転生奴隷ヒロインは我が道を行く~最弱設定の奴隷ヒロインが国内最強の英雄へと至る~

ほとりちゃん

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プロローグ(後)

第十八話

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 聖騎士団に拘束されて足掻く父を見ても、これと言った感情は喚起されなかった。昔は暴力を振るわれたり、奴隷として売り飛ばされそうになったりと警戒もしてたんだけど、今はサッパリ。
 かつては魔術師としての実力に裏打ちされた自信を滲ませていた男が、無精髭を生やして目を濁らせているくたびれたオッサンになったな……程度しか感じない。

「な、何だお前!? 適当な事を言うんじゃない! ゾ、ゾンビだのなんだの、何を言ってるんだ!?」
「適当な事じゃないって。こっちはそれなりの根拠があって口にしてるんだから」
「なっ!? お、女子供の分際で生意気な……って、待て。お前、まさか……!?」

 私の顔を見た父の目が、見る見る内に大きく開いていく。この反応を察するに、最初は私が誰なのか分からなかったようだ。

「何? 3年も会わなくて娘の顔も忘れてた? まぁ覚えているなんて期待してもなかったけど」
「お、お前……! お前えええええええええええっ!」

 鬼のような怒りの形相を浮かべて私に飛び掛かろうとする父の後ろ手を縛っていた聖騎士団が、父を地面に叩き伏せる。
 国王陛下や王女殿下の目の前なんだから当たり前の対応だ。しかし父の目には見るからに高貴な身分の人物がすぐ近くにいることも認識していないらしく、取り押さえられながらも激しく身じろぎをしながら私を睨みつけている。

「この、この親不孝者がぁああああああ! 殺す、絶対に殺してやるぅううううううっ!」
「暴れるな、このっ!」
「お前のせいで宮廷魔導士になれなくなったんだぞ! お前が、お前みたいな出来損ないが邪魔なんかしやがってええええええええっ!」

 一体何のことやねん……と言う気はない。私が起こした行動が起因となって、父の宮廷魔導士になりたいという夢が断たれたも同然だという事は知っている。
 3年前のあの日、工房長に助けを求めた私の証言によって、父が人身売買に手を出し、実の子を売り飛ばそうとしたことが公になった。
 奴隷商はグレーな商売で完全に違法という訳ではないけど、言い換えればそれは、法整備によって禁止する方向に向かっている、人道に反した行いという認識が広まっているという事でもある。

(ましてや、現役の宮廷魔導士である工房長を敵に回したとなればね)

 顰蹙を買い、悪評が広まった人間を国中の魔導士の顔とも言える宮廷魔導士に据えようとする奴はいない。悪評を跳ね除けるほど優秀だったら話は違うかもしれないけど……結果は御覧の通りだ。
 だから私のせいと言われても否定しない。私の行動で父は長年の夢を諦める羽目になったんだから。

「えぇい、いい加減にしろっ! 国王陛下の御前だぞ!」
「え? ……は? こ、国王、陛下……?」

 聖騎士団が暴れ続ける父に怒鳴りつけると、父はようやく自分の目の前に国王陛下がいることを認識できたらしい。しかもその両脇にはユースティア殿下に工房長と、国内でもトップクラスの権力者が揃い踏みになっているのを見てさすがに冷静になったのか、怒りで赤くなっていた顔がどんどん青くなっていく。

「カイン・バートンか……覚えておるぞ。3年前、ゴールドバーグ卿からの嘆願によって家庭環境の調査、司法によって罰金及び親権放棄の刑に処された男。過去に幾度も宮廷魔導士に立候補していたが……それが落ちぶれに落ちぶれて、国賊に手を貸していたとはな」

 娘を誘拐されて、親として腸が煮えくり返っているのか、口調こそ穏やかだけど、国王陛下の表情は身震いがするほど冷たい。そんな絶対零度の眼差しで直視され、家ではあんなに横暴に振舞っていた父が明らかに怯え始めた。

「さ、さっきから何を言ってるのか分かりません……! ゾンビだとか、国賊だとか、何の話をしているのか……!」
「……今から数時間前、オーロッソ砦にて私を誘拐したオリバール子爵が逮捕されました」

 脂汗が滲ませながら言い逃れをしようとする父の顔が、殿下の言葉で凍り付く。

「その時に尋問をした際、オリバール子爵は協力者に、昨年から王都に移住していた貴方の名前を挙げました。見返りは私を排除し、リック公子が即位した際に貴方を宮廷魔導士として任命する事……現状、宮廷魔導士への道を断たれている貴方からすれば千載一遇の好機と言えるでしょう」

 この事には私も少し驚いていた。王都はかなり広く、私も気付いていなかったんだけど、両親はいつの間にか王都の中央区に住まいを移していたのだ。
 エドモンから聞き出した情報によると、どうやら私のことで噂が立ち、地元に住み難くなった2人は、エドモンからの資金提供を受けて王都に移ったらしい。
 ちなみになぜ王都なのかというと、オーロッソ砦からそれなりに近く、それでいてオリバール領から離れた場所に住まわせることで、エドモンと父の繋がりを疑われないようにする為だとか。


