魔王様でも出来る、やさしい畑生活の始め方~レンタルした畑の持ち主は勇者一家でした~

遥彼方

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番外編 魔王様、ダイコを収穫する(挿絵あり)

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 目に染みるような青の快晴に、白い雲が浮かぶ。

 ぴぃーっひょろろ……ぉ。

 鳥の影が、青と白の空をゆっくりと旋回していた。
 空の下には畑が広がり、土の茶色と葉の緑がのどかな彩りを添えている。

 一時的に寒さの和らいだ、小春日和。

「なんだと。やるかオラァッ」
「上等だ。負けて吠え面かくなよ」

 気持ちのよい天気の畑で、サナトは元勇者と額を突き合わせて怒鳴り合っていた。

「ちぃーっす。今度は何の騒ぎっすかぁ?」

 一輪車に肥料の袋を積んでやってきたベスが、リベラに挨拶をしながら片眉を下げた。ゴトン、と一輪車を止めて肥料の袋を下ろす。

「今回はどっちが一番最初のダイコを収穫するかですね」

 注文していた肥料の袋を数え、リベラが小さく肩を竦めると、はちみつ色の金髪が揺れた。

 ダイコというのは冬の代表的な根菜である。生で食してもよし、煮込んでも漬け込んでもよしという幅広い用途から、広く栽培されている野菜だ。

 サナトがレンタルしている畑には、ずらりと植わったダイコが、青々としげった葉の下から、よく太った青首をのぞかせていた。

「ふーん。相変わらずしょーもないことで揉めてんなぁ」

 言葉通りどうでもよさそうに呟くと、ベスがリベラからチャリチャリと代金を受け取った。

「黙れ、ベス下僕。しょうもない事とは何だ。私がどれだけダイコの収穫を楽しみにしていたと思っている」

 額を突き合わせて目の前の男を睨んだまま、サナトは唸り声を上げた。

 思えば初めての土いじりで、ダイコの芽を枯らしてしまったあの絶望。あれは筆舌に尽くし難かった。

 あれからガジャ芋を育て収穫するという経験を経て、ダイコのリベンジ栽培だ。
 今度こそ枯らさないよう、手塩にかけて育てたダイコ。こまめに雑草を抜き、土寄せをしては毎日大きくなっていくダイコを眺めてきた。それ故に、ダイコへの思い入れは格別である。

「お前こそ黙れ魔王。それを言うなら、俺だって久しぶりの畑仕事なんだよ。やたらめったらと瘴気中和の魔法具を発注しやがって。お陰で結局畑仕事やれてねぇんだよ、ふざけんなよ」

 サナトの視線の先の元勇者、マルスが鼻にしわを寄せる。

 魔族は特性上、常に瘴気を体から発生させている。瘴気は普通の動植物にとって刺激が強すぎ、体調を崩させたり植物を枯らしたりしてしまう。
 そのためサナトは、瘴気を封じる女神アストライアの加護を持たせたつなぎと農帽、軍手が必須だったのだが、今はなくても過ごせるようになった。
 魔族の瘴気を中和する魔法具を、マルスが開発したからだ。

 ちなみに当の瘴気中和の魔法具は、畑のあぜ道でウィンウィンと稼働している。

「大体なぁ、もともとここは俺の畑だっての。勇者の仕事は終わって戻ってきたんだから、レンタルは終わりだ。返せ」

 マルスは農家の倅だったが、スカウトされて王都の騎士となるも、引退して畑を継ぎ普通に農夫をやっていた。しかし魔王サナトの復活により王都に召集され、勇者に選ばれてしまったという異色の経歴を持っている。

 サナトが強引に人間との和平を締結させたため、勇者をお役御免となってまた農夫に収まったのだが、和平により人間と魔族の交流が始まったお陰で瘴気中和の魔法具がバカ売れ。結局あまり畑仕事をやれていない。

 しっしっと手を振るマルスに、サナトは笑みを深めた。

「ほほう。そっちがそのつもりなら畑などする暇をなくしてやるわ。追加発注しておいてやるから作業に戻ったらどうだ、魔法具職人」
「てめえこそ、人間界との貿易関係の書類が山積みなんだろうが。腹心の骨がキレる前に魔王城で真面目に仕事してこいや、クソ魔王」

