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第十九話 魔王様、畑に戻る
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転移による軽いめまいに似た感覚を味わうと、世界が一変する。
昼でも薄暗い魔界から、光溢れる人間界の、のどかな田舎町へと。サナトが転移すると、さらさらと流れる川の土手に、うろうろと落ち着かないベスがいた。
「どわっ、サナト! やっと帰って来たか。大変! 大変なんだよぉっ」
転移したサナトの姿を認めるなり、ほっとした顔で寄ってきたかと思えば、意味不明なことをわめき散らし始めた。
三日連続の徹夜明けの頭へ大声がキンキンと響き、至近距離でしゃべるベスからつばが飛んでくる。
せっかく久方ぶりの人間界だというのに、いきなり汚い。
「落ち着け、鬱陶しい」
サナトは指輪に念じて効力を発揮させた。ベスの指輪が締まり悲鳴が上がる。
「痛ててててででえええええっ」
大声で叫び、指を抑えて草の上を転がった。うるさい男だ。
「サナト、てめぇ、せっかく友人が心配してやってんのに痛てぇだろ!」
指輪の効力を切ると、ベスが勢いよく立ち上がりサナトに向かって抗議した。
「知るか。お前に心配されるような私ではないわ。そもそもどこに心配している要素があった。大変だとわめいていただけだろう」
また近くで唾を飛ばされるのは汚いからごめんだ。サナトは半眼になってまた寄ってくるベスを足で蹴り飛ばす。
「うおおぉっ」
サナトに蹴られてベスが土手を転がった。二、三回転して止まる。
「それで。大変なこととやらは何だ。さっさと言え」
腕組みをしてベスを見下ろした。イライラと指で腕を叩く。
「お前なぁっ……」
草まみれになって立ち上がったベスが何か言いかけて、口を閉じた。唇をへの字に曲げて、ぷいと明後日の方向へ首を向ける。
「あー、くそ。ムカつくわ、その態度。……じゃ、言わねぇ」
「なんだと?」
「言わねぇよ、ばか、ばーか」
人差し指で片目の下側を引っ張り、べーっと舌を出すと、ベスはサナトに背を向けた。
「けっ、サナトなんか勇者にやられちまえええええええぇぇぇぇぇぇっ」
一声叫び、そのまま走り去ってしまった。
「なんだったのだ」
取り残されたサナトは、力なく呟いた。どっと疲れが出て、片手で頭を押さえる。
結局肝心なことは何一つ言わないままだった。人間の考えていることはよく分からない。
サナトは重い溜め息を吐いた。
説得に三日三晩かけたから、四日も畑から離れてしまった。リベラの父御がいるのは昨日までと聞いている。任せきりになっていた分、今日はしっかりと世話をしなくては。
あれからガジャ芋は大きくなっただろうか。
植えたばかりの夏野菜たちはどうなっているだろう。
眉間を揉んでから顔を上げ、畑に向かおうとして。
ふっと視線を感じた。
ベスが戻ってきたのかと、走り去った方向を見やるが、気配がない。
気のせいか。
サナトは今度こそ畑の方向へ歩き出した。
畑に近付くにつれ、重かったサナトの足は自然と軽くなっていった。頭上には青空が広がり、白い雲が流れている。
「サナト兄ちゃん、ちょうちょが飛んでる!」
サナトの肩でゲイルが小さな手を空中へ伸ばした。ゲイルの指の先では二匹の白い蝶が、戯れるように絡み合いながら飛んでいた。
「ああそうだな。それよりあまり動くな。落ちるぞ」
蝶を指さして体をねじるゲイルにサナトは注意する。
落ちないように二人の足をしっかりと持っているが、じっとしていないゲイルは危なっかしい。
反対に、ルアナはサナトの頭にしがみついていて、半分視界を塞いでいた。サナトは目を瞑っていても歩けるから問題ないのではあるが。
