魔王様でも出来る、やさしい畑生活の始め方~レンタルした畑の持ち主は勇者一家でした~

遥彼方

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第二十一話 魔王様、弱点をさらす

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「はあ~、食った、食った」

 兎獣人の女が満足そうに腹をさすった。

 作業の一通りが終わり、今は休憩中である。

 あの後リベラとルアナに軽く説教を食らったサナトは、渋々魔物たちと一緒に畑仕事をした。
 やった作業はガジャ芋の芽かきといって、元気のいい芽を二、三本残し、後はかきとってしまうのだ。
 こうすることで大きなガジャ芋がたくさんとれるらしい。要するに、間引きと同じだ。

 ガジャ芋よりも間引きが多いのがニージンで、合計三回も間引く。二回目と三回目は土寄せをして、肥料を追加した。ニージンは土を寄せて根が隠れるようにしないと、太陽の光を浴びて緑色になってしまうのだ。

 トマトマやピーマ、ナスビーなどの野菜は、一番最初の花が咲いたらそれより下のわき芽を取るのだが、まだ咲いていない。

 それからリベラの畑の方を手伝った。
 リベラの畑もキャベッツやレンホウソなどの収穫がとっくに終わり、今度はサナトと同じく夏野菜の苗が元気に育っていた。
 他にも今の時期に取れる豆が植えられていて、収穫に大忙しだった。

 リベラはサナトと子供たち、魔物たちにも丁寧に説明してくれて皆で収穫や草抜きをやった。ムギーの藁を敷いているのであまり生えないが、時々ひょろりと出ている草を抜いておく。

 このムギーの収穫は丁度今頃なので、もうじきすればムギーの農家に収穫後の藁をもらいに行くらしい。その時サナトもついて行く約束なので、それもまた楽しみだった。

 あぜ道の広くなった場所に敷いたシートの上には、紙を敷いた籠に緑色のパウンドケーキ、豆のつぶつぶが入ったクッキーが並んでいる。ただし過去形。現在はほとんど空っぽで、ここにいるものたちの胃袋に収まっていた。

「野菜というのは美味しいな。サナト様、これ、魔界にも持って帰ろう。皆喜ぶぜ」

「簡単に言うでない。母御殿は店に卸しているのだ。うちの分まで作れるわけがなかろう」

 膝の上に乗せたイルダの口元を拭いてやりながら、サナトは答えた。赤子のイルダはあぐらにすっぽりと収まって安定するため、食べている間ずっと乗せていた。
 ちなみにイルダには、兄のカイルが持っていたカバンの中に赤子用の菓子があったので、それを食べさせた。

 最初サナトはケーキをやろうとしたのだが、リベラに止められてしまった。なんと、人間の赤子は大人と同じものが食べられないのだそうだ。
 人間という生き物は、魔族とは違うことだらけだ。

「サナト兄ちゃん、はい、あーん」
「ああ、すまんな」

 イルダの世話で両手が塞がっているサナトの口元に、ルアナが最後のひとつだったクッキーを持ってくる。
 食べさせてなど貰わなくていいと、一度断ったのだが、泣きそうな顔をされたため、甘んじて受け入れている。リベラが言うには、お世話をしてお姉さんぶりたいのだそうだ。

「美味しい?」
「ああ、美味い」

 一口食べるごとに繰り返される一連の流れは、煩わしいというよりもくすぐったい。しかしルアナが嬉しそうに笑うのでよしとする。

 インキュバスが、「なんだ。こっちもやっぱりつがい候補か」と肩を落としているが、無視するに限る。

「ええー。こっちの食べ物は美味いから持って帰りたいー」

 獣人の女が草の上に腹ばいになって手足をばたつかせた。横でゲイルが同じように腹ばいになり、きゃあきゃあと手足をばたつかせている。

「こら、そんなところに寝転がって暴れると汚れるぞ。草を取ってやるから起きろ」

 リベラに茶のおかわりを注いでもらっているドラゴンが、二人を注意した。カイルの分のコップと自分のコップの二つを持っている。その隣にはカイルが大人しく待っていた。
 カイルにコップを渡し、自分のものをシートの上に置いてからドラゴンが甲斐甲斐しく草を取ってやる。そのうちカイルも加わって、世話を焼くものと焼かれるものの二組が出来上がった。

 インキュバスだけは少し離れたところに座っている。サナトのかけた、近づくなよ、という威圧が効いているようだ。

 パウンドケーキもクッキーも、リベラの母ケレースの手作りだ。サナトたちがリベラの畑の手伝いとサナトの畑仕事を終わらせた頃、町の市場に持っていく最中のケレースがやってきて、差し入れてくれたのだ。

 ケーキとクッキー、どちらにも使われているのはグリピスという豆で、リベラの畑で収穫したものだった。

 収穫したグリピスはそのまま市場に卸しているものと、パウンドケーキとクッキーに加工して卸すものがある。
 グリピスに限らずケレースの野菜を使った手作り菓子は人気があり、毎日忙しいらしい。
 そのためケレースは配達や菓子作りに大忙しで、畑はもっぱらリベラとリベラの父がやっていたのだそうだ。

