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幕間にて番外編
災厄を運ぶ赤き獣
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あっきコタロウさんの「そしてふたりでワルツを」の中の登場人物、ゲツエイとトーマスをお借りしてのコラボSSです。
第二部隊隊長カーズ視点のガチ戦闘です。本編とはまた違ったテイストをお楽しみ下さい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「またか」
第四部隊隊員の報告を聞き、カーズは顎に手を当てて考え込んだ。
「はい。今回も刃物で斬られた跡と体の所々に欠損がありました。それと……」
金髪の新米隊員はそこで少し言い淀む。
「今回もやはり人の、その」
「死体に人の精液がかけられていたと」
言うことに抵抗があるのか、迷う新米隊員の言葉に被せるようにして、カーズははっきりと断言した。事実は事実。それ以上でもそれ以下でもない。
「は、はい」
彼はきちんと言えなかったことを恥じるように一度顔を俯かせてから、カーズの目を真っ直ぐに見つめた。
「いずれも夜間、ナナガ国でも端に位置する郊外の町です。第三部隊では手に負えず第二部隊へ応援要請がかかっています。お願い出来ますか」
ナナガ国の首都管轄が第二部隊、地方管轄が第三部隊だ。管轄が違うだけで実質も実力も同じ。その第三部隊が手に負えないなど、尋常ではない。
「ふうむ。ウィークラー」
カーズは資料に目を落としていたが傍らの大男、ウィークラーへ視線を移した。
「留守を任せられるか?」
「任せといて下さい。何年隊長の元にいると思ってるんですか。高位妖魔が出ても抑えてみせますよ」
「そいつは頼もしいな」
片目を瞑り、どんと胸を叩いてみせるウィークラーへカーズは口元を弛めた。ウィークラーは全体を見るのが巧い。彼なら安心して任せられるだろう。
「いいだろう。要請に応えると伝えておいてくれ」
「ありがとうございますっ」
カーズの返事に第四部隊の隊員は、明らかにほっとした表情で頭を下げた。
応援要請を受けてからカーズたち第二部隊の分隊は、鉄道を利用し車内で揺られていた。
「犯人は快楽殺人者でしょうか?人を殺すことにエクスタシーを感じている、と」
応援に向かうのはカーズを入れて六人、特に剣が得意な者を選んだ。やや細身で長身のロイドがカーズへ問いかける。
「うえぇ、意味分かんないっすね。何が楽しいんっすか?」
新人隊員のニックが大袈裟に顔をしかめた。
「ま、快楽を感じているのは確かだろうな。しかし、引っかかる」
カーズは頬杖をついて車窓から流れる景色を見るともなしに見ていた。郊外へ近付くにつれ濫立する建物は疎らになっていき、木々の緑や畑が見え始めている。
「資料では死体の断面は真っ直ぐだったとあった。一つは綺麗に首を飛ばされ、一つは輪切り、一つは縦に真っ二つだ。どう考えても人間の仕業じゃないが、第四部隊の検視の結果は刃物での切創だ。妖魔がわざわざ刃物を使うか。つまりまだ妖魔に喰われていない宿主なのか、人間なのかどちらかということになる」
能力で斬っている可能性もあるのだが、カーズの勘が違うと告げている。もしも妖魔が能力で斬っているのなら、そいつはもう高位妖魔だ。それならば現場の第三部隊が肌で感じている筈。
「どちらにしても、妖魔でもないものがそれほどのことをやってのけるとは、恐ろしく手練れということですか? 他国のスパイだとか?」
そうなってくると軍の管轄になってくる。ロイドの顔には困惑した表情が色濃く浮かんでいた。
「ならなぜ郊外の特に肩書きのない人間ばかりなんだ。被害者同士の接点もないんだぞ」
カーズはロイドの懸念を切り捨てたが、手練れというのは確かだろう。でなければあれほど鮮やかな断面で人を斬ることは出来ない。
「体の欠損も気になりますぜ。欠損というよりも解体されてるっていうじゃないですか。妖魔だったらそんなまどろっこしい食いかたしねえもんですぜ」