「デ、デタラメです! オリバール子爵が適当な事を言って俺に罪を被せようと――――」
「では貴方はなぜ、こんな真夜中に王城の前まで現れたのですか? それも夫婦揃って」

 今の時刻は0時を過ぎ、王都から街灯以外の明かりがほとんど消えているんだけど、聖騎士団はそんな深夜帯に城の前までノコノコ現れた私の両親を捕縛した形になる。

「そ、そんなの、気まぐれに散歩してただけで……他意はありません……」
「それでは、これを見ても同じことを言えますか?」

 殿下が片手を上げて合図を送ると、聖騎士団の1人が通信魔道具を持ってきて、その水晶板を父と母に見えるように向ける。そこには、オーロッソ砦で殿下が各方面と連絡、相談をして、リックたちに協力していた魔導士の連絡先に送信した魔導文書の内容が表示されていた。
 その内容は送信先の人物に疑われないように色々書かれているけど、要約すると……「0時過ぎに王城前に夫婦揃って来るように」、というものだ。

「この魔導文書を見ることができるのは送信先の相手……リック公子たちに協力していた魔術師だけです。これから貴方の自宅を捜査し、通信魔道具が出てくれば、全てが明らかになると思いますが?」
「あぁ、暗号術式を掛けてても俺の方で解除して調べられるからよ。だんまり決め込んでも意味ねぇぞ」

 完全に逃げ道を塞がれて、顔面蒼白になった父はパクパクと言葉にならない声を上げている。
 どうやらもう言い逃れができなくなったんだろう。そんな反応を示している父を見て、母は信じられないといった表情を浮かべてる。

「……嘘でしょ……? まさか、本当にそんな恐ろしいことに手を貸してたの……!?」
「それをこれから証明するのだ。……もっとも、その反応を見る限り、我が娘の言ったとおりになりそうだがな」

 陛下は片手を上げて聖騎士団に合図を出しながら「連れていけ」と命令を下す。
 指示を受けた聖騎士団は乱暴に父を立ち上がらせて連行し始めるが、意外にも父はこれ以上の抵抗はしなかった。ただブツブツと「違う」「こんな筈じゃ」と呟きながら、されるがままに引きずられていく。
 むしろ抵抗をしていたのは母の方だった。鍛えられた聖騎士団にとっては全然大したことはない程度だけど、連れて行かれまいと必死に踏ん張っている。

「ち、違う……! 私、知らない! 本当に何も知らなかったの! 王族の人たちに危害なんて……!」

 そこでようやく私と目が合った母は、この3年間でより一層やつれた顔を歪ませながら私を睨みつけてきた。

「あ、あんたのせいよ! 親を売るような真似をして……! 私はこれからどうなるの!? あの人がいなくなったら、私はこれからどうやって生きていけばいいの!?」

 母の言葉には、怒りというよりも不安の方が色濃く表れていた。
 もうね、言ってることが完全にDV被害者の共依存だ。この人はどれだけ父から暴力を受けてきても、生活費をまともに貰えなくて貧しい思いをしていても、いつか父が結婚前の優しさを取り戻してくれることを祈って待っていたのに、その機会を私が完膚なきまでに壊した。

(しかも働いたこともない母から、稼ぎ手である父を奪う事になるしね)

 これからは金銭を手に入れることができなくなる。その不安がどれほどのものなのか、それは当人にしか分からないだろうけど、これから先の展開がどう転ぼうと、母に苦難の連続が待ち構えていることは容易に想像できた。
 だから母が私のことを責めたくなるのは仕方のないことだけど――――。


「聞いてるの!? 大体、あんたの魔力に欠陥さえなかったら、もっとマシな――――」
「いい加減にしてくださいっ!」

 母の怒声が、それより更に大きなユースティア殿下の怒声によって掻き消される。
 これには私を含めた全員が驚いたと思う。何しろ、怒鳴り声とは無縁なイメージがあったユースティア殿下が、目尻を引き上げて怒りのオーラを全身から発し、ツカツカと母の方に早足で近づいて、その胸ぐらを掴んだんだから。

「自分でしてしまったことへの後始末は自分でしなければならない……そう言って家族を裁きの場へ差し出したアルマが、本当に何とも思っていないと思っているのですか!? 彼女の右手を見ても、まだ同じことが言えますか!?」

 そう言われて、私は知らず知らずの内に自分の手を血が出るくらい強く握りしめていたことを自覚した。
 正直、自分の行動に困惑した。両親が連行されるのを見ても冷静さを保ててると思ってたし、このまま罪人になって裁かれるとしても、それは自業自得だと思ってたから。

(でもよく考えたら、それは違うのかもしれない)

 誤魔化さず自分を客観視すれば、私は聖騎士団に連行されそうになっている母を見て不安になった。
 ……本当にこの人が、罪を犯してたらどうしようって。

(そっか……本当は私、この人とやり直したかったんだ)

