ただ帰りたいはずだったのに、私は壊す者になった

川浪 オクタ

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第8話『その力が、希望であるなら』

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 壊す力を“希望”だなんて、誰が言えるだろう。

 それでも私は、そう信じたかった。

 《 廃墟と静寂 》

 そこは、かつて知を集め、未来へとつなぐために築かれた場所だった。

 いまや崩れた本棚と、砕けた天井がすべてを語っている。

 廃墟と化した図書館――静寂に包まれ、"ダンジョン"と呼ばれる場所。

 それでも、まだかすかに書物の匂いが残っていた。

 それが余計に、ここにあった「知」の重みを感じさせる。

 晴歌は慎重に足を踏み入れる。

 どこか懐かしい、けれど不穏な魔力の流れが満ちる空間。

「ここは……壊さない方がよさそうだよね。一応、サーチしておいたほうが――」

 そのときだった。

「危ない! 下がれ!」

 鋭い声と共に、崩れた床の一部が魔力の膜で支えられた。

 見上げると、優雅な装束の青年がこちらを見下ろしていた。

 気品ある佇まい。凛とした目元。そして――

「間に合ってよかった。君が、"壊す者"か」

 彼は、微笑んだ。

 ルディアン・ロア=グレン。

 ヴィルティア王国の王太子で、後ろにいるのは、竜族のリュゼルというらしい。



 《 疑いではなく、確かめに 》


 上の階から降りてきた彼らは、元の世界でいうとモデルのような人たちだった。

 しかし、容姿のことなど関係なかった。

「"壊す者"と呼ぶの、やめてほしいです……」

 晴歌が思わず眉をひそめると、彼はすぐに手を上げて首を振った。

「誤解しないでほしい。僕は君を裁きに来たわけではない。ただ、"君という存在"を確かめたくて来ただけだよ」

 穏やかな口調だった。

 どこか教師のようでもあり、兄のようでもあった。

 傍らには、腕を組んで立つリュゼル。

 ツンとした態度は変わらないが、初対面のときのような警戒心は感じない。

「この国はね、ダンジョンによって潤ってるんだ。交易が生まれ、人が集まり、雇用も生まれる。だから、ポンポン壊されると困る人も出てくるってわけ」

 それでもルディアンは、どこか優しい目で晴歌を見つめていた。

「君の力は恐れられている。でも、同時に僕たちは気づき始めている。それは"破壊"じゃなく、"選択"の力なんじゃないかって」

 その言葉に、晴歌の肩の力が少し抜けた。

 この力をどう使えばいいのか、ずっと一人で悩んでいた。

 けれど、今――誰かが、自分を真正面から「理解しよう」としてくれている。

(この人は...違う)

 胸の奥が、ふわりと暖かくなった。

 この世界に来てから初めて――いや、元の世界でも久しく感じていなかった感覚。

 "受け入れられている"という安心感。

「私...ずっと一人で考えてました」

 声が少し震えた。

「何が正しいのか、何を壊していいのか、誰にも聞けなくて...」

「それは辛かっただろうね」

 ルディアンの声は、本当に心配してくれているようだった。

「でも、もう一人じゃない。僕たちがいる」

 その瞬間、晴歌の目に涙がにじんだ。



 《 図書館での発見 》


 図書館の奥で、晴歌は崩れかけた本棚を見つめていた。

 医学書らしき背表紙がいくつか見える。

「『薬草学概論』...『基礎治療術』...」

 かすれた文字を読み上げながら、ふと祖父のことを思い出した。

(おじいちゃんの診察室にも、こんな本がたくさんあったっけ)

 祖父の机には治療や薬の専門書が何冊も積まれていた。

 口で説明するだけでは伝わらない時、家庭の医学書を開いて患者さんに見せていた姿が蘇る。

「この世界にも、人を治す知識があるんだ...」

 小さくつぶやくと、ルディアンが振り返った。

「君、医学に興味があるの?」

「あ...えっと、祖父が医者だったので。少しだけ」

「そうなんだ。実は、この図書館には古い治療法の記録も残ってるんだよ。魔法がない時代の、薬草や手術の技術とか」

 晴歌の目が輝いた。

「それ、見てもいいですか?」

「もちろん。君みたいに"選んで壊す"人なら、きっと知識も正しく使ってくれると思う」

 その言葉に、晴歌は改めて自分の力の意味を考えた。

(壊すだけじゃない。守るためにも、知るためにも使えるかもしれない)



 《 共に考えるということ 》


 図書館の最奥には、古代語で封印された魔力装置が残されていた。

 すぐに破壊できるものではない。

「ここは……急がない方が良さそうだね」

 ルディアンの判断に、晴歌はうなずいた。

 ひとりで決めるのではなく、"誰かと一緒に判断する"ということ。

 それは、晴歌にとって初めての感覚だった。



 《 あの村の真実 》


 帰路に、ルディアンがふと口を開く。

「そういえば……君が最初に壊した"村"、あれも実はダンジョンだったんだよね。もうずっと前から廃村で、盗賊の拠点になってたって聞いてる」

「……え?」

 その言葉に、リュゼルの表情が曇る。

「それ、俺、初耳だが」

「あっ、ごめん。リュゼル、その地域の担当だったよね……」

「俺の管轄なのに、そんな重要な情報を後から聞くなんて…」

 目線は逸らしているが、なぜかむっとした様子で、怒気が背中からビシビシ伝わってくる。

 王太子の部下によると、晴歌が"壊した"とき、村にはもう人はいなかった。

 しかも――

「盗賊たちは、金品だけじゃなく、子どもをさらって売っていたらしい」

「えっ……でもほんとに子どもの声がした…」

 胸が跳ねる。

 あのとき耳にした、子どもの叫び声が蘇る。

「でもね、あれは"誰か"の記憶が、君に届いたのかもしれない。記憶に残る"痛み"の声は、魔力に触れることで響くこともあるんだって」

(あの時の声は…本当に苦しんでいた誰かの記憶だったんだ。私は間違ってなかった…でも、同時に誰かを救えたのかもしれない)

 驚いたように目を見開く晴歌に、ルディアンはにこっと笑う。

「もちろん、これは君だけの秘密だよ。ふふ、内緒ということで」

 その一言で、背後の空気がピキリと凍る。

 リュゼルだ。

(……すごく睨まれてる気がする……)



 《 新しい希望 》


 図書館を出る前、晴歌は一冊の薬草学の本を胸に抱いていた。

「この本、持ち出しても大丈夫なんですか?」

「ああ、ここはもうダンジョンとしては機能停止しているからね。知識は活用されてこそ意味がある」

 ルディアンが優しく微笑む。

「この世界の医学...もっと知りたい」

 そんな新しい目標が、彼女の心に芽生えていた。

 祖父から受け継いだ「人を助けたい」という想い。

 それが、この世界でも活かせるかもしれない。

 ダンジョンを出ると、風がそっと頬を撫でた。

 昼間の鋭さではない。少しだけ、やさしさを含んだ風だった。

「君の力を"希望"として見る者も、この世界にはいる」

 その言葉が、晴歌の胸に静かに届いた。

 もしかしたら――

 私はもう、"ひとりじゃない"のかもしれない。
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