ビルが大きな手を振って言う。
「第三部隊はどう見てるんっす?」
ニックの問いに、カーズは窓の外を眺めたまま答えた。
「俺と同じだよ。正体が見えなくて不気味だと。宿主だとしても人間だとしても、厳しい戦いになるだろうから力を貸してくれだとさ」
結局実際に『そいつ』に出会ってみなければ分からない。そう結論付けてカーズは黙りこみ、隊員たちの話題はたわいないものへと移ろっていった。
到着した駅のホームで、第三部隊隊員に出迎えられたカーズたちは、張り込みの現場に案内された。ナナガ国郊外の町は連日の殺人事件に静まりかえっている。太陽はとっくに傾き、森の向こうへと沈みつつあった。
「わざわざ田舎町まで呼びつけて悪いなあ」
第三部隊隊長リングトンが、日に焼けた顔を綻ばせた。背は高くないががっしりとした体つきで、カーズよりも十歳上の古参だ。
「貴方ほどの方が手こずるとは、今回の事件は厄介ですね」
「世辞はいらねえよ。気持ち悪ぃ」
リングトンは自分で自分を抱いて震えてみせ、かかかと笑う。彼とは本部で時折顔を合わすが、豪快で気持ちのいい男だった。
「事件現場はいずれも町の外れ、目撃者はねえ。被害者は飲み屋の帰りを襲われてる。で、どれもがこういった場所だ」
夜は妖魔が力を増し人を襲うため、夜は出歩かないのが常識である。が、そうはいっても外出する者が後を絶たないのが現実だ。
リングトンが親指でくいと指し示したのは、鬱蒼とした木々が茂る森の際に沿う暗い道だ。申し訳程度の外灯が木々の影を濃くしていた。一歩脇へ踏み出せば森の中で、いつ横合いの木々が作る茂みから獣が出てくるともしれないような道だった。
カーズの中で妙な確信が生まれる。
「俺はな、犯人は獣だと思ってる」
カーズの隣で、森の際にある道を眺めるリングトンがぽつりとこぼす。
「はあ?リングトン隊長、何いってるんっすか?被害者は刃物で殺られてるんっすよ?爪や牙じゃないっす」
馬鹿じゃないのか、という顔でニックがリングトンへ言ったが、リングトンとカーズの真剣な表情に顔をひきつらせる。
「まさかカーズ隊長もそう思ってるっすか?」
「ああ。正しくは獣の本性を持った人間、だがな。刃物を使うのは獣ではあり得ない」
人間なら閑散とした住宅街や人目の付きにくい公園、建物の裏道、貧民街の路地、繁華街の路地裏など人の住むエリア内で殺る。この犯人は森の中に潜んで獲物に狙いを定めているのだ。自分のテリトリーの中に入ってくるのを待つのは、人間も獣も同じなのかもしれない。
「俺も同じ意見だなぁ。人間を殺る時の狙いの付け方が獣のそれだ。それにもし人間が快楽で人間を殺してんなら、とっくに精神を妖魔に喰われてらぁな。だが獣には罪なんてものは存在しねえ。食うか食われるかってのは当たり前の自然の摂理ってやつだからな」
隊長二人を残してその場の隊員たちは唾を飲み込んだ。一体今度の犯人は何なのだと、妙にひやりと冷たい感覚を運んでくる。
そこへ、笛の音が響き渡った。
「おいでなすった!」
即座に音の方角へ走る。今しがた見ていた森の際の細道を行けば、そこに赤い髪の異形がいた。
黒くて薄い布の服をところどころ紐で縛ったような出で立ちだ。後ろで纏めた長い髪は、襟元の余り毛を細く編み込んでいた。
色の白い顔に収まる大きな目の周りは赤く隈取のようなメイクが施されていて、どこか人間離れした印象を受けた。
頭の右側に被った奇妙な面がまた男の異様さを引き立てる。
頼りない外灯が男の右手のかぎ爪と左手にある小太刀を照らし、付着した血が確認できた。足元に転がる第三部隊の隊員もだ。
「生きてるか!」
「……ったりめえよっ、隊長……っ」
呻くように答えるのは私服で囮役をやった隊員で、もう一人の制服を着た隊員が異形の男へ小銃を撃った。
「本当に人間かよっ」
撃った隊員が唸る。あろうことか男は小銃の弾を避けて見せたのだ。男は音もなく宙を舞い、くるりと反転して着地した。着地と同時に方向を変えてこちらへ来る。
ギンッという音を立てて、抜剣したカーズと男のかぎ爪が噛み合った。一撃が重い。しかも相手にはもう一つ武器がある。
