拝啓、死んだ方がましだと思っていた私へ。信じられないでしょうけど、今幸せよ。

遥彼方

文字の大きさ
5 / 9

恋という病

しおりを挟む
 バジーレの住居はジュッジョレ公爵領の端にある森の中の寂びれた屋敷だった。チェネレ伯爵家、ペンタメローネ子爵領とジュッジョレ公爵領は隣接しているのだ。
 元は貴族の別荘として使われていたようだが、数十年と放置されていたのをいいことにバジーレが勝手に住み着いたのだという。
 貴族の別荘なだけあって広く、部屋数も多かった。ただ、使っている数部屋以外は埃と蜘蛛の巣だらけだ。

 元の持ち主が来たりしないのかと心配したが、住んで六年、誰も訪ねて来なかったそうだ。
 どう見ても幽霊屋敷にしか見えないし、敷かれていた道もすっかり木や草で塞がっている。元の持ち主も忘れてしまっているのだろう。

 ゼゾッラは毎日屋敷の掃除とバジーレと自分の洗濯や料理をして過ごした。
 働きっぷりをバジーレに驚かれたが、伯爵家ではこの倍の仕事をしていた。心配もされたが、これくらい今までのことを思えば朝飯前だ。

 楽しくて楽しくて、辛さなどまったく感じなかった。いつもそばにはヴェントとアルベロがいて、面白おかしく話をしたり手伝ってくれる。バジーレも何かするたびにぶっきらぼうな口調で礼を言ってくれる。

 バジーレは不思議な人だ。
 治癒魔法をかけてもらったから、バジーレが魔法使いなのは確かだが、国に登録はしていないようだ。
 魔法使いは貴重なので、もし登録していればこんな幽霊屋敷でくすぶってはいない。役職はピンキリだが国に召し抱えられる。
 国に召し抱えられれば、それなりに安泰なのに登録していないのは、何か事情があるのだろう。

 バジーレの事情を知ろうとは思わないけれど、彼の所作や姿勢から、品格と優美さを感じる。髪もひげも伸ばし放題だけど、近くで見ると目鼻立ちが整っていた。

 それに時々バジーレを訪ねてくる壮年の男がいるのだが、質素な身なりをしているものの、平民ではない雰囲気をしていた。しかも彼のバジーレに対する態度は、目上の人へのようだった。

 もしかすると、バジーレの身分はかなり上なのでは。魔法使いの登録をしていないのも、家を継ぐためなのではないのだろうか。

 そうだとすれば。
 いつかバジーレは、ゼゾッラなんかが手の届かない雲の上の人になる。

 きゅううっと胸が痛くなって、ゼゾッラは胸を押さえた。

 不愛想でつっけんどんなバジーレだが、ふっと笑みを見せる時がある。
 ねぎらうように、頬や頭を撫でてくれることもあった。すぐに手を引っ込めてそっぽを向いてしまうけど、そんなところも心がきゅっとなる。
 この感情はなんだろう。

「ゼゾッラ、どうした!? 苦しいのか?」
「ひゃいっ」

 真後ろから声をかけられ、ゼゾッラは飛び上がった。

「胸を押さえていたが、具合が良くないのか」
「平気です」
「君は平気でなくても平気だと言う」

 背中と足裏に腕が回されたと思ったら、ふわりと体が浮いた。ゼゾッラを抱き上げたバジーレがすたすたと歩き始める。

「本当に平気です」
「嘘をつけ。顔が赤い」
「これは‥‥‥」
「ん?」

 あなたのせいです、とは言えずに黙ると、バジーレにじっと見つめられて、ますます頬が熱くなった。
 顔が近い。思ったよりもがっしりとした腕や硬い胸が気になってしかたない。頬も体も熱い。心臓が早鐘を打つ。
 確かに病気かもしれない。
 恋、という。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

妹なんだから助けて? お断りします

たくわん
恋愛
美しく聡明な令嬢エリーゼ。だが、母の死後に迎えられた継母マルグリットによって、彼女の人生は一変する。実母が残した財産は継母に奪われ、華やかなドレスは義姉たちに着られ、エリーゼ自身は使用人同然の扱いを受ける。そんなある日――。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

あなたがそのつもりなら

素亭子
恋愛
リリアーナはランス侯爵からの求婚をうけて結婚したが、わずか一年で夫は愛人を持った。リリアーナの仕返しの話です

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について

いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。 実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。 ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。 誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。 「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」 彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。 現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。 それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。

処理中です...