今のサナトは両肩にゲイルとルアナを乗せ、背中にイルダを紐で結わえておんぶの状態だ。隣にはカイルが歩いている。
イルダは背負ってすぐに眠ってしまった。赤子は眠ると体温が上がるらしい。背中がホカホカしていた。
ベスに押し付けられた子守りの一件から、サナトは子供たちに懐かれている。今日はサナトが帰ってくる日だと聞いていたようで、畑に向かう途中の土手で待ち構えていた。そのまま離れたがらなかったので、畑に連れて行くことにしたのだ。
「あっ、バッタ。兄ちゃん、とって、とって」
注意をしてもゲイルはお構いなしだ。今度は地面を指さして身を乗り出した。ぴょんぴょんと跳ぶバッタをカイルが捕まえて、ゲイルに渡す。
「ほら」
「へへへー。あっ、逃げたっ」
渡してもらった途端にぴょんと跳んだバッタを追いかけ、ゲイルの体が大きく傾いた。
「おっと」
空中を泳ぐ小さな体を地面に落ちる前に捕まえると、きゃははと声を立てて喜んだ。
「サナト兄ちゃん、もう一回ー!」
「喜んでいる場合か、ゲイル。落ちていたかもしれないのだぞ」
「落ちない。もう一回ー!」
注意してもゲイルはお構いなしだ。サナトの苦言など耳に入っているのかいないのか。
「分かった、分かった」
もう一度肩に乗せると、ゲイルがわざとバランスを崩す。落ちる体を地面すれすれでキャッチしてやった。それを何度も繰り返す。
こんな単純なことの何が面白いのだろうと、サナトは思う。けれど、ゲイルの喜ぶ顔を見るのは悪くない。
そうこうしているうちに、畑が見えてきた。
ガジャ芋の葉は青々と茂り、まだ小さな夏野菜の苗もみずみずしい葉を広げ、すくすくと育っている。
しゃがみ込んで草を抜いているリベラの姿が野菜の中に見え隠れしていた。
「リベラ殿!」
声をかけると弾かれたように顔を上げ、ぱぁっと輝かせた。
「サナトさん。おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
明るいリベラの笑顔につられ、サナトの顔もほころぶ。
四日も離れていたせいだろうか。畑の空気と、リベラの笑顔が妙にほっとする。
「どうでしたか。ご家族の方は分かって下さいました?」
「ああ、問題ない。殴れば分かってくれたぞ。その後レンホウソを食べさせてやったらな、美味いと喜んでいた」
答えながら、サナトはしゃがんで肩のゲイルとルアナを下ろした。ゲイルが歓声を上げてあぜ道を駆けだし、カイルがそれを追って走った。
彼らを見送っていると地面に下りたルアナが、きゅっとサナトのつなぎを摘まんだ。ルアナに手を差し出すと、はにかみながらサナトの手を握る。
「良かった! 心配してたんですよ」
「リベラ殿が料理を教えてくれたおかげだ。礼を言う」
手を叩いて喜ぶリベラに、サナトは感謝の意を伝える。キッシュ、ソテー、スープにパスタ、蒸しパンやカップケーキなど、リベラに教えて貰いながら作った料理は好評だった。また今度収穫した美味い野菜を食わせてやると約束したら、畑仕事を頑張れとさえ言っていた。
「お役に立ててよかったです。ふふ、それにしてもルアナちゃん、サナトさんとすっかり仲良しさんね」
手を繋いで畑に入るサナトとルアナを見て、リベラが目を細める。サナトは空いている方の手で頬をかき、ルアナを見下ろした。目が合うと、ルアナが屈託のない笑顔を向けられた。
「うん。ルアナ、サナトお兄ちゃん、好き」
ルアナの直球の好意に、むずむずと胸の中が浮き立つような感覚がして、サナトは小さな頭をぐりぐりと撫でた。サナトの手の動きと一緒に小さな頭が揺れ、きゃあきゃあと歓声を上げる。
「う……ちょっといいなぁ、ルアナちゃん」
リベラが小さく呟いた。
「うん? 頭を撫でるのが、か?」
ルアナをはじめ、子供たちは頭を撫でてやると喜ぶ。もしかして人間は頭を撫でられるのが好きな生き物なのだろうか。だとすれば、リベラには日頃から世話になっている。撫でてお礼をせねば。
