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依頼1ー熱気と闇を孕む商業国ナナガ
忍び寄る不吉
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陽射しが柔らかくなり、気温を下げ始めた夕刻の校内を歩く。
無駄に格式を醸そうとして、見上げるほどの高さを誇る校門へ辿り着いたリルは、いつもの出迎えと違うことに美麗な眉をひそめた。
毎日の登下校への供はボディーガードが二人と決まっている。なのに、今日はいつもの二人だけでなく、奇妙な同伴者がいた。
リルの豊富な知識の中にも引っ掛からない服装の人間。余程の田舎の民族衣装なのだろうが、センスは悪くない。
長い赤髪を背に流した端麗な男、肩で切り揃えた黒髪の小柄な女、二人の衣装も顔立ちも似かよっていて、同じ国の出身なのだろう。
二人の後ろに立つは治安維持部隊の青年だ。足元には犬が一匹座っていた。
どういうことか問いただそうと眉を吊り上げ口を開くが、その前に女が一歩前へ出た。
距離が縮まり女の目を覗いたリルは、鋭く息を吸い込んだ。醜い音が喉から出たことに、後悔を覚える。
行いは常に優美に、髪の毛一筋、指の先まで気を抜くな。そうすれば誰もが貴女の言いなりよ。繰り返し聞かされた母の教えだ。
「その気持ちの悪い目は、何ですの」
絞り出すように嫌悪を吐き捨てることで、心を落ち着かせた。
女の黄褐色の瞳の中でゆっくりと動く茶色の破片が、不気味でならなかった。
「私は妖魔狩り『珠玉』のコハク。貴女の中に潜む妖魔を狩りに来た」
白皙を縁取る漆黒の髪と、僅かに細められた気味の悪い瞳、血のような赤い唇が不吉を告げる。
「質の悪い冗談は止しなさい」
コハクという女の戯れ言をリルは鼻で笑う。
「私の中に妖魔が潜んでいるですって?そんなことあると思って?嫌だわ、新手のたかりかしら」
腕を組んで胸元の紺のリボンを揺すり、見下した笑みを浮かべた。やれ魔除けのお守りがあればよい、妖魔を祓うなどと言って金を掠め取りに来た卑しい輩に違いない。
コハクの脇をすり抜けて、校門前に待たせていた自動車へ向かう。ナナガ国でも自動車を持つのは数人だけだ。走らせる道が限られるため使いどころは少ないが、登下校には便利な代物だった。
ボディーガードの一人がドアを開け、リルは優雅に乗り込んだ。シートに背中を預けて一息つく。
ところが、先程の胡散臭い連中が当然のように乗り込んできた事実に、彼女は目を剥いた。
「どういうつもりですの!?」
平然と隣に座るコハクへ叫んだ。赤髪の美丈夫も同じように乗り込む。後の者たちは外だ。人通りの多いナナガ国の道では、歩く速度以上は出せない。動き出した自動車の横を歩いて付いてきている。
「どうもこうもないわ。貴女の父親の許可は貰っている。私は貴女の中の妖魔を狩るだけ」
父であるダグスの許可、その一言に一気に血の気が引いた。そんな、まさかという言葉が胸中を荒れ狂う。あの父が知っていて自由にさせているということは、本当なのだ。
リルは茫然と目を見開いて、コハクを見る。
妖魔などという、得たいの知れない化け物が中にいる娘を、あの男は切り捨てた。
「嘘、嘘よ。あり得ませんわ、そんなこと。私の中に妖魔が、化け物がいるですって? そんなもの知りません。一体いつ、とり憑かれたっていうんですの?」
妖魔による事件は頻繁に起きている。殺人に至るようなものから、単に襲われて咬まれたというものまで様々だ。
その中で、時折妖魔にとり憑かれ狂った人間もいると、新聞記事で目にした。毎日欠かさず新聞には目を通している。確か彼らの末路は治安維持部隊の射殺だった。
いくら新聞で事件を知っていても、どこか遠い所の出来事で関係ないと思っていた。喰われた人間だって知らない誰かだ。
治安維持部隊の射殺 …… 。自分も同じ末路を辿るというのか。
コハクという女が死刑執行人に見えた。一度そう思うと、黒髪も黒の民族衣装も、黒に映える真っ赤な帯も唇も、全てが禍々しい。
