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「…その具体的な内容として、今後の授業は生徒自らの選択式にしようと考えています」
…何の反応も返って来ない目の前の全校生徒たち。
違うの。
選択授業って、授業を選択するわけじゃない。
「わたしたち生徒が十人十色であるように、先生方も人それぞれ個性があり教師としての優劣があると思います」
…ここまで言って、生徒だけではない教師たちの方まで顔色を変えてきた。
「そこでわたしたちは、より自分に合った勤勉のスタイルを得る為、それぞれ科目ごとに受けなければならない授業の担当教師を選択する権利を得るものとするのです!」
急な提案に、まだ意味がわからない生徒たちが沈黙する。
それに対してお互いの顔を見合わせ始めたのは、同席している教師たちの方だった。
わたしの言った意味がわかってきた生徒たちが、ポツポツと拍手をしてきた。
つまり、こうだ。
つまらない教師から授業を受ける事ほどバカらしい事はない。
仮にも進学校のうちだもの。生徒がちゃんとした教師にまともな授業をしてほしいと思うのは至極当然な事。
結果、人気のある教師には生徒が集中する代わりに、人気のない教師は必然的に教員として自ら努力する事になる。
これは生徒だけじゃない、教師にも良い提案だと自信を持って言えるわ!
ポツポツという拍手からだんだんと数が増え、やがてわぁ!っと歓声が上がる程の反応を得た。
それは即ち、わたしのこのマニフェストに共感を得てくれたという何よりの証だったのだ!
殆ど全員の生徒たちからの拍手に歓声。
どうよ、聞いているんでしょ?
これだけの生徒たちの反応を取ったわ!
さぁ、わたしのこの後にどんなマニフェストを聞かせてくれるって言うの?
…桐生珪!
「生徒皆さんの清き1票、心よりお待ちしています」
ようやく鳴り止んだ拍手と歓声の後、わたしは一礼して舞台裏へと戻った。
そしてわたしの演説に拍手をしてくれたのは一般生徒だけではなかった。
舞台裏に戻った際、立候補の生徒からも拍手を受けた。
ライバルでありながらも、わたしのマニフェストには他の立候補者すら共感を得たんだ。
「榊さん、それ良い案ですね!」
「あたし、数学の田辺の授業嫌だったんだよね。
この案が通ったら、絶対数学は清水先生を選ぶんだぁ!」
既に各々の理想を頭の中に描き出した立候補者の生徒たち。
わたしだって数学の田辺は嫌いだもの。
頭の悪い教師の授業を受けるなんて、まったく冗談じゃないわ!
だからつまり、間違いなくこれは良いマニフェストだったと胸を張って言えるわけなのよ。
…もちろん、生徒会長に選ばれたからって何でもかんでもマニフェストが通るわけじゃないとは思う。強く反対する者がいれば、その理由次第ではある程度内容を変えなければならなくなるだろう。
だけど、一体誰がこれに反対するっていう理由があるかしら?
そんな中、次の順番が回ってきた桐生珪は、ようやく組んでいた腕を解き舞台に向かった。
そしてわたしとすれ違った瞬間、ニッと口角を上げて言った。
「面白い話だったね。
榊さんらしかったよ」
「………………っ」
わたしらしいって、どういう意味よ!
…なんて叫ぶわけにもいかず、どう返していいかわからないまま無言で振り返ると、わたしは軽い足取りで舞台に上がる後ろ姿の桐生珪をただ見つめていた。
こんなにも絶賛されたマニフェストにも関わらず、澄ました顔で次の演説に向かうなんて。
よっぽど自分の演説に自信があるの?
それともただのバカ?
わたしはこれまで一度だって桐生珪の余裕のない顔は見ていない。
それが自信があるからなのか、或いは本当にただのバカなのか。
お手並み拝見といこうじゃない!
わたしの後に、桐生珪は澄ました顔で舞台に上がった。
わたし以上のマニフェストなんてあり得ない。
特に、いま正に最高のマニフェストを発表したすぐ後のタイミングだもの。少々の案じゃ誰にもウケたりしないわ!
アンタはそのタイミングすらツいてなかったのよっ。
「1年C組、桐生珪です」
…ここからは舞台の様子は見えない。わたしは桐生珪の演説に耳を傾けようとした。
しかし、マイク越しの桐生珪の声すらも遮るほど、女子生徒からの黄色い声が次々と飛び交い始めた。
「桐生クーーン!」
「桐生君、アタシ応援してるー!」
桐生珪は名前以外まだ何も言ってないじゃない!
女子生徒ったら、ちょっとイケメンがいると声色変えてキャーキャーうるさいんだからっ
桐生珪の演説が聞こえないでしょ!
