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依頼2ー無気力の蔓延る科学国家マギリウヌ国
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東の果ての深い山間にひっそりと在る国、ミズホ国。植えたばかりの稲穂が頼りなく揺れる田園と、木造家屋が所々に集落を作る田舎の光景が国の端々に広がっている。
ミズホ国中央にある黒塗りの一際大きな屋敷にて、コハクは長であるコンゴウと対面していた。肩の上で切り揃えた黒髪を垂らし、目の前に平伏した彼女を、コンゴウの光を乱反射する瞳が映している。彼の横には長い黒髪を結い上げた女性が微笑んで正座していた。
「マギリウヌ国への護衛、ですか」
コハクは付していた面を上げて、厚めの唇を吊り上げるコンゴウを真っ直ぐに見た。そのまま視線をずらし、隣の女性を眺める。淡い灰色に落ち着いた花模様の、左右から合わせたミズホ国独特の衣装に水色の帯を締め、しっとりと笑む三十代の彼女はトラメといい、コンゴウの細君だった。コンゴウが告げた今回の仕事はこのトラメの護衛だ。
「ええ、そうなの。貴女なら安心だと思って。お願いできるかしら?」
鈴を転がすような声で言い、トラメは長く優美な手を口元に当ててころころと笑う。コンゴウの言が有無を云わせぬ力があるのに対し、トラメの声は心地よく浸透し頼まれると否と言えない響きがあった。
彼女は長いまつげに縁取られた、黄色に茶褐色の縞模様の瞳をコハクへ柔らかく向けていた。トラメもまたコハクと同じく、妖魔を狩り瞳に封じる『珠玉』の一人である。
「マギリウヌ国とナナガ国、ミズホ国の三国での首脳会談ですよね。でしたら『デンキ』の方が適役でしょう?」
「ええ。普通ならそうでしょうね」
伏し目がちの瞳を細めたまま、トラメが頷くと斜めに流した前髪も揺れた。
首脳会談。その名の通り国の王や最高権力者同士の会談なのだが、ミズホ国の長であるコンゴウはミズホ国内から出ることが出来ない。その為外交的な行事にはコンゴウの伴侶であり、ミズホ国の二番目の権力者であるトラメが赴くこととなっていた。
国同士の話し合いならば妖魔ではなく、人間による妨害や暗殺を警戒するものだ。ならば妖魔を連れたコハクが必要以上に他国へ忌避感を与えずとも、体術や武術に秀でた『デンキ』たちの方が適任だ。コハク自身の体術、武術はともに『デンキ』たちの足下にも及ばない。にも関わらずコハクを護衛に選ぶのならば今回の首脳会談は妖魔が絡むのか。
それにトラメとて『珠玉』の一人。妖魔への対処なら十二分である筈である。
「ふふふ。そんな顔をしないで頂戴。貴女をマギリウヌ国の護衛に推すのには色々と理由があるのだけれど、大きな理由は私の直感ね」
知らず険しい表情をしていたようで、コハクは眉間に入っていた力を抜いた。トラメが直感した。この事実だけで十分だった。
「分かりました。お引き受け致しましょう」
「ありがとう。助かるわ。ふふふ、久しぶりにコハクとお出掛けね」
トラメは嬉しそうに胸の前で両手をふわりと当てた。コンゴウはトラメの横で胡座を掻き、黙って二人のやり取りに耳を傾けている。
「理由なのだけれどね。一つは対妖魔銃なの。貴女は実際に目にしたことがあるでしょう? 他の皆よりも話が早いと思ったのね。それに絡んで色々あるのだけれど、それは私とコンゴウの仕事だからひとまず貴女には関係ないわね」
ぴんと立てたトラメの細く長い人差し指に、中指が追加された。
「二つ目。知っての通りマギリウヌ国は科学国家よ。最先端の機器を産み出し各国に提供しているのだけれど、見返りにお金だけでなく実験への協力依頼やデータの収集などがあるわね。今回はナナガ国にある人物の身柄引渡し要請が出たわ」
