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依頼1ー熱気と闇を孕む商業国ナナガ
持つ者の空虚と持たざる者の渇望
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愛がないのは、虚しい。
欲しいものは何でも与えられた。
玩具、服、アクセサリー、ありとあらゆる国の料理や菓子、最新の機器に優秀な家庭教師。
大きな屋敷には数えきれないほどの使用人たち。大量に降り注ぐ讚美と美辞麗句は、常用しすぎて効かなくなった薬の様に、全く心を動かさない。
見た目はきらびやかで内面はどす黒い、彼女と同じような人間ばかりが通う学校で、仲間として振る舞う。表面だけの褒め言葉の応酬、裏での引っ張り合いの数々、心をすり減らしながら華麗にいなした。
学校からの帰り道、身なりは汚いが綺麗な笑顔の親子を焦がれるように見た。彼らはたった一つの食べ物を汚い手でちぎり、分け合って路地裏へ消えた。
目を合わせて笑い合う彼らの姿が輝いて見えた。喉から手が出るほど欲しても、手に入ることのない温かさが、彼女の心を冷たく打ち付ける。
ナナガ国で知らない者のいない豪商。父と母には親子ほどの年の差があり、夫婦関係は表面上のやり取りしか見えない。
だだっ広い部屋の大きな食卓に並ぶ食事の数々、一人で片付ける毎日の作業をこなし続けた。
高価な衣服で身を固め、貴重な宝石で着飾り、髪と爪と肌を磨き、美しい微笑みで武装する。
最高の武器で固めた彼女に群がるのは、彼女の家と父親だけを見ている中身のない男たちだ。歯が浮くような甘い台詞を吐き、高価なプレゼントで彼女の気を引こうとしのぎを削る。
表面だけの甘ったるい愛の言葉など、彼らの内面の虚ろを知る彼女は不快でしかなかった。
何かないものかと、よくふらりと街へ出掛けた。
特に宛もなく街を歩く。買い物も飽きた。食べたいものもない。つまらない散策。色のない無機質な街並みは何の慰めにもならなかった。
どんなに物を与えられても、買い求めても、誉めそやされても虚しさは募り、心の空白は膨らむ。
かき集めても、かき集めても、何もない空虚さよ。
この穴を埋めるものは、……何?
※※※※
金がないのは、辛い。
背の高い建物に挟まれた薄暗い路地裏にある、格安の集団住宅で母と妹二人と自分、四人で身を寄せあって生活した。
その日の食事さえままならない。いつも空腹で、僅かなパンを四人で分け合った。ガリガリに痩せた手足、背ばかりが伸びて丈の合わないボロボロの服を無理矢理着ていた。
似たような連中ばかりが、狭い路地裏の狭くてボロい住宅で、なけなしの金を払って生活する。
学校など行けはしない。そんな金があればパンを買う。
通りを一つ越えれば別世界だ。整えられた広い路、小綺麗な店舗、破れのないサイズの合った服の人々が歩く。彼らの手は綺麗で、あかぎれ一つ皹割れ一つないつるりとした手、ふくふくとした柔らかそうな手だった。
時折、明るい通りに繋がる薄暗い路地から眺めていると、同じような子供と目が合う。汚いものを見る目、蔑む目、とりわけ同情らしき目が一番嫌だった。
惨めだった。あいつらと一体何が違う?
大陸一の商業国ナナガの首都には様々な人間が集う。豊かな大国へ出稼ぎに来る者、新たに商売を始める者、地方で成功して支店を出す者。
一攫千金を夢見たものの、現実は誰でも出来る日雇い労働。こき使われて、働けなくなればあっさり捨てられる。彼の父親はナナガ国に掃いて捨てる程いる、そんな夢追い人の慣れの果てだった。
僅かな賃金の為に汗水垂らし、体を酷使して待っていたのは職場での事故だ。
表通りを歩く者は父親とは違い、夢が成功した者だ。
いつか。
いつか大人になったら、あいつらと同じ場所へ立ってやる。
いつか必ず這い上がって、金持ちに目にもの見せてやる。
捨てられていた本を拾い、独学で読み書きを理解した。昼は路上で靴磨き、夜は内職の袋詰めや封筒作りをする傍らで本を見た。
十四のとき母は栄養失調で亡くなった。
おかしいとは思っていた。いつもお腹が一杯だからと、食事の量は一番少なかった。時に、先に食べたから全部自分たちだけで食べろという日もあった。
妹二人と共に途方に暮れた。涙に暮れても腹は膨れない。今まで以上に働くしかなかった。
転機が訪れたのはいつもの靴磨きでの事だった。泥が跳ねたから仕方なく訪れた貴婦人が、ヒールの高い靴を居丈高に差し出し言ったのだ。
「あら、お前。中々磨けば光る顔立ちじゃないの」
「? 顔は光りはしませんよ」
「そういうことを言っているのではないわ。これだから貧民は。…… まあ、お待ちなさい。わたくしの審美眼に外れはないのよ」
貴婦人は彼を連れて風呂へ入らせ、袖を通したこともないような肌触りの服を着せた。
「ほらご覧なさい。光ったでしょう?」
鏡に映った少年は、表通りを歩く人間だった。
「さあ、ここまでしてあげたのよ? 今度は私にご奉仕しなさい」
鏡の中で表の少年にしなだれかかる女の姿に、蜘蛛を連想した。
それからは、様々な女が彼に貢いだ。夢にまで見た表通りの暮らしが待っていた。
女たちから金を吸い上げ、高級な衣服を身に付け、腹一杯の食事をしてもまだ足りない。まだ届かない。
手を伸ばしても、手を伸ばしても、届かない現実の渇望よ。
一体何処まで行けば、届くのだろう?
