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恋という病
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バジーレの住居はジュッジョレ公爵領の端にある森の中の寂びれた屋敷だった。チェネレ伯爵家、ペンタメローネ子爵領とジュッジョレ公爵領は隣接しているのだ。
元は貴族の別荘として使われていたようだが、数十年と放置されていたのをいいことにバジーレが勝手に住み着いたのだという。
貴族の別荘なだけあって広く、部屋数も多かった。ただ、使っている数部屋以外は埃と蜘蛛の巣だらけだ。
元の持ち主が来たりしないのかと心配したが、住んで六年、誰も訪ねて来なかったそうだ。
どう見ても幽霊屋敷にしか見えないし、敷かれていた道もすっかり木や草で塞がっている。元の持ち主も忘れてしまっているのだろう。
ゼゾッラは毎日屋敷の掃除とバジーレと自分の洗濯や料理をして過ごした。
働きっぷりをバジーレに驚かれたが、伯爵家ではこの倍の仕事をしていた。心配もされたが、これくらい今までのことを思えば朝飯前だ。
楽しくて楽しくて、辛さなどまったく感じなかった。いつもそばにはヴェントとアルベロがいて、面白おかしく話をしたり手伝ってくれる。バジーレも何かするたびにぶっきらぼうな口調で礼を言ってくれる。
バジーレは不思議な人だ。
治癒魔法をかけてもらったから、バジーレが魔法使いなのは確かだが、国に登録はしていないようだ。
魔法使いは貴重なので、もし登録していればこんな幽霊屋敷でくすぶってはいない。役職はピンキリだが国に召し抱えられる。
国に召し抱えられれば、それなりに安泰なのに登録していないのは、何か事情があるのだろう。
バジーレの事情を知ろうとは思わないけれど、彼の所作や姿勢から、品格と優美さを感じる。髪もひげも伸ばし放題だけど、近くで見ると目鼻立ちが整っていた。
それに時々バジーレを訪ねてくる壮年の男がいるのだが、質素な身なりをしているものの、平民ではない雰囲気をしていた。しかも彼のバジーレに対する態度は、目上の人へのようだった。
もしかすると、バジーレの身分はかなり上なのでは。魔法使いの登録をしていないのも、家を継ぐためなのではないのだろうか。
そうだとすれば。
いつかバジーレは、ゼゾッラなんかが手の届かない雲の上の人になる。
きゅううっと胸が痛くなって、ゼゾッラは胸を押さえた。
不愛想でつっけんどんなバジーレだが、ふっと笑みを見せる時がある。
ねぎらうように、頬や頭を撫でてくれることもあった。すぐに手を引っ込めてそっぽを向いてしまうけど、そんなところも心がきゅっとなる。
この感情はなんだろう。
「ゼゾッラ、どうした!? 苦しいのか?」
「ひゃいっ」
真後ろから声をかけられ、ゼゾッラは飛び上がった。
「胸を押さえていたが、具合が良くないのか」
「平気です」
「君は平気でなくても平気だと言う」
背中と足裏に腕が回されたと思ったら、ふわりと体が浮いた。ゼゾッラを抱き上げたバジーレがすたすたと歩き始める。
「本当に平気です」
「嘘をつけ。顔が赤い」
「これは‥‥‥」
「ん?」
あなたのせいです、とは言えずに黙ると、バジーレにじっと見つめられて、ますます頬が熱くなった。
顔が近い。思ったよりもがっしりとした腕や硬い胸が気になってしかたない。頬も体も熱い。心臓が早鐘を打つ。
確かに病気かもしれない。
恋、という。
元は貴族の別荘として使われていたようだが、数十年と放置されていたのをいいことにバジーレが勝手に住み着いたのだという。
貴族の別荘なだけあって広く、部屋数も多かった。ただ、使っている数部屋以外は埃と蜘蛛の巣だらけだ。
元の持ち主が来たりしないのかと心配したが、住んで六年、誰も訪ねて来なかったそうだ。
どう見ても幽霊屋敷にしか見えないし、敷かれていた道もすっかり木や草で塞がっている。元の持ち主も忘れてしまっているのだろう。
ゼゾッラは毎日屋敷の掃除とバジーレと自分の洗濯や料理をして過ごした。
働きっぷりをバジーレに驚かれたが、伯爵家ではこの倍の仕事をしていた。心配もされたが、これくらい今までのことを思えば朝飯前だ。
楽しくて楽しくて、辛さなどまったく感じなかった。いつもそばにはヴェントとアルベロがいて、面白おかしく話をしたり手伝ってくれる。バジーレも何かするたびにぶっきらぼうな口調で礼を言ってくれる。
バジーレは不思議な人だ。
治癒魔法をかけてもらったから、バジーレが魔法使いなのは確かだが、国に登録はしていないようだ。
魔法使いは貴重なので、もし登録していればこんな幽霊屋敷でくすぶってはいない。役職はピンキリだが国に召し抱えられる。
国に召し抱えられれば、それなりに安泰なのに登録していないのは、何か事情があるのだろう。
バジーレの事情を知ろうとは思わないけれど、彼の所作や姿勢から、品格と優美さを感じる。髪もひげも伸ばし放題だけど、近くで見ると目鼻立ちが整っていた。
それに時々バジーレを訪ねてくる壮年の男がいるのだが、質素な身なりをしているものの、平民ではない雰囲気をしていた。しかも彼のバジーレに対する態度は、目上の人へのようだった。
もしかすると、バジーレの身分はかなり上なのでは。魔法使いの登録をしていないのも、家を継ぐためなのではないのだろうか。
そうだとすれば。
いつかバジーレは、ゼゾッラなんかが手の届かない雲の上の人になる。
きゅううっと胸が痛くなって、ゼゾッラは胸を押さえた。
不愛想でつっけんどんなバジーレだが、ふっと笑みを見せる時がある。
ねぎらうように、頬や頭を撫でてくれることもあった。すぐに手を引っ込めてそっぽを向いてしまうけど、そんなところも心がきゅっとなる。
この感情はなんだろう。
「ゼゾッラ、どうした!? 苦しいのか?」
「ひゃいっ」
真後ろから声をかけられ、ゼゾッラは飛び上がった。
「胸を押さえていたが、具合が良くないのか」
「平気です」
「君は平気でなくても平気だと言う」
背中と足裏に腕が回されたと思ったら、ふわりと体が浮いた。ゼゾッラを抱き上げたバジーレがすたすたと歩き始める。
「本当に平気です」
「嘘をつけ。顔が赤い」
「これは‥‥‥」
「ん?」
あなたのせいです、とは言えずに黙ると、バジーレにじっと見つめられて、ますます頬が熱くなった。
顔が近い。思ったよりもがっしりとした腕や硬い胸が気になってしかたない。頬も体も熱い。心臓が早鐘を打つ。
確かに病気かもしれない。
恋、という。
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