琥珀の夢は甘く香る ~アンバーの魔女と瞳に眠る妖魔の物語~

遥彼方

文字の大きさ
13 / 90
依頼1ー熱気と闇を孕む商業国ナナガ

持つ者の空虚と持たざる者の渇望

しおりを挟む
 愛がないのは、虚しい。

 欲しいものは何でも与えられた。
 玩具、服、アクセサリー、ありとあらゆる国の料理や菓子、最新の機器に優秀な家庭教師。
 大きな屋敷には数えきれないほどの使用人たち。大量に降り注ぐ讚美と美辞麗句は、常用しすぎて効かなくなった薬の様に、全く心を動かさない。

 見た目はきらびやかで内面はどす黒い、彼女と同じような人間ばかりが通う学校で、仲間として振る舞う。表面だけの褒め言葉の応酬、裏での引っ張り合いの数々、心をすり減らしながら華麗にいなした。

 学校からの帰り道、身なりは汚いが綺麗な笑顔の親子を焦がれるように見た。彼らはたった一つの食べ物を汚い手でちぎり、分け合って路地裏へ消えた。
 目を合わせて笑い合う彼らの姿が輝いて見えた。喉から手が出るほど欲しても、手に入ることのない温かさが、彼女の心を冷たく打ち付ける。

 ナナガ国で知らない者のいない豪商。父と母には親子ほどの年の差があり、夫婦関係は表面上のやり取りしか見えない。
 だだっ広い部屋の大きな食卓に並ぶ食事の数々、一人で片付ける毎日の作業をこなし続けた。

 高価な衣服で身を固め、貴重な宝石で着飾り、髪と爪と肌を磨き、美しい微笑みで武装する。
 最高の武器で固めた彼女に群がるのは、彼女の家と父親だけを見ている中身のない男たちだ。歯が浮くような甘い台詞を吐き、高価なプレゼントで彼女の気を引こうとしのぎを削る。

 表面だけの甘ったるい愛の言葉など、彼らの内面の虚ろを知る彼女は不快でしかなかった。

 何かないものかと、よくふらりと街へ出掛けた。

 特に宛もなく街を歩く。買い物も飽きた。食べたいものもない。つまらない散策。色のない無機質な街並みは何の慰めにもならなかった。

 どんなに物を与えられても、買い求めても、誉めそやされても虚しさは募り、心の空白は膨らむ。

 かき集めても、かき集めても、何もない空虚さよ。
 この穴を埋めるものは、……何?

※※※※

 金がないのは、辛い。

 背の高い建物に挟まれた薄暗い路地裏にある、格安の集団住宅で母と妹二人と自分、四人で身を寄せあって生活した。
 その日の食事さえままならない。いつも空腹で、僅かなパンを四人で分け合った。ガリガリに痩せた手足、背ばかりが伸びて丈の合わないボロボロの服を無理矢理着ていた。
 似たような連中ばかりが、狭い路地裏の狭くてボロい住宅で、なけなしの金を払って生活する。
 学校など行けはしない。そんな金があればパンを買う。

 通りを一つ越えれば別世界だ。整えられた広い路、小綺麗な店舗、破れのないサイズの合った服の人々が歩く。彼らの手は綺麗で、あかぎれ一つ皹割れ一つないつるりとした手、ふくふくとした柔らかそうな手だった。
 時折、明るい通りに繋がる薄暗い路地から眺めていると、同じような子供と目が合う。汚いものを見る目、蔑む目、とりわけ同情らしき目が一番嫌だった。

 惨めだった。あいつらと一体何が違う?

 大陸一の商業国ナナガの首都には様々な人間が集う。豊かな大国へ出稼ぎに来る者、新たに商売を始める者、地方で成功して支店を出す者。
 一攫千金を夢見たものの、現実は誰でも出来る日雇い労働。こき使われて、働けなくなればあっさり捨てられる。彼の父親はナナガ国に掃いて捨てる程いる、そんな夢追い人の慣れの果てだった。
 僅かな賃金の為に汗水垂らし、体を酷使して待っていたのは職場での事故だ。

 表通りを歩く者は父親とは違い、夢が成功した者だ。

 いつか。
 いつか大人になったら、あいつらと同じ場所へ立ってやる。
 いつか必ず這い上がって、金持ちに目にもの見せてやる。

 捨てられていた本を拾い、独学で読み書きを理解した。昼は路上で靴磨き、夜は内職の袋詰めや封筒作りをする傍らで本を見た。

 十四のとき母は栄養失調で亡くなった。

 おかしいとは思っていた。いつもお腹が一杯だからと、食事の量は一番少なかった。時に、先に食べたから全部自分たちだけで食べろという日もあった。

 妹二人と共に途方に暮れた。涙に暮れても腹は膨れない。今まで以上に働くしかなかった。

 転機が訪れたのはいつもの靴磨きでの事だった。泥が跳ねたから仕方なく訪れた貴婦人が、ヒールの高い靴を居丈高に差し出し言ったのだ。

「あら、お前。中々磨けば光る顔立ちじゃないの」
「? 顔は光りはしませんよ」
「そういうことを言っているのではないわ。これだから貧民は。…… まあ、お待ちなさい。わたくしの審美眼に外れはないのよ」

 貴婦人は彼を連れて風呂へ入らせ、袖を通したこともないような肌触りの服を着せた。

「ほらご覧なさい。光ったでしょう?」

 鏡に映った少年は、表通りを歩く人間だった。

「さあ、ここまでしてあげたのよ? 今度は私にご奉仕しなさい」
 鏡の中で表の少年にしなだれかかる女の姿に、蜘蛛を連想した。

 それからは、様々な女が彼に貢いだ。夢にまで見た表通りの暮らしが待っていた。

 女たちから金を吸い上げ、高級な衣服を身に付け、腹一杯の食事をしてもまだ足りない。まだ届かない。

 手を伸ばしても、手を伸ばしても、届かない現実の渇望よ。

 一体何処まで行けば、届くのだろう?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

処理中です...