銃声が響き、男の小太刀がカーズへ届く前に弾かれるように軌道を変えた。リングトンが小銃を構えて舌打ちする。弾が小太刀に当たる前に攻撃を止めたのだ。弾は空しく後方の木の幹に穴を穿った。カーズの剣と男のかぎ爪が一度離れる。
次は左から迫ったかぎ爪を、剣を絡めとられないように横合いから弾き、右からきた小太刀を受け止めた。剣の角度と力加減を変えていなす。
右上からの小太刀、左からのかぎ爪、前からの小太刀の刺突に、左下からのかぎ爪。それらを弾き、いなし、流す。
一つ一つが当たれば即死亡ものの攻撃と、目の前の男からのプレッシャーに肌が粟立つ。妖魔との相対とはまた違う種類の恐ろしさだ。
「全く。冗談じゃないな!」
カーズの剣よりも細く短い小太刀で、カーズよりも少し小柄な男が剣をへし折りそうな斬撃を放ってくるのだ。いや、まともに受けていればとっくに折られていたかもしれない。
男は夜の闇に白く浮かぶ顔で、唇を吊り上げていた。ギラギラとした赤い目が、興味深そうにカーズの動きを追っている。
「まじで、本当に人間っすか……?」
新人隊員ニックが声を震わせた。他の隊員たちは、カーズと男の目まぐるしい立ち回りに援護も出来ず、小銃を構えて成り行きを見ていた。第二、第三部隊ともに、人を超える身体能力を持つ妖魔を見慣れているにも関わらず追いきれない。
否、時折リングトンや小銃の腕が確かな者が発砲するのだが、避けられるのだ。
ガキン。
鈍い音を立ててかぎ爪をカーズの剣が受け止めた。剣を取り落としそうな程の衝撃を腰と膝を使って吸収する。
「おおお!」
カーズは剣を左下へ押し込むようにして腰から体を回転させた。巻き込むように相手の体が流れ、男の左手にある小太刀が空を斬る。男は流されるまま逆らわずに地面へ手を着き、着いた手を支点に跳ねて今度は足から着地した。
距離が開き、カーズは剣の突っ先を男へ油断なく向けつつ、上がった息を整えた。
赤い髪の異形が膝を曲げる。跳躍の予備動作だ。カーズは迎え撃つべく身構えた。
「ゲツエイ!」
跳び上がろうとした男の動きが、ぴたりと止まる。
声の方角へ目線だけやると、細々とした外灯が照らす夜道を一人の男が歩いてくるのが見えた。
照らすものは外灯と月明かりのみだというのに、きらきらと光を放つ金髪に顔の左上を仮面で覆った男が、無防備に歩いてくる。仮面を付けていても尚分かる美しい顔立ちに、気品のある佇まいだ。
「ゲツエイ! どこだ? 狩りは済んだのか?」
トーマス・ファン・ビセンテ・ラ・セルダは、ゲツエイと取り囲む男たちを見て美麗な眉をひそめた。
夜中にふと目が覚めたトーマスは、ゲツエイがいないことに気付いた。また人間でも狩りに行っているのだろうと寝直そうとしたら、笛の音が聞こえるではないか。音の鳴った方へ来てみれば案の定だ。連日のゲツエイの狩りのせいで、どうやらこの国の警備網に引っ掛かってしまったようだ。
今いる町は国の端に位置する郊外の田舎で、中心に近付くにつれ大都市を形成しているらしい。この国は無駄に大きすぎる。支配するには何年もかかってしまうだろう。他の国に比べると物価も高いようで、長く滞在しにくい。トーマスの理想とする国を作るには向かなかった。
「戻れ、ゲツエイ! もうこの国に用はない。他の国に行くぞ」
カーズたちが息をつめて見守る中、ゲツエイと呼ばれた男は腕の振りと地面の蹴りで後方に勢いよく跳ぶ。身体を反らせて手で地面の突き放しを利用し、何度か回転して仮面の男の元へ参じる。
仮面の男を肩に担ぐと、ひゅうと一陣の風が巻き起こり、二人はその場から消えた。
「逃げた……いや、去った……のか?」
剣を構えたままカーズが呟く。どっと疲労が押し寄せてきて、その場に座り込みたい衝動を意地で堪える。
「な、何だったんっすか。あれは……」
「分からん。だが、あんなものは二度と御免だな」
後に残ったのは狐につままれたような気分と、翌日には筋肉痛に変わるであろう疲労のみだった。隊長になってからというものの、最前線で戦ったのは久しぶりだ。
「化け物みたいな奴だったが、人間相手に情けない。帰ったら訓練内容を見直すか」
