魔王様でも出来る、やさしい畑生活の始め方~レンタルした畑の持ち主は勇者一家でした~

遥彼方

文字の大きさ
26 / 34

第二十六話 魔王様、嫌な予感に見舞われる

しおりを挟む
「?」

 己を見つめる勇者の青い目に浮かぶ光の意味を測りかね、サナトは眉をひそめる。嵌められたと悔しそうに言いながらも、勇者の瞳に宿っている光は剣呑なものではなかった。

 今までの勇者は正義と敵意を剥き出しの目しか向けてこなかったものだが、一体どういうことだ。
 サナトが和平を持ちかけたからだろうか。たったそれだけで簡単に信用するのなら苦労しないのだが。

 真意を探ろうと注意を向けた途端に、さっさと視線を外されてしまう。

 食えない男だ。

 これ以上は叩いても埃一つ出しそうにないと判断し、探るのをやめた。

「まぁ、この場で勇者が魔王を殺すのは不可能だが。心配するなよ、国王様。魔王は自分の体に爆弾をぶちこんだ。女神に誓った誓約を破れば魔王は死ぬ」

 勇者がサナトの方へ顎をしゃくる。

 勇者の言葉は事実である。女神に誓いを立てた瞬間、サナトの中に女神の楔が打ち込まれた。

「そういうことだ。今後もしも誓いを破り、境界線を広げようと人間界を侵略すれば私は死ぬ。安心されよ。裏切りたくとも裏切れぬ」

 ラーイ国王の瞳に複雑な色が浮かぶが、消えた。また元の深海のような藍色に戻し、重々しく頷く。

「分かった。和平と食料供給を承諾しよう」

 サナトは大きく息を吐いた。
 ひとまずは、魔界と人間界の表面上の和解は成された。目的は達成だ。

 書状にしたためた内容は概要でしかない。後々細かく詰めていかなければならないだろう。
 書状のやり取りと側近同士の会談、場合によってはもう一度サナトと人間の王たちとの会談も設けること。それらをざっと取り決め、結界の外へ出た。

 肌にぴりぴりと来るような、女神の気配が消えて体が少し楽になる。

 結界の外には、執事服をぴしりと着こんだスケルトンが佇んでいた。

「よくぞご無事で戻られました」

 綺麗に腰を折ったスケルトンの白い頭蓋を見つめる。

 結界の外と中は、目に見える壁に隔てられているわけではない。距離も見えないほど遠くはなく、オセがずっと立っていれば十分視認できる。しかし交渉の間、オセの姿はなかったから、終わったタイミングで転移してきたのだろう。
 どうやってそのタイミングを知ったのかは分からないが、昔からこのスケルトンは見越したかのように先回りして行動する。

「うむ。ご苦労」

 オセの後ろには魔法陣が展開されていた。労いの言葉だけをかけて、サナトは魔法陣を踏んだ。ぐにゃりと空間が歪み、次の瞬間には見慣れた玉座が現れる。その玉座に倒れるようにして身を投げ出した。

 やせ我慢をして平気な顔をしていたが、かなり消耗している。
 つなぎを着ている間、サナトは転移魔法が使えない。いつもの手ぬぐいに仕込んだものは魔王城と畑のある田舎町直通なので、迎えにきてもらえて助かった。

