ただ帰りたいはずだったのに、私は壊す者になった

川浪 オクタ

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第7話番外編:あの日、牙を向けた理由

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 《 警告 》

 塔の魔力反応は、微かだが確かだった。

 廃墟となったはずの監視塔に残る"痕跡"は、この国の誰かが、まだそこに執着していることを示していた。

 リュゼル・ヴァレイドは、任務の途中で立ち寄っただけだった。

 だが――"異質な気配"を感じた瞬間、体の奥に眠る警鐘が鳴った。

(まさか、噂の……)

 "壊す者"。

 その存在は、まだ確証もない噂にすぎない。

 けれど、冒険者たちの間で語られていた――ダンジョンを跡形もなく塵に変え、静かに消える少女の話。

 信じていなかった。

 けれど、目の前の少女の魔力は、確かに"それ"に似ていた。

(もしも彼女が……ならば、止めなければ)

 名を告げるよりも早く、警告を放った。



 《 見誤る 》


「止まれ。その魔力をすぐに解け」

 彼女は驚いたように振り返った。

 年若く、穏やかな表情。

 肩までの黒髪に、黒い瞳。

 この国ではあまり見かけない顔立ち。

 それでも、本能が告げていた。

 ――あの魔力は、ただの探索者のものではない。

(何かを……隠している。いや、"力"そのものが異質だ)

 つうっと汗が頬を伝う。

(もしかして……俺より強い?)

 否定したい。だが、確信が持てない。

「それはダンジョンじゃない。壊さないでくれないか」

 静かな威圧感を込めて、そう告げた。

 何か言いかけた彼女の声を、遮るように詰め寄った。

 冷静さは失われていた。恐れが、判断を曇らせていた。

「この塔は、王都の警戒網の一角だった。崩れていても、我々にとっては未だ役割のある地だ。勝手な破壊など――許されない」

 それは半分、建前。

 本当は――

 "この少女に、何かを壊させたくなかった"。

 けれど、彼女の瞳に浮かんだのは――戸惑いと怯え、そして、深い失望。

 泣き出しそうな顔だった。



 《 魔力の交差 》


「お前が……"壊す者"か」

 断罪のような重みを込めて呟くと、彼女の表情が凍りついた。

「……ならば、力で証明しろ」

 空気が震える。魔力を解放し、一気に彼女へと向かわせた。

 その瞬間――突如、彼女の体の中で青白い光が輝いた。

(なんだ、あれは……!)

 だが次の瞬間、何かが違った。

 彼女から放たれたのは、破壊の力ではなく――

 淡い光の膜が彼女を包み込み、リュゼルの魔力を静かに打ち消していく。

「……なに?」

 驚きとともに、戦意が溶けていく。

(攻撃……じゃない?)

 それは防御魔法だった。

 彼女の魔力は、祈るように静かで――けれど、深海のような"底知れなさ"を湛えていた。

(……なんだ、この感覚は)

 沈んだ湖の底に、そっと触れたような――優しさと、恐ろしさが同居する魔力だった。

 目を見開いた瞬間、彼女はすばやく塔の裏手へと回り込んだ。

 その動きと同時に、先ほどの防御魔法を応用したような"遮蔽の魔法"を展開し――淡い光の膜が空気を揺らし、一瞬のうちに彼女の姿を隠していく。

 追う足は動かない。

 そのまま、彼女は消えた。

 残されたのは、沈黙だけだった。



 《 違和感 》


 風が吹く。

 さっきまでいた場所から、少女の気配が消えていた。

(……なぜ、逃げた?)

 本当に"壊す者"なら、こちらを倒すこともできただろう。

 なのに――

(あの魔力があれば、俺なんか……)

 拳を握る。

 "なぜ、自分は彼女を信じなかったのか"。

 "あれほどの力を持ちながら、彼女はなぜ、優しさを選んだのか"。

 胸の奥が、きゅっと痛んだ。

 《 名前も知らない少女 》

 夜。焚き火を囲んで任務仲間に報告する。

「……不審な魔力反応があったので、警告を与えた。戦闘にはならなかったが、調査対象としては注意が必要だ」

 言葉は冷静だった。

 だが――心の中では、違う想いが渦巻いていた。

 ――名前も聞けなかった。

 ――あれは、敵だったのか?

 火の粉がぱちんと弾ける。あの子の魔力が放った"青白い光"のように。

 消すことも、傷つけることもなく――ただ、通りすぎた優しい魔力。

(……また、会うかもしれない)

 できれば、次は――剣ではなく、名を呼ぶ声で向き合いたい。
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