ナナガ国に常駐する『デンキ』、ハヤミからの情報で、かの国に起こった出来事はコンゴウとトラメがほぼ掌握している。
ナナガ国への身柄引き渡し要請が一体何の関係があるのかと、コハクはトラメの縞になった瞳を見つめ返した。
「身柄引き渡し要請に書かれた名前はポルクス・キングス」
ナナガ国で出会った治安維持警備隊の新米隊員の名前に、コハクは虚を突かれ目を見開いた。黄褐色の瞳の中にある幾つもの茶色の破片が、目まぐるしくくるくると舞い始める。
「何故、彼の名が」
呟いた自分の声が思ったよりも掠れていて、コハクは内心で少し焦った。人の好い金髪の青年の姿が浮かび、心に沸き立つさざ波の正体が掴めず戸惑う。
「マギリウヌ国の科学技術長官に興味を持たれたようね。理由は貴女も分かるでしょう?」
前回の依頼であの新米隊員は、普通の人間でありながら妖魔を使役した。前代未聞のことで、確かに興味を持たれてもおかしくはない。
「マギリウヌ国からポルクス・キングスに出た実験への協力要請。対価は対妖魔銃の量産かつ優先的な輸出。これをちらつかせたらナナガ国は断れないわ。困ったラナイガ議会長とアングレイ商会会頭ダグスから、うちに依頼がきたというわけ。彼を科学技術長官の玩具にされないよう、便宜を図って欲しいと」
ダグスの娘リルから妖魔を分離させ、リルから生まれた妖魔と不完全ながら契約を結んだのはポルクスだ。ダグスは彼に恩義があるからこその依頼だろう。
「ダグスは分かりますが、ラナイガ議会長まで?」
「第四部隊隊長の猛抗議があったそうでね。第二部隊隊長の口添えもあったから総隊長も動いて、ラナイガ議会長も無下には出来なかったようよ」
今までも同じように身柄引き渡し要請が出たことはあるというのに、今回は随分と騒がしいこと。そう付け加えてトラメはまたころころと笑った。
「と、いう訳で貴女には私の護衛というよりも、件のポルクスという人物のお守りをお願いしたいの。実験に協力という形で一緒にいてあげて。科学技術長官が彼を壊してしまわないように」
「承知致しました。全力を尽くしましょう」
深く一礼し、コハクは立ち上がった。
ミズホ国中央にある黒塗りの一際大きな屋敷にて、コハクは長であるコンゴウと対面していた。肩の上で切り揃えた黒髪を垂らし、目の前に平伏した彼女を、コンゴウの光を乱反射する瞳が映している。彼の横には長い黒髪を結い上げた女性が微笑んで正座していた。
「マギリウヌ国への護衛、ですか」
コハクは付していた面を上げて、厚めの唇を吊り上げるコンゴウを真っ直ぐに見た。そのまま視線をずらし、隣の女性を眺める。淡い灰色に落ち着いた花模様の、左右から合わせたミズホ国独特の衣装に水色の帯を締め、しっとりと笑む三十代の彼女はトラメといい、コンゴウの細君だった。コンゴウが告げた今回の仕事はこのトラメの護衛だ。
「ええ、そうなの。貴女なら安心だと思って。お願いできるかしら?」
鈴を転がすような声で言い、トラメは長く優美な手を口元に当ててころころと笑う。コンゴウの言が有無を云わせぬ力があるのに対し、トラメの声は心地よく浸透し頼まれると否と言えない響きがあった。
彼女は長いまつげに縁取られた、黄色に茶褐色の縞模様の瞳をコハクへ柔らかく向けていた。トラメもまたコハクと同じく、妖魔を狩り瞳に封じる『珠玉』の一人である。
「マギリウヌ国とナナガ国、ミズホ国の三国での首脳会談ですよね。でしたら『デンキ』の方が適役でしょう?」
「ええ。普通ならそうでしょうね」
伏し目がちの瞳を細めたまま、トラメが頷くと斜めに流した前髪も揺れた。
首脳会談。その名の通り国の王や最高権力者同士の会談なのだが、ミズホ国の長であるコンゴウはミズホ国内から出ることが出来ない。その為外交的な行事にはコンゴウの伴侶であり、ミズホ国の二番目の権力者であるトラメが赴くこととなっていた。
国同士の話し合いならば妖魔ではなく、人間による妨害や暗殺を警戒するものだ。ならば妖魔を連れたコハクが必要以上に他国へ忌避感を与えずとも、体術や武術に秀でた『デンキ』たちの方が適任だ。コハク自身の体術、武術はともに『デンキ』たちの足下にも及ばない。にも関わらずコハクを護衛に選ぶのならば今回の首脳会談は妖魔が絡むのか。
それにトラメとて『珠玉』の一人。妖魔への対処なら十二分である筈である。
「ふふふ。そんな顔をしないで頂戴。貴女をマギリウヌ国の護衛に推すのには色々と理由があるのだけれど、大きな理由は私の直感ね」
知らず険しい表情をしていたようで、コハクは眉間に入っていた力を抜いた。トラメが直感した。この事実だけで十分だった。
「分かりました。お引き受け致しましょう」
「ありがとう。助かるわ。ふふふ、久しぶりにコハクとお出掛けね」
トラメは嬉しそうに胸の前で両手をふわりと当てた。コンゴウはトラメの横で胡座を掻き、黙って二人のやり取りに耳を傾けている。
「理由なのだけれどね。一つは対妖魔銃なの。貴女は実際に目にしたことがあるでしょう? 他の皆よりも話が早いと思ったのね。それに絡んで色々あるのだけれど、それは私とコンゴウの仕事だからひとまず貴女には関係ないわね」
ぴんと立てたトラメの細く長い人差し指に、中指が追加された。
「二つ目。知っての通りマギリウヌ国は科学国家よ。最先端の機器を産み出し各国に提供しているのだけれど、見返りにお金だけでなく実験への協力依頼やデータの収集などがあるわね。今回はナナガ国にある人物の身柄引渡し要請が出たわ」
ナナガ国に常駐する『デンキ』、ハヤミからの情報で、かの国に起こった出来事はコンゴウとトラメがほぼ掌握している。
ナナガ国への身柄引き渡し要請が一体何の関係があるのかと、コハクはトラメの縞になった瞳を見つめ返した。
「身柄引き渡し要請に書かれた名前はポルクス・キングス」
ナナガ国で出会った治安維持警備隊の新米隊員の名前に、コハクは虚を突かれ目を見開いた。黄褐色の瞳の中にある幾つもの茶色の破片が、目まぐるしくくるくると舞い始める。
「何故、彼の名が」
呟いた自分の声が思ったよりも掠れていて、コハクは内心で少し焦った。人の好い金髪の青年の姿が浮かび、心に沸き立つさざ波の正体が掴めず戸惑う。
「マギリウヌ国の科学技術長官に興味を持たれたようね。理由は貴女も分かるでしょう?」
前回の依頼であの新米隊員は、普通の人間でありながら妖魔を使役した。前代未聞のことで、確かに興味を持たれてもおかしくはない。
「マギリウヌ国からポルクス・キングスに出た実験への協力要請。対価は対妖魔銃の量産かつ優先的な輸出。これをちらつかせたらナナガ国は断れないわ。困ったラナイガ議会長とアングレイ商会会頭ダグスから、うちに依頼がきたというわけ。彼を科学技術長官の玩具にされないよう、便宜を図って欲しいと」
ダグスの娘リルから妖魔を分離させ、リルから生まれた妖魔と不完全ながら契約を結んだのはポルクスだ。ダグスは彼に恩義があるからこその依頼だろう。
「ダグスは分かりますが、ラナイガ議会長まで?」
「第四部隊隊長の猛抗議があったそうでね。第二部隊隊長の口添えもあったから総隊長も動いて、ラナイガ議会長も無下には出来なかったようよ」
今までも同じように身柄引き渡し要請が出たことはあるというのに、今回は随分と騒がしいこと。そう付け加えてトラメはまたころころと笑った。
「と、いう訳で貴女には私の護衛というよりも、件のポルクスという人物のお守りをお願いしたいの。実験に協力という形で一緒にいてあげて。科学技術長官が彼を壊してしまわないように」
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