拝啓、死んだ方がましだと思っていた私へ。信じられないでしょうけど、今幸せよ。

遥彼方

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ここにいていい

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 目を覚ますと、胸の上に白鳩がちょこんと乗っていた。頭の上にはナツメの木が揺れている。

「ヴェントさん、アルベロさん?」
『よう、お嬢さん』

 名前を呼ぶと、白鳩がぴっと片方の翼を上げ、嬉しそうに木が揺れた。
 古びた天井と壁の、簡素な部屋だ。ベッドと小さなテーブル、椅子が一つと本棚があるだけ。他は何もない。
 椅子には腕組みをしたバジーレが腰かけていた。

「目が覚めたか。気分は?」
「バジーレ様。この度は重ね重ね助けて頂きありがとうございます」
「まだ起きなくていい」

 慌てて体を起こそうとすると、バジーレに肩を押さえられた。

「殴られた頬と体の傷は治癒魔法で治したが、体力は戻せない。今日一日は寝ていた方がいい」
「そんなわけには参りません」
「いいから。君に何かあるとこいつらがうるさくてかなわない」

 腕を組み直したバジーレが深々とため息をつく。

『おうよ! なにせお嬢さんは俺らの主だからな』
「あるじ? 主はバジーレ様ではないのですか」

 ゼゾッラは首を傾げた。
 ヴェントとアルベロはてっきりバジーレの使い魔か何かだろうと思っていたのけれど、違うのだろうか。

「残念ながら違う。こいつらは精霊で、協力関係にはあるんだが契約していない」
『俺たちはそんじょそこらの精霊とは格が違うからな! 主は選ぶ』

 ヴェントがひっくり返りそうなほど胸を張り、アルベロがわさわさと枝を揺らす。

「お前たち」

 バジーレがにゅっと両手を伸ばし、白鳩と木の枝を掴んだ。自分の方に引き寄せてなにやらぼそぼそと話す。三人? はそのまま小さな声で話し合った後、バジーレが「よし」と頷き、ヴェントとアルベロから手を放した。

「主がどうのは気にしなくていい。君、名前は」
「ゼゾッラ・チェネレと申します」
「ゼゾッラ。君が乗っていた馬車はチェネレ伯爵家の紋章があったが」
「はい」

 ゼゾッラは目を伏せた。バジーレは面倒ごとはごめんだと言っていた。何があったのかを話して巻きこんではいけない。
 バジーレが、ちらりとゼゾッラに視線を送ってからすぐに戻すと口を開いた。

「他に行く当てはあるのか」
「ありませんが‥‥‥」
「なら、しばらくここにいるといい」
「いいえ。そこまでしていただくわけには参りませ‥‥‥」

 ゼゾッラは首を横に振る。これ以上お世話になるわけにはいかない。

『はああああ? 「ここにいるといい」じゃねーよ。この馬鹿バジーレ!』
「うおおっ!?」

 ヴェントがばさばさと翼をはばたかせた。ナツメの木の枝がバジーレをべしべしと叩き、つむじ風がバジーレをもみくちゃにする。

「何をする!」
『何をするじゃねーよ。お嬢さんに偉そうにするんじゃない。お嬢さん!』
「はいっ」
『俺たちお嬢さんと離れたくない。ここから出て行くんなら、もっとバジーレをめちゃくちゃにしてやるからな』
「なんだその脅迫は‥‥‥」
『駄目か。じゃあ』

 前よりもぼさぼさになったバジーレが白い目を向けると、ヴェントがころんとゼゾッラの上で、あおむけにひっくり返った。

『やだやだやだやだ。出て行かないでくれよう』
「……駄々っ子か」
『ゼゾッラがいてくれるって言うまで止めないからなぁぁぁ』

 翼をばたつかせ、ほろほろと涙を流すヴェントにバジーレがため息をついた。アルベロも今にも枯れそうなくらい、葉っぱや幹を萎れさせている。

「……この通り、君がいなくなると困る。いてくれないだろうか」
「いいのですか」

 ゼゾッラはぱちぱちと目を瞬いた。伯爵家には戻れない。かといって、どこにも知り合いがいないゼゾッラとしては渡りに船だった。

「ああ。そうしてくれると助かる」
「よろしくお願いします」
『やったぁあ』

 起き上がった白鳩の翼と木の枝がハイタッチ。白鳩がぴょんぴょんと軽快に跳ね、萎れていた木葉が青々と茂り、踊った。

 ゼゾッラの瞳に嬉し涙がにじむ。しかめっ面のバジーレがくしゃくしゃのハンカチで涙を拭ってくれた。ごわごわとしていたけれど、ひだまりの匂いがした。
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