叶わないと思っていたのに〜人見知り令嬢は初恋の公爵令息に溺愛される〜

水無月瑠璃

文字の大きさ
3 / 12

3話

しおりを挟む


「…いい加減にして」

絞り出したような声が口から漏れた。あれだけ悩んでいたのが嘘みたいに言葉が溢れ出す。

「え?」

「優しくされると諦められないから」

「諦めるって…」

「アルフレッド・ハウザー先輩を。ずっと好きでした」

アルフレッドの顔が驚愕に染まる。彼がここまで驚くのを初めて見た。琥珀の瞳は見開かれ、薄い唇がほんの少し開かれている。そんな様でも絵になる。良いものが見れた、と状況に反して喜んでいた。

「返事は結構です、今までありがとうございましたさようなら」

勢いに任せて告白しまった。恥ずかしさよりある種の達成感で満たされている。もうここに用はない、ガタッと椅子から立ち上がると本を置いたままスタスタと歩き出して硬直するアルフレッドの横を通り過ぎる。

こうしてヴィオラの初恋は終わりを告げた…






「おい待て。言い逃げか?良い度胸だな」

告げなかった。すれ違いざまに腕を掴まれたのだ。離してくれと抵抗しても無駄で、両腕を掴まれ正面を向かされた。アルフレッドは怒っている、ヴィオラをじっと睨んでいるのだ。その瞳にはさっきまで見えなかった何かが揺れている気がした、何なのかは分からない。

彼の赤い髪から除く耳が、髪色と同じように赤くなっているのはきっと気のせい。逃がすまいとヴィオラの腕を掴んでいた彼の手はいつの間にか移動しており、指の一本一本を絡めて握られていた。これではさっきよりも逃げられなくなった。何かおかしい、自分はフラられるはずだったのでは。しかし、この状況は寧ろ。

「…何ですか離して」

「離すわけないだろ」

「…私フラれるんですよね」

「は?」とアルフレッドは心底訳がわからないと言う顔をした後、大きく溜息をついた。

「好きな女に告白されてフる馬鹿がどこにいる」

「は……」

「俺もお前のことが好きだ」

今自分は都合の良い夢を見ているのか、そう思わざるを得ないほどヴィオラはアルフレッドの口から放たれた言葉が信じられない。が、ぎゅうと絡められた彼の長い指の感触や繋がった手から伝わる体温が夢ではない、現実だとヴィオラに訴えかけてくる。呆然とするヴィオラの手の甲をすす、となぞりながらアルフレッドは続けた。

「しかし、本当お前思い切りいいな。こっちがウダウダタイミング図ってる間にさっさと言われた。先に言いたかったのに」

「…」

「何ぼーっとしてるんだよ」

「理解が追いつかなくて」

「仕方ないな、ちゃんと聞いておけよ」

すっと、アルフレッドがヴィオラの前に跪く。そしてヴィオラの左手を口元に近づけ、口付けを落とした。顔を上げた彼が真剣な眼差しで告げる。

「私、アルフレッド・ハウザーはヴィオラ・クラインを愛しています。どうか私と婚約していただけませんか」

…心臓の音がうるさい。ドクドクドク、と鼓動を刻み、全身の血が沸騰したように熱い。アルフレッドが口付けた手の甲から熱が全身に回ったのは、一瞬のこと。一度死んだように冷えていた身体に熱が灯り出す。ヴィオラの身体の奥から形容し難い何かが湧き上がってくる。

…それは歓喜だった。諦めなければ、叶わないと思っていたアルフレッドへの思いが彼に届き、彼もまたヴィオラの思いに応えてくれた。ヴィオラに求婚したアルフレッドは物語の騎士さながらで、一瞬たりとも目が離せない、惹きつけられてやまないのだ。ここでヒロインならば気の利いたセリフと一つでもかけられるのに。ヴィオラはどこまでも正直だった。

