17 / 90
依頼1ー熱気と闇を孕む商業国ナナガ
渇望のその後
しおりを挟む
いつしか少年は青年となり、手を伸ばしても届かない何かを求め、表通りを歩いていた。
声を掛けたのは、気紛れだった。
品よく仕立てられたワンピースに毛玉一つないカーディガン、綺麗に巻かれた艶やかな金髪に水仕事などしたことのない手。
金持ちの娘だと一目で分かった。金づるだった貴族の女とは、深みに嵌まる前に別れたばかりだ。前の女が年上だったから、今度は年若いお嬢様を騙すのもいいだろう。
人混みを縫って彼女に近付く。不信感を抱かせず、然り気無く声をかけるには自然な切っ掛けが欲しいところだ。
丁度少女が溜め息を吐いた。緑の瞳に長い睫毛が影を作り、憂いを帯びた表情が大人の色香を漂わせる。
少女と大人の狭間、危うい美が混同する様に思わず目を奪われた。
「溜め息を吐くと幸せが逃げますよ、お嬢さん」
随分とありきたりな声掛けをしてしまったものだと苦笑する。予想通り彼女は胡散臭げに彼を上から下まで眺めた。
生意気そうな緑の瞳が彼を物色する。
「なら、貴方が私の退屈を紛らわせてくれるのかしら?」
はっとするほど挑発的な笑顔だった。彼の見てくれへの陶然でもない。初なだけの令嬢の反応とも違う。今までの女たちにはなかった、胸を走る衝撃に戸惑う。
それこそが、伸ばしても届かなかったナニカとも知らず。
※※※※
『おいでなすった』
何故か嬉しそうにハルが尻尾を振り、姿を変える。四足歩行から二足歩行へ、茶色の耳と尻尾はそのままで犬の毛が同じ色のあちこちに跳ねた髪になり、広い肩幅と程よく筋肉のついた青年が立ち上がる。
ハルは拳と拳を合わせ、やや物騒な笑みを浮かべた。
「ハル、分かってる?」
一歩前へ踏み出したハルへ、コハクは静かに声をかける。
「適当にぶっ飛ばせばいいんでしょ? そしたら妖魔と分かれるんじゃない? 任しといてよ、コハク」
どうやら全く分かっていないハルへ、コハクは溜め息を一つ吐いた。
「それでどうにかなるなら苦労するか、馬鹿犬」
ホムラは冷たくいい放つと、小刀を鞘に納め袖にしまう。両手を筒状にして左腰へ持っていき、右手で刀を抜くような仕草をした。
右手が斜め上へ上がる軌跡を辿るように、焔が生まれる。見えない鞘から完全に抜き放った時、焔は消えて代わりに刀が現れた。黒の柄巻きの柄を握り、切っ先を少女へピタリと定める。反りのある片刃が薄闇の中で煌めいた。
刀という物騒なものを見て、リルは本能的に後ろへ下がろうとする。しかし背中が壁にぶつかり諦めた。
思考を混乱させたまま、先程意思とは関係ない事を言った口元を押さえる。手足は問題なくリルの思ったように動いてくれた。なのに髪が今も勝手にリルの周りを蠢いている。
「何なの?私はどうなったんですの? 私の中の貴女は誰っ!?」
自分の状況の異常さに気付いた途端、己の中にいる存在を感じた。頭に響く知らない声、どこか幼い少女の声だった。
……落ち着いて、リル。あたしは貴女の味方だから。必ずあたしが邪魔者を取り除いてあげるから……。
コハクは僅かに目をすがめてそんな彼女をじっと観察する。妖魔と宿主の意識がちぐはぐに同居している、そんな印象だった。
あれほど滑らかに妖魔の力を使っていたのに、自我があり本人は妖魔の存在に戸惑っている。
これほど自在に宿主の体を動かすならば、宿主と妖魔の同化が進んでいる筈だ。それならば意識を妖魔と共有しているか、妖魔に体を乗っ取られて宿主の自我が負けているか。そのどちらにしてもこの反応はおかしい。
「リルを苛めるな、この化け物女!」
もう一度リルが、いや妖魔がリルの口を使って叫ぶ。金の髪が揺らめいた。
「お前も邪魔をするなら、あの女たちと一緒だ!」
ひゅんっと軽い風切り音と共に、金の髪がコハクへ放たれる。
「あの女たちとは、誰?」
コハクは右足を半歩前へ出し帯に挟んだ扇子を引き抜いた。畳んだまま前へ置き半身になり、肩と膝の力を抜いて攻撃に備える。
扇子は親骨が鉄で出来たもので、畳んだままなら鈍器と同じだ。基本的にコハク自身が戦うことは滅多にないが、護身程度の技術は身に付けている。伊達に妖魔と渡り合っている訳ではないのだ。
コハクへ金の髪が届く前に、軽い金属音と共にホムラの刀が髪を斬り、ハルの拳が髪を弾く。弾かれた髪は床や壁に当たったが、傷一つつけることも出来ずに戻った。
斬られて落ちた毛束は刃先のように尖っていて、くるくる床を回転し消える。短くなったリルの髪は瞬時にまた伸びた。
__________________
明日から一日一話、17時更新です。