かくて一連の殺人事件は終息を迎え、第二部隊の訓練内容が更に厳しくなったという。
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二章の依頼2は8月1日から再開します。
第二部隊隊長カーズ視点のガチ戦闘です。本編とはまた違ったテイストをお楽しみ下さい。
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「またか」
第四部隊隊員の報告を聞き、カーズは顎に手を当てて考え込んだ。
「はい。今回も刃物で斬られた跡と体の所々に欠損がありました。それと……」
金髪の新米隊員はそこで少し言い淀む。
「今回もやはり人の、その」
「死体に人の精液がかけられていたと」
言うことに抵抗があるのか、迷う新米隊員の言葉に被せるようにして、カーズははっきりと断言した。事実は事実。それ以上でもそれ以下でもない。
「は、はい」
彼はきちんと言えなかったことを恥じるように一度顔を俯かせてから、カーズの目を真っ直ぐに見つめた。
「いずれも夜間、ナナガ国でも端に位置する郊外の町です。第三部隊では手に負えず第二部隊へ応援要請がかかっています。お願い出来ますか」
ナナガ国の首都管轄が第二部隊、地方管轄が第三部隊だ。管轄が違うだけで実質も実力も同じ。その第三部隊が手に負えないなど、尋常ではない。
「ふうむ。ウィークラー」
カーズは資料に目を落としていたが傍らの大男、ウィークラーへ視線を移した。
「留守を任せられるか?」
「任せといて下さい。何年隊長の元にいると思ってるんですか。高位妖魔が出ても抑えてみせますよ」
「そいつは頼もしいな」
片目を瞑り、どんと胸を叩いてみせるウィークラーへカーズは口元を弛めた。ウィークラーは全体を見るのが巧い。彼なら安心して任せられるだろう。
「いいだろう。要請に応えると伝えておいてくれ」
「ありがとうございますっ」
カーズの返事に第四部隊の隊員は、明らかにほっとした表情で頭を下げた。
応援要請を受けてからカーズたち第二部隊の分隊は、鉄道を利用し車内で揺られていた。
「犯人は快楽殺人者でしょうか?人を殺すことにエクスタシーを感じている、と」
応援に向かうのはカーズを入れて六人、特に剣が得意な者を選んだ。やや細身で長身のロイドがカーズへ問いかける。
「うえぇ、意味分かんないっすね。何が楽しいんっすか?」
新人隊員のニックが大袈裟に顔をしかめた。
「ま、快楽を感じているのは確かだろうな。しかし、引っかかる」
カーズは頬杖をついて車窓から流れる景色を見るともなしに見ていた。郊外へ近付くにつれ濫立する建物は疎らになっていき、木々の緑や畑が見え始めている。
「資料では死体の断面は真っ直ぐだったとあった。一つは綺麗に首を飛ばされ、一つは輪切り、一つは縦に真っ二つだ。どう考えても人間の仕業じゃないが、第四部隊の検視の結果は刃物での切創だ。妖魔がわざわざ刃物を使うか。つまりまだ妖魔に喰われていない宿主なのか、人間なのかどちらかということになる」
能力で斬っている可能性もあるのだが、カーズの勘が違うと告げている。もしも妖魔が能力で斬っているのなら、そいつはもう高位妖魔だ。それならば現場の第三部隊が肌で感じている筈。
「どちらにしても、妖魔でもないものがそれほどのことをやってのけるとは、恐ろしく手練れということですか? 他国のスパイだとか?」
そうなってくると軍の管轄になってくる。ロイドの顔には困惑した表情が色濃く浮かんでいた。
「ならなぜ郊外の特に肩書きのない人間ばかりなんだ。被害者同士の接点もないんだぞ」
カーズはロイドの懸念を切り捨てたが、手練れというのは確かだろう。でなければあれほど鮮やかな断面で人を斬ることは出来ない。
「体の欠損も気になりますぜ。欠損というよりも解体されてるっていうじゃないですか。妖魔だったらそんなまどろっこしい食いかたしねえもんですぜ」
ビルが大きな手を振って言う。
「第三部隊はどう見てるんっす?」
ニックの問いに、カーズは窓の外を眺めたまま答えた。
「俺と同じだよ。正体が見えなくて不気味だと。宿主だとしても人間だとしても、厳しい戦いになるだろうから力を貸してくれだとさ」
結局実際に『そいつ』に出会ってみなければ分からない。そう結論付けてカーズは黙りこみ、隊員たちの話題はたわいないものへと移ろっていった。
到着した駅のホームで、第三部隊隊員に出迎えられたカーズたちは、張り込みの現場に案内された。ナナガ国郊外の町は連日の殺人事件に静まりかえっている。太陽はとっくに傾き、森の向こうへと沈みつつあった。
「わざわざ田舎町まで呼びつけて悪いなあ」
第三部隊隊長リングトンが、日に焼けた顔を綻ばせた。背は高くないががっしりとした体つきで、カーズよりも十歳上の古参だ。
「貴方ほどの方が手こずるとは、今回の事件は厄介ですね」
「世辞はいらねえよ。気持ち悪ぃ」
リングトンは自分で自分を抱いて震えてみせ、かかかと笑う。彼とは本部で時折顔を合わすが、豪快で気持ちのいい男だった。
「事件現場はいずれも町の外れ、目撃者はねえ。被害者は飲み屋の帰りを襲われてる。で、どれもがこういった場所だ」
夜は妖魔が力を増し人を襲うため、夜は出歩かないのが常識である。が、そうはいっても外出する者が後を絶たないのが現実だ。
リングトンが親指でくいと指し示したのは、鬱蒼とした木々が茂る森の際に沿う暗い道だ。申し訳程度の外灯が木々の影を濃くしていた。一歩脇へ踏み出せば森の中で、いつ横合いの木々が作る茂みから獣が出てくるともしれないような道だった。
カーズの中で妙な確信が生まれる。
「俺はな、犯人は獣だと思ってる」
カーズの隣で、森の際にある道を眺めるリングトンがぽつりとこぼす。
「はあ?リングトン隊長、何いってるんっすか?被害者は刃物で殺られてるんっすよ?爪や牙じゃないっす」
馬鹿じゃないのか、という顔でニックがリングトンへ言ったが、リングトンとカーズの真剣な表情に顔をひきつらせる。
「まさかカーズ隊長もそう思ってるっすか?」
「ああ。正しくは獣の本性を持った人間、だがな。刃物を使うのは獣ではあり得ない」
人間なら閑散とした住宅街や人目の付きにくい公園、建物の裏道、貧民街の路地、繁華街の路地裏など人の住むエリア内で殺る。この犯人は森の中に潜んで獲物に狙いを定めているのだ。自分のテリトリーの中に入ってくるのを待つのは、人間も獣も同じなのかもしれない。
「俺も同じ意見だなぁ。人間を殺る時の狙いの付け方が獣のそれだ。それにもし人間が快楽で人間を殺してんなら、とっくに精神を妖魔に喰われてらぁな。だが獣には罪なんてものは存在しねえ。食うか食われるかってのは当たり前の自然の摂理ってやつだからな」
隊長二人を残してその場の隊員たちは唾を飲み込んだ。一体今度の犯人は何なのだと、妙にひやりと冷たい感覚を運んでくる。
そこへ、笛の音が響き渡った。
「おいでなすった!」
即座に音の方角へ走る。今しがた見ていた森の際の細道を行けば、そこに赤い髪の異形がいた。
黒くて薄い布の服をところどころ紐で縛ったような出で立ちだ。後ろで纏めた長い髪は、襟元の余り毛を細く編み込んでいた。
色の白い顔に収まる大きな目の周りは赤く隈取のようなメイクが施されていて、どこか人間離れした印象を受けた。
頭の右側に被った奇妙な面がまた男の異様さを引き立てる。
頼りない外灯が男の右手のかぎ爪と左手にある小太刀を照らし、付着した血が確認できた。足元に転がる第三部隊の隊員もだ。
「生きてるか!」
「……ったりめえよっ、隊長……っ」
呻くように答えるのは私服で囮役をやった隊員で、もう一人の制服を着た隊員が異形の男へ小銃を撃った。
「本当に人間かよっ」
撃った隊員が唸る。あろうことか男は小銃の弾を避けて見せたのだ。男は音もなく宙を舞い、くるりと反転して着地した。着地と同時に方向を変えてこちらへ来る。
ギンッという音を立てて、抜剣したカーズと男のかぎ爪が噛み合った。一撃が重い。しかも相手にはもう一つ武器がある。
銃声が響き、男の小太刀がカーズへ届く前に弾かれるように軌道を変えた。リングトンが小銃を構えて舌打ちする。弾が小太刀に当たる前に攻撃を止めたのだ。弾は空しく後方の木の幹に穴を穿った。カーズの剣と男のかぎ爪が一度離れる。