 同じように転移してきたオセが、サイドテーブルに用意していた茶を淹れる。透明な器に入れた茶は冷えていて、飲むと少し瘴気が回復した。

 全くもって、用意がいい。

「魔王様が出かけられていた間の事でございますが」
「ああ」

 適当に続きを促し、茶をもう一口含む。ゆっくりと染み渡らせていった。

「マーヤー様がおいでになりました」
「またか」

 面倒くさい名前を聞き、サナトはうんざりと呟いた。

「まさか私の帰りを待っているということはあるまいな」

 普段でも面倒なのに今マーヤーの相手をするのは厳しい。

「それが今回はいささかいつもと違いまして……」



 時は少し遡る。

 魔王の間で『初心者でも作れるやさしい野菜の作り方』を発見したマーヤーたちは。

 サナトと魔物たちの話し殴り合いに参加していなかったため、まさか魔王が本気で農業をしているとも思わず、人間界攻略の戦略か何かだろうと勘違いしていた。

「調べるといっても、さっぱり分からないわ」

 魔王の間から本をそのまま持ってきてはサナトに気付かれてしまう。バレないように戻しておき、マーヤーは本の題名と著者を覚えて人間の本屋で同じ本を買い求めた。

 中身を見てみたが、野菜の育て方や注意点が載っているだけ。

 サナトがなにを企んでいるのか。それを調べようにも頼りになるのが本しかない。しかしこの本。適当な人間に聞いてみたところ、広く流通するありふれたもののようだ。

 数人の農家の人間に、この本について知っていることを言えと聞いたが、初心者用の農業の指南書としか知らないようだった。

「ええい、このままじゃ埒が明かないわね」
「どうします~」

 イライラと爪を噛むマーヤーに、側近の男が間延びした声で指示を仰いだ。

「ふん。分からないことを悩んでいても意味がないわ。だったら」

 噛んでいた爪から歯を離し、赤い舌でぺろりと唇を舐めた。

「ふふ。分かるやつに聞いてやろうじゃないの」
「まさか本人に、じゃないですよねぇ~?」
「当り前よ。サナトの弱点を知りたいのに本人に聞いてどうするの」

 長いまつ毛に縁どられた目で、マーヤーは冷たく腹心をみやった。

「聞くのはオセよ。サナトのことならあのスケルトンが知らない筈がないわ」

 何百年と魔王に仕えている側近のスケルトンなら、必ず知っているだろう。マーヤーは側近を伴い、数日ぶりの魔王城へ足を踏み入れた。

「はい。勿論知っております」

 いつも通り、しわ一つない執事服を着こんだスケルトンが、魔王城の広間で出迎えた。聞けば好都合なことにサナトは留守にしているという。これ幸いと問い詰めれば、あっさりと答えが返ってきた。

「企むも何もこの本は見ての通りのものでございますよ」
「……私をからかっているの?」

 どうやら真実を語る気はないらしい。やはり何か企んでいるようだ。

「まさか。からかってなどおりません。何の含みもございませんよ」

 カタカタと小さく骨が鳴る。骸骨だけであるため表情というものは読めないが、笑ったようだ。

「長らく続く人間界との戦に疲れた魔王様は、息抜きに農業を始められたのです」
「はあっ?」
「農業ぅっ!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げたマーヤーたちに、続いてオセがした説明は信じられないものだった。

 サナトが趣味で農業を始めたこと。
 農業にどっぷりとはまり、続けるために人間界と和平交渉を進めていること。

「なんてこと……!」

 どうやら自分たちが本のことを探っている間に、とんでもないことになっていたしたらしい。

「こうしてはいられないわ。行くわよ!」

 オセの説明を受け、わなわなと震えていたマーヤーはキッと顔を虚空を睨みつけた。何もない空間にサナトの顔を思い浮かべ、怒りを燃やす。

「何処へ?」
「サナトがやっているという畑よ!」

 尻と尻尾を大きく振りながら魔王城の窓を飛び出し、マーヤーは背中の翼を広げた。


「と、まあ、マーヤー様は魔王様が農業をなされると知って大層驚いておられました」
「そういえばあやつらは、あの殴り合いセットクの場にいなかったな」

 オセの報告を聞いたサナトは、疲れと嫌な予感に眉間を揉んだ。

「特に人間界との和平の方針には、激しくお怒りになり出て行ってしまわれました」
「ということは、そのうちまたここにやってくるのであろうな」

 マーヤーは魔力も大きく、魔王候補にも成り得る実力者であるが、直情的で短絡的だ。それは魔力の使い方にも顕著に出るものだから、せっかく幻影という厄介な能力があるにも関わらず、使いこなせていない。
 まあ、要するに実力があって頭も悪くないが、馬鹿である。

 どうせまた頭に血を上らせて、何も考えずに魔王城を飛び出したのだろうが。冷静になればサナトの畑が何処なのか知らないことに行き当たるだろう。そうすれば場所を聞きにまたここに戻ってくるはずだ。

 マーヤーが来るまでに少しでも回復しておかなければ。

 重い体を椅子から引きはがし、奥の寝所に行こうとサナトは立ち上がった。

「いえ。しばらくはこちらにはいらっしゃらないかと思います」
「? 何故そう……」

 思う、と言いかけて、サナトは口をつぐんだ。

「いかがなされました?」

 オセの言葉を片手で遮り、集中する。この感覚は。

「転移魔法陣を用意しろ。至急、人間界に向かう」

 ベスに渡していた隷属の指輪は、つけた相手を支配下に置くだけではない。指輪を付けた相手《げぼく》に何かがあれば、サナトあるじに報せが来るのだ。

 サナトの胸は、ざわざわと嫌な予感が這いまわっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

処理中です...