声を掛けたのは、気紛れだった。
品よく仕立てられたワンピースに毛玉一つないカーディガン、綺麗に巻かれた艶やかな金髪に水仕事などしたことのない手。
金持ちの娘だと一目で分かった。金づるだった貴族の女とは、深みに嵌まる前に別れたばかりだ。前の女が年上だったから、今度は年若いお嬢様を騙すのもいいだろう。
人混みを縫って彼女に近付く。不信感を抱かせず、然り気無く声をかけるには自然な切っ掛けが欲しいところだ。
丁度少女が溜め息を吐いた。緑の瞳に長い睫毛が影を作り、憂いを帯びた表情が大人の色香を漂わせる。
少女と大人の狭間、危うい美が混同する様に思わず目を奪われた。
「溜め息を吐くと幸せが逃げますよ、お嬢さん」
随分とありきたりな声掛けをしてしまったものだと苦笑する。予想通り彼女は胡散臭げに彼を上から下まで眺めた。
生意気そうな緑の瞳が彼を物色する。
「なら、貴方が私の退屈を紛らわせてくれるのかしら?」
はっとするほど挑発的な笑顔だった。彼の見てくれへの陶然でもない。初なだけの令嬢の反応とも違う。今までの女たちにはなかった、胸を走る衝撃に戸惑う。
それこそが、伸ばしても届かなかったナニカとも知らず。
※※※※
『おいでなすった』
何故か嬉しそうにハルが尻尾を振り、姿を変える。四足歩行から二足歩行へ、茶色の耳と尻尾はそのままで犬の毛が同じ色のあちこちに跳ねた髪になり、広い肩幅と程よく筋肉のついた青年が立ち上がる。
ハルは拳と拳を合わせ、やや物騒な笑みを浮かべた。
「ハル、分かってる?」
一歩前へ踏み出したハルへ、コハクは静かに声をかける。
「適当にぶっ飛ばせばいいんでしょ? そしたら妖魔と分かれるんじゃない? 任しといてよ、コハク」
どうやら全く分かっていないハルへ、コハクは溜め息を一つ吐いた。
「それでどうにかなるなら苦労するか、馬鹿犬」
ホムラは冷たくいい放つと、小刀を鞘に納め袖にしまう。両手を筒状にして左腰へ持っていき、右手で刀を抜くような仕草をした。
右手が斜め上へ上がる軌跡を辿るように、焔が生まれる。見えない鞘から完全に抜き放った時、焔は消えて代わりに刀が現れた。黒の柄巻きの柄を握り、切っ先を少女へピタリと定める。反りのある片刃が薄闇の中で煌めいた。
刀という物騒なものを見て、リルは本能的に後ろへ下がろうとする。しかし背中が壁にぶつかり諦めた。
思考を混乱させたまま、先程意思とは関係ない事を言った口元を押さえる。手足は問題なくリルの思ったように動いてくれた。なのに髪が今も勝手にリルの周りを蠢いている。
「何なの?私はどうなったんですの? 私の中の貴女は誰っ!?」
自分の状況の異常さに気付いた途端、己の中にいる存在を感じた。頭に響く知らない声、どこか幼い少女の声だった。
……落ち着いて、リル。あたしは貴女の味方だから。必ずあたしが邪魔者を取り除いてあげるから……。
コハクは僅かに目をすがめてそんな彼女をじっと観察する。妖魔と宿主の意識がちぐはぐに同居している、そんな印象だった。
あれほど滑らかに妖魔の力を使っていたのに、自我があり本人は妖魔の存在に戸惑っている。
これほど自在に宿主の体を動かすならば、宿主と妖魔の同化が進んでいる筈だ。それならば意識を妖魔と共有しているか、妖魔に体を乗っ取られて宿主の自我が負けているか。そのどちらにしてもこの反応はおかしい。
「リルを苛めるな、この化け物女!」
もう一度リルが、いや妖魔がリルの口を使って叫ぶ。金の髪が揺らめいた。
「お前も邪魔をするなら、あの女たちと一緒だ!」
ひゅんっと軽い風切り音と共に、金の髪がコハクへ放たれる。
「あの女たちとは、誰?」
コハクは右足を半歩前へ出し帯に挟んだ扇子を引き抜いた。畳んだまま前へ置き半身になり、肩と膝の力を抜いて攻撃に備える。
扇子は親骨が鉄で出来たもので、畳んだままなら鈍器と同じだ。基本的にコハク自身が戦うことは滅多にないが、護身程度の技術は身に付けている。伊達に妖魔と渡り合っている訳ではないのだ。
コハクへ金の髪が届く前に、軽い金属音と共にホムラの刀が髪を斬り、ハルの拳が髪を弾く。弾かれた髪は床や壁に当たったが、傷一つつけることも出来ずに戻った。
斬られて落ちた毛束は刃先のように尖っていて、くるくる床を回転し消える。短くなったリルの髪は瞬時にまた伸びた。
__________________
明日から一日一話、17時更新です。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる