拝啓、死んだ方がましだと思っていた私へ。信じられないでしょうけど、今幸せよ。

遥彼方

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売られるくらいなら死んだ方がまし

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 なんだか嫌な予感がする。
 馬車で揺られながら、ゼゾッラは己の肩を抱いた。ぶかぶかのドレスも、久しぶりにはくヒールの高い靴も落ち着かない。

 馬車は使用人の使うものではなく、伯爵家の紋章の入った馬車だった。
 御者と護衛騎士までいる。使用人以下のゼゾッラには破格の待遇なのが、余計に気持ちが悪い。御者と護衛騎士がにやにやとゼゾッラを見ていたのも気になった。

 伯爵領を抜けてペンタメローネ子爵領に入った時には、真夜中になっていた。
 早朝から働きづくめで疲れているにもかかわらず、ゼゾッラは緊張のあまり眠ることもできずに、真っ黒な外を眺めていた。
 きしむ車輪の音と、黒々とした影を落とす木々、獣の声が不気味で怖い。

 ガタン。急に馬車が止まった。
 場所は伯爵領と子爵領の境の森だ。御者や護衛騎士たちの休憩だろうか。
 そっと窓から様子をうかがうと、彼らは元来た道を引き返していた。馬車からどんどん遠ざかっていく。

「待って」

 ゼゾッラは馬車から出ようとした。しかしドアに何かが引っかかっているのか、ガチャガチャと揺れるだけで開かない。

 嫌な予感がどんどん強まっていく中、森の中からいくつかの影が出てきた。人だ。あまり人相のよくない男たちが、うすら笑いを浮かべて馬車の方に向かってくる。

「きゃあっ」

 ドアに引っかかっていた何かをあっさりと外して、男たちがゼゾッラを引っ張り出した。男の一人が木の棒を持っている。あれを取っ手にはさんでいたのだろう。だから開かなかったのだ。

「おいおい、こいつ本当に伯爵令嬢か? ガリガリじゃねえか」

 ゼゾッラの手首を掴んだ男が、太い眉を上げた。

「んんー、いや。こいつはちゃんと手入れして太らせりゃ上玉になるぜ」

 別の男がゼゾッラの顎を掴んで顔を寄せた。酒臭い息がかかる。

 ゼゾッラは震えた。
 男たちはどう見てもまっとうな人間じゃない。

 急に着飾らされたこと。にやにやと笑っていた御者と護衛騎士。都合よく現れた賊。
 伯爵家の馬車を使わせたのは、盗賊への目印か。伯爵令嬢の不幸な事故を演出するためか。
 クチーレは伯爵家の正当な血筋であるゼゾッラを一生飼い殺すでも殺害するでもなく、売り払うことにしたのだ。

 そういえば数週間前、第一王子主催の舞踏会の招待状が届いていた。

 第一王子は病弱で、ずっと社交界に顔を出していない。婚約者もまだいなかった。
 今回の舞踏会は婚約者を選ぶために違いないと、姉たちが鼻息を荒く、新しいドレスをねだっていた。
 けれど伯爵家は伯父と継母や義姉の散財で借金まみれ。高利貸しにも手を出していて、もめていたのを何度も見た。ドレスを買うお金はないはずなのに、三日前義姉たちがデザイナーを家に呼んではしゃいでいた。

 ゼゾッラは、ドレス代のために売られたのだ。

 ぽろり、と涙がこぼれた。
 たった二着のドレス。ゼゾッラの価値はそれだけ。

 どうせあのまま伯爵家にいても、一生こき使われて死ぬ運命だった。
 けれど、これはあんまりだ。

 このまま売られればどんな目に合うのか、考えたくもない。きっと死んだ方がましだ。
 だったらもうなんでもいい。足掻けるだけ足掻いてやる。

 ゼゾッラは思い切り、ヒールで目の前の男の股間を蹴った。その足を素早く戻して、手首を掴まえている男の足を踏み抜く。

「ぎゃああ!」
「痛ええ!」

 目の前の男が、悶絶する。
 手首を掴まえていた男も、悲鳴を上げてゼゾッラから手を放した。その隙に走る。

「このアマァッ」
「ぶっ殺す」
「だはは! 何やってんだ」
「商品殺すんじゃねえぞ。捕まえろ!」

 ゼゾッラは必死に走ったが、あっという間に捕まった。
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