しばらく続いた女子生徒による声援がようやく落ち着いてきた頃、桐生珪は演説を再開した。
「…皆さんも知っている事だとは思いますが、当校には昔から伝統ある校則が存在します。
それは、当校は生徒同士の恋愛をしてはいけないという、いわゆる恋愛禁止令です」
恋愛禁止令?
うちの高校に、そんな変な校則が?
…あ、いや。
そう言えば以前誰か女子生徒がそんな事を言っていたような……?
「これは恋愛を禁止する事によって余計な雑念を生む事を防ぎ、勉学に励む事に集中する為だと聞きました」
まったくその通りだわ。
恋愛なんて、一時の気の迷いや自己満足でしかないもの。そこら辺は、さすがわたしのすぐ下にいただけあって、よくわかってるじゃない!
「しかし恋愛を禁止した所で、果たして本当に勉学に集中できたでしょうか?
恋愛を禁止しても、人を好きになる事は止められるものではない。気持ちも伝えられないまま、グッと自分を押し殺さなければならない。
それで、本当に勉学に集中が出来るのでしょうか」
自分を押し殺す…!
今の自分の生活に一番近い言葉を言われたようで、思わず桐生珪の言葉にドキンとした。
偽りの自分を演じなければならない。
課せられた道を歩まなければならない。
自分を押し殺している生活に窮屈を感じているわたしには、ある意味それは共感できた。
…もちろん、恋愛は関係ないんだけど。一応。
「そこでオレの提案する校則ですが、新しい校則を作るのではなく、その昔からある恋愛禁止令を解禁する事を提案します!」
その発言は、立候補者たちも含む全校生徒が息を飲む瞬間だった…!
「恋愛は禁止されて抑えられるものではない。
むしろ人間として必要な感情であり行為だ。
オレが生徒会長になったら、今までのような窮屈な学園生活を強いる真似はさせない。
もっと開放的で、明るい高校時代を送れるように努める事を約束します。
皆さんの清き1票、どうぞオレに託して下さい!」
そこまで言った瞬間、今までになかった生徒たちの莫大な声援がうるさいくらい鳴り響いた。
それはまるで、有名な芸能人にでも出会えた時のよう。熱狂的というか何というか。
桐生珪の発言は、新しいマニフェストではなかった。
単に以前あった校則を解除するという単純なもの。
しかも、つまらない恋愛の自由化だ。
わたしのマニフェストの方がどう考えても画期的で素晴らしい。
だけど…
いつまでたっても鳴り止まない拍手。
舞台から降りた後も続く声援。
…負けた。
それが、わたしの正直な感想だった。
…何の反応も返って来ない目の前の全校生徒たち。
違うの。
選択授業って、授業を選択するわけじゃない。
「わたしたち生徒が十人十色であるように、先生方も人それぞれ個性があり教師としての優劣があると思います」
…ここまで言って、生徒だけではない教師たちの方まで顔色を変えてきた。
「そこでわたしたちは、より自分に合った勤勉のスタイルを得る為、それぞれ科目ごとに受けなければならない授業の担当教師を選択する権利を得るものとするのです!」
急な提案に、まだ意味がわからない生徒たちが沈黙する。
それに対してお互いの顔を見合わせ始めたのは、同席している教師たちの方だった。
わたしの言った意味がわかってきた生徒たちが、ポツポツと拍手をしてきた。
つまり、こうだ。
つまらない教師から授業を受ける事ほどバカらしい事はない。
仮にも進学校のうちだもの。生徒がちゃんとした教師にまともな授業をしてほしいと思うのは至極当然な事。
結果、人気のある教師には生徒が集中する代わりに、人気のない教師は必然的に教員として自ら努力する事になる。
これは生徒だけじゃない、教師にも良い提案だと自信を持って言えるわ!
ポツポツという拍手からだんだんと数が増え、やがてわぁ!っと歓声が上がる程の反応を得た。
それは即ち、わたしのこのマニフェストに共感を得てくれたという何よりの証だったのだ!
殆ど全員の生徒たちからの拍手に歓声。
どうよ、聞いているんでしょ?
これだけの生徒たちの反応を取ったわ!
さぁ、わたしのこの後にどんなマニフェストを聞かせてくれるって言うの?
…桐生珪!
「生徒皆さんの清き1票、心よりお待ちしています」
ようやく鳴り止んだ拍手と歓声の後、わたしは一礼して舞台裏へと戻った。
そしてわたしの演説に拍手をしてくれたのは一般生徒だけではなかった。
舞台裏に戻った際、立候補の生徒からも拍手を受けた。
ライバルでありながらも、わたしのマニフェストには他の立候補者すら共感を得たんだ。
「榊さん、それ良い案ですね!」
「あたし、数学の田辺の授業嫌だったんだよね。
この案が通ったら、絶対数学は清水先生を選ぶんだぁ!」
既に各々の理想を頭の中に描き出した立候補者の生徒たち。
わたしだって数学の田辺は嫌いだもの。
頭の悪い教師の授業を受けるなんて、まったく冗談じゃないわ!
