訳ありメイドは女嫌いなはずの主人に求愛される

水無月瑠璃

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20話



だから、ドアを開けた先にルークがいるとは想像すらしていなかった。彼はセレナが顔を見せると目を見開いたが、すぐに気まずそうに目を伏せた。右手には大きな袋を持った状態で目の前に立っている。何故ルークがここに。住所は知らないはずなのに。セレナの脳内には多くの「何故」が飛び交っている。静かに混乱していたセレナは、考えるより先に身体が反応してドアを閉めようとした。が、その前にルークが身体を勢い良くドアの隙間に滑り込ませた。ガン、と大きな音が響きセレナは慌ててドアを開ける。

「も、申し訳ありません!け、けがはっ!」

「大丈夫、これくらい。こう見えてそこそこ頑丈だから……」

ルークはパニックに陥り、謝り倒すセレナを手で制した。けど、少しは痛かったのかドアが思い切り当たった右肩をさすっている。セレナは慌てていたとはいえ、乱暴にドアを閉めルークに怪我をさせかけたことに罪悪感が募る。ルークと目を合わせることが出来ず、セレナは視線を地面に落とす。気まずい空気の中両手を身体の前で組み、忙しなく動かしている。

セレナが黙って俯いていると、突然訪ねて来たルークから切り出して来た。彼は真剣な声音で語る。

「……何であんたの部屋の住所知ってるかというと……所長に教えてもらった。二日前所長経由で休みだって連絡が来た時『俺のせいだ』って。だから……詳細は伏せて所長にどうしてもあんたに直接会って謝罪したいことがあるって。当然プライバシーに関わることだから教えられないって断られたけど、何度も頼み込んで聞き出せた。多分、俺が今にも死にそうな声で頼んでたから、同情したんだと思う」

ルークがセレナの宿舎まで来ることが出来た理由は把握した。所長は従業員のプライバシーに関しては厳しい。偶にメイドの連絡先を知りたいという大口の客からのも、自分の口からきっぱりと断っている。それで契約を切られても全く気にしていない。そんな所長がルークにセレナの住所を教えたのだ。よく見るとルークはセレナより顔色が悪く、悲壮感すら漂っていた。声だけで所長が無碍には出来ないと判断した程だから、相当だったのだろう。

(……待って、今……)

セレナはルークの発言の中に引っ掛かりを覚えた。彼はセレナが休んだ理由を自分のせいだと思ったと。そこから導き出される答えは。

「あの、覚えていらっしゃる、のですか……」

震える声でセレナが尋ねると、ルークは何も言わずに頷く。そして、慎重にこう答えた。

「……俺、酒を飲んでも記憶を無くさないタイプだから……ほぼ全部覚えてる」

「っっっ!!」

その瞬間、セレナはまた逃げようとした。ドアを閉めようとするセレナの動きを再び察したルークが、今度は手首を掴んだ。反射的に顔を上げると、必死な形相のルークと目が合う。

「待って!……俺の顔なんて見たくないと思う。でも、一度ちゃんと謝罪と……話がしたい」

頼む、とルークは深々と頭を下げる。セレナはルークの顔を見たくないとは思ってない。ただ合わせる顔がなかったのだ。彼からしたら、どちらでも変わらないかもしれない。今のルークの必死さを鑑みれば、ここで拒絶しても目的を達するまで諦めてくれなさそうだった。何故セレナと話すことにこだわるのかは分からない。真面目な彼のことなので、セレナの予想通り手を出したことへの罪悪感に苛まれているのか。

どの道、このままずっとルークを避け続けることは難しい。所長もルークとセレナの間に何かしらあったことは把握している。二人の問題が解決していないと知れば、介入して来るかもしれない。自分達の問題に所長を巻き込むわけにはいかない、とセレナは覚悟を決めた。

「……分かりました、上がってください」

セレナが答えると、ルークはホッと安堵の表情を浮かべ手首を解放してくれた。


ルークにはキッチンで待ってもらうことにした。この宿舎の部屋は1DKなのでキッチン以外だとベッドの置かれた部屋しかない。まさか部屋に入ってもらうわけにもいかないため、選択肢は最初からなかった。セレナはルークを招き入れた後で自分の格好が酷いことに気づく。もう見られているので今更遅いが、このままの状態で相対する勇気はなかった。

「しょ、少々お待ちください!」

セレナはそう言い残すと部屋に引っ込み、急いで服を着替えぼさぼさの髪を一つに纏める。服は普段使いしているワンピースにした。化粧は……最低限の礼儀だと仕事用のものを施す。万が一にも「めかしこんでいる」と思われないためである。この段階でここまで気を遣っても無駄では、と思わないでもないがセレナは万全を期してルークとの話し合いに臨みたかった。

「お待たせいたしました、今お茶を」

ルークが何か言いたそうにしていたが、見なかったことにしてキッチンに向かう。もう逃げられないというのに、ただの悪あがきだ。

「……どうぞ」

緊張してガチャン、と音を立ててソーサーを置いてしまった。やってしまった、とセレナの顔が引き攣るがルークは無反応。ルークは音を立てたからと言って、気にする人ではない。セレナが色々と過敏になっているのだ。セレナは自分のソーサーとティーポットを置くと、ルークの向かいの椅子に座る。それを見届けると、早速ルークが切り出した。

「……改めてパーティーの日のこと、本当に申し訳なかった。酔っぱらってあんな真似を……。俺の顔なんて見たくないだろうに、こうして会ってもらえて感謝してる」

するとルークは足元に置いたカバンから何かを取り出してテーブルにドン、と載せた。

(え、木の棒?何故?)