「…ここでプロポーズですか」

「不服か?何なら今からパーティー会場に戻ってやり直すか?」

「…ごめんなさい」

あんな衆人環視の中でプロポーズされるなんて想像しただけで緊張して、ガタガタ震えてくる。あっさり謝ったヴィオラにクク、と喉の奥で笑う。

「ムードも何もないけど、クラインは人が多い場所でプロポーズは嫌だろうなって思った。それに、やっぱ思い出の場所でしたかったから」

立ち上がったアルフレッドは再びヴィオラの手を取り、ぎゅっと握る。堪らずヴィオラも握り返した。

「で?返事は?」

分かりきっているのに、敢えて聞いてくる彼は意地悪だ。けど、そう言うところも全て好きなのだ。

「…はい」

こくりと頷くとアルフレッドが柔らかく微笑んだ。どこかほっとしているようにも見える。

「あー良かったフラれなくて。実はクライン伯爵夫妻に先に婚約の話持って行ってたんだ」

「え…そんなこと一言も」

「俺の方から伝えたいから黙っていて欲しいと頼んだ。伯爵夫妻から出された条件は一つ、娘が俺を受け入れるのならば。権力を行使して無理矢理にでも手に入れるのなら、こちらは断固戦う所存だと、厳しい顔で言われた。良いご両親だな、クラインのことが凄く大切なんだって伝わってきた」

ヴィオラの目頭が熱くなってくる。幼い頃から自分の意思を尊重し、好きなことをやらせてくれた両親の姿が脳裏に浮かぶ。本来貴族同士の結婚に娘の意思を確認せず、自分達だけで話を進めてしまう親が多い。なのにヴィオラの両親は娘が受け入れたらと条件を付けてくれた。格上の公爵家からの話だ、おっとりとした両親は内心震えていたに違いない。それでもヴィオラのことを考えてくれている。

そしてアルフレッドはそんな両親を賞賛してくれた。どれだけ気持ちを伝えても、足りる気がしない。これ以上好きにさせて自分をどうするつもりなのだろう。しかし、心が温かくなっているヴィオラと対照的にアルフレッドは何故か浮かない顔だ。

「どうしたんですか」

「お前に気持ちを伝える前に外堀を埋めるような真似をして、嫌われたらとずっと不安だった、それでも欲しくて欲しくて堪らなかったんだ」

唇を噛んで心情を吐露するアルフレッドの様子から、彼がどれだけ不安だったのか伝わってくる。外堀を埋める、と言っても仮にヴィオラが彼の気持ちを受け入れなかったらこの話はそこで終わっていた。そんな未来は永遠に訪れないけれど、断ったからと言ってヴィオラの不利益になることを彼は絶対しなかった、それは確かだ。

「卒業してこれまで通りに会えなくなって、クラインを誰かに取られたらと考えたら気が気じゃなくなって。形式上でもお前のこと手に入れたかったんだ。嫌われてないとは思ってたけど、男として好かれているかは分からなかったから半分賭けだな」

ヴィオラの手を握るアルフレッドの手に力が籠る。彼の言葉から、力強さからヴィオラへの想いの強さが溢れている。自分を愛しげに見つめる瞳には紛れもない熱が宿る。アルフレッドは本当にヴィオラのことを女として欲してくれているのだ。嬉しくて、愛しくて堪らない気持ちになっていく。

「…いつから?」

「最初はクラインが緊張してプルプル震えながら本好きなのかって聞いてきたのが小動物みたいで可愛いなって、思った。好きなもののことを語るお前の顔が眩しくて、綺麗で目が離せなくなるまで時間は掛からなかったな。これを言うと自慢に聞こえるかもしれないけど、今まで俺の周囲にいた女子は俺の見た目とか家柄とか能力にしか関心を示さなかったから。お前はそう言うことを一切聞かなかった。ただただ他愛もない話をする時間がこの2年間楽しかったよ、これからもずっと俺の横で笑ってて欲しいと望むようになった」

「…」

「本当は図書室以外でも話しかけたかったけど、俺が話しかけると否応なく注目を集める。クラインは人に見られるの苦手だろ、だからすれ違っても話しかけられなかった。もっと話したり、色々したかった」

