ただ帰りたいはずだったのに、私は壊す者になった

川浪 オクタ

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第12話『帰れなくても、繋がっている』

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 《夢の終わりの遊園地》

「……なんか、夢の終わりっぽい」
 目の前に広がっていたのは、壊れかけの遊園地だった。止まったままの観覧車、色あせたメリーゴーランド、風に揺れる旗だけがかすかに動いている。

「廃墟マニアの人なら喜ぶかも……でも、私にとってはちょっと怖いかな」

 晴歌は、黒い神への答えを見いだせないまま旅を続けていた。幾つかのダンジョンに足を運んだが、黒い神と再び会うことはなかった。

 ウィンドウには【記録:12/残数:88】【状態:安定】と表示されていた。

 ウィンドウの数字は淡々としているのに、胸の奥はざわざわして落ち着かなかった。この世界のダンジョンはどういう原理でできるんだろう。
 ルディアンが言っていたように、ダンジョンがあるおかげで国が潤う一方、私が壊してもまた新しいダンジョンが生まれる。これが“異世界”ってやつなのかな……。

 このダンジョンの入り口付近にはモンスターもおらず、空間全体が、誰かの記憶の名残のように感じられる。

(魔力の流れ……不思議な感じがする)

 もしかして、私の記憶に反応して、この景色が作られているのかな?
 確かに、子どもの頃よく行った遊園地に似ている気がする。

 ---

 《思いがけない繋がり》
 園内を進む途中で、ポケットの中が震えた。
「……?」
 取り出したのは、小さなキャラクターのキーホルダー。彼と――幼なじみと、お揃いで買ったものだった。
(なんで急に光って……? 陽翔はるとと何か関係が……?)
 その瞬間、光のもやがキーホルダーからあふれ出し、目の前に映像のようなものが浮かび上がる。
「……晴歌?」
 聞こえたのは、懐かしい声だった。背が伸び、声も低くなっていたけれど、間違いない。画面の向こうには、成長した陽翔がいた。
「ひさしぶり、晴歌」
「……陽翔……」
 その一言を聞いた瞬間、涙があふれた。

 ---

 《時の流れの残酷さ》
「今……何歳?」
「19。大学一年だよ。そっちは?」
「私は……まだ中学三年生」
「……やっぱり、そうなんだな」
 陽翔の声が少し震える。

「無事でよかった。ずっと……生きててくれって、祈ってた」

 彼の言葉に、晴歌の胸がきゅっと締め付けられる。ふたりは、しばらく言葉を交わした。
 晴歌は、この世界に来たときのこと。ダンジョンを100個壊さなければ帰れないこと。3ヶ月しか経っていないのに、向こうでは何年も過ぎてしまっていること。――この世界と元の世界では、時間の流れ方が違うこと。

 そして、陽翔は──

「去年の秋、俺のばあちゃん……亡くなったよ。静かに眠るみたいだった。でも、ずっと君のことを話してた」
(……そんなに、時間が経ってるんだ)
 気が遠くなるような焦燥と、取り残されたような寂しさ。けれど、それ以上に“今こうして繋がれた”ことの奇跡が、晴歌の頬を潤した。

 ---

 《変わらない思い》
「……ねえ、もしかして。今、ダンジョンの中?」
「うん。壊れかけの遊園地みたいな場所。“夢の終わり”って感じの」
「そっか……こっちでは、春になるたびに、あの日を思い出すんだよ。──君が消えた、あの日」
「……」

「俺、まだ諦めてない。晴歌は、いつか必ず戻ってくるって。たとえ、何年かかっても」

「……ありがとう」
 やがて、もやが薄れていく。

「晴歌!」陽翔が、涙交じりに声を上げた。

「また話そう。次はもっと……話したいこと、考えておくから」

「うん……みんなに、“元気で”って、“ごめんね”って伝えて」

「謝らなくていい。でも……ちゃんと伝えるよ」
「……またね」

 ---

 《繋がりという希望》

 会話が終わると、晴歌は涙をぬぐって、力が抜けたようにその場に座り込んだ。

「帰れなくても、繋がってるんだ……」

 自分を、今も覚えていてくれる人がいる。それだけで、心の奥にあたたかい光が灯った。
(……このダンジョンは……誰かの大切な記憶でできてる。壊したくない)
 魔力の流れが、風のように和らいでいる。
(でも、一応確認だけ)
 園内を一周し、モンスターも罠もないことを確認する。

 そして最後に、観覧車の前でキーホルダーを手に、小さく笑った。

「ありがとう、陽翔。……また、必ず」

 もう一度、歩き出す。その先に答えのない問いが待っていたとしても――。

(壊した後を、誰が守るのか……。でも、繋がりがあるなら、きっと……)

 彼女の足は、次の場所へと向かっていた。まだ知らないまま、歩みを進めていた。
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