目の前に置かれたのは真新しい木の棒だ。困惑するセレナをよそにルークは木の棒を手に取って、こちらに差し出す。

「とりあえず……これで気が済むまで俺を殴って欲しい」

「はい?!」

とんでもないことを言いだすルークにセレナは大声で叫ぶ。ルークの顔を見ると、彼の目は死んでおり暗く澱んでいた。この世の全てに絶望した顔をしていてギョッとする。

「旦那様、あの」

「分かっている、謝っても殴られても俺がしたことは許されない。でも何かしないと自分の罪の重さに耐えられないんだ」

セレナを無視してルークはどんどん話を進める。ルークはさあ、とセレナに木の棒を突き出す。当然セレナは受け取らず、必死で押し返す。

(なんか旦那様が想像以上に思い詰めてる!)

ルークはセレナが木の棒を押し返すと、今度はそれを凝視している。このままでは自分で自分を殴りそうな危険な雰囲気が漂っていた。まずい、と急いで止めにかかる。

「だ、旦那様!まず木の棒をしまってください!」

「けど」

「私、なんと言われようと殴りませんから!早く物騒なものはしまって!」

セレナの剣幕に押されたルークは急いで木の棒をカバンにしまった。明らかにその辺で拾ったものではない木の棒。このためにわざわざ買ったのか。ルークも相当に冷静さを欠いているようがセレナの大声で、少しだけ落ち着きを取り戻す。逆にセレナの緊張が解れてきた。今度はセレナの方から話しかける。

「……あの日のことですが旦那様が謝ることはありません……流された私の方に非があります」

これは噓偽りのない本心だ。しかし、ルークは険しい表情のままで納得していないのが伝わってくる。

「いや、悪いのは俺だ。それに所長からずっと体調不良で休んでいると聞いた。俺が乱暴な真似をしたから」

「違います、確かに……あの日は身体のあちこちが痛かったので休みましたが次の日には治りました。それ以降休んでいたのは……私自身の問題で体調が悪かったわけではないのです」

体調というよりメンタルの問題だが、そこまで言うつもりはなかった。思いの外ルークが気にしているようなので、セレナの口からはっきりと忘れて欲しいと、なかったことにして欲しいと告げるべきだ。でなければ、今度は本当に自分を木の棒で殴りそうだった。

「……旦那様は酔っていらっしゃいましたし、女性に囲まれたことによる疲労から正常な判断力を欠いているように見えました。私自身、身体に異常はありません。あ、あの後薬屋で避妊効果のある薬を買って飲んだので、万が一にも妊娠の可能性はありませんからご安心ください。お互いなかったことにしましょう」

セレナが無理矢理貼り付けた笑顔で告げると、ルークの顔が苦しそうに歪んだ。そう、セレナはあの日のメンタルは最悪だったが優先順位は間違えなかった。寝る前に薬屋に走り、避妊薬を買った。子供が出来たら互いに困ってしまうからだ。ルークもそのことを心配していると思い、一応伝えたのだが予想と違う反応をされて首を傾げる。

「……なかったことにしたいってことは、後悔してるってこと?」

ルークが悲痛に満ちた声で問いかけた。セレナは咄嗟に言葉に詰まり、沈黙が訪れる。

(後悔は、してる。だって、あの時帰っていれば自分の気持ちを自覚することも、思い悩むこともなかったから)

けど、本心を告げるわけにはいかない。それはルークが一番望まない答えを知ることになるからだ。押し黙ったまま、口を開く気配のないセレナに痺れを切らしたのかルークが再び沈黙を破った。

「俺は、後悔してる」

ルークの言葉を聞いたセレナは強烈な胸の痛みに襲われた。やはりルークはあの日の過ちを後悔しているのだ。ただのメイドに手を出したことを、セレナに手を出したことを後悔していると、はっきりと告げた。セレナは喉から必死に声を絞り出して、努めて明るい声を発した。

「そうですか、ならやはりなかったことに」

「後悔してるのはを間違えたことだ。本当はもっと早く謝罪に来ないと行けなかったのに、拒絶されたらと思ったら怖くて勇気が出なかった。まあ、を書いていたのもあるけど」

セレナの言葉を遮って、熱の篭った口調で語ったルークは再びカバンの中を探り何かを取り出してテーブルの上に置く。それは分厚い紙の束だった。ルークは無言でセレナの前に差し出す。

「これは……」

「……とにかく読んで欲しい……これだけは言っとく。あの日は酔った勢いで、遊びであんたに手を出した訳じゃない。酒の力を借りたことは否定しないけど……俺は本気だった」

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