だからつまり、間違いなくこれは良いマニフェストだったと胸を張って言えるわけなのよ。
…もちろん、生徒会長に選ばれたからって何でもかんでもマニフェストが通るわけじゃないとは思う。強く反対する者がいれば、その理由次第ではある程度内容を変えなければならなくなるだろう。
だけど、一体誰がこれに反対するっていう理由があるかしら?
そんな中、次の順番が回ってきた桐生珪は、ようやく組んでいた腕を解き舞台に向かった。
そしてわたしとすれ違った瞬間、ニッと口角を上げて言った。
「面白い話だったね。
榊さんらしかったよ」
「………………っ」
わたしらしいって、どういう意味よ!
…なんて叫ぶわけにもいかず、どう返していいかわからないまま無言で振り返ると、わたしは軽い足取りで舞台に上がる後ろ姿の桐生珪をただ見つめていた。
こんなにも絶賛されたマニフェストにも関わらず、澄ました顔で次の演説に向かうなんて。
よっぽど自分の演説に自信があるの?
それともただのバカ?
わたしはこれまで一度だって桐生珪の余裕のない顔は見ていない。
それが自信があるからなのか、或いは本当にただのバカなのか。
お手並み拝見といこうじゃない!
わたしの後に、桐生珪は澄ました顔で舞台に上がった。
わたし以上のマニフェストなんてあり得ない。
特に、いま正に最高のマニフェストを発表したすぐ後のタイミングだもの。少々の案じゃ誰にもウケたりしないわ!
アンタはそのタイミングすらツいてなかったのよっ。
「1年C組、桐生珪です」
…ここからは舞台の様子は見えない。わたしは桐生珪の演説に耳を傾けようとした。
しかし、マイク越しの桐生珪の声すらも遮るほど、女子生徒からの黄色い声が次々と飛び交い始めた。
「桐生クーーン!」
「桐生君、アタシ応援してるー!」
桐生珪は名前以外まだ何も言ってないじゃない!
女子生徒ったら、ちょっとイケメンがいると声色変えてキャーキャーうるさいんだからっ
桐生珪の演説が聞こえないでしょ!
しばらく続いた女子生徒による声援がようやく落ち着いてきた頃、桐生珪は演説を再開した。
「…皆さんも知っている事だとは思いますが、当校には昔から伝統ある校則が存在します。
それは、当校は生徒同士の恋愛をしてはいけないという、いわゆる恋愛禁止令です」
恋愛禁止令?
うちの高校に、そんな変な校則が?
…あ、いや。
そう言えば以前誰か女子生徒がそんな事を言っていたような……?
「これは恋愛を禁止する事によって余計な雑念を生む事を防ぎ、勉学に励む事に集中する為だと聞きました」
まったくその通りだわ。
恋愛なんて、一時の気の迷いや自己満足でしかないもの。そこら辺は、さすがわたしのすぐ下にいただけあって、よくわかってるじゃない!
「しかし恋愛を禁止した所で、果たして本当に勉学に集中できたでしょうか?
恋愛を禁止しても、人を好きになる事は止められるものではない。気持ちも伝えられないまま、グッと自分を押し殺さなければならない。
それで、本当に勉学に集中が出来るのでしょうか」
自分を押し殺す…!
今の自分の生活に一番近い言葉を言われたようで、思わず桐生珪の言葉にドキンとした。
偽りの自分を演じなければならない。
課せられた道を歩まなければならない。
自分を押し殺している生活に窮屈を感じているわたしには、ある意味それは共感できた。
…もちろん、恋愛は関係ないんだけど。一応。
「そこでオレの提案する校則ですが、新しい校則を作るのではなく、その昔からある恋愛禁止令を解禁する事を提案します!」
その発言は、立候補者たちも含む全校生徒が息を飲む瞬間だった…!
「恋愛は禁止されて抑えられるものではない。
むしろ人間として必要な感情であり行為だ。
オレが生徒会長になったら、今までのような窮屈な学園生活を強いる真似はさせない。
もっと開放的で、明るい高校時代を送れるように努める事を約束します。
皆さんの清き1票、どうぞオレに託して下さい!」
そこまで言った瞬間、今までになかった生徒たちの莫大な声援がうるさいくらい鳴り響いた。
それはまるで、有名な芸能人にでも出会えた時のよう。熱狂的というか何というか。
桐生珪の発言は、新しいマニフェストではなかった。
単に以前あった校則を解除するという単純なもの。
しかも、つまらない恋愛の自由化だ。
わたしのマニフェストの方がどう考えても画期的で素晴らしい。
だけど…
いつまでたっても鳴り止まない拍手。
舞台から降りた後も続く声援。
…負けた。
それが、わたしの正直な感想だった。
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