 私が6歳になるまで必死に守り、育ててくれた母を連れ出して、母娘2人で幸せに暮らしたかった。そうする事が前世でもできなかった親孝行だと思ってたから。
 今私が感じているこの気持ちは、心の片隅に残っていた母への情と未練によるものだろう。

(それでも、私はこの人を見限って1人で逃げることを選んだ)

 どこにも味方がいない環境の中、苦しみの中で心が折れた母は父の味方になり、私のことを見て見ぬ振りをするようになった。
 だから母を置いて逃げ出した。このまま母と一緒にいることを選べば、せっかくの第2の人生が台無しになることが目に見えてたから。その時点で、私たちの道は二度と交わらなくなったんだと思う。
 その事を後悔しているつもりは無かったんだけど……我ながら女々しいことだ。

「貴方がたの身柄を確保すると話した時も、アルマの顔は決して晴れ晴れとしたものではなかった……それでも人としての筋を通すことを選んだのですっ! そんな彼女に対して、貴方たちは――――」

 抑えきれない感情を言葉に変えて言い募ろうとした殿下の肩に、私は自分の左手を置いて制止する。

「ありがとう、殿下……もう十分です」

 私に代わって、私が言い難いことを全部言ってくれた。ここから先は、私自身の言葉でケリを付けないといけない。

「確認なんですけど、母が今回の一件に何の関りもなかったと判断されたら、無罪放免なんですよね?」
「……はい。我が国では連座制はすでに廃止されていますから」

 それだけ聞ければ十分。私は殿下に怒鳴られて、すっかり静かになった母と視線を合わせる。

「聞いての通り、今回の事件に関与しているんだったら、あんたは何らかの形で罰せられなきゃいけない。でも何の関与もしていないって言うんなら釈放されるから、後は何処へなりとも行って好きに生きたらいい」
「好きに生きたらいいって……! そんなのできるわけないじゃないっ! だって、女の私を雇ってくれるところなんて無いって、皆……皆が……!」
「……あのさぁ、もっと見聞ってのを広げた方がいいよ? 地元にいる田舎者の言葉ばっかり鵜呑みにするんじゃなくてさ」

 この人は男尊女卑思想が根強い閉鎖的な田舎町という小さな世界で生きてきた。そこに生きている人間の言葉が絶対なんだって、信じて疑わなかった。
 だからまずは、そのこと自体が間違いなんだと教えないといけないと。

「知ってる? この国の王都を始めとした主要都市じゃ、女や障碍者の社会進出や、刑期を終えた犯罪者の社会復帰を支援する、政府直属の団体が拠点を構えてるの」

 ちょっと違うかもしれないけど、イメージ的にはハローワークや派遣会社みたいな感じの施設なり組織なりを作ろうとしている国営団体が、ここ1年の間に立ち上げられている。
 私の場合、悠長に助けてもらうのを待つのは性に合ってないから関りを持ってないけど、その団体のおかげで、少しずつ女の労働者が幅を利かせ始めているらしい。

「もう昔とは違う。王族の方々や、その他のお偉いさんが、国中の皆が生きやすい社会を作ろうと頑張ってる。無事に釈放されたらその団体を頼りなよ」

 そうしたら悪いようにはされないはずだ。時間は掛かるかもだけど、母が独り立ちできる見込みは十分ある。

「で、でも……私はあの人の妻で……! 犯罪者の家内が独り立ちなんて……」
「そんなん離婚すりゃいいでしょうが。浮気はする、生活費は渡さない、暴力は振るう、そんなゴミカスみたいなクソ旦那の、一体どこに魅力があるってのさ」

 確か現行法的にも問題はないはず。犯罪を犯したとか、言い訳の余地もない重大な問題のある配偶者の意思を無視して一方的に離婚することは可能なはずだ。

「……私たちの間には色々あったけどさ、別にあんたに不幸になってほしいわけじゃないんだよ」

 守ってくれて嬉しかったのは本当のことだ。私が生まれてからの6年間に見合うだけの生を送ってほしいと思う。

「実家の両親とか、地元の人間が何を言ってきても無視しすればいい。自分の害にしかならないような夫は捨てて、そんな夫との間に生まれた娘のことも忘れて、真っ当に人生をやり直して……今度こそ、幸せになりなよ」

 人生には限りがある。
 やり直すなら早いに越したことはない。若くして結婚しただけに母の人生はまだまだこれから……今度は優しくてしっかりした男を捕まえて、新しく平穏な平穏な家庭を築くのも有りだろう。
 そしてそこに私や父が割り込む余地などありはしない。そんな人生の再スタートを切る権利がこの人にある事を、他の誰でもない私が認めてやる。

「時間取らせてすみません。後はお願いします」
「……承知した」

 私は聖騎士団に頭を下げて、母に背を向けて歩き出す。
 背後からは母の声も、抵抗するような音も聞こえない。ただゆっくりと、淀みのなく遠ざかっていく、数人分の足音だけが聞こえていた。



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