琥珀の夢は甘く香る ~アンバーの魔女と瞳に眠る妖魔の物語~

遥彼方

文字の大きさ
18 / 90
依頼1ー熱気と闇を孕む商業国ナナガ

空虚を埋めるモノ

しおりを挟む
 退屈しのぎの筈だったのに、男とのデートはリルにとって何もかもが輝いて見えた。

 男は最初お決まりのカフェやレストランへ連れて行こうとしたが、リルがどれも飽き飽きしていると告げると少し考えてから黙ってエスコートし始めた。
 みるみる綺麗に整えられた表通りから、雑多な中間層のエリアへと連れられる。ごみごみと無計画にひしめく店の数々、洒落ているとは言えない看板、年期の入った暖簾が垂れ下がり、色褪せたポスターが貼り付いている。男に手を引かれおっかなびっくり店の一つに入った。

 店の中もまた、混沌としていた。簡素なテーブルには、首にタオルをかけたガタイのいい男が、熱々の丼を掻き込んでいる。その横で同じような体つきの男が定食をやっつけていた。
 テーブルとテーブルの間隔は信じられないほど狭く、椅子には背もたれもない。客は労働者と思わしき者ばかりで、きちんとした服装の男とリルは浮いていた。
 男は戸惑うリルの手を引き、迷いなくカウンターへ座る。リルはワンピースにしわが付かないようにしながら、恐る恐るあちこち塗装の剥げた椅子に座った。

「こんな所には来たことがないだろう?」
「当たり前ですわ」

 そわそわと落ち着かないリルへ男は悪戯っぽい笑みをこぼす。そんな表情をすると、途端に大人っぽさが消えて少年のように見えた。男は慣れた様子で勝手に料理を頼んだ。

「貴方はよく来るんですの?」
「いや、実は久しぶりだな」
 出てきた熱々の揚げ物も、馬鹿に量の多い汁物も、山盛りのご飯も美味しかった。愛想も何もないシンプルな器、見た目や品質よりも量が重視の食事だけど、こんなに生命力に溢れた食べ物はないかもしれない。

「やっぱりお高くとまった店よりも、こっちの方が旨いな」
 食べ終わった男が、やけにしみじみと呟いたその横顔をリルは忘れられなかった。

 それから何度も男と会った。会うたびに男はリルが知らない店や場所に連れていった。
 新聞や雑誌に載るような店でも観光名所でもない。いつも雑多で活気に溢れた場所だった。

 それがリルにはとても新鮮で、いつも涙が出そうなほど胸にじんわりと熱い何かが生まれた。

 男には自分とは決定的に違う何かがあった。それはリルの知らない店や場所ではなくて、リルの知らない店や場所で見せる男の目や声や表情にあった。
 それを見る度に感じる度に、リルの胸に生まれた何かが穴を埋めていく。

 正体は何となく知っていた。この何かは、恋とか愛とか云うものなのだと。

 そして男に複数の女がいることもまた、知っていた。男の心が彼女にではなく、彼女の金にあることも……。

※※※※

「愛しいあの人に触れる薄汚れた女たち! あの人に触れていいのは、あたしたちとリルだけなのに!」
 緑の瞳から涙が溢れ落ちる。

「あたしたちとリル?」
 複数形にコハクは違和感を覚えた。そもそもリルという少女とこの妖魔の口調が違う。

 妖魔は人間の罪から生まれる。知らずに犯した罪、復讐の為に犯す罪、嫉妬から犯す罪、欲望から犯す罪、やむを得ず犯す罪、快楽の為に犯す罪、正義の為に犯す罪。
 殺された中年男から生まれたコウは、男が妻に対して犯したと思った罪が妖魔となった。

 人間の罪から生まれるからなのか、妖魔は宿主の記憶や性格をある程度引き継ぐ。

 リルが宿主ならば『あたしたち』とは誰か。それを聞き出さなければならない。

 コハクから立ち上る光と甘い香りが強まる。光の縁を黒い糸がたゆたう。それは闇に灯る街灯のように、標となる光だった。

「聞かせて。あなたたちの罪を」
 リルへ言葉をかけながら、扇子を広げる。中骨は竹、張られた和紙は黄色。コハクはそれを目の前でゆっくりと扇ぎ、香りを風に乗らせた。

 リルの緑の瞳がコハクの光る黄褐色の瞳に固定された。言葉は誘導、光は標となり道筋を示し、香りは妖魔を魅了する。

 リルの中の妖魔が大きく身を震わせた。

「ヴヴヴヴヴヴヴヴッ、憎い、憎い、あの女たち!!! 馴れ馴れしくあの人に触って! あいつらなんて金だけなのに! 別れろって言っても聞かなかった!」

 コハクの瞳に釘付けになっていたリルの目が吊り上がり充血する。額に血管が浮き犬歯と爪が伸び、髪が鋭利な刃物と化して擦れ合い金属音を奏でた。

「だから引き裂いてやった! 触った手を細切れにして、あたしたちを馬鹿にした口を切り刻んで、誘惑した体を食べてやった! 邪魔するお前たちもっ! 憎い!」

 リルの細い足と髪が地面を叩き、コハクたちの頭上の遥か上を跳躍する。

 上から叩きつけるように振り下ろされる爪をホムラの刀が受ける。金属が擦れる歯が浮くような音を立てながら、力の重心をずらす。そのまま巻き込むように地面へ引き倒した。身体能力が上がっているとはいえ動きは素人、このぐらい容易い。
 受け身も取れずに地面に転がったリルの髪だけが、暴れまわった。

「ほいっ、よっ、とっ」
 気が抜けるような掛け声でハルが髪の側面を拳で叩く。コハクは扇子をパチンと閉じて自分の側に来た髪をはたき落とした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...