琥珀の夢は甘く香る ~アンバーの魔女と瞳に眠る妖魔の物語~

遥彼方

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依頼1ー熱気と闇を孕む商業国ナナガ

上質なお茶と高級菓子

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「そ、それでは僕はこれで失礼します!」
 地面に踞っていたポルクスが、嘆いている場合ではないと我に返る。ポルクスの任務はコハクの案内だ。ここまで案内したのだから、退場するなら今だった。
 踵を返したポルクスだが、数歩も行かずに誰かへぶつかる。

「すみませんっ」
 慌てて謝るポルクスの目に飛び込んできたのは、日頃新聞でよく見る顔。
 白く染まった癖っ毛に、着崩したジャケット、首に巻かれたスカーフが似合う、くわえ煙草の粋な老人だ。後ろには商人らしき男が数人いる。

「なんでえ、兄ちゃん。うちに何の用だ?」
 アングレイ商会の会頭、ダグス・ハラーナ・アングレイその人だった。


「何でこんなことに……」
 すっかり逃げるタイミングを逃したポルクスが、力なく頭を垂らして、やたらと体が沈みこむソファーに腰かけていた。
 数人の商会の人間と共に帰宅したダグスは、コハクたちを応接間で待たせて行ってしまった。応接間へ至る短い間だけで、ダグスは指示を仰ぎに来る商人や使用人とやり取りを交わし、懐にある通信機器が鳴っていた。
 マギリウヌ国産の最新機器である携帯用通信機器で、ダグスはいち早く商会に取り入れたらしい。

 コハクはテーブルに置かれた繊細な柄のティーカップを口元へ運ぶ。カップに揺れる鮮紅色の茶は、ふわりと湯気を立ち上らせ、芳しい香りを鼻へ抜けさせた。

「美味しい」
 天然の樹木を活かしたテーブルの上に置かれた茶菓子にも手が伸びる。ホロリとほどける口当たりに、品のいい甘味と香りが広がった。こちらも美味しい。

「いつも飲んでるお茶と全然色と香りが違う。これ、一体いくらするんでしょう …… 」
 ポルクスは高級そうな茶と菓子を前に戦々恐々だ。そもそも器からして見るからに高そうで、触ることすら躊躇われる。

「出してあるんだから有り難く頂けばいいのよ。値段なんて気にするものじゃないわ」
「そ、そうですね」

 コハクの言葉に、ポルクスは恐る恐る菓子と茶に手を伸ばした。一口飲んで驚愕し、カップを置く。

「今まで飲んだことのない味がした……!」

「なになに? ポルクスの口には高級すぎて合わない? 要らないなら貰うよ」

 感動に震えるポルクスの横から、ハルの手が伸びて菓子をかっさらい、口の中へ放り込んだ。ちなみに、テーブルの皿はとっくに空になっている。

「あああああああ」
 今後口にすることが出来るかどうかの高級菓子を奪われ、ポルクスは後悔に呻いた。知ってか知らずか、さっさと菓子を食べ終えたハルは、上機嫌でお茶を啜っている。

「いちいち大袈裟な奴らだ」
 優雅に茶を飲むホムラはこのやり取りに呆れ顔だ。

 肩を落として「せめてこれだけは味わおう」と独りごち、お茶を飲んでいるポルクスをコハクは眺めた。

 おかしな人だと思う。

 東邦の魔女相手にガチガチに緊張していた若い新米隊員。明らかに妖魔に恐怖していたのに、妖魔に銃口を向けたことを謝った。石を受け取った女を見て涙を流し、使役されているとはいえ、ごく普通に妖魔であるハルと接している。

「? 何ですか、コハクさん」
「別に」
 コハクの視線に気付いて、不思議そうにするポルクスに短い応答を返す。いつの間にか上がっていた口元を戻した。

 ガチャリとドアが開く音に、ポルクスは飛び上がって驚き背筋を伸ばす。
 入って来たのはダグスだ。

「悪い、悪い。待たせちまったなあ」
 彼はソファーへ深く体を預けると、天井を仰いでふーっと煙草の煙を吐き出した。

「で? うちに妖魔の宿主がいるって?」
 くしゃりと鮮やかな陶器の灰皿で煙草の火を揉み消し、ニヤリと笑った。面白がってこちらを見る薄い緑の瞳は、コハクという人間を値踏みしている。
 ダグス・ハラーナ・アングレイという老人は、治安維持警備隊の第一部隊長などよりも、余程油断がならない。コハクはそう直感した。

「自慢じゃないがうちは財力、影響力共にでけぇ。間違いでしたじゃ済まねえぞ。ミズホ国『珠玉』、コハクさんよ」

 コハクを測るダグスの視線へ、真っ向から挑んだ。商業国で一、二を争う商会の会頭が纏う空気は歴戦の戦士を思わせる。引けば負ける。

「ええ、ご心配なく。うちのハルは間違わないから」
 自分の使役する妖魔への疑いなど、コハクは元々持ち合わせていない。

「成る程。流石は妖魔狩り。肝が据わってやがる」

 ダグスは己の顎を撫でながら、深い笑い皺を作った。
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