「じゃあサナトさん。また一緒に作りましょうか? そうしたら持って帰れますよ」
「いいのか?」

 レンホウソの時もケレースとリベラに教えて貰いながら一緒に作った。また教えて貰えるなら願ってもいない。

「勿論! 私もサナトさんとお菓子作り、楽しいですし」

 はにかむような笑みを浮かべてリベラがほんのりと頬を上気させた。

「あ。ぼくたちもそろそろ帰らないと。お母さんたちが心配するかも」

 そう言ったカイルがソワソワと体を動かし始めた。散歩だけのつもりで出てきたから、両親にもそのようにしか言っていないのだそうだ。

「それじゃ、あたしらもそろそろ帰るとしますか」
「そうだな」

 サナトがイルダをカイルに背負わせ、おんぶ紐でくくってやっていると、魔物たちも腰を上げた。

「もう帰られるんですか」
「今日はちょっと顔出しするだけの予定だったからな」

 名残惜しそうなリベラに、三人の中で一番まともなドラゴンがそれらしいことを答えた。

「それじゃサナト様」
「お嬢さんも、またな」
「はい。また来てくださいねー!」
「うぬ。さっさと帰れ」

 笑顔で彼らに手を振るリベラの様子が面白くなく、サナトはしっしと手を振る。

「サナトさん!」

 また怒られた。解せぬ。


 魔物たちと子供たちが帰った後、サナトとリベラは畑仕事の残りを片付け、リベラの家の台所に立っていた。
 菓子作りの前に農帽は脱ぐように言われたので、リベラが着替えている間に農帽の代わりに手ぬぐいを巻き付けた。瘴気を封じる力が弱まらないように、農帽は畳んで首の後ろに突っ込んでいる。

「それじゃ、サナトさん。これでなめらかになるまで混ぜて下さい」
「うむ。任せろ」

 バターを入れたボウルという容器、へらという平べったい調理器具を手渡されたサナトは、意気込んで混ぜる。その間にリベラが粉をふるったり卵を割ってほぐしていた。グリピスの豆も、鍋の中でコトコトと煮えている。

「こうか?」
「そうそう、いい感じです。じゃあ、砂糖を入れますから今度はこれでふわふわになるまで混ぜて下さいね」

 リベラに言われる手順通りに混ぜていく。思ったよりも簡単にパウンドケーキの生地が出来上がり、後はオーブンで焼けるのを待つばかりになった。

「リベラ殿、まだ全く変化がないぞ」
「サナトさん、まだ5分も経ってないです。そんなに早く焼けませんよ」
「しかしだな」
「もう、サナトさん、子供みたいですね。焼けるまで40分~50分かかりますから、その間に使ったものを片付けちゃいましょう」

 オーブンの前に陣取って、じっと凝視しているとリベラに笑われてしまった。後ろ髪を引かれる思いでオーブンから離れ、流しの前のリベラの横に並ぶ。

「?」

 ふっと、視線を感じてサナトは辺りを見渡した。まただ。一度目は久しぶりに人間界に転移して、ベスと話した後。

「どうしました?」
「いや」

 不思議そうにリベラにのぞき込まれ、そちらに気を取られているうちに視線は消える。一度目は魔物たちだったのだろうとは思うが、今度のは何なのだろう。

 慎重に気配を探ってみたが、何も引っかからなかった。

 今度こそ気のせいだろう。そう判断し、待っている間に汚してしまった調理器具をリベラと一緒に洗ったり、手順をもう一度教えてもらいつつメモを取ってもらったりしていると、サナトの耳がかすかな音を拾った。

 カサカサカサ。

 ぎくり、とサナトの手が止まる。嫌に聞き覚えのある音だ。魔王城の調理場にもよく現れた、あの忌むべき甲虫が奏でる音によく似ている。

「リ、リベラ殿」
「はい、どうしました。何か分からないところでもありました?」
「いや、そうでなくてだな、何か聞こえなかったか」
「? 音ですか?」

 たらり、と冷たい汗がサナトの背中を伝う。カサコソという小さな音は、台所の家具の隙間を移動していて、段々と近づいてくる。

 頼む、そのままもう一度離れてどこかへ行ってくれ。

 サナトの願いも虚しく、黒き甲虫は流しの横から姿を現し、俊敏な動きで床を這った。

「出た!! 出おった! リベラ殿っ」

 サナトは椅子から立ち上がり、声を裏返らせる。

「あ、ジー! えい!」

 バン!

 リベラの脱いだスリッパが、虫を叩き潰した。

「これでよし。あれ、もしかしてサナトさん、ジーが苦手なんですか?」
「は、はははは、何を言うかリベラ殿。今のは少しふいを突かれて驚いただけでだな」

 引けていた腰を戻し、サナトは引きつっていた顔を撫でつけて余裕の笑みを浮かべる。
 
「あ、サナトさん、もう一匹」

 リベラがサナトの足元を指さした。

「ぎゃああああああ!」

 サナトはもはや恥も外聞もなく悲鳴を上げて飛び退り、リベラにしがみついた。
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