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不自然な使い

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「ゼゾッラ! このグズ! まだ出来てないの!」
「申し訳ありません!」

 侍女長に怒鳴られ、ゼゾッラは雑巾を持ったままびくりと体を震わせた。慌てて今しがた拭いていた床に、額を擦りつける。

 くすんだ灰色の髪に光のない青い瞳。こけた頬に、骨の浮いた手足。
 あちこちが擦り切れたお仕着せ姿のゼゾッラは、物乞いと言われても違和感がない。由緒正しき伯爵令嬢とは、誰も思わないだろう。

 怒鳴られたのは、廊下の床を顔が映るほどに磨いている最中だった。屋敷の端から端までと言われていたけれど、早朝から昼までで、まだ三分の一しか終わっていない。

 ゼゾッラはずんと気持ちが重くなった。

 これから仕事が遅いことを、ねちねちと説教されるのだろう。
 たった一人で、屋敷の廊下を全てピカピカに磨き上げるなんて、数日かかる。
 にもかかわらず、半日でまだ出来ていないのかだなんて、嫌がらせでしかないのだ。

「ちっ。これだからのろまは。続きは後でやりなさい。奥様がお呼びよ」
「はい」

 覚悟していた説教は始まらなかった。

 ずっとしゃがんでいたからか空腹のせいなのか、立ち上がるとふらついたが、なんとか踏ん張る。体調の悪いそぶりを見せると、『甘えている』『仮病』だ、などと折檻されてしまう。

 ゼゾッラの母は十歳の時に儚くなり、三年後に父が再婚。その一年後に父が亡くなってから、数日で後妻のクチーレは伯父と再婚した。

 父の死後、ゼゾッラの居場所は完全になくなり、使用人たちよりも下の存在として扱われている。

 毎日夜が明ける前から仕事を言いつかり、みなが寝静まるまで働いている。
 食事は残飯にありつければまだいいが、全くとれないこともざらだった。

 邸宅の様子もすっかり変わった。調度品は落ち着いた色合いのものから、色も装飾も派手なものが多くなった。長く仕えてきた信用のある使用人たちは解雇され、顔ぶれもすっかり入れ替わってしまった。

「相変わらず小汚いわね」

 侍女長に連れられてクチーレの私室に入るなり、顔をしかめられた。

「今からゼゾッラに湯あみをさせて、これに着替えさせなさい」
「……ゼゾッラに、ですか?」

 大きく目を開いた侍女長が、信じられないものを見るようにゼゾッラとクチーレを交互に眺めた。

 ゼゾッラも同じ気持ちだ。
 湯あみだなんて何年もしたことがない。濡らした布切れで体を拭くのがせいぜいだった。使用人に湯を使うだなんて贅沢は許されていなかったから。

 しかも差し出された着替えは、使用人のお仕着せではなく、義姉のドレスだ。
 一度着ただけで気に入らないと言って隅においやってはいたが、それなりに上等なドレスである。使用人以下であるゼゾッラが着るようなものではない。

「そうよ。ペンタメローネ子爵に手紙を渡してほしいの。それなりに見えるようにしなくちゃ体裁が悪いでしょ」
「左様でございますか」

 釈然としない様子で、侍女長が頷いた。どんなに変でもクチーレの言うことは絶対だ。クチーレが白を黒と言えば黒なのだ。

「急ぎだから特別に馬車を使わせてあげるわ」
「え!?」
「文句あるの?」
「いいえ!」

 慌てて首を横に振る。

 てっきり徒歩だと思っていたので驚いてしまった。
 よくよく考えればドレスを着て子爵領まで歩くのは無理がある。体裁を保つためにドレスを着て行くのに、徒歩では汚れてしまう。それでは本末転倒だ。
 でも、なぜわざわざそこまでして、ゼゾッラに行かせるのかが分からない。

「まったく。馬鹿は「はい」だけ言っていればいいのよ。ちゃんと見られるように髪も整えて行くのよ」
「はい」

 侍女長もゼゾッラも色々と腑に落ちないものの、クチーレの言う通りにした。
 ゼゾッラは侍女長や他の侍女たちにぶつぶつと文句を言われながらも、数年ぶりに身なりを整えて、ペンタメローネ子爵領へと出立した。
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