拝啓、死んだ方がましだと思っていた私へ。信じられないでしょうけど、今幸せよ。

遥彼方

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バジーレの願い

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 参った。重傷だな。
 自分で自分に呆れて、バジーレは苦笑した。

 ゼゾッラを見つけたのは、ヴェントとアルベロだ。

 バジーレは別にゼゾッラを必要としていなかった。
 主がいた方が精霊は真価を発揮するが、いなくても力は振るえる。二体の精霊は主不在でも十分に強い。
 だが、二体の精霊にそっぽを向かれては困る。虐げられていたゼゾッラが昔の自分に重なったこともあって、彼女を保護することにした。

 ただそれだけだったはずなのに、気がつくとゼゾッラの一挙手一投足から目が離せない。彼女の声が心地よくて、彼女の表情が眩しくて、彼女の匂いが落ち着く。
 彼女に触れたくて、つい手を伸ばしてしまう。そうして、近づいてはいけないと我に返る。

 心と体の弱っている人間につけこんで、利用するのはずるいことだ。血塗られた己の運命に巻き込んではならない。
 そう自制して無表情の仮面を被り直すのだが。ゼゾッラといるとつい緩んでしまう。

 ヴェントとアルベロの調べから、ゼゾッラの置かれていた境遇は大体把握している。

 伯爵家で彼女は酷い扱いを受けていた。
 彼女との出会いも、最悪の状況だった。さっさと現場を離れていった御者と護衛騎士と、待ち構えていた盗賊たち。誰の仕込みかなど調べなくても分かる。

 ゼゾッラの身の安全を思えば、伯爵家に帰すなどできない。ここで保護することが彼女のためだった。

 そして、彼女のためなら、そろそろ手放してやった方がいい。
 分かっているのだが。踏ん切りがつかないでいる。

『おいおいおいおい、バジーレ! 何やってんだよ、おめーはよぅ!』
「何がだ」

 二週間ほどたったある日、ヴェントが突然ブチ切れた。

『何がだじゃねぇよう。舞踏会まであとたった二か月だぞ。なっんの準備もしてねーか』
「している」

 そもそも舞踏会を仕組んだのはバジーレだ。準備は何年も前から進めている。

『そっちの準備じゃねぇよ。お嬢さんのだよ。お嬢さんの。この朴念仁め』

 ぴたり、とゼゾッラが入れてくれた香草茶を飲んでいたバジーレは動きを止めた。

『あー、じれってえなあ! 俺らを呼んだ時のあのギラギラしたガキはどこいったよ』
「ここにいる」

 即答してから茶を置いた。

「だが、そうだな。潮時だ。彼女の準備もしなければな」

 ヴェントのおかげで踏ん切りがついた。
 伯爵令嬢だから平民としての暮らしは無理だと思っていたが、ゼゾッラは家事全般をかなりの練度でこなす。読み書き計算も問題ない。あれならどこに行っても生きていけるだろう。

『おい、ちょっと待て。俺の言ってる準備と違くね?』
「ああ。復讐の準備はもう済んでいる。彼女がいなくてもいい」

 主であるゼゾッラがいなくても、目的をやり遂げるまでヴェントとアルベロは付き合ってくれる。そういう契約だ。

『ばっ、この馬鹿!』

 ぶわっと羽を逆立てる白鳩を無視して、バジーレは椅子から腰を上げた。ここから出て行くように告げるために。

「アルベロ?」

 ナツメの木が、バジーレの前にわさわさと枝を広げていた。いやいやをするように、ふるふると横に震えると、木の幹に亀裂が入った。
 亀裂がゆっくりと開く。

『ばじーれの、ねがいは、ふくしゅう、ちがう』
「は。復讐でなければ、愛国心か?」
『それもちがう。ばじーれ、わかってる』

 バジーレはアルベロから顔を背けた。
 六年前、強く願った。自分をこんな目に遭わせた人間への怒りと恨みに身を焦がされながら、脳髄を真っ赤に燃やしながら。復讐を誓った。

 バジーレの血と願いに、精霊は応えた。
 復讐の誓いに覆われて、心の奥底にくすぶる願いに。

 復讐が願いのための通過点なら手を貸そうと、幼いバジーレと仮契約を結んだ。

『ぜぞっらも、おなじ。いっしょ』
『そうだそうだ! だいたいな、「お嬢さんのため」って、勝手に決めて勝手に動くのは、自己満足の有難迷惑だっての。小難しいことばっか考えてないで、素直になれよ。禿げるぜ』
「最後の一言は余計だ」

 人差し指でアルベロの枝にとまった白鳩を軽く小突く。行く手を塞いでいた木の枝がしゅるしゅると戻った。

「ありがとう」

 扉を閉めると、バジーレはゼゾッラの元へ駆け出した。
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