欲しいものは何でも与えられた。
玩具、服、アクセサリー、ありとあらゆる国の料理や菓子、最新の機器に優秀な家庭教師。
大きな屋敷には数えきれないほどの使用人たち。大量に降り注ぐ讚美と美辞麗句は、常用しすぎて効かなくなった薬の様に、全く心を動かさない。
見た目はきらびやかで内面はどす黒い、彼女と同じような人間ばかりが通う学校で、仲間として振る舞う。表面だけの褒め言葉の応酬、裏での引っ張り合いの数々、心をすり減らしながら華麗にいなした。
学校からの帰り道、身なりは汚いが綺麗な笑顔の親子を焦がれるように見た。彼らはたった一つの食べ物を汚い手でちぎり、分け合って路地裏へ消えた。
目を合わせて笑い合う彼らの姿が輝いて見えた。喉から手が出るほど欲しても、手に入ることのない温かさが、彼女の心を冷たく打ち付ける。
ナナガ国で知らない者のいない豪商。父と母には親子ほどの年の差があり、夫婦関係は表面上のやり取りしか見えない。
だだっ広い部屋の大きな食卓に並ぶ食事の数々、一人で片付ける毎日の作業をこなし続けた。
高価な衣服で身を固め、貴重な宝石で着飾り、髪と爪と肌を磨き、美しい微笑みで武装する。
最高の武器で固めた彼女に群がるのは、彼女の家と父親だけを見ている中身のない男たちだ。歯が浮くような甘い台詞を吐き、高価なプレゼントで彼女の気を引こうとしのぎを削る。
表面だけの甘ったるい愛の言葉など、彼らの内面の虚ろを知る彼女は不快でしかなかった。
何かないものかと、よくふらりと街へ出掛けた。
特に宛もなく街を歩く。買い物も飽きた。食べたいものもない。つまらない散策。色のない無機質な街並みは何の慰めにもならなかった。
どんなに物を与えられても、買い求めても、誉めそやされても虚しさは募り、心の空白は膨らむ。
かき集めても、かき集めても、何もない空虚さよ。
この穴を埋めるものは、……何?
※※※※
金がないのは、辛い。
背の高い建物に挟まれた薄暗い路地裏にある、格安の集団住宅で母と妹二人と自分、四人で身を寄せあって生活した。
その日の食事さえままならない。いつも空腹で、僅かなパンを四人で分け合った。ガリガリに痩せた手足、背ばかりが伸びて丈の合わないボロボロの服を無理矢理着ていた。
似たような連中ばかりが、狭い路地裏の狭くてボロい住宅で、なけなしの金を払って生活する。
学校など行けはしない。そんな金があればパンを買う。
通りを一つ越えれば別世界だ。整えられた広い路、小綺麗な店舗、破れのないサイズの合った服の人々が歩く。彼らの手は綺麗で、あかぎれ一つ皹割れ一つないつるりとした手、ふくふくとした柔らかそうな手だった。
時折、明るい通りに繋がる薄暗い路地から眺めていると、同じような子供と目が合う。汚いものを見る目、蔑む目、とりわけ同情らしき目が一番嫌だった。
惨めだった。あいつらと一体何が違う?
大陸一の商業国ナナガの首都には様々な人間が集う。豊かな大国へ出稼ぎに来る者、新たに商売を始める者、地方で成功して支店を出す者。
一攫千金を夢見たものの、現実は誰でも出来る日雇い労働。こき使われて、働けなくなればあっさり捨てられる。彼の父親はナナガ国に掃いて捨てる程いる、そんな夢追い人の慣れの果てだった。
僅かな賃金の為に汗水垂らし、体を酷使して待っていたのは職場での事故だ。
表通りを歩く者は父親とは違い、夢が成功した者だ。
いつか。
いつか大人になったら、あいつらと同じ場所へ立ってやる。
いつか必ず這い上がって、金持ちに目にもの見せてやる。
捨てられていた本を拾い、独学で読み書きを理解した。昼は路上で靴磨き、夜は内職の袋詰めや封筒作りをする傍らで本を見た。
十四のとき母は栄養失調で亡くなった。
おかしいとは思っていた。いつもお腹が一杯だからと、食事の量は一番少なかった。時に、先に食べたから全部自分たちだけで食べろという日もあった。
妹二人と共に途方に暮れた。涙に暮れても腹は膨れない。今まで以上に働くしかなかった。
転機が訪れたのはいつもの靴磨きでの事だった。泥が跳ねたから仕方なく訪れた貴婦人が、ヒールの高い靴を居丈高に差し出し言ったのだ。
「あら、お前。中々磨けば光る顔立ちじゃないの」
「? 顔は光りはしませんよ」
「そういうことを言っているのではないわ。これだから貧民は。…… まあ、お待ちなさい。わたくしの審美眼に外れはないのよ」
貴婦人は彼を連れて風呂へ入らせ、袖を通したこともないような肌触りの服を着せた。
「ほらご覧なさい。光ったでしょう?」
鏡に映った少年は、表通りを歩く人間だった。
「さあ、ここまでしてあげたのよ? 今度は私にご奉仕しなさい」
鏡の中で表の少年にしなだれかかる女の姿に、蜘蛛を連想した。
それからは、様々な女が彼に貢いだ。夢にまで見た表通りの暮らしが待っていた。
女たちから金を吸い上げ、高級な衣服を身に付け、腹一杯の食事をしてもまだ足りない。まだ届かない。
手を伸ばしても、手を伸ばしても、届かない現実の渇望よ。
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