「リベラ殿。帽子を取ってもらえるか」
「? はい」
大きな麦わら帽子をかぶっていたら撫でられないので、取るように頼んだ。きょとんとしてから、リベラが素直に帽子を取る。サナトは手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。
するとリベラの顔がみるみる赤くなり、青い瞳が泳いで桜色の唇が震えた。
……。
まずい。この反応は子供たちと違う。
これは困っているのではないだろうか。いや、驚いているのか。
もしかして、撫でて喜ぶのは子供限定だったのか。ということは、サナトがリベラを撫でた行為はとんでもなく変なことだったのでは。
サナトの背中に冷たい汗が吹き出し、頬には血が上る。
焦ったサナトはリベラの頭に置いたままの手を引っ込めた方がいいのかの判断さえ出来ずに、リベラと見つめ合ったまま固まった。
「サナト兄ちゃーん、リベラ姉ちゃんっ」
そこへ、あぜ道で遊んでいたカイルとゲイルが走ってきた。途端にサナトとリベラの金縛りが解ける。
「どうした」
サナトは秒もかけずに手を引き戻し、ぶんと音がする勢いで二人の方に体を向けた。
でかした。後で肩車なりなんなり好きなことをやってやろう。そう思ったサナトだが、また動きを止めた。
駆け寄ってくる二人の後ろに三つの影がある。つなぎと農帽という恰好からして、農夫だろうか。しかしそれにしては見覚えのないシルエットだ。サナトによく声をかけてくれる人間たちではない。少し遠い畑の人間だろうか。
そこまで考えてから、サナトは嫌な予感に見舞われた。
二人の後ろの人物たちは、確かに畑では見たことがない。しかし、他で見覚えがあった。
「サナト兄ちゃんにお客さんだよ」
「連れてきてあげたー」
誇らしげな二人が立ち止まって後ろの人物たちに道を譲った。
「サンキュー、サンキュー、人間」
「おおー、これが畑か。スゲー」
「この前美味しかったやつ、どれだ?」
そこにはつなぎと農帽をかぶった、魔物たちがいた。
昼でも薄暗い魔界から、光溢れる人間界の、のどかな田舎町へと。サナトが転移すると、さらさらと流れる川の土手に、うろうろと落ち着かないベスがいた。
「どわっ、サナト! やっと帰って来たか。大変! 大変なんだよぉっ」
転移したサナトの姿を認めるなり、ほっとした顔で寄ってきたかと思えば、意味不明なことをわめき散らし始めた。
三日連続の徹夜明けの頭へ大声がキンキンと響き、至近距離でしゃべるベスからつばが飛んでくる。
せっかく久方ぶりの人間界だというのに、いきなり汚い。
「落ち着け、鬱陶しい」
サナトは指輪に念じて効力を発揮させた。ベスの指輪が締まり悲鳴が上がる。
「痛ててててででえええええっ」
大声で叫び、指を抑えて草の上を転がった。うるさい男だ。
「サナト、てめぇ、せっかく友人が心配してやってんのに痛てぇだろ!」
指輪の効力を切ると、ベスが勢いよく立ち上がりサナトに向かって抗議した。
「知るか。お前に心配されるような私ではないわ。そもそもどこに心配している要素があった。大変だとわめいていただけだろう」
また近くで唾を飛ばされるのは汚いからごめんだ。サナトは半眼になってまた寄ってくるベスを足で蹴り飛ばす。
「うおおぉっ」
サナトに蹴られてベスが土手を転がった。二、三回転して止まる。
「それで。大変なこととやらは何だ。さっさと言え」
腕組みをしてベスを見下ろした。イライラと指で腕を叩く。
「お前なぁっ……」
草まみれになって立ち上がったベスが何か言いかけて、口を閉じた。唇をへの字に曲げて、ぷいと明後日の方向へ首を向ける。
「あー、くそ。ムカつくわ、その態度。……じゃ、言わねぇ」
「なんだと?」
「言わねぇよ、ばか、ばーか」