何もかもが恐怖の対象に思えた。
「とり憑かれたのではないわ。妖魔は貴女の罪が生んだものだから」
「私の罪が……生んだ?」
罪など覚えがない。自分が一体何をしたのだろうかと、心を探っても欠片も見付からなかった。
混乱したまま考えを廻らせても、少しも纏まらない。膝の上で組んだ震える指先が、自分のものではないように感じた。
「私の罪など知りませんわ。私は父と母の言う通り、アングレイ商会の娘をやっているだけ」
その父がこの妖魔狩りを寄越したのなら、なんて虚しい茶番だろうか。
車窓の外の景色がゆっくりと流れている。黄昏に染まる大通り、歩く人々の顔が赤い照り返しを受けていた。血のような赤が、街を浸していく。
血のような、赤だ。
声が響く。遠い遠い、何処からか。前方でも、左右でも、上下でもない。自分の内側から、自分の声ではない声がする。
……憎い、憎い、あの……たちの本物の赤をぶちまけたい……。
内なる声の言うまま、リルはバネ仕掛けの人形のように、車内から飛び出した。
「ハル!」
『まっかしといて!』
一声吠えたハルは、体を一回り大きくして横にいたポルクスの首根っこをくわえ、背に乗せると走り出した。
車から飛び出した少女を猛然と追う。
「わわわわわわっ!」
堪らないのはポルクスだ。必死にハルの背中にしがみつくが、揺れが酷い。馬などの草食動物と違い、犬などの狩猟動物は背の曲げ伸ばしを使って走る。上下の揺れがとんでもないのだ。
物凄い速さで走る少女と、少女を追う大きな犬。犬の背には青年という光景に、目を丸くする人々の顔があっという間に後方へ流れる。少女は大通りから路地裏へ飛び込んだ。
一呼吸遅れてコハクとホムラが車から飛び出す。ホムラはコハクを背負って走る。大通りでは少しゆっくりと、人のいない路地へ入ると速度を上げた。
「早めに路地裏へ逃げ込んでくれて助かったわ」
あの程度の騒ぎなら大したことにはならない。あの場で妖魔が現れて、人間の一人でも引き裂いてしまえば取り返しがつかなかった。
「宿主の未来を憂うのか?」
「可能性があるのなら、残したいだけよ」
「……コハクらしい」
コハクとホムラが会話を交える間に、ポルクスを乗せて走るハルに追い付いた。
無駄に格式を醸そうとして、見上げるほどの高さを誇る校門へ辿り着いたリルは、いつもの出迎えと違うことに美麗な眉をひそめた。
毎日の登下校への供はボディーガードが二人と決まっている。なのに、今日はいつもの二人だけでなく、奇妙な同伴者がいた。
リルの豊富な知識の中にも引っ掛からない服装の人間。余程の田舎の民族衣装なのだろうが、センスは悪くない。
長い赤髪を背に流した端麗な男、肩で切り揃えた黒髪の小柄な女、二人の衣装も顔立ちも似かよっていて、同じ国の出身なのだろう。
二人の後ろに立つは治安維持部隊の青年だ。足元には犬が一匹座っていた。
どういうことか問いただそうと眉を吊り上げ口を開くが、その前に女が一歩前へ出た。
距離が縮まり女の目を覗いたリルは、鋭く息を吸い込んだ。醜い音が喉から出たことに、後悔を覚える。
行いは常に優美に、髪の毛一筋、指の先まで気を抜くな。そうすれば誰もが貴女の言いなりよ。繰り返し聞かされた母の教えだ。
「その気持ちの悪い目は、何ですの」
絞り出すように嫌悪を吐き捨てることで、心を落ち着かせた。
女の黄褐色の瞳の中でゆっくりと動く茶色の破片が、不気味でならなかった。
「私は妖魔狩り『珠玉』のコハク。貴女の中に潜む妖魔を狩りに来た」
白皙を縁取る漆黒の髪と、僅かに細められた気味の悪い瞳、血のような赤い唇が不吉を告げる。
「質の悪い冗談は止しなさい」
コハクという女の戯れ言をリルは鼻で笑う。
「私の中に妖魔が潜んでいるですって?そんなことあると思って?嫌だわ、新手のたかりかしら」
腕を組んで胸元の紺のリボンを揺すり、見下した笑みを浮かべた。やれ魔除けのお守りがあればよい、妖魔を祓うなどと言って金を掠め取りに来た卑しい輩に違いない。
