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第12話  緋色の魔女と眠り姫

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「お姉さま!」

 僕は声の主を見た。
 
 日菜!?
 なんで!?

「まぁ! 日菜ちゃんなの!? かわいくなったわね。誰だか分らなかったわ! そういえば同じ苗字だったわね。坂下君と。どうして気づかなかったのかしら?」

 気づくはずないじゃん。
 “坂下”なんて、そんなに珍しい名前じゃぁない。

 だけど、気にすべきことはそこじゃない。
 部長と日菜がどうして知り合いかってことだ。

「あ……の」

 僕は完全に取り残されてしまった

「ふみゅ~~~」

 日菜の瞳が、感激でうるうると今にも溶けて流れ出しそうだ。
 
「わたし、お姉さまが別の高校に行くって聞いたとき、とても悲しかったんです。でも、こうして会えて、お兄ちゃんのお友だちだなんて!」

 僕はようやく事態が呑み込めるようになってきた。
 ようやくだ。

「私はね」

 部長が話し始める。

「中学まで日菜ちゃんと同じ学校に通っていたのよ。でも、理工に進みたかったから、今の学校に進学したの。あそこは文系に偏っているから」

 そうだった。
 前にそういう話をしていたことがあったんだ。

「藍音お姉さまは、わたしたちの憧れだったの。小等部と中等部の交流会でお見掛けするだけだったけど、とても親切にしてくださって、私、ものすごく感激したわ。大学は少しの間だけど、ご一緒できると思って楽しみにしていたのに……」

「まぁ! 日菜ちゃん。そんな風に思ってくれていたなんて、嬉しいわ。でも、これからは頻繁に会えるわ!」

 と言って、切れ長の目で僕を見た。
 背筋がヒヤリとする。

「お母さまがお家で手芸教室をなさっているのよね。今度、遊びに行っていいかしら?」
 
「は、はい!」

 日菜の前では断れない。

 そして僕には見せない優しい表情を日菜に向けると、

「その編針気に入ってくれた?」

 と言った。

「はい!」

「そう。じゃぁ、プレゼントするわ」

「そんな……」

 日菜が遠慮をする。

「そうです! 神宮司部長。悪いです。僕が買います!」

 受け取ってはならない。
 忠告をするのは僕の野生の声。

「遠慮しないで。自社の商品を気に入ってくれて、とても嬉しいの。お近付きのしるしと、今日の記念に……」

 【今日の記念】
 僕が日菜に渡すつもりだったのに……。

「ねぇ。いいでしょ。受け取って欲しいの」

「お兄ちゃん?」

 日菜が不思議そうに僕を見あげた。
 僕の態度に何か不自然なところがあっただろうか?
 これ以上日菜を不安な気持ちにはさせられない。

「……では、お願いします」

 『ココヨリ立入危険地域』

 僕の中で警報が鳴り続ける。

「これを……」

 部長が背広の男の一人に編み針を差し出すと、さりげなく、それでいて隠し切れない恭しさで、男はそれを受け取った。

「プレゼント用に包ませるわ。今日の記念ですもの」

 やがて、丁寧にラッピングされた針とケースが部長に手渡され、それを部長が日菜に渡した。

「はい。日菜ちゃん」

「ありがとうございます!」

 喜びのあまり日菜の声が震えている。


 ―― 緋色の魔女が姫に針を渡す――

 『貴女ハ眠ッタママデイナサイ』

 僕はそんなおとぎ話を思い出していた。

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