人差し指で片目の下側を引っ張り、べーっと舌を出すと、ベスはサナトに背を向けた。
「けっ、サナトなんか勇者にやられちまえええええええぇぇぇぇぇぇっ」
一声叫び、そのまま走り去ってしまった。
「なんだったのだ」
取り残されたサナトは、力なく呟いた。どっと疲れが出て、片手で頭を押さえる。
結局肝心なことは何一つ言わないままだった。人間の考えていることはよく分からない。
サナトは重い溜め息を吐いた。
説得に三日三晩かけたから、四日も畑から離れてしまった。リベラの父御がいるのは昨日までと聞いている。任せきりになっていた分、今日はしっかりと世話をしなくては。
あれからガジャ芋は大きくなっただろうか。
植えたばかりの夏野菜たちはどうなっているだろう。
眉間を揉んでから顔を上げ、畑に向かおうとして。
ふっと視線を感じた。
ベスが戻ってきたのかと、走り去った方向を見やるが、気配がない。
気のせいか。
サナトは今度こそ畑の方向へ歩き出した。
畑に近付くにつれ、重かったサナトの足は自然と軽くなっていった。頭上には青空が広がり、白い雲が流れている。
「サナト兄ちゃん、ちょうちょが飛んでる!」
サナトの肩でゲイルが小さな手を空中へ伸ばした。ゲイルの指の先では二匹の白い蝶が、戯れるように絡み合いながら飛んでいた。
「ああそうだな。それよりあまり動くな。落ちるぞ」
蝶を指さして体をねじるゲイルにサナトは注意する。
落ちないように二人の足をしっかりと持っているが、じっとしていないゲイルは危なっかしい。
反対に、ルアナはサナトの頭にしがみついていて、半分視界を塞いでいた。サナトは目を瞑っていても歩けるから問題ないのではあるが。
今のサナトは両肩にゲイルとルアナを乗せ、背中にイルダを紐で結わえておんぶの状態だ。隣にはカイルが歩いている。
イルダは背負ってすぐに眠ってしまった。赤子は眠ると体温が上がるらしい。背中がホカホカしていた。
ベスに押し付けられた子守りの一件から、サナトは子供たちに懐かれている。今日はサナトが帰ってくる日だと聞いていたようで、畑に向かう途中の土手で待ち構えていた。そのまま離れたがらなかったので、畑に連れて行くことにしたのだ。
「あっ、バッタ。兄ちゃん、とって、とって」
注意をしてもゲイルはお構いなしだ。今度は地面を指さして身を乗り出した。ぴょんぴょんと跳ぶバッタをカイルが捕まえて、ゲイルに渡す。
「ほら」
「へへへー。あっ、逃げたっ」
渡してもらった途端にぴょんと跳んだバッタを追いかけ、ゲイルの体が大きく傾いた。
「おっと」
空中を泳ぐ小さな体を地面に落ちる前に捕まえると、きゃははと声を立てて喜んだ。
「サナト兄ちゃん、もう一回ー!」
「喜んでいる場合か、ゲイル。落ちていたかもしれないのだぞ」
「落ちない。もう一回ー!」
注意してもゲイルはお構いなしだ。サナトの苦言など耳に入っているのかいないのか。
「分かった、分かった」
もう一度肩に乗せると、ゲイルがわざとバランスを崩す。落ちる体を地面すれすれでキャッチしてやった。それを何度も繰り返す。
こんな単純なことの何が面白いのだろうと、サナトは思う。けれど、ゲイルの喜ぶ顔を見るのは悪くない。
そうこうしているうちに、畑が見えてきた。
ガジャ芋の葉は青々と茂り、まだ小さな夏野菜の苗もみずみずしい葉を広げ、すくすくと育っている。
しゃがみ込んで草を抜いているリベラの姿が野菜の中に見え隠れしていた。
「リベラ殿!」
声をかけると弾かれたように顔を上げ、ぱぁっと輝かせた。
「サナトさん。おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
明るいリベラの笑顔につられ、サナトの顔もほころぶ。
四日も離れていたせいだろうか。畑の空気と、リベラの笑顔が妙にほっとする。
