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18話
しおりを挟むここが隅の席かつ、店内が騒がしかった事が幸いした。恐らく葉月と花村の修羅場のような会話は周囲に聞こえてないだろう。そして葉月が決定的な一言を放つと花村の切長の目が大きく見開かれた。あまりの衝撃だったのか、暫しの間固まっていたが我に返ると皺が刻まれた眉間を指でほぐすように揉む。はー、と大きく息を吐いた。
「…何でそう勘違いしたのか分からないけど…俺は葉月のことをセフレとも、遊び相手とも思ってない…彼女として接してた」
「…え?」
今度は葉月が固まる番だった。衝撃的過ぎる花村の言葉に脳内がパニックを起こしている。そんな葉月に花村は言い聞かせるように、語り始めた。
「…俺が誰の誘いにも乗る軽薄な男に見えたのかもしれないが客に誘われても全部断ってるし、付き合うつもりのない相手の誘いにも乗らない。そもそも遊び相手を家に招かない。信用出来ないなら、今からあのバーのオーナーに連絡を取るから話を聞いてくれ。付き合いが長いから俺が遊んだことはないと証言してくれるはずだ。葉月の誘いに乗ったのは、単純に好意を抱いてたからで。あの日誘われなくても、後日何かしらの理由を付けて声をかけていたと思う」
「…」
「…聞いてる?…」
意識が遠くに行きかけていた葉月は花村の呼びかけで、こっちに戻って来れた。
「は、はい聞いてます。ちょっと状況を理解するのに時間がかかってるんです。あの、自意識過剰でなければ優吾さんは私のことがその、好きということですかね」
「そういうこと」
あっさりと告げる花村に葉月は前のめりに尋ねる。
「で、では!身体の相性は良いけど、互いのことは良く知らないから知るべきと言ったのは」
「出会ってすぐ身体の関係を持ってしまったから、お互いのことを何も知らなかっただろ。順番が逆になってしまったからこそ食事をしたり、一緒に過ごすことで葉月のことを知りたいと思ったからだ」
葉月は呆然とするしかなかった。花村の言葉を深読みし過ぎて、勝手に勘違いしていただけだったのだ。花村は本当に、葉月のことを知りたいと思ってくれていただけだったのに。彼の言葉をそのまま受け取ることが出来なかった。
「…その様子だと、本当に気づいてなかったんだな…あ、セフレだと思ってたのなら、そうか…」
シュン、と肩を落とし花村は項垂れた。しかし、すぐ切り替えたのか顔を上げる。
「それで、何故セフレだと思ったんだ?俺は自分の気持ちを伝えて」
「ませんよ!好きとか、そういうこと一度も言われてません」
葉月は食い気味に花村の言葉を遮った。
「は??」
本日2回目の花村のポカン顔。男前だからそんな顔でも凛々しさが損なわれない。花村は口元に手を当てて、「え…いや、言ったはず…あれ?」と自らの記憶を辿っているうちに、顔色がどんどん悪くなっていった。
「…確かに、言ってない…」
花村は自分が葉月に決定的な言葉を告げてないことに気づいたらしい。すぐ様葉月に深く頭を下げて来た。
「本当に、すまなかった!俺の曖昧な態度ではセフレとして扱われていると、不安に感じて当たり前だ。なのに君を責めるような態度を取って…友人からお前は言葉足らずなところがあるから気を付けろと忠告されていたんだ。そんなわけないと耳を傾けていなかったんだが…最悪な形で欠点を自覚したよ」
花村は懺悔するように言葉を重ねる。
「そんな、頭を上げてください。私も…好きとかそういったことを言ってなかったですし、お互い様ですよ」
この関係がセフレだと思い込んでいたから、葉月も自分の気持ちを告げることはしなかった。宥める葉月に花村は首を振る。
「いや、全面的に俺に非がある。恐らく、言葉で伝えなくとも態度で示せば伝わると無意識に驕っていたんだ。傲慢にも程がある、と呆れたよ。こんな、言葉足らずで誤解させる男に嫌気が差したかもしれないが…俺は葉月のことが好きだ、付き合ってください」
花村の嘘偽りのない、真剣な眼差しが葉月を射抜く。葉月の心臓の鼓動がうるさくなり、体温が一気に上がる。冷房で冷えた店内にいるというのに、身体が火照って仕方がない。葉月はふーーと大きく息を吐いた気持ちを落ち着かせる。そして真正面からぶつかってくれた花村に応えるために、彼を目に見据えた。
「私も好きです。好きだから、あの日誘ったんです。けど…遠距離は自信が無いです」
葉月は花村のことが好きだ。誤解が解けた今、気持ちを告げることに躊躇う理由は無い。だが、付き合いが長く身近に居た恋人とも上手くいかなかった葉月は関東、中部と互いに離れた場所に住んでいる者同士の交際が上手くいくとは思えなかった。すれ違って自然消滅する未来が見えた。
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