「…私と話すの見られたくないからじゃなかったんですね」

「そんな訳ないだろ、って俺がちゃんと伝えなかったのが悪いな、ごめん」

しゅんと肩を落とすアルフレッドは叱られた犬を彷彿とさせた。あの女子の憧れの存在のアルフレッドがヴィオラの一挙一動で喜んだり、凹んだりする姿は誰も想像できないだろう。ヴィオラとしては絶対誰にも見せたくない、という独占欲にも似た感情が生まれつつあった。

この人が甘く細められた琥珀の瞳で見つめるのも、真っ直ぐに愛の言葉をぶつけてくるのも、宝物を扱うように触れるのも、離れたくないと指と指を絡めるのも、全部全部自分だけだ、この世でヴィオラだけ。その事実がヴィオラの心にゆっくりと溶けてゆく。

自分は頭が多少良いくらいしか取り柄がない、物語のヒロインのように相手に好かれる努力もしていない、女としての魅力も何もない自分の想いが報われることはないとこの2年間、枕を何度濡らしたか。努力しても無駄だと、最初から諦めていた。けれど、なけなしの勇気を振り絞って、アルフレッドとの縁を必死で繋ぎ止めた、あの日の自分の行動は無駄じゃなかった。こうして17年間の人生の中で一番の幸運が訪れたのだから。

ヴィオラの深緑の瞳から、一筋の涙が流れ出す。ポロポロ、とヴィオラの透き通るような白い肌を滴が伝いブラウスの襟を濡らした。アルフレッドの長い指が滴をそっと拭う。

「何で泣いてる…?」

「…嬉しくて。先輩、話しかけた時思い切り噛んでも揶揄ったり笑ったりしなくて、それから少しずつ好きになって、気づいた時にはどうしようもなく好きになってたんです。自分じゃ釣り合わない、いつか綺麗で話すのも上手な女性が先輩の隣に並ぶんだって言い聞かせてたのに、諦められなくて辛かった…今日きっぱりフラれるつもりだったのに…先輩本当に私のこと好きなんですか」

アルフレッドは涙を拭いながら、優しい眼差しでヴィオラを見下ろす。

「本当だって。不安なら何度だって言う。クラインが…ヴィオラのことが好きだ。この世の誰よりも好きで、守りたい。ずっと隣にいて欲しい、愛してる」

「名前…」

「ああ、これからは名前で呼んで良いか、ずっと呼びたかったんだ」

「はい、呼んでください」

「俺のことも名前で呼んで」

「アルフレッド様…?」

「アル、でいい。家族と友人は皆そう呼んでる」

「アル…?」

「…ああ、ずっとヴィオラに名前を呼んで欲しかった、今凄く嬉しい…」

感極まったように呟いたアルフレッドの顔がゆっくりと近づいてくる。潤んだ視界で捉えた琥珀の瞳に浮かぶのは、隠しきれない欲情。ヴィオラの肩がブルリと震え、熱い彼の手が優しく頬を包み込む。ヴィオラは潤んだ瞳を閉じ、これから起こることに心を躍らせる。

初めての口付けは、涙の味がした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました

ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。 夫は婚約前から病弱だった。 王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に 私を指名した。 本当は私にはお慕いする人がいた。 だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって 彼は高嶺の花。 しかも王家からの打診を断る自由などなかった。 実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。 * 作り話です。 * 完結保証つき。 * R18

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる

ラム猫
恋愛
 王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています ※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】私は義兄に嫌われている

春野オカリナ
恋愛
 私が5才の時に彼はやって来た。  十歳の義兄、アーネストはクラウディア公爵家の跡継ぎになるべく引き取られた子供。  黒曜石の髪にルビーの瞳の強力な魔力持ちの麗しい男の子。  でも、両親の前では猫を被っていて私の事は「出来損ないの公爵令嬢」と馬鹿にする。  意地悪ばかりする義兄に私は嫌われている。

処理中です...