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フリーダは、カスロールの暴虐に耐えた。
結婚すれば、カスロールに強いられるこのふしだらな行為は、世間的に後ろ指をさされるものではなくなる。
けれど、その時は、フリーダがカスロールのようなけだものの妻となってしまう時でもあった。
カスロールと結婚せねばならないことは、わかっている。
けれど、フリーダの心身は追い詰められていった。
なにもかもを捨てて、逃げたいと願う。
けれどなにもかもを……もはや死が間近にある父や、頼りない妹を捨てることなど、フリーダにはできなかった。
地獄の淵にいるようだ、とフリーダは思った。
もはやこれ以上、どん底に落ちることなどないだろう、と。
父の死すら、自分の現状やこの家の未来の暗さを知らずに父を天国へ見送れるのなら、そう悪いものではないかもしれないとさえ、考えるようになっていた。
けれど、地獄の淵は、まだ地獄ではないのだということを、フリーダはすぐに思い知らされることになる。
それは、もうすぐフリーダとカスロールの結婚の準備が整う、そんなある日のことだった。
カスロールとアイーダが、そろってフリーダのいる書斎を訪れた。
「フリーダ。悪いけど、君との婚約は、破棄するよ。俺は、アイーダと結婚することにした」
カスロールはあまく整った顔に、さわやかな笑みを浮かべて言った。
アイーダは、まだあどけなささえ感じるふっくらとした頬をゆるめて、カスロールの隣で恥ずかし気に言う。
「ごめんなさい、お姉さま。カスロール様はお姉さまの婚約者だけど、私のほうが好きなんですって。だから、ね。私がカスロール様と結婚して、この家を継ぐわ。お姉さまは、修道院に行くといいわ。支度金は出してあげるから、心配しないでね」
「……なにを、言っているの?」
幸せそうに微笑むアイーダが、フリーダには信じられなかった。
生真面目なフリーダと、すこし我儘で楽しいことが大好きなアイーダ。
性格が異なるふたりは、そう仲の良い姉妹というわけではなかった。
だが、仲が悪かったわけでもない。
幼いころは時折ケンカし、仲直りし、ともに学び、ともに遊んだ。
母の葬儀の日は、ふたり寄り添って支え合い、一晩中なき明かした。
ふたりきりの姉妹なのだ。
フリーダがカスロールの暴虐に耐えてきたのも、アイーダのためでもあったのに……。
「どういうことなの?カスロール」
フリーダは、凍り付きそうな心を奮い立たせ、自分の婚約者を……、その立場ゆえに、自分を玩具のようにもてあそんできた男をにらんだ。
けれど、カスロールは肩をすくめて、笑うだけだった。
「だって仕方ないだろ。君は真面目ぶって口うるさいし、人生に楽しみを感じてない。昼も夜もね。その点アイーダは、いつも笑顔で、積極的で、楽しむってことを知ってる。外見も、咲き始めのバラみたいにかわいいしね。どっちを選ぶかっていえば、誰だってアイーダを選ぶよ」
フリーダは、羞恥に震えた。
知られた、と思ったのだ。
結婚前に、ふしだらなことをしていたことを。
妹のアイーダに。
それは真面目な跡取り娘として称賛されてきたフリーダにとって、耐えがたい恥だった。
きっと妹は、自分を軽蔑しただろう。
フリーダはそう思った。
けれど、アイーダは、そんなフリーダを見て、気の毒そうに言った。
「お姉さまってば、寝台の上でもいつも固くなるばかりだったんですって? そんなだから捨てられるのよ」
「君みたいな真面目な女も悪くはなかったよ。無理やりっぽいのもね。女のくせに偉そうにしている君に、女としての立場やよろこびをわからせてやれたのは、まぁよかった。でも、君はせっかく俺が教育してやっているのに、いつまでも被害者面で、俺を喜ばせようって自発性もない。わかるだろ? そんな女と結婚するのは、どんな男もいやだって。ともに生きるなら、ともに楽しめる女性じゃないとね。……まぁ、俺としては、君にもこの屋敷に残ってもらって、ずっと一緒に暮らしてもいいんだけどね。この大きな胸の使い心地は気に入っているんだ」
カスロールは下卑た笑みを浮かべ、フリーダの胸をつかんだ。
「お断りよ!」
あまりのことに、フリーダは状況をすべて理解することができなかった。
けれどもカスロールの言葉を聞いて、瞬時に拒絶した。
カスロールは「おぉ、怖い」と笑って、フリーダの胸から離した手をこれみよがしにフリーダの目の前で卑猥に動かした。
アイーダは「ほんとね」と嘲り笑いながら、わざとらしくカスロールの腕にしがみついた。