コハクの脇をすり抜けて、校門前に待たせていた自動車へ向かう。ナナガ国でも自動車を持つのは数人だけだ。走らせる道が限られるため使いどころは少ないが、登下校には便利な代物だった。
ボディーガードの一人がドアを開け、リルは優雅に乗り込んだ。シートに背中を預けて一息つく。
ところが、先程の胡散臭い連中が当然のように乗り込んできた事実に、彼女は目を剥いた。
「どういうつもりですの!?」
平然と隣に座るコハクへ叫んだ。赤髪の美丈夫も同じように乗り込む。後の者たちは外だ。人通りの多いナナガ国の道では、歩く速度以上は出せない。動き出した自動車の横を歩いて付いてきている。
「どうもこうもないわ。貴女の父親の許可は貰っている。私は貴女の中の妖魔を狩るだけ」
父であるダグスの許可、その一言に一気に血の気が引いた。そんな、まさかという言葉が胸中を荒れ狂う。あの父が知っていて自由にさせているということは、本当なのだ。
リルは茫然と目を見開いて、コハクを見る。
妖魔などという、得たいの知れない化け物が中にいる娘を、あの男は切り捨てた。
「嘘、嘘よ。あり得ませんわ、そんなこと。私の中に妖魔が、化け物がいるですって? そんなもの知りません。一体いつ、とり憑かれたっていうんですの?」
妖魔による事件は頻繁に起きている。殺人に至るようなものから、単に襲われて咬まれたというものまで様々だ。
その中で、時折妖魔にとり憑かれ狂った人間もいると、新聞記事で目にした。毎日欠かさず新聞には目を通している。確か彼らの末路は治安維持部隊の射殺だった。
いくら新聞で事件を知っていても、どこか遠い所の出来事で関係ないと思っていた。喰われた人間だって知らない誰かだ。
治安維持部隊の射殺 …… 。自分も同じ末路を辿るというのか。
コハクという女が死刑執行人に見えた。一度そう思うと、黒髪も黒の民族衣装も、黒に映える真っ赤な帯も唇も、全てが禍々しい。
何もかもが恐怖の対象に思えた。
「とり憑かれたのではないわ。妖魔は貴女の罪が生んだものだから」
「私の罪が……生んだ?」
罪など覚えがない。自分が一体何をしたのだろうかと、心を探っても欠片も見付からなかった。
混乱したまま考えを廻らせても、少しも纏まらない。膝の上で組んだ震える指先が、自分のものではないように感じた。
「私の罪など知りませんわ。私は父と母の言う通り、アングレイ商会の娘をやっているだけ」
その父がこの妖魔狩りを寄越したのなら、なんて虚しい茶番だろうか。
車窓の外の景色がゆっくりと流れている。黄昏に染まる大通り、歩く人々の顔が赤い照り返しを受けていた。血のような赤が、街を浸していく。
血のような、赤だ。
声が響く。遠い遠い、何処からか。前方でも、左右でも、上下でもない。自分の内側から、自分の声ではない声がする。
……憎い、憎い、あの……たちの本物の赤をぶちまけたい……。
内なる声の言うまま、リルはバネ仕掛けの人形のように、車内から飛び出した。
「ハル!」
『まっかしといて!』
一声吠えたハルは、体を一回り大きくして横にいたポルクスの首根っこをくわえ、背に乗せると走り出した。
車から飛び出した少女を猛然と追う。
「わわわわわわっ!」
堪らないのはポルクスだ。必死にハルの背中にしがみつくが、揺れが酷い。馬などの草食動物と違い、犬などの狩猟動物は背の曲げ伸ばしを使って走る。上下の揺れがとんでもないのだ。
物凄い速さで走る少女と、少女を追う大きな犬。犬の背には青年という光景に、目を丸くする人々の顔があっという間に後方へ流れる。少女は大通りから路地裏へ飛び込んだ。
一呼吸遅れてコハクとホムラが車から飛び出す。ホムラはコハクを背負って走る。大通りでは少しゆっくりと、人のいない路地へ入ると速度を上げた。
「早めに路地裏へ逃げ込んでくれて助かったわ」
あの程度の騒ぎなら大したことにはならない。あの場で妖魔が現れて、人間の一人でも引き裂いてしまえば取り返しがつかなかった。
「宿主の未来を憂うのか?」
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