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依頼1ー熱気と闇を孕む商業国ナナガ
宿主は誰だ?
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ポルクスの横で機嫌良く尻尾を揺らすハルを見る、屋敷で働く人間たちの目に浮かぶのはやはり恐怖と嫌悪だ。同じ目はコハクとホムラにも向けられる。
ダグスと会談した応接間には、レイモンドが集めた屋敷の使用人たちが、コハクたちを胡乱な目で見ていた。
コハクはそんな彼らを順番に視ていく。人数が多いので部屋に数人ずつ、順に入ってもらった。
「いないわね」
最後の数人に瞳を凝らせど、妖魔の気配は全くない。時折気配をさせない妖魔もいるにはいるが、そんなものは滅多にお目にかからない。可能性としては除外してもいいだろう。
「でしたら、今度は屋敷にお住まいの方々になりますか。この屋敷には先ほど会われた旦那様、奥様、お嬢様が暮らしておられます。お嬢様はただ今学校へ行かれておりますので、奥様の所へご案内いたしましょう」
きびきびと歩くレイモンドへ付いて行く。広く長い廊下を飾るのは、様々な国の調度品だった。普通は統一感のないそれらは、色合いと形をそれぞれ馴染ませ、不思議と引き立てあっている。
屋敷のやや奥まった所へ案内されると、それまでの様子と趣が変わった。やたらときらびやかな装飾品と、ピンク色の調度品。レイモンドが立ち止まったドアは、一際意匠が凝っていて、金具の部分には金が使われていた。
繊細な透かし彫りの部分を避けてレイモンドがノックする。
「奥様、先ほどお伝えした妖魔狩りのコハク様がいらっしゃっております」
「まあ。嫌だ、本当に来たの?どうしても会わないといけない?」
ドアの向こうの女の声には、あからさまな嫌悪と侮蔑が滲んでいた。
「人を喰い殺す妖魔がいるかもしれないのよ。貴女だって早く解決して安心したいでしょう?」
「……いいわ。入りなさい」
ドア越しのコハクの言葉に、渋々といった声で許可が出た。
ドアを開けて脇へ控えるレイモンドの前をすり抜け、コハクは部屋に入る。
甘ったるいアロマと、あちこちに飾られた薔薇の花の香りが混ざり合う。ピンク色で統一された部屋の主は、ソファーに腰掛け爪の手入れをしながら、不機嫌そうにコハクを睨めつけた。
三十代後半の美しい女だった。豊満な身体を強調する大きく胸元の開いた衣服は、ナナガで流行のレース仕立てのものだ。長い脚を見せつけるように組んで、脇に入ったスリットから惜し気なく晒していた。
「お前が東邦の魔女ね。みずぼらしい小娘だこと。ああ嫌だ」
彼女のあからさまな嘲笑をコハクは一瞥する。それで十分、もう用はなかった。くるりと踵を返してドアへ向かう。
「どうやら違うようね。ありがとう、失礼したわ」
レイモンドへ向けてそう言うと、無視されて唖然とする女を置き去りに、さっさと部屋を後にした。
レイモンドが慌てたように、奥様とやらへ退出の旨を伝えてそっとドアを閉める。壁越しに女の怒鳴り声と何かがぶつかる音、陶器の割れる音がして、掃除道具を持った使用人が血相を変えて飛んで来た。
廊下では、ポルクスが引きつった顔でコハクを見ていた。
「なんというか、コハクさんの精神力ってどうなってるんです?」
「別に普通よ」
当たり前の事を言ったのに、ポルクスの反応は苦虫を噛み潰したような表情だ。
「僕の経験上、ああいう女性って何かとややこしいですよ。うちの部隊にクレームつける人たちの雰囲気とそっくりでした」
ポルクスは寒いのか、両腕を擦った。
「しかも何故かそういうクレームばっかり、僕にお鉢が回ってくるんですよ」
厄介事ばかりを押し付けられ、貧乏クジを引く彼の姿がコハクには容易に想像できた。今ここにいることも、そういった理由からだろう。
戻ってきたレイモンドへ、コハクは確認する。
「後はお嬢様ね。学校だったかしら?」
「はい。夕方にはお戻りになられますが」
奥様とのやり取りで若干疲れたような執事長を見上げる。僅かに浮かんだ彼への同情は刹那で消え去り、コハクはいつもの調子で淡々と物事を進める。
「お嬢様の部屋を見せて貰える?」
レイモンドは直ぐに承諾し案内した。先程の部屋から廊下を少し戻り、執事長に示された部屋を許可を貰って入れてもらう。
「ハル、どう?」
「間違いないよ、コハク」
白を基調とした家具と淡いピンクのカーテン、ハルはあちこちに飾られた縫いぐるみを眺めて頷いた。
「殺しの現場と同じ匂いがする。この部屋の主が宿主だね」
部屋を埋め尽くす程の縫いぐるみの数々が、部屋の主の寂しさを端的に表していた。
※※※※
「ご機嫌よう、リル様。今日も麗しくていらっしゃいますわね」
廊下ですれ違う際に、次々と掛けられる賛辞にダグスの娘、リル・ハラーナ・アングレイは艶やかに微笑んで応えた。
透き通る白磁の肌に、大きくて勝気な緑の瞳、綺麗に整えられた金の巻き毛をバレッタで止めている。有名デザイナーが手掛けた制服に身を包み、ぴんと背筋を伸ばした彼女は立ち姿からして美しかった。
名門学園へ通う令嬢たちは、自分よりも上の家柄に属する者たちへ、美辞麗句という張りぼてを使い媚びへつらう。