次は左から迫ったかぎ爪を、剣を絡めとられないように横合いから弾き、右からきた小太刀を受け止めた。剣の角度と力加減を変えていなす。
右上からの小太刀、左からのかぎ爪、前からの小太刀の刺突に、左下からのかぎ爪。それらを弾き、いなし、流す。
一つ一つが当たれば即死亡ものの攻撃と、目の前の男からのプレッシャーに肌が粟立つ。妖魔との相対とはまた違う種類の恐ろしさだ。
「全く。冗談じゃないな!」
カーズの剣よりも細く短い小太刀で、カーズよりも少し小柄な男が剣をへし折りそうな斬撃を放ってくるのだ。いや、まともに受けていればとっくに折られていたかもしれない。
男は夜の闇に白く浮かぶ顔で、唇を吊り上げていた。ギラギラとした赤い目が、興味深そうにカーズの動きを追っている。
「まじで、本当に人間っすか……?」
新人隊員ニックが声を震わせた。他の隊員たちは、カーズと男の目まぐるしい立ち回りに援護も出来ず、小銃を構えて成り行きを見ていた。第二、第三部隊ともに、人を超える身体能力を持つ妖魔を見慣れているにも関わらず追いきれない。
否、時折リングトンや小銃の腕が確かな者が発砲するのだが、避けられるのだ。
ガキン。
鈍い音を立ててかぎ爪をカーズの剣が受け止めた。剣を取り落としそうな程の衝撃を腰と膝を使って吸収する。
「おおお!」
カーズは剣を左下へ押し込むようにして腰から体を回転させた。巻き込むように相手の体が流れ、男の左手にある小太刀が空を斬る。男は流されるまま逆らわずに地面へ手を着き、着いた手を支点に跳ねて今度は足から着地した。
距離が開き、カーズは剣の突っ先を男へ油断なく向けつつ、上がった息を整えた。
赤い髪の異形が膝を曲げる。跳躍の予備動作だ。カーズは迎え撃つべく身構えた。
「ゲツエイ!」
跳び上がろうとした男の動きが、ぴたりと止まる。
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「ゲツエイ! どこだ? 狩りは済んだのか?」
トーマス・ファン・ビセンテ・ラ・セルダは、ゲツエイと取り囲む男たちを見て美麗な眉をひそめた。
夜中にふと目が覚めたトーマスは、ゲツエイがいないことに気付いた。また人間でも狩りに行っているのだろうと寝直そうとしたら、笛の音が聞こえるではないか。音の鳴った方へ来てみれば案の定だ。連日のゲツエイの狩りのせいで、どうやらこの国の警備網に引っ掛かってしまったようだ。
今いる町は国の端に位置する郊外の田舎で、中心に近付くにつれ大都市を形成しているらしい。この国は無駄に大きすぎる。支配するには何年もかかってしまうだろう。他の国に比べると物価も高いようで、長く滞在しにくい。トーマスの理想とする国を作るには向かなかった。
「戻れ、ゲツエイ! もうこの国に用はない。他の国に行くぞ」
カーズたちが息をつめて見守る中、ゲツエイと呼ばれた男は腕の振りと地面の蹴りで後方に勢いよく跳ぶ。身体を反らせて手で地面の突き放しを利用し、何度か回転して仮面の男の元へ参じる。
仮面の男を肩に担ぐと、ひゅうと一陣の風が巻き起こり、二人はその場から消えた。
「逃げた……いや、去った……のか?」
剣を構えたままカーズが呟く。どっと疲労が押し寄せてきて、その場に座り込みたい衝動を意地で堪える。
「な、何だったんっすか。あれは……」
「分からん。だが、あんなものは二度と御免だな」
後に残ったのは狐につままれたような気分と、翌日には筋肉痛に変わるであろう疲労のみだった。隊長になってからというものの、最前線で戦ったのは久しぶりだ。
「化け物みたいな奴だったが、人間相手に情けない。帰ったら訓練内容を見直すか」
かくて一連の殺人事件は終息を迎え、第二部隊の訓練内容が更に厳しくなったという。
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二章の依頼2は8月1日から再開します。
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