「どうでしたか。ご家族の方は分かって下さいました?」
「ああ、問題ない。殴れば分かってくれたぞ。その後レンホウソを食べさせてやったらな、美味いと喜んでいた」
答えながら、サナトはしゃがんで肩のゲイルとルアナを下ろした。ゲイルが歓声を上げてあぜ道を駆けだし、カイルがそれを追って走った。
彼らを見送っていると地面に下りたルアナが、きゅっとサナトのつなぎを摘まんだ。ルアナに手を差し出すと、はにかみながらサナトの手を握る。
「良かった! 心配してたんですよ」
「リベラ殿が料理を教えてくれたおかげだ。礼を言う」
手を叩いて喜ぶリベラに、サナトは感謝の意を伝える。キッシュ、ソテー、スープにパスタ、蒸しパンやカップケーキなど、リベラに教えて貰いながら作った料理は好評だった。また今度収穫した美味い野菜を食わせてやると約束したら、畑仕事を頑張れとさえ言っていた。
「お役に立ててよかったです。ふふ、それにしてもルアナちゃん、サナトさんとすっかり仲良しさんね」
手を繋いで畑に入るサナトとルアナを見て、リベラが目を細める。サナトは空いている方の手で頬をかき、ルアナを見下ろした。目が合うと、ルアナが屈託のない笑顔を向けられた。
「うん。ルアナ、サナトお兄ちゃん、好き」
ルアナの直球の好意に、むずむずと胸の中が浮き立つような感覚がして、サナトは小さな頭をぐりぐりと撫でた。サナトの手の動きと一緒に小さな頭が揺れ、きゃあきゃあと歓声を上げる。
「う……ちょっといいなぁ、ルアナちゃん」
リベラが小さく呟いた。
「うん? 頭を撫でるのが、か?」
ルアナをはじめ、子供たちは頭を撫でてやると喜ぶ。もしかして人間は頭を撫でられるのが好きな生き物なのだろうか。だとすれば、リベラには日頃から世話になっている。撫でてお礼をせねば。
「リベラ殿。帽子を取ってもらえるか」
「? はい」
大きな麦わら帽子をかぶっていたら撫でられないので、取るように頼んだ。きょとんとしてから、リベラが素直に帽子を取る。サナトは手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。
するとリベラの顔がみるみる赤くなり、青い瞳が泳いで桜色の唇が震えた。
……。
まずい。この反応は子供たちと違う。
これは困っているのではないだろうか。いや、驚いているのか。
もしかして、撫でて喜ぶのは子供限定だったのか。ということは、サナトがリベラを撫でた行為はとんでもなく変なことだったのでは。
サナトの背中に冷たい汗が吹き出し、頬には血が上る。
焦ったサナトはリベラの頭に置いたままの手を引っ込めた方がいいのかの判断さえ出来ずに、リベラと見つめ合ったまま固まった。
「サナト兄ちゃーん、リベラ姉ちゃんっ」
そこへ、あぜ道で遊んでいたカイルとゲイルが走ってきた。途端にサナトとリベラの金縛りが解ける。
「どうした」
サナトは秒もかけずに手を引き戻し、ぶんと音がする勢いで二人の方に体を向けた。
でかした。後で肩車なりなんなり好きなことをやってやろう。そう思ったサナトだが、また動きを止めた。
駆け寄ってくる二人の後ろに三つの影がある。つなぎと農帽という恰好からして、農夫だろうか。しかしそれにしては見覚えのないシルエットだ。サナトによく声をかけてくれる人間たちではない。少し遠い畑の人間だろうか。
そこまで考えてから、サナトは嫌な予感に見舞われた。
二人の後ろの人物たちは、確かに畑では見たことがない。しかし、他で見覚えがあった。
「サナト兄ちゃんにお客さんだよ」
「連れてきてあげたー」
誇らしげな二人が立ち止まって後ろの人物たちに道を譲った。
「サンキュー、サンキュー、人間」
「おおー、これが畑か。スゲー」
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