琥珀の夢は甘く香る ~アンバーの魔女と瞳に眠る妖魔の物語~

遥彼方

文字の大きさ
16 / 90
依頼1ー熱気と闇を孕む商業国ナナガ

鬼ごっこの終わり

しおりを挟む
 あの人に出会ったあの日は今も鮮烈にリルの脳裏に残っている。

 どうにか心の空白を埋めるものはないかと、いつものようにふらりと街へ出掛けた。

 特に宛もなく街を歩く。通りに溢れる人々は皆他人に無関心で、足早にすれ違っていく。脇に並ぶ洒落た店先も、真新しいものは見えない。知らず知らず溜め息が溢れる。勝ち気な瞳に翳りが落ちて、彼女の美しい顔立ちを憂いの色に彩った。

「溜め息を吐くと幸せが逃げますよ、お嬢さん」

 目を上げた先には男が一人、苦笑を浮かべて佇んでいた。北によく見られる銀髪と、緑がかった茶色いヘーゼルの瞳がミステリアスで、彼の穏やかだがどこか危険さを孕んだ笑みと合っていた。
 ラフに着崩したストライプのシャツにグレーのジャケット、ベージュのスラックス、靴は最近西から入ってきたナナガでは最新のブランド、一流のものではないが安物でもない。どれも悪くないセンスだ。

 金に飽かせて一流ブランドで固めればいいと思っている、見飽きた求婚者たちよりはずっといい。

「なら、貴方が私の退屈を紛らわせてくれるのかしら?」

 暇潰しくらいにはなるだろうと、リルは挑発的な笑顔を男に向けた。リルよりも年上なことも、女に慣れた雰囲気も学校の馬鹿な求婚者たちと違った。

 金目当てなのも、聞き慣れた上辺だけの賛辞もリルは承知の上だった。分かった上でたしなむゲームの一つ、せいぜい楽しませてご覧なさいな、とそんな軽い気持ちだったのだ。

 それこそが胸の穴に填まるモノとも知らず。

※※※※

 視界にちらりと白い何かが映り、リルは頭に疑問符を浮かべる。乱立する建物の隙間から見える空は茜から藍色へグラデーションを創り、その不思議な色合いの空に、白い何かが幾つも舞っている。

「……鳥?」
 鳥にしては妙な動きとシルエットだと目を凝らしていると、それは形を変え始めた。

「っ!?」
 明らかに鳥ではない動きに鋭く息を吸う。鳥だった白いものは、四角い紙切れとなり今度はくるりと丸まり筒上になった。
 小さな白い筒は次々と連結し棒状になっていく。みるみる四つの棒が出来上がり、空からリルを目掛けて降ってきた。

「きゃああああっ」

 悲鳴と共に足が止まる。顔と頭を守った両腕が視界を遮った。髪が鞭のように放たれて白い棒を叩き落とそうとする。
 さしたる強度もない紙を丸めただけの棒に、触れることも出来ず弾かれた。
 棒は何事もなかったかようにリルを囲んで起点にし、四方へ広がった。

 恐る恐る両腕を下ろしたリルは、見たものを信じられずに呆然とした。
 両脇にあった建物も、狭い路地も、夕闇に沈みつつあった空もない。四隅の白い棒が創る四角い空間。その只中にポツリと立っていた。リルは自分が小さくなって、戯れに箱の中へ閉じ込められたような錯覚に陥る。

 後ろに生じた気配に振り向くと、四角い空間へコハクたちが入ってくる所だった。壁から生えるかのように頭から全身を表してくる。

 半狂乱になって、コハクたちから一番遠い壁に駆け寄り、壊そうと叩いたがびくともしない。

「無駄よ。ここはチヅルの結界の中。許可したもの以外は出ることも入ることも出来ない」

 赤髪の男から降りた黒衣の女、コハクが静かに言った。

 コハクとホムラの直ぐ後ろから、ハルとポルクスが壁を通り抜けてくる。

「あ、あの……ハルさん」
 ハルの背から降りるというよりは、ずり落ちたポルクスは息も絶え絶えになりながら言った。力を込めすぎていた手足は震えて、立ち上がるのも一苦労だ。

「僕、車の所で待ってたら駄目だったんですかね?」
 ポルクスの武器は腰の治安警備部隊隊員に支給されている拳銃のみ。プルプルと震える手で狙って撃てる訳がない。しかも聞くところによると高位の妖魔には効かないらしい。はっきり言って、ここにいても何の役にも立てそうになかった。

『何言ってんの、一緒にいた方が面白いじゃん。俺ポルクス気に入ったし!』
「何言ってるのか分からないですけど、面白がられているだけの気がしてきた……」

 返ってきたのはハルの吠え声だが、人間のように細めた目は笑みの形で、楽しそうなことくらい分かる。
 通ってきた壁から出られないかと下がってみるが、背中には普通に壁の感触だ。つまりもう逃げようにも逃げられないのだと、ポルクスは悟った。

 壁を叩くことを諦めたリルは、こちらに向きなおった。彼女をじっと見つめるコハクの黄褐色の瞳に光が点り、仄かな香気が立ち上る。

「教えて。貴女の罪を」
「罪なんて知りませんわ!」
 壁に背を着けてリルが金切り声を上げた。声に呼応するように、金の髪が翻ってコハクへ向かった。半歩前へ出たホムラが小刀でいなし、地面へと軌道を変えた髪は弾かれて戻る。

「なっ、何!? 何なの?何なんですの、これはっ!?」
 初めて自分の髪が自分の意思とは関係なく動く様を目にしたリルは、恐慌状態に陥った。狂ったように壁を叩きよじ登ろうと足掻く。彼女の感情に反応してか、髪も壁を穿とうと蠢いた。しかし、彼女の髪の攻撃にも壁はびくともしない。
 どんなに叩こうと突破するのは無理だと知って頭を抱えて踞り、今度は泣きじゃくる。

「落ち着いて。貴女の中の妖魔の仕業よ。声が聞こえるでしょう?」
 コハクはゆっくりと距離を詰めていく。まずは宿主と妖魔を分離させなければならない。

 四角い空間には空も何もないが、外の時間を共有していて、夕暮れの赤はすっかり弱まり宵闇が支配しつつある。
 ほの暗い中、ゆらゆらと立ち上る黄色と橙色の光がコハクを包む。ふわりと甘い香りが結界の中へ満ちた。

「そんなの知らない。嫌だ、こんなの嘘よ。寄らないで! 」
 頭を抱えたまま涙声でコハクへ来るなと訴える。

「……苛めるな……」

「え?」
 やけにはっきりと聞こえた声にリルは、顔を上げた。先程までの内からの声と違う。聞き覚えのある、いやそれどころか今のは自分の……。

「リルを苛めるな!」
 今度こそリルは自分の口が動き、声を発するのを自覚した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...