結婚すれば、カスロールに強いられるこのふしだらな行為は、世間的に後ろ指をさされるものではなくなる。
けれど、その時は、フリーダがカスロールのようなけだものの妻となってしまう時でもあった。
カスロールと結婚せねばならないことは、わかっている。
けれど、フリーダの心身は追い詰められていった。
なにもかもを捨てて、逃げたいと願う。
けれどなにもかもを……もはや死が間近にある父や、頼りない妹を捨てることなど、フリーダにはできなかった。
地獄の淵にいるようだ、とフリーダは思った。
もはやこれ以上、どん底に落ちることなどないだろう、と。
父の死すら、自分の現状やこの家の未来の暗さを知らずに父を天国へ見送れるのなら、そう悪いものではないかもしれないとさえ、考えるようになっていた。
けれど、地獄の淵は、まだ地獄ではないのだということを、フリーダはすぐに思い知らされることになる。
それは、もうすぐフリーダとカスロールの結婚の準備が整う、そんなある日のことだった。
カスロールとアイーダが、そろってフリーダのいる書斎を訪れた。
「フリーダ。悪いけど、君との婚約は、破棄するよ。俺は、アイーダと結婚することにした」
カスロールはあまく整った顔に、さわやかな笑みを浮かべて言った。
アイーダは、まだあどけなささえ感じるふっくらとした頬をゆるめて、カスロールの隣で恥ずかし気に言う。
「ごめんなさい、お姉さま。カスロール様はお姉さまの婚約者だけど、私のほうが好きなんですって。だから、ね。私がカスロール様と結婚して、この家を継ぐわ。お姉さまは、修道院に行くといいわ。支度金は出してあげるから、心配しないでね」
「……なにを、言っているの?」
幸せそうに微笑むアイーダが、フリーダには信じられなかった。
生真面目なフリーダと、すこし我儘で楽しいことが大好きなアイーダ。
性格が異なるふたりは、そう仲の良い姉妹というわけではなかった。
だが、仲が悪かったわけでもない。
幼いころは時折ケンカし、仲直りし、ともに学び、ともに遊んだ。
母の葬儀の日は、ふたり寄り添って支え合い、一晩中なき明かした。
ふたりきりの姉妹なのだ。
フリーダがカスロールの暴虐に耐えてきたのも、アイーダのためでもあったのに……。
「どういうことなの?カスロール」
フリーダは、凍り付きそうな心を奮い立たせ、自分の婚約者を……、その立場ゆえに、自分を玩具のようにもてあそんできた男をにらんだ。
けれど、カスロールは肩をすくめて、笑うだけだった。
「だって仕方ないだろ。君は真面目ぶって口うるさいし、人生に楽しみを感じてない。昼も夜もね。その点アイーダは、いつも笑顔で、積極的で、楽しむってことを知ってる。外見も、咲き始めのバラみたいにかわいいしね。どっちを選ぶかっていえば、誰だってアイーダを選ぶよ」
フリーダは、羞恥に震えた。
知られた、と思ったのだ。
結婚前に、ふしだらなことをしていたことを。
妹のアイーダに。
それは真面目な跡取り娘として称賛されてきたフリーダにとって、耐えがたい恥だった。
きっと妹は、自分を軽蔑しただろう。
フリーダはそう思った。
けれど、アイーダは、そんなフリーダを見て、気の毒そうに言った。
「お姉さまってば、寝台の上でもいつも固くなるばかりだったんですって? そんなだから捨てられるのよ」
「君みたいな真面目な女も悪くはなかったよ。無理やりっぽいのもね。女のくせに偉そうにしている君に、女としての立場やよろこびをわからせてやれたのは、まぁよかった。でも、君はせっかく俺が教育してやっているのに、いつまでも被害者面で、俺を喜ばせようって自発性もない。わかるだろ? そんな女と結婚するのは、どんな男もいやだって。ともに生きるなら、ともに楽しめる女性じゃないとね。……まぁ、俺としては、君にもこの屋敷に残ってもらって、ずっと一緒に暮らしてもいいんだけどね。この大きな胸の使い心地は気に入っているんだ」
カスロールは下卑た笑みを浮かべ、フリーダの胸をつかんだ。
「お断りよ!」
あまりのことに、フリーダは状況をすべて理解することができなかった。
けれどもカスロールの言葉を聞いて、瞬時に拒絶した。
カスロールは「おぉ、怖い」と笑って、フリーダの胸から離した手をこれみよがしにフリーダの目の前で卑猥に動かした。
アイーダは「ほんとね」と嘲り笑いながら、わざとらしくカスロールの腕にしがみついた。
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