貰って当然だと受け取り、満足したような表情を浮かべてやると、喜んだふりをするのだから全く馬鹿馬鹿しいと思う。
鐘が鳴る。毎日規則正しく繰り広げられる、滑稽な劇の幕を降ろす合図の鐘が。
ダグスと会談した応接間には、レイモンドが集めた屋敷の使用人たちが、コハクたちを胡乱な目で見ていた。
コハクはそんな彼らを順番に視ていく。人数が多いので部屋に数人ずつ、順に入ってもらった。
「いないわね」
最後の数人に瞳を凝らせど、妖魔の気配は全くない。時折気配をさせない妖魔もいるにはいるが、そんなものは滅多にお目にかからない。可能性としては除外してもいいだろう。
「でしたら、今度は屋敷にお住まいの方々になりますか。この屋敷には先ほど会われた旦那様、奥様、お嬢様が暮らしておられます。お嬢様はただ今学校へ行かれておりますので、奥様の所へご案内いたしましょう」
きびきびと歩くレイモンドへ付いて行く。広く長い廊下を飾るのは、様々な国の調度品だった。普通は統一感のないそれらは、色合いと形をそれぞれ馴染ませ、不思議と引き立てあっている。
屋敷のやや奥まった所へ案内されると、それまでの様子と趣が変わった。やたらときらびやかな装飾品と、ピンク色の調度品。レイモンドが立ち止まったドアは、一際意匠が凝っていて、金具の部分には金が使われていた。
繊細な透かし彫りの部分を避けてレイモンドがノックする。
「奥様、先ほどお伝えした妖魔狩りのコハク様がいらっしゃっております」
「まあ。嫌だ、本当に来たの?どうしても会わないといけない?」
ドアの向こうの女の声には、あからさまな嫌悪と侮蔑が滲んでいた。
「人を喰い殺す妖魔がいるかもしれないのよ。貴女だって早く解決して安心したいでしょう?」
「……いいわ。入りなさい」
ドア越しのコハクの言葉に、渋々といった声で許可が出た。
ドアを開けて脇へ控えるレイモンドの前をすり抜け、コハクは部屋に入る。
甘ったるいアロマと、あちこちに飾られた薔薇の花の香りが混ざり合う。ピンク色で統一された部屋の主は、ソファーに腰掛け爪の手入れをしながら、不機嫌そうにコハクを睨めつけた。
三十代後半の美しい女だった。豊満な身体を強調する大きく胸元の開いた衣服は、ナナガで流行のレース仕立てのものだ。長い脚を見せつけるように組んで、脇に入ったスリットから惜し気なく晒していた。
「お前が東邦の魔女ね。みずぼらしい小娘だこと。ああ嫌だ」
彼女のあからさまな嘲笑をコハクは一瞥する。それで十分、もう用はなかった。くるりと踵を返してドアへ向かう。
「どうやら違うようね。ありがとう、失礼したわ」
レイモンドへ向けてそう言うと、無視されて唖然とする女を置き去りに、さっさと部屋を後にした。
レイモンドが慌てたように、奥様とやらへ退出の旨を伝えてそっとドアを閉める。壁越しに女の怒鳴り声と何かがぶつかる音、陶器の割れる音がして、掃除道具を持った使用人が血相を変えて飛んで来た。
廊下では、ポルクスが引きつった顔でコハクを見ていた。
「なんというか、コハクさんの精神力ってどうなってるんです?」
「別に普通よ」
当たり前の事を言ったのに、ポルクスの反応は苦虫を噛み潰したような表情だ。
「僕の経験上、ああいう女性って何かとややこしいですよ。うちの部隊にクレームつける人たちの雰囲気とそっくりでした」
ポルクスは寒いのか、両腕を擦った。
「しかも何故かそういうクレームばっかり、僕にお鉢が回ってくるんですよ」
厄介事ばかりを押し付けられ、貧乏クジを引く彼の姿がコハクには容易に想像できた。今ここにいることも、そういった理由からだろう。
戻ってきたレイモンドへ、コハクは確認する。
「後はお嬢様ね。学校だったかしら?」
「はい。夕方にはお戻りになられますが」
奥様とのやり取りで若干疲れたような執事長を見上げる。僅かに浮かんだ彼への同情は刹那で消え去り、コハクはいつもの調子で淡々と物事を進める。
「お嬢様の部屋を見せて貰える?」
レイモンドは直ぐに承諾し案内した。先程の部屋から廊下を少し戻り、執事長に示された部屋を許可を貰って入れてもらう。
「ハル、どう?」
「間違いないよ、コハク」
白を基調とした家具と淡いピンクのカーテン、ハルはあちこちに飾られた縫いぐるみを眺めて頷いた。
「殺しの現場と同じ匂いがする。この部屋の主が宿主だね」
部屋を埋め尽くす程の縫いぐるみの数々が、部屋の主の寂しさを端的に表していた。
※※※※
「ご機嫌よう、リル様。今日も麗しくていらっしゃいますわね」
廊下ですれ違う際に、次々と掛けられる賛辞にダグスの娘、リル・ハラーナ・アングレイは艶やかに微笑んで応えた。
透き通る白磁の肌に、大きくて勝気な緑の瞳、綺麗に整えられた金の巻き毛をバレッタで止めている。有名デザイナーが手掛けた制服に身を包み、ぴんと背筋を伸ばした彼女は立ち姿からして美しかった。
名門学園へ通う令嬢たちは、自分よりも上の家柄に属する者たちへ、美辞麗句という張りぼてを使い媚びへつらう。
貰って当然だと受け取り、満足したような表情を浮かべてやると、喜んだふりをするのだから全く馬鹿馬鹿しいと思う。
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