなった私の表情を敏感に感じ取ったハツカちゃんに「志穂さん、お客様は忘れ物をしたときの姿形で現れるから。あの子が天寿を全うして老衰で旅立った後にここに来たって可能性もあるよ。ここで感情移入しすぎちゃうとお兄ちゃんみたいになるから、あんまり考えないで」と諭される。
無邪気な顔で朝ご飯を食べていたハツカちゃんはどこへやら、黒いキャップを目深に被りなおした彼女は厳かな調子で言う。
「ご来店、ありがとうございます。まずはお名前をお聞かせ願えますか?」
「えっ、えと……なまえ……? あっ、由香里、です」
由香里ちゃんは礼儀正しく頭を下げた。
セーラー服のカラーが、お辞儀に合わせてぴょこんと下がる。
「由香里さま、ここは貴女さまの御忘物をお預かりさせていただいている場所でございます」
「わすれ、もの……?」
「はい。なにか、お心当たりがございませんか? 由香里さまの御忘物は、こちらでございます」
ハツカちゃんは机の上の定位置におかれた赤い御座布を恭しく両手で示す。
そこには、小さな鈴のついた小さな鍵が出現していた。
いつの間に……。
「えっ!? な、なんでこの鍵がこんなところにあるの!? 一生懸命探しても見つからなかったのに!!」
由香里ちゃんは心底驚いた様子で、その場でちょっと飛び上がってからすぐに鍵に飛びついた。
「わっ……でもこれ、本当に由香里の自転車の鍵だ……。よかったぁ……見つかったぁ……」
ぎゅっ、と鍵(自転車の鍵だったのか)を胸に抱きしめる由香里ちゃん。
無事、御忘物の受け取りがすんだし、今回はこのまますぐ消えてしまうのか……と思って由香里ちゃんを見ていたけれど……。
「……あれ?」
由香里ちゃんは、鍵を抱きしめた姿のまま一向に消える気配がない。
「……やっぱ、聞かないとダメか」
ハツカちゃんが小さく呟く。
「聞かないと……、って?」
「お兄ちゃんが店主だった時、毎回、御忘物についての思い出話を聞き出してたの。てっきり、お兄ちゃんの個人的趣味なのかと思っていたけど、やっぱり聞いてあげないと旅立てないみたいね。おばあちゃんなら、言葉がなくてもすぐに旅だっていくんだけどなぁ」
「そうなんですか。……じゃあ、聞いてみましょうか」
まさか、面倒くさいとか思っていたりするのかな?
最初の誠二さんへの辛辣な態度を思い出すと、そんな気もするけど……。
自分の半分ほどしか生きていない若い子の考えていることなんて、ハッキリと分かるはずがない。
……でも、同い年でも思考なんて読めるわけがないし、この際年齢なんて関係ないのかな。
誠二さんに対しては、なにか理由があって、慮ることができなかったのかもしれない。
私が未亡人になった経緯を聞いたときはなんだか辛そうな顔をしていたし、今もその時と同じように眉毛と口元をハの字に曲げてなにやら思案している。
「……どうしたんですか?」
「なんか、苦手なんだよね。同い年ぐらいの子の、御忘物事情を聞くのって」
「えっ?」
「お兄ちゃんじゃないけど、やっぱり、歳が近いとアタシも感情移入しちゃうからね」
「じゃあ、私がお聞きしてみましょうか」
「や、でも志穂さんに頼りっぱなしになるわけには……コホン」
ハツカちゃんにとって、今の自分は『店主代理』だという自覚が一応ある様子で、また由香里ちゃんに向き合った。
「由香里さま、もしよろしければ、そちらの御忘物についての思い出をお聞かせ願えますか?」
「えっ?」
「御忘物の思い出は、由香里さまにしか語られることのない物語でございますゆえ」
もしよろしければ……と、ハツカちゃんはあくまでも謙虚な姿勢を崩さずに、それでもミステリアスな威圧感をもって由香里ちゃんに問いかける。
由香里ちゃんは自分の手の中にある鍵と、微笑みを浮かべたハツカちゃんを交互にみて、それから語り出した。
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