 ビキッ。サナトの額に青筋が入る。マルスのこめかみにも、くっきりと浮かんだ筋がひくつくのが見えた。

「どーでもいいけどよー。この寒空になんで上半身脱いでんだよ」

 ほじほじと耳に小指を突っ込んで、ベスが大きなあくびをした。

イラスト 遥彼方

 サナトはつなぎのチャックを全開にし、腰の辺りで垂らしている。身に着けていた肌着も脱いでいた。マルスもまた、上に着ていた作業着とシャツを脱いでいる。

 いくら小春日和だといっても今は冬。夏のように気温が高いわけでもない。ベスの疑問も当然だろう。

「そこの腹の出た中年が蒼白いひょろひょろの若造などとほざきおるから、見せてやったまでだ」
「そこの蒼白いひょろひょろの若造が腹の出た中年なんて言いやがるから、見せてやったんだよ」

 ベスの質問に答えてやったら、マルスも同時に答えを返した。お陰で互いの言葉が丸被りである。
 それが面白くなく、サナトはマルスを睨む目と額に力を込めた。
 負けじとマルスの眼光も鋭さを増す。

「おい。年長者がしゃべってんだから口つぐめや」
「ふん。歳月だけで言えば私の方が年上だ愚か者」

 見た目だけで言えば四十代前半のマルスの方が上だが、実年齢は何百年と生きているサナトの方が遥かに上だ。

「「あ”あ”!?」」

 ゴリッ。突き合わせている互いの額が鳴った。

「やはり貴様とは一度決着をつける必要があるようだな」
「奇遇だなぁ? 珍しく意見が合いそうじゃねぇか」

 サナトが低く告げるとマルスがにぃ、と笑う。

 マルスの剥き出しの大胸筋が膨らみ、肩の三角筋と上腕二頭筋が盛り上がった。サナトはクワを持っていない左腕の前腕筋に力が入る。

 筋肉と共に空気が張りつめ、バサバサと鳥が遠くへ飛び去った。

 視線だけで射殺してやる勢いで、忌々しい元勇者の顔を睨む視界の端を、はちみつ色の影が横切る。

 すぽっ。

 軽い物音がサナトの耳に入った。
 恐る恐る、音の方向へと首を向ける。

「はい、一番は私ですね」

 視線の先では、リベラが抜いたダイコをぶら下げていた。

「あああああぁ」

 楽しみにしていた収穫一番乗りを逃し、崩れ落ちる。

「おいおい、リベラ……」

 娘に抗議しようとしたマルスが、リベラのひと睨みで口を閉じた。

「二人とも」
「「はい」」

 ダイコを持ったまま、ゆっくりとリベラが両の手を腰に当てる。
 妙な威圧感にサナトとマルスは、じりっと下がった。

「サナトさん。畑は喧嘩するところですか?」
「いや、それは」
「いい加減にしないと畑の出入りを禁止にしますよ」
「すまん! それだけは!!」

 ギスギスとした人間の王たちとのやり取り。連日のように問題を起こす魔物や魔族たち。日々の職務に忙殺される魔王業である。
 そんな中で、畑は唯一の癒し。それを取り上げられたらストレスで死ぬ。

「お父さんとはもう口聞いてあげないから」
「そんな、リベラぁ、悪かったぁ!」

 冷たい一言に、娘に弱いマルスが分かりやすくうろたえる。

 結果、二人の男が畑で土下座をするという絵面が出来上がった。

「あれ? もう終わりかあ? なんだよ、賭けになんねぇじゃん」
「せっかく魔王様に賭けてたのに」

 見物を決め込んでいたベスと、いつの間にか来ていた魔族のインキュバスが、残念そうな声を出す。

「しゃあねぇ。仕切り直しだ。俺は、明日になったらまたなんかでこの二人が揉めるに賭けるぜー?」

「俺はこのお嬢さんが怖くて、明日は大人しく畑仕事に賭けるね」

 ゆらり。サナトとマルスが立ち上がる。

「ベス。お前調子乗ってんじゃねぇぞ」
「また肥溜めに落とされたいらしいな」

 そろって笑顔のまま、拳を握った。

「へっへーん。畑で暴力はご法度だせー? さっき怒られたばっかだろー?」
「そうそう。出入り禁止になるって。ねえ、お嬢さん」

 へらへらと重みのない笑みを向ける二人に、リベラがぷいっと顔を背けた。

「何でも賭け事にする人なんて、知りません」
「「えっ!?」」

 リベラの言葉を聞いた途端、サナトとマルスが動いた。一息で薄っぺらい笑みの消えた二人に詰め寄ると、がしっと片手でそれぞれの頭を掴む。

「うぎゃあああぁぁぁっ」
「ぅひええええぇぇぇっ」

 よく晴れた冬空へ、情けない二つの悲鳴と、ドボンという音が響いた。
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